濁ったような咆哮は未だ鳴り止まなかった。
「な、何十匹いるの…?」
既に無数のメガヌロンに囲まれている。倒せば倒すほど沸いて出てくる。本当に、際限がないように見える。
「どうする?囲まれちゃったよ…」
「どうするって言われても…!」
もう何時間同じことを繰り返しているだろうか。
先頭のメガヌロンがグロテスクな口から泥弾を放つ。速度はあまりなく、放物線を描いてゆっくり落下してくる。普通ならば簡単にかわせるはず。けど…数が、多すぎる!
「ど、どうしよう!?」
「決まってんでしょ?…突っ込む!」
「え、あのグチャグチャドロドロの虫の中に!?」
改めてメガヌロンの姿を見る。
…うぇ、やっぱり体がドロドロしてるし、口の中はグチャグチャで臭いし…。
「……やだ」
「いいから来るっ!死にたいの!?」
怜ちゃんは無理やり私の腕を引っつかんだ。
「え、やだちょとっ!?」
抵抗もできぬままメガヌロンの渦中へと突入する。その瞬間、鼻を襲う悪臭。息をすることさえ憚られる。鼻を押さえようにも手は塞がってるし…
目の前にメガヌロンのカマが迫る。そこで手を離す。同時に散開。空を切るカマ。
そのまま二人の蹴回し蹴りがメガヌロンの頭部に直撃。
「それに、してもっ!ずっと奥まで虫だらけだけど!どこまで逃げる!?」
絶え間なく襲いくるメガヌロンにメーサー、蹴りと応戦する。しかし、右も左も見渡す限り人食い虫の群れ…
「逃げる?冗談!…全部倒すの!」
体を反らしながらグッと意気込む怜ちゃん。私は思わず絶叫する。
「ふぇえ!?こ、この数だよ!?」
「いいから!どっちにしたってコレ野放しにするわけにはいかないんだから」
会話に割り込んできたメガヌロン。しかしそこは同時パンチで吹っ飛ばす。巻き込まれたメガヌロンも数匹いた。
「もぅ…しょうがないなー…」
ため息をつきながら、さらに飛び掛ってきたメガヌロン数匹をメーサーで撃ち落す。
一瞬で炎に包まれながら落ちてくる屍。たじろぐメガヌロン。その一瞬を見逃さず、二人の足は揃ってひるむメガヌロンに突撃していった。
青天の夜空、そこにぽっかりと穴を開ける黄(こう)の月。
月夜の中、銀翼の鳥が美しき光を纏って現れる。
―――鳥?いや、違う。戦艦。それも、巨大な空中に浮かぶ艦。
「まもなく目標海域に到着します」
「うむ」
―――空中戦艦『
コンスタンティノープル』。楕円形になだらかな流線型を加えたボディ。そして何より特徴的なのは、艦首に取り付けられた長大な砲塔だ。
すべてを圧倒するそれは一直線に『目標』目指して進んでいく。
―――目標。信じがたいものだった。
報告があった。そしてその報告は、すべてのミュータントたちを驚愕に陥れた。
そして、ついに「それ」は海上にその姿を現す。―――無残な姿で。
青い海にポッカリと穴をあけたように浮かぶ黒い巨大な身体。そして透き通るように白い背ビレ。長大な尾。その身体に加えられた無数の切り傷のような血筋、そして焼き爛れた皮膚。かつて怪獣王とまで呼ばれた姿が、残酷な、本当に無残な身で横たわっていた。
「ゴジラ……死んでしまえばあっけないもの、か…」
静奈がモニターに向って呟いた。
―――言わずとも、誰もが知るその名。
「…いや、まだわからない」
静奈の後ろから現れる一人の青年。まだ若々しいその姿は、好青年の印象を持っていた。腕を組む片手には、一太刀の剣が握られている。
「ああ、松本か…」
ちらと顔を確認し、つまらなさそうに答える。
松本実。静奈達『尾崎小隊』に属する一人。これまでは事情もあって顔を出せずにいた。
「俺では不満か?」
「いや?ただ、お前の顔も見飽きたと思ってな」
「…心外だな」
それを不満というのでは、と突っ込みたいところだが、ここはぐっと堪える。
「ところで、この状況…どう思う?」
改めて横たわるゴジラの屍を見つめなおす。これまで幾度となく戦ってきた好敵手とも呼べる存在…いや、そうと呼ぶにはこちらが一方的にやられすぎていたかもしれない。それが、こうも簡単に殺されてしまうとは、誰が思っただろうか。
