荷電粒子と物質との相互作用(1) 阻止能・飛程

五十鈴「物質中を飛んでいる荷電粒子は、自身の電荷でもって物質中の電子を電離や励起しながら進んでいくわ。」

七海「電離・励起にエネルギーを使うから、荷電粒子自身はだんだんとエネルギーを失って、最後には止まっちゃうんだよね。」

五十鈴「物質中で単位長さあたりに失うエネルギーを『阻止能』、英語では Stopping powerと言うんだけど、これは物質にしてみれば『荷電粒子を止める力がある』って感じよ。」 

五十鈴「さて、荷電粒子がエネルギーを失う過程には電離・励起以外にもう1つあります。さあそれは何!」

七海「んーと… 電子の場合は制動放射でもエネルギー損失があるよね。」

五十鈴「そうね。電子は軽いから原子核のそばを通過するときにクーロン力によって進路が曲げられて、ブレーキ(制動)をかけられる。この時に減ったエネルギーをX線として放出します。」

五十鈴「ちなみにα粒子などの重荷電粒子は、その重さゆえに曲がることがほとんどないから制動放射の発生は無視できるわ。」

五十鈴「阻止能のうちで、電離・励起によるものが『衝突阻止能』、制動放射によるものが『放射阻止能』で、その2つの和が『全阻止能』になります。」

七海「ふーん… 衝突と放射、分けて考えなきゃいけないんだね」

五十鈴「単位としてはいずれもMeV・cm-1を使うのが一般的ね。ただし、エネルギー損失は物質中の電子にエネルギーを与えることによるものだから、単位長さ当たりの電子数、もっと砕けて言えば物質に依存します。」

五十鈴「物質にあまり依存しない尺度で比較するために、阻止能を物質の密度[g・cm-3]で割った『質量阻止能』[MeV・g-1・cm2]を使うこともあるわね。」



七海「でも密度で割ると何で物質に依存しないのかイマイチ掴めないんだけど…」

五十鈴「超々単純に説明するとね、まず電子と陽子の数は同じでしょ? で原子の質量っていうのはほとんど陽子と中性子の数で決まるわけ。」

七海「うん。」

五十鈴「陽子と中性子の数はだいたい一緒だから、電子の数はだいたい質量数の半分になるでしょ?」
五十鈴「だから質量阻止能はだいたい0.5になって、あんまり物質に依存しないの。」

七海「うーん、できればちゃんと式を使って説明してほしい。」

五十鈴「じゃあ順を追って説明しましょう。
まず、物質1 cm3あたりの質量はつまり密度 ρ [g・cm-3]だから、1 cm3中の原子数[cm-3]を求めようと思ったら、質量数 A をモル質量[g・mol-1]と考えると、ρA で割ったもの[mol・cm-3]にアボガドロ数 NA [mol-1]をかけてやればいいわね。」


五十鈴「で、電子の数は原子番号と同じだから、そこに原子番号 Z をかけてやると、1 cm3あたりの電子数が求まる。」


七海「うんうん」

五十鈴「物質の厚さが x [cm]のとき、両辺に x をかけてやると、 の部分は単位がg・cm-2になるわね。」



五十鈴「ここで他の部分に注目してほしいんだけど、NAは定数だからいいとして、Z/Aの部分も物質によってほとんど変わらないわよね?」

七海「えーっと… 56Feだと26÷56=0.46、184Wは74÷184=0.40で、208Pbが82÷208=0.39、…確かに、そんなに大きく違わない。」

五十鈴「原子番号が大きくなるにつれて中性子数が過剰になっていくから値はだんだん小さくなるけど、それでもだいたい0.4~0.5で大きな違いはないのよ。」

五十鈴「だから、厚さを x [cm]じゃなくて [g・cm-2]という単位で考えたとき、=1、つまり 1 g・cm-2あたりの電子数は(NA Z)/Aでほぼ一定になるから、物質にあまり依存しないってわけ。」

七海「なるほどね、そういうことか!」



五十鈴「衝突阻止能、放射阻止能も同様に密度で割ると、『質量衝突阻止能』、『質量放射阻止能』になって、単位は全部MeV・g-1・cm2になるのよ。」

五十鈴「ちなみに、荷電粒子が物質中でエネルギーを失って止まるまでの距離、『飛程』についても密度で割るパターンがあるの。『質量飛程』って言うわ。」

五十鈴「飛程も距離だから普通“cm”で表すけど、質量飛程[g・cm-2]で表したものも、質量阻止能同様物質にあまり依存しないわ。」

五十鈴「具体的な阻止能・飛程の式は次からの項目でね。」
最終更新:2018年07月04日 01:39
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