助けてもらったことは素直に感謝している。
だけど、それだけじゃダメなんだ。
私はM機関に入って、戦うって決めた。
だから、助けてもらうだけじゃいけない。
―――いけないんだ。
「や~し~ろ~?」
「ひいぃっ!?」
「俺はお前に何て言ったっけか、な…?」
「えと、その…す、すいません~ん……」
「すいませんで済むかっっ!!」
熊坂教官の張り裂けんばかりの怒声にゆみは思わず縮こまっていた。勢い負けは当然で、喋るたびペコペコと頭を下げるゆみ。
「あっはは、抜け出してきてたんかい…」
日は完全に傾いてた。にも関わらず、教官の口はまだ止まる気配がない。
このままじゃ帰るのも遅れる、と静奈さんが仲裁を買って出る。
「ま、まぁまぁ教官、結果的に怜も助かったことですし…」
「春日井中尉…あまり甘やかさないことだ。いくら新入りとはいえ、軽率な行動は命を落とすことに繋がる」
「それは、そうですが…」
言葉に詰まる静奈さん。教官はさらにゆみに向き直る。
「今回は和泉の件、そして
ベムラーを討伐した事もあるし、見逃す。だが…次は、ないからな」
「はい…」
教官に完全に圧倒され、俯くゆみ。教官は、そのまま踵を返し自分の車へとさっさと歩いていった。
私の後ろに白目を向いて倒れているベムラー。その原因のほとんどはゆみと言っても過言ではない。
ベムラーの尻尾を軽々とかわし、光線さえものともせず一撃で頭部を撃ち抜く。同じメーサー小銃を使う私でも、その威力は見たことがないほどに洗練されていて美しい。
ベムラーはなす術なく、私達が呆気に取られている中でゆっくりと崩れ落ちた。
まるで見世物のような戦いだった。演習以下。戦いと呼ぶことさえ憚られるような、
『虐殺』
しかし……そのときのゆみは、すごく冷たい瞳をしていた。まるで別人と思えるくらい…。
ゆみはとうとう半べそまでかきだした。そして、そんな姿に内心ホッとする私。
「ほら、いくよ!…もしかして、泣いてる?」
わざとらしく聞いてみる。
「なっ…泣いてないよ!泣くわけ、ないもん」
拭いて隠すあたりがまた可愛らしい。浮き出た雫がわずかな夕日にきらきらと輝く。
「はいはい、ほら行くよ?」
「ま、待って!」
しかし私は、この子を見る度思ってしまう…。
―――本当にこの子が、軍なんかにいていいのかと。
ささやかな幸せを守りたい。 小さな日常を守りたい。
あの子が最初に話してくれた、ココに入った理由。
だが、聞くたびに思うことがある。
アナタが軍に入ったら、守りたいその『日常』はどこへ行ってしまうのか、と。
「ふぁ~、昨日は散々だったなぁ…」
今日は軍入隊から初めての登校の日。
実は、双方とも両立させるという条件で学校通学を許可されている私は、普段はM機関のお仕事、非番の日は学校に登校という生活を送っている。
…正確にはこれから送るんだけど。
それにしても本当に昨日は散々な1日だった。教官に変な訓練を受けさせられ、怜ちゃんを助けて一安心と思ったら今度は訓練を抜け出したことで怒られ…
でも、後悔は全くない。怜ちゃんは結果的に助かった。怪獣も倒して、平和になった。だから、後悔はしない。怒られたって、大丈夫。
それでも―――ひっかかることはあった。
(……ちょっと、かわいそうだったな―――)
初めて戦ってみて、素直に思ったこと。単純に怪獣が暴れるから軍隊が止める。その程度のことと思っていたけど…
やっぱり、複雑な思いだ。怜ちゃんにも話した。だけど
「それは優しすぎ」
とあっさり突っぱねられてしまった。こんな調子で、軍でやっていけるんだろうか―――
と、そのとき。
「あれ、ゆみがいるー!」
席についていた私に近づいてくる栗色でツインテールの女の子。私は、変わりない『親友』の姿に心底安心した。
「美里ちゃん…」
琴音美里。中学からの一番の親友で、いつも私を助けてくれる優しい子。
特に―――
「はい、この問題…家城―」
「はぅえっ!?え、えーと…」
「P32、微分積分定理!」
「えーとえーと…(わ、わっかんないよぉ…!)」
「しょうがないナァ… …4!」