「…殺された、と決め付けていいのか?」
静奈が目を細めた。
「当然。でなければ、あんな傷はつくまい」
「…確かに。だが、そうなると該当するケースは…」
歯の立たなかった怪獣王を倒した相手。果たして味方か、それとも…敵なのか。
敵だとしたら―――厄介なことになる。
「明け方、実際に上陸して調べてみる。松本、もしものこともある、お前にも同行してもらうぞ?」
「そのために、呼んだんだろ?」
「何だ、よくわかってるじゃないか」
お互い含み笑い。何の腐れ縁か、付き合いも長い…意思疎通も自然とできるようになった。
「…と、の前に一杯やらせてもらうか」
「おい待て!なんでそーなる」
…そういえば、たちの悪さで言えば信二といい勝負だったな……。
「っと、ああそういえば」
松本が動きを止める。勘がいい、お前の喜ぶネタだろう。
「お前のいない間、新人を入れておいたぞ」
「…新人?男か、女か」
「女だ」
女好きの信二とは違い、松本は渋い顔をした。
「…大丈夫なのか?」
「まぁな…なかなか伸びそうな子だよ。とりあえずは怜に任せて様子見してるが」
松本はますます落胆した顔になった。しまいにはため息まで漏れる。
「大方和泉の友人か何かだろ…そんなんで本当に問題ないんだろうな」
「お前が言うな!」
その言葉にはかなり引っかかるものがあった。松本こそ、親友を追って入隊したくせに。
――― 一人なのは、私だけだな。
「…とりあえず、帰ってからじっくり見せてもらうよ」
踵を返し、松本はそのまま奥へと消えてしまった。
「あ、酒はダメだからな!?って聞いてるか!?」
―――そことは離れた、どこか遠い建物の一室。
印刷物が机でエベレストを作り上げている薄暗いその場所に、パソコンのキーボートをたたく音が静かに響く。何人かの顔が泳ぎ、細かい文字の波が津波を起こして目の前の人物に襲い掛かる。しかし、その人物はこともなくそれを見つめ、最後に妖艶な笑みを浮かべた。
「なるほど…この方が、ね」
その呟きは、再び響きだしたキーボードの音に染み込むように消えた。
翌朝。青く澄み渡った空が海を見渡し、時折横切るかもめもどこか清々しい。
そんな中で。
「ん……ぅ…」
白い布団が寝返りをうつ。と、ぱじゃま姿が曝け出される。
「ふぁ……あ?」
重いまぶたをこすりながら時計を見る。すると…
――――――やば。
「ん?静奈くん、松本くんと一緒に行ったのではなかったのかね?」
艦長の根岸巌大佐が早足で入ってきた私に尋ねる。
「あ、いえ…そのちょっと忘れ物といいますか」
…少し下手な嘘だったかもしれない。言った後で後悔する。
「あーいい、いい、わかったから。それより…」
すると、艦長は私の頭を指差し、小声でゆっくりと言葉を口にした。
「ねぐせ」
…思わず吹き出した。そして、急激に顔が熱くなる。
「し、失礼します!」
来た時よりも早足で操縦室を抜け出す。背中に刺さってくるくすくすという笑い声が痛い。あ、あまり知られたくない私の弱点を…。出来れば、あまり広がらないことを望みたい…。
松本含む数名は、島のように浮かぶ黒い体に上陸した。
ツンと鼻を刺す血の臭い。傷口に蠢くウジムシ。かの怪獣王が…思わず目を覆いたくなる光景だった。
「さて…どうしたものかな」
キョロキョロとあたりを見渡しながら、見上げた背びれを撫でる。
―――こんなものが、少し前までは動き、暴れまわっていたんだな…。
改めて不思議を思う。そういえば、現国連事務総長『醍醐直太郎』が言っていた。
『生命の神秘や、また謎を解明し、未知の脅威を克服する。そんな時代が来ることを、私は確信しています』
だが…自ら触れてみると、やはり神秘は神秘のように思う。そして、我々は生命について、まだほんの入り口にしか触れていないような気がした。
―――その時。突如駆け抜ける紅い閃光、それが松本の頬をかすめた。
「…!?」
完全に油断していた。気配を感じ取れなかったのもそのせいか。しかし、こんな海のど真ん中、何者がいるというのだろうか…?
