第10章:潜む魔物

恵にじりじりと迫る亀=カメーバ、ザリガニ=ガニメ、イカ=ゲゾラ。
恵は一歩ずつ後退するが、すぐに水が足に浸かる。完全に追い詰められた。泳いで逃げても相手は魚介類。当然すぐ捕まってしまうだろう。だが、他の逃げ道などまるで見当たらない。かといって戦うなんて事もできない。ガニメは鋭い音を立ててハサミを閃かす。カメ―バも首を出し入れ、今にも襲い掛かってきそうだ。
(ど、どうしよう・・・・!?)
ガニメがハサミを砂浜へ振り下ろす。恵は砂塵をかぶって咳き込む。
続いてゲゾラが10本の触手をギュルっと伸ばす。あまりの俊敏さと大きさに面食らい、思い切り体を吹き飛ばされてカメーバの眼前まで転がる。この時点でも、普通なら死んでいておかしくない。だが、恵は意識朦朧になりながらも立ち上がろうとする。カメーバは、待っていたとばかりに大口を開いて首を伸ばした。
「・・・・・・!」
恵は精一杯力を振り絞ってその場所を離れた。カメーバの首は砂浜に突き刺さった。しかし、衝撃でまたしても吹っ飛ばされてしまった恵は元いた場所へ戻されてしまう。
(体の・・・感覚が・・・)
ガニメがハサミを振り上げた。
(も、もうダメっ・・・・・)
恵は目を瞑った。

しかし、目を開いた時、ガニメの視線は別のところへ向けられていた。その方向を見ると、カメーバが苦悶の表情で倒れている。さらにその奥にはぬるぬるとした8本足の巨大生物がゲゾラを睨み付けている。タコだ。海魔・大ダコ。
ゲゾラが触手を伸ばす。しかし、大ダコはそれを自らの触手で弾いた。触手と触手のぶつかり合い。戦いは触手が2本少ないにもかかわらず、大ダコが優勢だ。さらに大ダコはスミを吐いてゲゾラの目を潰した。のけぞるゲゾラ。ゲゾラも負けずに冷気を吹きかける。大ダコの足が一本凍結した。さらにゲゾラは凍結した足に触手を叩きつけた。氷が足ごと砕け散る。それでもまったくひるまない大ダコ。ゲゾラの体に取り付き、触手を巻きつける。苦しそうに暴れまわるゲゾラ。しかし、大ダコは離れない。そのまましばらくして、ゲゾラは力なく倒れこんだ。
動かなくなったゲゾラを見据えると、今度はガニメの方に振り向く。ガニメは急に引き腰になり、慌てて海へと体を滑らせた。
ようやく辛うじて動けるようになった恵はとりあえず助かった、と一安心。大ダコの方へ近寄ろうとする。しかし、途中で恵の足は固まった。大ダコはジッとこちらを見つめている。しかも、その目は獲物を捉えようとする目だ。
「え・・・・嘘・・・・」
大ダコは恵に近寄った、否、襲い掛かった!
「えーん!何でこうなるの~!?(半ベソ)」
恵は全速力で、タコなら追ってこないであろう森の中に飛び込んだ。案の定大ダコは追ってこず、ようやく側にあった大きな石に座り一息ついた。
「もう、なんて所なの・・・!」
しかし、そうボヤいた直後、再び恵の目の前に巨大な足が振り下ろされる。大ダコと同じく8本足だが、それは毛むくじゃらで、赤い目、黒と黄色の縞模様だった。
巨大毒グモ、クモンガだ。クモンガは恵に気づくとしなやかな足を勢いよく振り下ろした。一目散に駆け抜ける恵。もう半ベソでは済まない。
「もう、バカあ~っ!!!」

* * * * * *

息を切らしてようやくたどり着いた洞窟。ここなら少しは安全そうだ。クモンガももう追ってきていない。
「それにしてもここは何なの・・・?」
まるで巨大生物の動物園。これらはすべて神獣だろうか?それにしては野性味溢れているというか、エサに必死というか・・・。
「とりあえず、今日はここで寝るしかなさそうね・・・。」
ぐったりとした表情の恵は、そのままふらふらと倒れた。

