『孤児院の手伝い』リプレイ(執筆者:ばしり)



「明日から三日ほど出張だ」
「僕がですか?急に言われても……」差し出された書類を受け取りながら、パウルは彼の上司に言う。「明日は議会の警邏任務にあたっています」
 治安隊警邏課長は身体を横に向け、彼に渡したメモを指さした。文句を言う前に読め、ということだろう。小さなため息をつくことで怒気を抑え、仕方なく手元の紙に目を通す。リーン近郊(といっても乗り合い馬車でも三時間はかかる田舎だが)に位置する孤児院から、院長不在の二日間、留守を預かってほしいとの依頼がまとめられていた。
「子守じゃないですか。うちのやることじゃない」
「あの辺りは狼が出る」上司はようやくパウルを正面に捉えて言った。「そんな危険な場所で、子どもしかいない施設を預かるんだぞ。獣を追い払えるぐらいの力が必要となるなら、我が隊の誇る有望な若者を派遣するのが効率的だ」
「だったら警備課の管轄でしょう」
「それこそ議員たちを護ることで忙しい。わからないか?」先程のパウルの発言を逆手に取れたことが嬉しいのだろう。言いながら課長はその口元を斜めに歪ませた。
 『侮られている』と感じる。
 リーンでも有数の商家で生まれたパウルは、仕方なく治安隊に職を求めた多くの同僚たちと比べ、苦労を知らずに育てられたことは確かだ。着やせする身体の上には軽く縮れる金髪を備えた中性的な小顔が乗っており、大仰な鉄鎧で身を固めた制服姿は、彼の出自を妬む輩から「役者の仮装」と揶揄されている。
 だが若くして機動捜査係の小隊長の地位にあるのは、訓練生の下積みから始め、これまでの努力と実績を重ねてきた結果だという自負がある。パウルがこの仕事に打ち込むのは、家族をはじめリーン市民の豊かな暮らしを守りたいという純粋な使命感からであり、身に余る出世や自己顕示を求めるためのものではなかった。かといって業務中に被った苦労や身体の傷のすべてをなかったものとして「親の金で出世した」と陰口を叩かれるのは快いものではない。
「議会中は辺境に派遣された奴らも戻ってくるんだ。お前の小隊がいようがいまいが大した問題じゃない」憤る部下の顔の前に手を広げ、その反論を遮りながら言う。「まあそれも関係ないな。依頼を持ってきた奴が指定しているんだよ。冒険者ギルドの事務員にお前のいとこだかなんだかがいただろう」
「ダーフィットはただの幼馴染です。あいつが僕を名指しに?」
「詳しいことは帰りにギルドに寄って聞いていけ」課長の中でパウルとの談話は既に終了したようだ。再び横を向いて煙草に火をつける。「リーンの統括区にある民間慈善施設の警衛任務。我が隊にとって重要かつ名誉な仕事だ。手を抜くなよ」

続く

最終更新:2018年09月04日 22:18