ふと耳を澄ます。何か聞こえた気がして。気になって辺りを見回すが、近くに何かがいるというわけでもなかった。
しかし、絶対何か聞こえたはず、と再び耳へと精神を集中させる。すると・・・
十数秒ほどしてコンクリート階段を駆け下りるような音がかすかに聞こえた。やはり気のせいではなかった。
コンクリート階段・・・恐らく、場所は少し先の廃屋だろう。




ゴジラ ファイナルウォーズ リバース番外編
~Twin cobra part B~




「全く、何で私がこんなことを・・・」
「そんなことより、早くあの人を捕らえないと、上から何を言われるか・・・」
鉄臭い廃屋を最上階である10階から一階まで一段飛ばしで駆け下りながらの音量を控えた会話。
愚痴を漏らした一人は、亜麻色に長い髪を持ち、胸のラインがくっきりと現れるような黒っぽいスーツを纏った女性―――霧島麗華。
もう一人はイマドキの好青年といった印象の男性―――河原田勇介。彼の姿は最近確認された超人類、ミュータントの着る黒に銀の装甲といった服装だ。
「何でですの?大体こんな仕事、私たちの管轄外なのではなくって?」
悪態を漏らす麗華。確かに二人は普段、戦闘などの作戦活動を行ってはいない。特に河原田はただの航空兵であって、こんな生身での任務に参加する可能性は皆無なはずなのである。

それは数時間前の話。ロリシカ共和国から届く機密書類を護衛するという任務が、普通ではありえない二人の下へ言い渡された。
当然麗華と河原田は猛反対した。しかし、任務を言い渡した当の本人、神崎瑞穂は悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう言った。
「だってー、二人ともとーっても仲よさそうなんだもん、チームワークもバッチリかなーって思って♪」
その一言で、全てが片付けられてしまった。実際、准将という階級である彼女に逆らう事はできないので、仕方ないのだが・・・
そして、結局書類は護送中、それを狙っていた組織『バイオメジャー』によって奪われてしまい、一度はこの廃屋に追い詰めたものの、さび付いた床に足を取られ、こうして今再び追いかけている、というわけなのである。



「はあ・・・」
何度目かのため息がでる。正直言って、河原田は麗華があまり好きとはいえなかった。なんというか、見透かされている気がしてならないのだ。実際、彼女の評判は良くない。常に詮索するような言動、裏の世界に通じているという黒い噂・・・。
それでも、ドッグファイターでの連携プレーはいつもため息が出るほどに見事なコンビネーションで、本当に河原田にとって謎の多い女性なのだ。

「とにかくさっさと終わらせましょう。・・・それにしてもやっぱり納得がいきませんわ。こういうのはいつも静奈さんがおっしゃってるあのバカのお二人の方が適任なのではなくって?」
「そ、そうですね・・・」
確かに適任者は数多くいる。由美子さんと怜さん、麗華さんが言ったバk・・・じゃなくて信二大先輩と松本先輩、それに尾崎大尉と根岸さん。
それでも、神崎准将は自分達を選んだ。・・・何か意図でもあるのだろうか?

状況に合うのか合わないのかわからない会話を二人が続けているうちに、階段は終わりを迎える。そのまま直線の通路の先に玄関があった。二人は一気に走りぬけてビルの正面の道路へ。あの男はどっちへ行ったのだろうか?話している間に随分距離をとられたかもしれない。勢いよく飛び出そうとしたその時、一瞬右に視線をやると、そこにはあの男がいた。それが何故か、一般人の少女とともに。

全くわけがわからない。美里が廃屋の様子を窺っていると、突然黒服の男が飛び出してきて、そいつに捕まってしまった。あまりの唐突な状況の変化に、身をこわばらせる美里。すると、間をおかずに更に今度は黒っぽい服装の男女が二人出てきた。
「来るな!」
突然男が美里にナイフを突きつけながら怒鳴り散らす。美里はただジッと震えることしか出来ない。
「待って。その娘を放してください。民間人を巻き込むわけには・・・」
「ちょっと、そんな事言って放してくれるわけがありませんわよ?」
向こうにいる男は随分とおどおどとしている。それに比べ、女性のほうは割りと冷静なようだった。
「ふん、さすがに民間人を傷つけるわけにはいかねえよなあ?」
勝ち誇ったように鼻で笑う黒服の男。一般人というのは、どう考えても自分だろう。美里は、好奇心でここまで来てしまったことを激しく後悔した。
「この嬢ちゃんに手ェ出してほしくなかったら、大人しく書類のことはあきらめな。それとも・・・」
ぐっと刃先が喉元に近づく。そればかりか、いつのまにか腕も男の手中にあった。
「わ、わかりました!書類のことはあきらめます、ですからもうやめてください!」
「なっ!? ち、ちょっと、いいんですの?あれはミュータント強化プランの重要な・・・」
「仕方ないでしょう・・・民間人を危険に晒すことは出来ません」
「・・・・」
押し黙ってしまう二人。
―――しかし、少しの間を経て女性の口がゆっくりと開いた。
「そんな民間人、あなた方の好きにして頂いて構いませんわ」