「上です!」
その場にいた誰かが指さした。背ビレの上に陽光をさえぎるように立っていたその姿。その形は···人間とそう変わりない。しかし、漆黒を纏ったその姿は人間ならぬ不気味さを醸し出している。そして、その姿には見覚えがあった。
数年前、世界を混乱と恐怖に陥れた存在。
「……」
漆黒の存在――――X星人は冷たくこちらを見下ろしていた。
「なっ、アレは!?」
まだ寝癖の直っていない静奈が操縦室に飛び出してきた。しかし、それを気にする者は誰一人いない。皆一様に画面に映る黒の存在に目を奪われている。本人もまた同じだった。
「何故…奴らは尾崎が倒したはずじゃ……?」
その疑問はその場にいる全ての人間を代弁していた。対峙する松本も、正直にそれは感じていた。しかし、それよりも感じていたことがある。
―――面白い。
自分もあれから訓練を積んだ。あの時は念動波でなす術もなかったが…今度は、そうはいかない!
松本は腰の剣をするりと抜いて構えた。
相手もそれにあわせるように構える。それも、自分が持つものと同様の剣を。
―――なるほど、お前も剣士か。
思わず笑みが漏れた。心の中に、静かな炎が燃え上がる。
「…行くぞ」
同時に、松本は黒い大地を蹴った。だが···飛び掛った頃には、もう漆黒の存在の姿はなくなっていた。
「…!?」
いつのまにかすぐ真後ろに構えている。速い···!妖しい閃きを見せる長剣は、血肉に飢えた野獣のようなおぞましい気配を放つ。松本は身体をひねって防御の体制にはいる
――――が、相手の剣が自分の肩を引き裂くほうが早かった。鮮血が蒼い大空に吸い込まれるように飛び散る。迸る激痛。そのまま松本は体制を崩して転がり落ちた。
「……やるな」
よろけながらも体制を立て直す。荒れる潮の先に在る冷徹な視線。
―――その視線は、仮面の奥からだと気づいたのは、同じ位置に立ってからだった。
だが、凍りついた感情に代わってその身を支配している殺気だけはヒリヒリと伝わってくる。
―――『ホンモノ』だ。思わず圧倒される。だが押されたら…それは即ち負けを意味する。
松本は地面を蹴り、一気に斬りかかった。しかし、いとも簡単に受け止められてしまう。そのまま相手はひょいと押し返した。それも片手で。だが、これくらいでひるむわけにはいかない。再び一気に間合いを詰めると、今度は横から胴を狙う。しかし、また防がれる。更に一回転して今度は反対の胴。しかし、同じく止められる。まるで数秒先まで見えているかのような洗練された動き。
「苦戦してるな…」
上空から静奈が呟く。他の者も、皆一様に固唾を呑んで見守っている。
そのとき、彼らの決着とは別の形でその沈黙が破られた。
「艦長、高速で接近する物体1!航空機ではありません!」
今度は向こうから攻撃がくる。正面から一撃。辛うじて受け止める。しかし、何という重い攻撃だろうか。一瞬痺れたように手が動かなくなる。相手は静と動をわきまえている。一瞬を突いて後ろから斬撃が襲う。再び流れる紅い血。プロテクタがなければ今ので終わっていたかもしれない。松本は振り向き様剣を振った。しかし、またも消えた。代わりに腐敗したゴジラの背ビレが砕け散る。またも背後。咄嗟に宙に跳ぶ、が攻撃をかわし切れず、脚をかすめた。
「ぐっ…!!」
