闇夜を昏々と照らす月。闇に溶ける漆黒の眼帯。
「よお兄さん、それは海賊の真似事か?」
その場の数人がへらへらと笑った。芹沢は真意を隠すように顔色ひとつ変えずに押し黙っている。
「科学者さんてなあ、さぞかし贅沢な暮らしなんでしょうなあ・・・・貴様の有り金、全て置いていってもらうぜ。できないってんなら、そのお譲ちゃんと一緒にちょいと痛いメみてもらうぜ・・・・」
「・・・・・ハエの戯言に付き合っている暇はない。行くぞ。」
「おい待てやゴルア!」
チンピラが凄んでみせる。だが、芹沢は変わらず冷淡な表情を浮かべたままだ。
「逃げられると思うなよ・・・。こっちには20人、それも腕に自身ある強豪ぞろいだ。言いたいことがわかっただろ?貴様の選択肢は一つしかないんだよ・・・!」
「・・・・・私は時間が惜しい。時間を作るには『消す』のが手っ取り早いようだ・・・。」
「え、あの子使うです?」
「海野は下がっていなさい。」
「かわいそうです・・・この人たち」
「ああ?何をごちゃごちゃと・・・・」
「デストロイア。」
闇夜を昏々と照らす月。さらされる白衣。わずかな先、白く鈍い色の骨が転がった。そして、そのすべてを消し去った紅い悪魔はそこにいた。
「目標補足!全機同時掃射!」
ギドラに向けて30機のメーサー掃射。これが効かないはずはない。ギドラがのけぞる。チタノも隙を伺うが、戦車隊の攻撃が激しく隙を突くどころか近づくことさえできない。ギドラが引力波をメーサーに差し向けようとする。しかし、ジンはそれをやめさせた。
「敵はあの神獣だ!あの人達は殺しちゃだめだ!」
ギドラは戸惑う。その間にもメーサーの雨は止まない。
「ここで一気に叩く!」
その時、何かがメーサー隊の上を通り過ぎた。球体のようで、高速で回転している。ボールが転がっているようだ。それはメーサー隊を押しつぶした。
「あれは先程の通信で言っていた・・・!」
「・・・・あの野郎、でかい癖してやるじゃねえか・・・。」
静岡港。そこには鉄屑と化した『ひえい』『もりゆき』『はつゆき』が浮かんでいた。『さつま』も大破。しばらくは戦えそうにない。
その球体は飛び上がり、中身を開いて見せた。重厚そうな甲羅に身を包み、その表面には無数の突起。そして獣のような骨格。通信にあったアンキロサウルスのそれだった。そいつは四本の足でしっかりと立っている。その姿は『暴竜』というにふさわしい。
ジンは警戒した。敵の新手と思ったからだ。しかし、一向に攻撃してこない。それどころか水棲生物を威嚇している。
「禍津日じゃ・・・ない?」
チタノの竜巻攻撃。しかし、その時既にそこに暴竜はいなかった。いつの間にか後ろを取っている。
(速い!)
ジラにさえ引けをとらないスピード。チタノが倒れこんだ。もがきながら爪を立てる。しかし既に暴竜は離れている。立ち上がろうとするが、再び倒される。暴竜が跳んだ。そして球体になって落下する。チタノの腹をえぐる。泡を吹くチタノ。最後に爪を振り下ろす暴竜。チタノはそのまま白目を剥いて動かなくなった。
「す、すごい・・・・」
呆気にとられるジン。暴竜はそんなジンとギドラを尻目に去っていく。
「ま、待って!あなたは一体な・・・・」
しかし、既に暴竜はいなかった。あいかわらずとんでもないスピードだ。
「・・・・正直期待はずれだったな・・・。」
朝日が創り出す幻想的な淡い赤の海にアンギラスは身を投じた。
「あ、おかえりー。」
ジンはふらふらになって帰ってきた。
「ね、眠い・・・」
そういえば昨日から丸一日一睡もしていない。本当は電車で寝ようと思ったが、乗り過ごすとマズイと思って意識朦朧のまま耐え続けた。
恵は朝早くにもかかわらずTVと菓子にかじりついている。・・・・・・・ん?何かおかしくないか?この人、何のために先に帰ったんだっけ?