「・・・・・・」「・・・・・・・」
次の日、誰かが携帯で話す声が聞こえて目が覚めた。
(ん・・・・あれ、人!?助かったぁ、これで普通の修学旅行に戻れるわ・・・)
恵はその人影に駆け寄ろうとした。しかし、話の内容が耳に入ると、恵の足は再び固まった。
「ずっと探してるですけど、・・・の心臓なんてちっとも見つからないです。本当にこのあたりに流されたですか?」
(・・・・?何、心臓って!?)
「間違いない、横浜港の海流が突然変わったのはスピップ号の気象システムにハッキングして確認した。おそらく・・・が流れを変えたんだろう。・・・が持つ力は二年前の比ではないからな。とにかく海野は沖縄近海を隈なく捜索しろ」
「はーい・・・・ツマンないの・・・。」
人影はそれから奥へと消えていく。恵はそれとなく人影を追った。しばらくすると、元いた海岸に出る。そにいたのは女の子。しかも・・・
(こ、子供!?)
さきほどの人影は、中1生程度の少女であった。
その時、突如海が割れ、巨大なハサミが姿を現した。
「あ、あれは昨日のデカザリガニ!!?」
昨日より苛立っている。獲物(自分)から逃げられたからか?
ガニメは真っ直ぐ女の子に迫る。
「あっ、そこの子!!早く逃げて!そいつあなたを狙ってる!」
しかし、少女は逃げるどころかどんどん近づいていく。そして、暴れ狂うガニメの前でこう言った。

依代展開!です!

「は・・・・?」
よ、よりしろ・・・ってまさか?
少女の頭上に光の粒子が収束する。それはやがてガニメ以上に巨大なハサミを形作っていった。
「魚介王、エビラ!」
現れた巨大海老、エビラはガニメを睨み付けた。ガニメは自分より大きなハサミにたじろぐ。しかし、恐れながらもハサミを振り回すガニメ。エビラはそれを受け止め、ガニメの腹へもう一方のハサミを突き刺した。ハサミは背中まで貫き、エビラのハサミは緑の血で塗られた。もがき苦しむガニメ。さらに容赦なく今度は相手を掴んでいるハサミに力を入れる。そして、ガニメのハサミが地にボタリと落ちた。満身創痍。ガニメはもう逃げる事しかできなかった。しかし、エビラは逃がさない。
「クライシス・シザース!」
ハサミから閃光が走り、ガニメの足を全て切断した。砂塵を巻き上げて倒れこむガニメ。ゆっくりと近づいてくるエビラ。ガニメは泡を吹きながらジタバタ暴れるが、もう逃げる事はできない。
少女は口元を歪めた。エビラのハサミに紫の放電が走る。そしてそれは徐々に塊となっていった。
「バイバ~イ・・・・・オキシジェン・アブソーバー!」
巨大な紫の塊二つがガニメを包み込む。・・・・そして、ガニメの姿は白骨と化していた。
「・・・・・・!」
あまりの無常さに声も出ない恵。そのまま呆然と突っ立っていると、エビラがこちらを向いた。
「さて、そこのアナタ、何者です?」
「!!・・あ・・・あの・・・その・・・・」
恐怖のあまりか、言葉が上手く出ない。
「まあいいです。結局、見たからには消えてもらうだけですからです。」
「・・・・・・!!」
エビラが唸るような雄たけびを上げる。恵は慌てて森の中へ駆け込む。エビラが木々を切り倒しながら迫ってくる。必死に走る恵。肺活量はあるので、迷わず走り続ける。こんな時ばかりは吹奏楽部で本当に良かったと思う。しかし、絶望感に輪をかけるように、眼前にあの時の巨大毒グモが現れた。
「ええ~~っ!!も、もうダメかもーーーーーー!!」
クモンガが恵をじっと見つめる。恵は硬直してしまう。しかし、よくみるとクモンガの様子が昨日と違う。たしか昨日はクモンガの目は赤かった。しかし、今の目は青い。これはどういうことだろうか・・・?
(とりあえず襲ってはこないようだけど・・・)
その時突如ハサミが突き出し、恵のすぐ後ろにエビラが姿を見せた。
「やっと追いついたです。」
「げ・・・」
エビラがハサミを振り上げる。恵は今度こそもうだめだと思った。
しかし、エビラはそれを振り下ろす前に何者かに吹き飛ばされてふんぞり返った。恵は、始めは何が起きたかさっぱりわからなかった。自分の目の前では、いつの間にかクモンガがエビラに立ちはだかっている。
「え・・・?」
クモンガは、8本の足のひとつを恵の前に差し伸べる。そして、恵を誘うかのようにか細く鳴いた。
「の、乗れ、って事?・・・よくわかんないけど、助けてくれるの?」
恵は長い足を伝って頭の上に立った。それとちょうど同じタイミングでエビラが起き上がる。
「全く、お人よしなクモさんです!邪魔するなら容赦しないですよ!」
エビラが咆哮する。クモンガも勇壮に鳴いた。
「クモさん・・・ありがとう・・・・」