軽く吹き飛ばされ、背ビレに叩きつけられる。更に追撃、陽光を遮り、空中から飛び掛るX。松本は思い切り身体を反転させてかわした。Xの剣はそのまま勢い余ってゴジラの背を貫いた。緑の液体が間欠泉のごとく吹き出る。そして、剣を抜き取ると、それは綺麗に弧を描いた。
ダメだ…まるで勝ち目がない。これ以上やっても、結果は目に見えている。
仮面が、虚ろな仮面が、目の前まで迫った。
―――素を見せないその顔が、どこか切なくて。
―――振り上げた切っ先が、無性に美しく感じて。
そして、トドメの一撃が振り下ろされた
……はずだった。
「オオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンン…………」
突如響き渡る、耳を劈く咆哮。鳥のような優美なフォルムを持った咆哮の主は、ゴジラの上に対峙する二人を見据えると、勢いよく急降下してくる。
「!! 逃げろ、松本ぉ!」
仮面の相手は、いつの間にか消えていた。さすがに怪獣は相手に出来ないのか。
「くっ…!」
咄嗟に海に飛び込む。スレスレで高度を取る怪鳥は獲物を逃がし少し荒立った。
「『
ラドン』…!こんな所に潜んでいたとは…」
翼竜、ラドン。先の戦いにおいてニューヨークを壊滅させた、文字通り『怪物』。そして、M機関が捕獲に失敗した獰猛な怪獣。
「艦長、こっちに来ます!」
「迎え撃つ!1200mウルトラメーサーキャノン、発射準備!」
艦長の言葉に、艦首のフェアリングが開く。電流が迸り、高出力のエネルギーが砲塔に収束していく。だが―――
「ま、間に合いません!」
眼前に、ラドンが迫る。機体を襲う振動、火花。ただの一撃で、操縦室は大混乱となった。
そして特に酷かったのは―――艦長席だ。
「艦長?根岸艦長!」
静奈が駆け寄る。漏れる電流をまともに食らった上、鉄骨に叩きつけられた。大抵の人間は意識が飛んでしまうだろう。
「……ぐ…ぉ…」
「手の開いている者は艦長を医務室へ!残りは松本を回収し、ラドンを追う!」
…とはいえ、この艦であの素早いラドンに追いつくのは無理だろうが…。
しかし、コンスタンティノープルが体勢を立て直す頃には、既にラドンはレーダーにも捉えられないほど、離れてしまっていた。
飛び去ったあの方角…おそらく、日本列島に向っている。
「ゆみ、まだいける?」
「な、なんとか…!」
メガヌロンの数は、少しずつとはいえ確実に減ってきていた。後一息。
由美子も、最後の力を振り絞ってトリガーを引く。しかし、さすがに息が上がる。冷や汗がドッと吹き出し、体を支える足も震えてきた。今にも、手をついて倒れてしまいそう。
「はぁ…はぁ……」
怜もまたそれは同じだった。見た目だけではない、あまりに数が多すぎる。せめて、後一人でも援軍が来てくれたなら…。
そのとき、月光を何かが覆った。
「え…?」
最初は、調査に出ていた戦艦が帰ってきたのかと思った。しかし、降り立つシルエットはそれよりずっと優雅で、それでいて―――
凶暴だった。
メガヌロンがたじろぐ。その姿は、彼らにとって天敵だった。
巨大な姿は、翼を広げると、また巨大だった。
咆哮…ビルの窓ガラスに亀裂が走る。
由美子も怜も、思わず体が固まる。
「あ……うぁ…」
何かを喋ろうにも、声にならなかった。
その強大さを見せ付けるため、ラドンはもう一度天を仰ぎ咆哮した―――。
最終更新:2007年10月02日 23:06