まだ漆黒の空が全てを覆いつくす時刻。
夏と秋の変わり目の時期、極寒とまでもいかないが、肌寒い季節。
そんな中、少女は冷えた身体を温めるように自分の両腕で身体を抱き締めた。
はぁ、と息を吐き出すと白い湯気がよくみえる。
そんな事をしていると、背後から
缶コーヒーを掴む手が伸びてきた。
「怜、お疲れ」
にこりとも笑いもせず、彼は私にそれを手渡す。
缶のプルタブを威勢よく開け、一口を飲み込むと
彼女はその温かさに自然と頬を緩ませた。
そんな光景に、彼も自然と唇の端を持ち上げた。
「・・・どうかした?」
「いや、やっぱり怜は普通なんだなと思って」
「それ、どういう意味?」
彼女は怪訝な顔で聞いた。
「いや、別に貶してるんじゃないんだ。ただ・・・その普通なところが、俺は好きだ」
「・・・天然」
――いつも通りの会話。当たり前の会話。
そんな当たり前さが、彼女には心地よかった。

ふと、無機質的な音が響き渡る。
その音は、彼女を不安がらせる事を、彼は知らない。
彼は携帯電話の相手の名前を見ると、頬を緩ませ、すぐさまボタンに指を滑らせていた。
――それに対し、彼女の表情は対象的だった。

だってそれは、あなたとの

「おう、美里、どうした? ・・・」

時間を終わらせるものだから




ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~コーヒー~



学校はとっくに終わり、今はM機関の会議室の席に座っている。空はすっかり赤みがかった色から星の色へと移り変わろうとしている。
会議では、教官の熊坂が壇上で今後の予定について説明している。
そんな時、両目一杯に涙を溜めながら、うつむいたような格好でその話を聞いている隣の彼女。そのときに、零れた涙が書類に濡れたけど・・・気にしないでおこうかな。私は、とりあえず由美子に聞いてみることにした。
「・・・どうかしたの?」
「あう、えっとぉ・・・次のテストで赤点だと、りゅ、留年・・・ふえぇぇん!」
先生の言葉を思い出したのか、大声で泣きだす由美子。大粒の涙が書類に張り付いていくのがよくわかる。近くの席の数人は驚いてこちらを振り向くが、すぐに視線を元に戻していた。
幸い、シュミレート映像のメガギラスの声で、熊坂には気づかれなかったようだ。
しかし、気づかれて呼び出しでも受けたらたまらない。そう思った私は励ますように由美子に話しかけた。
「大丈夫だって、きっといい点数取れるから。それに、こっちの仕事だってあるんだし、先生もわかってくれるよ」
それに、と言葉を紡ぎ由美子に微笑みかける。
「由美子は頑張ってるよ」
一瞬だけぽかん、とだらしなく口を開けていた由美子だったけど、私の言葉を聞いた瞬間再度涙を零し私の名前を呼びながら抱きついてきた。
「怜ちゃん!」
「ちょっ、ゆ・・・」
突進するような強い衝撃の所為でぐらり、と自分の身体が揺れるのと数枚の書類が落ちるのがよく分かった。
私は慌てて何かを掴もうと、丁度目に映った机へと手をかけようと身体を動かした。
だが、健闘空しく私の身体は床に思いきり叩きつけられてしまった。

気づいたときには由美子に押し倒されたかのように床に寝ていた。       書類が花吹雪のようにゆっくりと空中で舞い落ちる。
あまりにも不意の事で、私はただ顔を変に歪めるしか出来なかった。
横目で前を見ると、熊坂はまだ気づいていないようだった。今度はチタノザウルスに助けられたようだ。
「れ、怜ちゃん、ごめん・・・!」
私が倒れるとも思ってなかったみたいで、慌てて身体を退かす。


大丈夫、と声を出そうとした。


したのに


何でだろう、声が出ない。

「怜・・・ちゃん?」
いつもと様子が違う私に戸惑ったのか、私の顔を覗き込むように顔を近づけてきた。
私は、心配をかけないようにと、戸惑いながらも微笑んで返す。
「大丈夫。だから・・・」
「大丈夫じゃないよ!」
由美子とは思えないほどの大声で、私に怒鳴る。私は見つかったんじゃないかとまた前を気にするが、熊坂はアルバトロスを落とす放射熱線に夢中のようだった。
「だって怜ちゃん・・・泣いてるんだよ?」
由美子に言われて初めて気がついた。
目元を指先で触ると乾燥した指先が水の潤いで湿った。
寝ている所為で頬は濡れないけど、しっかりと床は濡れていて。
その二つによって私は涙を零している事実に実感する。
そして会議中という事も忘れ、由美子の腕を思い切り掴む。あまりの力の強さに由美子は体勢を崩し、私はそのままその背中に腕を回し、声が涸れるまで泣き叫んだ。
――もちろん今度も、ラドンとキングシーサーがしっかり助けてくれた。

あの光景が頭を離れない。





窓の外に見えたのは人知れぬ校舎の裏での
彼と美里の情事。

彼が美里の話をすると笑っているのも

美里が彼と話しているのを楽しんでいるのも

二人が惹かれあっているのも知っていた。

だからこんなことになるのも、わかっていたつもりだった。

けど、私にはその事実を受け入れるのが早かった。


その事実を知るのが怖かった。

何分、泣き続けていたんだろう。
咽喉が痛いし、泣き過ぎて目も充血しているんだろうなー・・・と割と冷静に頭の隅で考えている。
「怜ちゃん・・・」
声のままに振り向くと、間近に由美子がいた。
そういえば、抱きついてたんだっけ・・・
「ごめん、すぐ離れるね」
ゆっくりと上体を起こして、席に着き直す。それで初めて、今まで話を聞いていなかったことに気がつく。熊坂は再びスケジュールを掲示していた。かなりハードスケジュールで、日常生活にすら影響がありそうだなと思う反面、自然と学校について考える自分がいた。
――こんなハードスケジュール、学校なんていってられないじゃない。
でも、そのお陰であの二人に会うこともなくなる。

どちらも否定する事ができない自分の思い。
滅茶苦茶に引き裂きさきたい私の醜い感情。
でも、引き裂く事なんて出来ない。
私はきっとこの状況に逃げていただけだから。

そんな時、由美子がふと私の名前を呼んだ。
私は虚ろな視点の中、彼女の顔をじっと見る。

「怜ちゃん、私には・・・多分、怜ちゃんが泣いてる理由を聞いてもどうにもならないと思うんだ」
「う、ん・・・」
由美子は時々、私が思っているより大人に見える時がある。
決して大人ぶっている訳でもなくかといって子供じみてもない。
一ついえるのは、私より『遠く』を見ているという事。

「でもね…その悩みを一緒に悩んで、理解することはできると思うんだ」
そっと、由美子が私の手を握りその握力と比例するように私に優しく微笑みかける。

「だからね、頑張ろうよ」

留まる事なく再び零れる雫。
先程のとは違う、
きっとドロドロな感情を洗い流してくれるそんな気がした。

あの時の缶コーヒーの空をポケットの中に入れたまま


あなたから初めてもらった贈り物だったけど


今日こそはゴミ箱に捨てたい


だってポケットの中がコーヒーの匂いでいっぱいになっちゃったら


あなたのことを、思い出したくなるから


ただそれだけ

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最終更新:2007年03月09日 18:07