五十鈴「これまで扱ってこなかったけど、よく出題される『量』について解説するわね。」
五十鈴「まずは吸収線量。正直これが一番大事、物理学のみならず他の課目でも頻繁に出てくるわ。」
五十鈴「物質に吸収された放射線のエネルギーの量を表すもので、単位はグレイ(Gy)。イギリスの物理学者、ルイス・ハロルド・グレイにちなんでいるわ。」
五十鈴「1 kgの物質に1 Jのエネルギーが吸収されたとき、1 Gyになるわ。だから、1 Gy=1 J/kg とも書けるわね。」
七海「1 Jってそんなに大きいエネルギーじゃないよね。」
五十鈴「ええ、水1 kgに1 Jのエネルギーが吸収されても、温度上昇としては0.00024 ℃にしかならないわ。」
五十鈴「だけど、人が全身に1 Gyの被ばくをすると、健康影響が出てくるのよ。」
七海「えっ…そんな火傷もしないほどの温度上昇なのに?」
五十鈴「火傷と被ばくでは体への作用が根本的に違うのよ。詳しくは
生物学の話でね。」
五十鈴「吸収線量は、放射線が物質に与えるエネルギーを表す量としては最も一般的かつ基本的なものと言っていいわ。」
五十鈴「放射線の種類、照射される物質の種類に関係なく使える物理量よ。」
五十鈴「お次は照射線量。」
七海「何が違うの?」
五十鈴「まず前提として、これはX線とγ線、つまり光子のみに適用できるわ。」
五十鈴「光子が単位質量当たりの空気を電離して、そこに生じる正と負の電荷量のこと。だから単位はC/kg。」
五十鈴「1 kgの空気に1 C(クーロン)の電荷が生じるとき、1 C/kgね。」
七海「これには人の名前はついてないの?」
五十鈴「一応、照射線量の単位としてレントゲン(R)ってのがあるんだけど、定義が違うのよ。」
七海「あぁ!あのレントゲンか!」
五十鈴「そのレントゲンでしょうね。1 Rは標準状態の空気1 cm3を電離して、1 esu(静電単位)の電荷が生じる線量なのね。」
七海「なn…よく分かんない…」
五十鈴「レントゲンなんて単位は今じゃあんまり使わないから、こんなの覚えなくていいわ。ちなみに1 R=2.58×10-4 C/kgよ。」
五十鈴「次はカーマ(K)について。聞き慣れないわね。」
七海「うん、これも聞いたことない…」
五十鈴「カーマ(kerma)って、"kinetic energy released per unit mass"から来てるのよ。」
五十鈴「これは光子や非荷電粒子(中性子線)に対してのみ適用できるわ。単位はGyもしくはJ/kg。」
七海「あれ?吸収線量と一緒なの?」
五十鈴「単位質量当たりの物質に与えられたエネルギーってのは一緒。カーマでは、光子や非荷電粒子が、物質中の荷電粒子に最初に与えたエネルギー。」
七海「もうちょっと詳しく…」
五十鈴「吸収線量との比較で言うと、例えば放射線のエネルギーを受け取った物質中の電子が、その物質中で制動放射を起こしたとする。」
五十鈴「吸収線量は、吸収されたエネルギーに着目しているから、もし制動X線が物質の外に出て行っちゃったら、その分は吸収線量には含まれないでしょ?」
五十鈴「対して、カーマはまず電子にエネルギーが伝達されればいいんだから、その後制動放射が起ころうが、電子が物質の外に逃げようが関係ないの。」
七海「なるほど。…あっ、もしかしてこないだやったエネルギー転移係数と関係ある?」
五十鈴「鋭い!だいぶ分かってきたわね!」
七海「やっぱりね~。なんか似た話だなと思ったの!」
五十鈴「実はカーマって、質量エネルギー転移係数とエネルギーフルエンスの積で求められるのよ。」
七海「f がフルエンスで、そこに光子のエネルギー Eγ をかけてあげればエネルギーフルエンスになるね。」
五十鈴「まあこれは光子の場合だけどね。とりあえず光子のエネルギーが電子に転移することだけを考えるから、こうなるわ。」
七海「ってことは、制動放射で逃げたエネルギーが吸収線量に関与しないなら、制動放射の割合を除いた質量エネルギー吸収係数だったら、吸収線量になる?」
五十鈴「あんた今日冴えてるわね!?お姉ちゃん嬉しいわ!」
七海「えへへ///」
五十鈴「質量エネルギー吸収係数とエネルギーフルエンスの積は、衝突カーマって言うわ。」
五十鈴「ここで大事なこと。ある領域内で光子による電離が起こって、エネルギーを受け取った電子がその領域に出て行っちゃったとする。」
五十鈴「でもその領域外でも同じように電離が起こっていて、そこから領域内に別の電子が入ってくることもあるわ。」
五十鈴「この領域外に出ていく電子と、外から領域内に入ってくる電子の数が同じとき、領域外と領域内でのエネルギー付与も同じだと考えられるわね。」
五十鈴「この状態を『荷電粒子平衡が成り立っている』と言います。」
五十鈴「荷電粒子平衡が成り立つ時、衝突カーマと吸収線量は等しくなるわ。」
七海「外に出て行っちゃっても、また別に入ってくればプラマイゼロだね。」
五十鈴「荷電粒子平衡って概念は、『電離箱』でも出てくるから理解しておいてね。」
七海「電離箱?」
五十鈴「放射線測定器の一種よ。分野としては
管理測定技術になるんだけど、物理や物化生の課目でも毎年のように出題されるから超重要!」
五十鈴「まあ詳しくは管理測定のところで解説するわ。」
五十鈴「あともう一つ、よく出てくるのが線エネルギー付与(linear energy transfer, LET)。」
七海「また似たような言葉が…」
五十鈴「こいつは放射線が物質中を進むとき、単位長さ当たりに与えるエネルギー。単位はkeV/μmがよく使われるわね。」
五十鈴「α線のように電離の密度が高いのは、短い距離で沢山エネルギーを与えるから高LET放射線、β線はそれほど電離密度が高くないから低LET放射線と呼ばれるわ。」
七海「光子や中性子は?」
五十鈴「これ厳密には荷電粒子のみに対して定義するものなんだけど、光子や中性子に対しても使うことが多いわ。」
七海「それは二次電子に対してってこと?」
五十鈴「そうそう。光子の場合は二次電子、中性子の場合は陽子ね。」
七海「電子はβ線と同じで低LET放射線、陽子は電離密度が高いから高LET放射線だね。」
五十鈴「試験で正しい記述を選ぶとき、『LETは光子に対して定義できる』って文があったら、それは誤りと考えてね。」
最終更新:2018年07月04日 01:28