「あ、そうだ、坂本さんに連絡してくれた?」
「えー?・・・・・・。あっ!・・・え、ええとねー・・・る、留守・・・だったかなー?」
「『だったかなー?』って・・・恵さん・・・」
「あはは・・・・ごめん、忘れてた・・、荷物整理に夢中で・・・。」
やっぱりしっかりしてる人って男も女も関係ないのかな。それとも、このヒトが極端なだけ?とりあえずお互い苦笑いするしかなかった。
「・・・・ま、いいや。とりあえず寝かして・・・」
ジンはやわらかくあたたかなベッドに倒れこんだ。
同時刻、国連自衛隊本部。
ワザとではなかった。あの時は気が動転していたのだと思う。自分でもわからない。気がついた時には、ガルーダは煙を吐いていた。
「君ほどのエリートが、随分な失敗をおかしたものだ・・・。」
「まさかガルーダに気づかなかったわけではあるまいな?」
尋問を受けている彼女の名は
家城茜(やしろあかね)。今年まで訓練生だった彼女はその実力を買われ、晴れて今回メーサー隊として初出撃が叶った。しかし、舞い上がってしまったせいか、彼女は軍の最新鋭機ガルーダを誤射。おかげで帰還直後に本部に拘束され、たった今尋問を受けている。茜の前には男が三人。自衛官やら何やら、要はお偉いさんだ。
「君にはそれなりの責任をとってもらう。・・・異論はないな?」
「・・・・・ありません」
茜は努めて平然と答えた。後悔と悲しみを、唇の端に噛み締めながら。
「おれも正直がっかりだなー。」
尋問から解放されたと思ったら、今度は自分が撃ってしまった相手に捕まってしまった。
「俺はあんたが目標で自衛隊にはいったんだ。・・・訓練時代のあんたは、満点以外知らないような人だったからなー。」
知った事じゃない。勝手に目標にされて、勝手にがっかりされて。というか、馴れ馴れしくしないでほしい。こんな男、名前も良く知らない。
「で、移転先は?」
苛立ちながらも、言葉だけは何とか出た。
「・・・関係ないでしょ・・・。」
いいかげんに消えてほしい。こんな奴、迷惑以外の何者でもない。
「そりゃ可哀想に。でも、ま、あんたならすぐ上がってこれるだろ。」
「言われなくても分かってるわ。」
茜はこんな男など相手にできないとばかり突き放してさっさと背を向けた。それでも青木は何か喋っている。もう聞いてはいなかったが。
「おれ青木一馬ってんだけどー、覚えてるー?ランニングの時毎日隣にいたんだけどー・・・」
少し広めの家の前で、呼び鈴は幾度となく鳴った。ジンは疲れからか爆睡していたので、恵はそっと坂本の家へ向かった。そして、たった今その家の目の前にいるのだが、何度呼び出しても静かなままだ。
「もしかして、本当に留守なのかな、坂本さん・・・」
日はすっかり昇りきり、雲ひとつない澄みきった青空が、良き日であることを伝えるようにどこまでも続いていた。
福岡県・とある港。
坂本もまた、その青空の下にいた。坂本の目線の先には深い青の海に浮かぶ黒い岩塊。チタノザウルスの事件が騒ぎになったせいで世間にはほとんど知られなかったが、丁度チタノが現れた頃、福岡の港から突如巨大な岩の塊が海底から浮上した。大きさは60メートルほどだ。坂本はこの岩塊が気になり、この福岡の地に足を踏み入れたのだ。今は港の運行は停止されていて、周りには警察が地元の野次馬を必死に追い返している。
岩塊の上では地元の調査団がめまぐるしく計器が並ぶ機械をいじっている。
「岩の成分などは、普通のものと大して変わりません。ただ、これらは随分昔に堆積したようです。」
「ふむ、しかしどういう仕組みで浮かんでいるのだろうか?」
「その答えは、これですよ・・・」
一人がある計器を指差す。
「微弱ではありますが・・・生体反応があります、この岩。」
「な、なんだって!?」
「つまりこの岩は・・・生き物なのか?」
奇妙な岩塊に数機のヘリが電磁ネットを絡める。どうやら地上へ引き上げるらしい。少しずつ空中へその姿をさらけ出す岩塊。しかし、全容が明らかになっても生物感はまるで感じられない。手も足も、他の臓器も見て取れない。―――――本当に生き物なのか?