その場が、一瞬凍りついたようにしんとした。


河原田は耳を疑った。・・・正気か?
そして、やはりあの黒い噂は本当だったのだと、半ば呆然としながら思うのだった。
「麗華さん・・・本気何ですか」
無駄な質問なのは分かっている。だが、どうしても割り切る事はできないと思った。
できるわけがないと思った。
そして、霧島は、見事に期待を裏切らない返答をした。
「当然です。私はあくまで防衛軍に『協力』しているだけ。正式な軍人ではありませんのよ?」
言い終わると、拳銃を手にかける霧島。どうやら、実力行使で取り返すつもりだ。―――もちろん、民間人の少女は眼中に入っていない。
「こんなことをして、平気なんですか!あなたの良心は、任務に取り上げられてしまったのですか!」
河原田はもう限界だった。たとえ言って分かる相手でなくても、彼の持ち合わせの正義感は黙っていられなかったのだ。だが、彼女はその冷血なまなざしをこちらに向けることなく、鋭い視線を更に鋭くした。
たじろぐ黒服。相手のとっても、こんなことは初めてなのだろう。
「し、しかしそういうわけにもいかないんだよ!行け、ヤツラをハチの巣にしろ!」
黒服が叫ぶと同時に、どこからともなく二人を取り囲む色とりどりの黒服達。
その瞬間、霧島の表情が冷血から温暖へと変わった。
「このときを待ってましたわ。あなた方、それで隠れていたおつもりかしら? さあ河原田さん! そのミュータント魂で、思う存分お暴れなさいな♪」


――――きゃ、キャラが変わった!?

「い、いや僕ミュータントの血はあんまり・・・」
「いいから行きなさい。それとも何ですか?瑞穂さんの命令は聞けて、私の命令は聞けないとでも?」
「え、ナンですかそれ!?あんまり関係・・・あー、はい、わかりました、やりますよ!」
今の数秒間に何があったかはあえて言わないことにする。
河原田が身構えた。普段は生身で戦闘しないとはいえ、信二や松本の身振りは何度も見て覚えている。
「ば、ばかめ!こういうときの人質だと言う事を忘れたか!もし一歩でも動いたら・・・」
「動いたら・・・なんですの?」
無駄に自信に満ち溢れた霧島の表情。
「何?貴様、その自信はどこから・・・って何ぃ!!?」
そう、黒服はやっと気づいた。ついさっきまで自分の手中にあった美里の身体は、既に霧島の後ろに回されていたことを。
「ば、ばかなああぁぁぁっ!!」
その男の叫びは、バイオメジャーたちの最後の断末魔となった・・・。

その後、バイオメジャーらは警視庁直属の特殊部隊『SUMP』に身柄を拘束され、もうすっかり夕闇に染まった空気の彼方へと消えていった。

「それにしても、もうちょっとスマートにやってくださいよ」
ふと、河原田がため息をつくように霧島を睨みつける。
「あら、よく言うじゃありません?敵を欺くにはなんとやら、って」
霧島曰く、ああいった連中は、全く想定外の展開に陥ると案外判断力が鈍るものらしい。確かに、後半はずっと霧島のペースだったが。・・・河原田を含めて。
それから、霧島は男の手から解放されても半ば放心状態で突っ立ったままの美里にゆっくり歩み寄り、「大丈夫よ。」と手を差し伸べた。
美里は、警戒しながらもすがるようにその手を握る。
「ごめんね、変なことに巻き込んでしまって」
こっくりと頷く美里。それでようやく、気持ちが落ち着いたようだ。

(へえ・・・)
それは、河原田にとって見たことのない霧島だった。裏では黒い噂しかない彼女が、意外と常人でも気づかないような心遣いができるとは。

その時河原田は思った。
今の天使のように微笑んでいる麗華こそ、実は本当の霧島麗華なのではないかと。
そして、実は彼女が一番、純粋なのではないかと。

その日から、自分は彼女を信じるようになりました―――――

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最終更新:2007年03月25日 18:27