クモンガから白い糸が、エビラに向かってしなやかに降り注ぐ。エクセル・ストリングス。糸に絡まったエビラは動きが鈍る。
「何やってるですかエビラ!クライシス・シザース!!」
そのハサミの閃光が、絡まる糸を、周りの木ごと断ち切った。今度はエビラがハサミを振りかざす。クモンガは足で受け止める。クモンガが毒針を突き出した。察知したエビラはすぐに後退する。
「惜しい!」
恵は指をパチンと鳴らした。
「な、何て生意気なです!よーし、エビラ!あのお人よしグモを私達のホームグラウンドに引きずり込むです!」
それを聞いたエビラは一度咆哮し、クモンガをハサミで掬い上げ、砂浜のほうへと投げ飛ばした。
「きゃあああああっ!!」
恵は吹き飛ばされそうになったが、クモンガが咄嗟に恵を糸でしばりつけた。砂浜に着地するクモンガ。
「ふう、助かった・・・。ありがとう、クモさん♪」
クモンガは嬉々とした泣き声をあげた。しかし、すぐにエビラが切り倒された森から現れる。
「ふふ・・・もう逃げられないですよです・・・」
エビラはクモンガを飛び越し海の中へと飛び込んだ。
「あ、そっか!・・・・しまった・・」
恵は海老が海の生き物である事を忘れていた。
突然エビラが海から飛び出し、クモンガに飛び掛る。
「クライシス・シザース!」
閃光がクモンガに迫る。エクセルストリングスで応戦しようとするが、一瞬で斬られてしまう。閃光はクモンガの右3,4本目の足を斬り落とした。苦しみの声をあげるクモンガ。
「クモさん!」
さらにエビラの攻撃は続く。ハサミを右へ左へ振りかざす。クモンガは糸で弾幕を張るのが精一杯だ。じりじりと後退していく。しかし、やがて足に水が浸る。ここぞとばかりエビラはハサミでクモンガの足を掴み、何度も地面に叩きつける。その度に苦しみの声をあげるクモンガ。恵も意識が飛びそうだ。最後に、左1本目の足を斬り落とし、後ろへ投げ飛ばした。意識朦朧のクモンガ。
「そろそろ終わりにしてあげますです」
そういうと少女は突然両手をかざし、こう叫んだ。
「依代展開!海魔、大ダコ!」
光の粒子が収束し、あの時のタコが姿を見せる。恵は信じられないような顔をした。だが、それだけではなかった。
「依代展開!海底魔獣、ダガーラ!」
今度は獣とも魚ともつかない異形の生物が形成される。さらに・・・
「依代展開!海底蛇、大ウミヘビ!」
「依代展開!氷河獣マグマ!」
「依代展開!海神ムーバ!」
新たに現れるたびに恵の顔が引きつっていく。合計6匹。
「ばいば~い・・・お人よしなクモさん・・・!」
その言葉を合図に、神獣たちは一斉に咆哮した。

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最終更新:2007年03月25日 18:38