その時、突如ヘリの一機が轟音と共に燃え上がった。港に墜落し、人々は一瞬でパニックに陥る。さらに二機、三機と炎上していくヘリ。岩塊は海面で水柱を上げる。
「な、何が起こった!?」
「モニターに表示します。」
坂本はこの状況を一瞬で理解した。
「依代展開!」
右腕の腕輪が眩く光り、そこからあふれ出る粒子が獣の姿を形成していく。そしてそれは
バラゴンとなった。
放射火炎。その先は青い空。しかしその炎が何かを捕らえた。炎上し、地上に降り立つ何か。そしてその炎が消えた時、そこにあったのは巨大なカマを携えた昆虫であった。
「やはり擬態か・・・!」
巨大昆虫『
カマキラス』は槍のように鋭いカマをバラゴンに突き立てた。バラゴンはそれを角で跳ね飛ばす。空中に飛ばされたカマキラスは昆虫独特の四枚羽根を広げ、空中に留まった。カマキラスの擦り切れるような鳴き声が戦場に響き渡る。それと同時に何十体ものカマキラスが空中から姿を現した。擬態していたカマキラスは一匹ではなかったのだ。折り重なる鳴き声が戦場を支配し、昼間にもかかわらず空は暗くなる。バラゴンもひるまず放射火炎を放つ。それとともにカマキラスは四方に散った。バラゴンは目で追うが、どれに目標を定めればいいのかがわからない。一匹が突っ込んできた。耳に紅い筋が入る。バラゴンがその一匹に狙いを定める。しかし、その前に二匹目が背後から一撃を食らわせる。バラゴンが振り向く。さらに後ろから三匹目。四匹目。五匹目。独特のリズムで仕掛けるカマキラス。バラゴンはそのリズムに完全に乗せられている。
「何とか相手のペースを崩さなくては・・・・よし、バラゴン!」
放射火炎。しかし次々とカマキラスを避けていく。流れ弾は岩塊をわずかに削った。
カマキラスの一斉攻撃。もはやカマキラスは勝利を確信していた。しかし、突如カマキラスの動きが鈍った。何かに目を奪われている。それはバラゴンの『角』だった。
昆虫は光るものに近づく習性がある。バラゴンは普段地下を照らすために発光させる角をつかったのだ。昼間でも光がはっきりわかった理由は、カマキラス自身が密集しすぎたために、適度な暗さを創ってしまったためだ。まさに飛んで火にいる夏の虫。バラゴンは集まったカマキラス十数匹を串刺しにした。
残りのカマキラスが逃げ出そうとする。しかしそのとき、突如岩塊が発光を始めた。
「あれは・・・!」
底面から手や足が顔を見せ、岩の中からは見るからに強固な甲羅が姿を現した。岩は、甲羅に堆積したものだったのだ。
――――緑色のその姿は二足歩行の亀のようだった。カマキラスは構わず宙へ逃れようとしている。しかし、巨大亀はそれを睨みつけると、喉をかすかに赤く発光させて高速の火球を放った。それは、カマキラスをまとめて消し飛ばした。甲高く、重々しい咆哮。巨大亀、ガメラは天に向かって何度も鳴いた。
「あれが・・・・玄武・・・」
「福岡港に怪巨大生物出現!」
すぐさま自衛隊に出撃命令が下った。格納庫が慌ただしくなるなる中、黒木がつぶやく。
「丁度良い、実戦テストというわけだ・・・。」
黒木の眼下には、楕円球体を角張らせたような緑色の鉄塊が横たわっていた。
最終更新:2007年03月19日 19:59