と、まぁ色々助けてもらっちゃってます…。
「で、で、どうなの?『えむきかん』ってのは!?」
ずい、と隣の席から身を乗り出して聞いてくる美里ちゃん。
「う、うん…いい人たちばっかりで。でも、やっぱりちょっと大変かなぁ…」
「ねぇねぇ、訓練ってやっぱ殴りあったりするわけ!?それとも木人!?」
キラキラと眼を輝かせ、興味深々の美里ちゃん。そ、そんなに楽しいものじゃないんだけど…。
「うん、まぁ…ていうか木人って?」
「あ、そうだ…和泉は元気?」
ふと思い出し、少し笑みの消えた顔で尋ねてくる。
「あ、うん」
正直に答えた。死にそうになったこととかは…言う必要ないと思う。
「そっか…でもアレだよね、連絡くらいくれたっていいのに。ゆみみたいに学校に来てるわけじゃないんだからさ…。薄情だよねー、友達だってのに」
ため息ひとつ、自分の席でうなだれる。
「まぁまぁ…あそこの訓練、ホントに大変だし……なかなか暇作れないんじゃないかな」
実際、最初の訓練で私は根を上げそうになった。当然、熊坂教官の活が入ったが…
「それでも!私、そういうのは大切にしたいの。こういうのをうやむやにした人間は終わる!うん、確定」
ぐっと拳を掲げ、自信げにそう話す美里ちゃんは、やたらにイキイキとしている。でも、そんな友達思いの所にいつも助けられているのだけど。
「…あーそれとさ……さっきからものすごく気になってるんだけど」
「うん、何?」
そう言うと、美里ちゃんは私の腰あたりを指差す。
「それ。その人形…まさか、あっちでもずっと持ってるわけじゃないよね?」
とぼけた顔をした、赤、黄、青のカラフルな人形。某有名ヒーローにも似たそれは、時間の経過を思わせるほどにくすんだ色をしていて、それでもどことなく愛嬌を持っていた。
私は、『じぇっとじゃがー』と呼んでいる。
「え…だって、持ってると安心するし…」
コレは元々私のものではない。これはお父さんのもの。それはまた同時に…
―――形見でもある。
「安心するって…子供じゃないんだから」
呆れたように首を振っている。
「だ、だって」
多分私、顔真っ赤……でも、コレを持っていると落ち着くのは本当。
―――近くに、お父さんがいる気がするから。
何年か前の、事件。突然空は真っ黒に染まり、地面は真っ赤に染まって。絶え間なく流れていく血の匂いが、吐きそうになるほど気持ち悪くて。
そんな中で、私は泣き叫びながら、ぬくもりを求めながら、ただただ一人、炎の中を彷徨っていた。
目の前で、紅い閃光が煌めいて、弾けて―――お父さんはそれに飲まれて死んだ。あの時、私の目に映った大きな紅い瞳。三日月のように裂けた形をしたあの幽鬼の瞳を、私は忘れたことはない。
擦り切れるような咆哮、遠くに響く足音。私のささやかな日常をほんの一瞬で奪い去っていったそれは、暗黒の空へと消えていった。暗雲に包まれた、暗い昼間の空へ。
もう、日常を失うのは嫌だから。もう誰にも、私のような思いをする人は、見たくないから。
かすかに青みを帯び始めた夕暮れ時の空。
「今日は…直帰だよね、さすがに」
「うん、ごめん…まだ色んな手続きとか、残ってるから―――」
「いいよいいよ、また今度暇な時にね」
無邪気に手を振っている美里ちゃん。
―――今度って、いつだろう。
そんなことを片隅に思いながらも、私は手を振り返す。
久しぶりの学校、親友との再会。私は、こんなささやかな日常が
幸せです
だから―――
「ゆみ、そっちに2匹!ちょっとデカイから気をつけて!」
「わかった!」
交差点に出ると、2匹のメガヌロンが待ち構えていた。
「…おいで」
メガヌロンが鋭利なカマを閃かせながら突っ込んでくる。私はそれを垂直に跳んでかわす。そして、背中合わせになった怜ちゃんと同時にメーサーを構えた。
――― 一閃。
二人の閃光が、2匹のメガヌロンの同じ箇所を撃ち抜いた。そのまま、断末魔の叫びと共に崩れていく。
「やったね!」
「うん」
―――だから私は…この小さな日常を、守りたい。
ただ、それだけ。
最終更新:2007年10月02日 22:56