個人領域
そこはいつも窮屈だった。
「チャック・ベリー!」
ドアを開けたとたんに響いた声はいかにも楽しげで。とても真面目に作業しているような感じではない。
「何やってんだよお前。」
「おぅ、上総。お帰り、遅かったなー。」
会長椅子に我が物顔で居座っているのは副会長こと俺の親友の銀河。苦労して持ってきた資料を机に置いてもとしても退こうともしないその厚かましさは、正直尊敬に値すると思う。重そうだなーって。言う前に手伝え。
「で、何やってんの。」
「それがさ。森崎が『俺の神さまはリンリンだ』とか言い出すから皆引きまくってさ!で、それから皆自分の神さまは誰だーって話になって、今のはロックの神さまであり、俺の神さまでもあるチャック・ベリーだったわけ。」
俺が入って少しだけ収まった笑い声は、銀河の声を受けてもう一度大きくなる。
そうたいして人数はいないのにやけにやかましく聞こえるのは、この狭い生徒会室のせいなのか。俺の機嫌のせいなのか。
「でもさーリンリンって森崎安いよな。グラビアアイドルってどうなの正直!上総もそう思わねぇ?」
「グラビアどうこうはともかくリンリンはちょっと・・・じゃなくて。そうじゃなくて。」
うっかり乗せられそうになったが、聞きたいことはそれじゃない。
「仕事はどうしたんだよ。腐るほどあったはずだろ。」
「ちゃんとやってたって!各クラス、クラブの出し物と演目の調査票整理と集計終わらせた!」
得意げに見せる資料はちゃんと集計されているが、明らかにこいつの字ではない。大方いつもどおりそこにいる彼女にやってもらったんだろう。クラブが一緒だったらしいし、仲が良いのはわかるが後輩女子に押し付けるのはどうなんだ。
「悪い高柳、全部やらせちゃったみたいだな。」
「いえっ!そんなことは・・・。」
「ひっでー俺もやったっつーの!一番上の見出しとか!」
「それをやってないって言うんだよ。」
「まぁまぁ落ち着いて・・・。」
「森崎、お前も同罪だから。あーいつもありがとな、高柳。」
何故か少し恥ずかしそうに彼女はうなずく。銀河の後輩(これは偏見なのだが)が、こんなにおとなしい子だなんて最初は思いもしてなかった。あいつの行動についていけているのか、時々心配になる。
「そういえば他の奴らは?」
銀河の行動にひとしきり突っ込みを入れ終わると、森崎に問い掛ける。
「クラスだよ。やっぱり最終学年だし、気合はいってんじゃない?」
「ふーん。」 そういえば自分のクラスも盛り上がっていたような気もする。というか俺自身も柄にもなくハイになったハズだ。なんでこんなに息苦しいんだろう。今胸を支配するのは、そんな盛り上がりとは程遠い感情ばかりだ。ふと今日聞いた話し声を思い出す。
「先輩、どうしたんですか。」
「いやなんでもない。資料読ませてもらうな。」
思考が沈んでいたので驚いたが、気づかれないように資料を手にした。
うちの学園祭は三年生が演劇を、一、二年生は演劇か出店を、そしてクラブは活動発表をする。毎年出店希望が多いためくじ引きをしているが、今年は演劇が多いらしい。くじ引きは必要なさそうだ。
「和装喫茶・・・ってこれはまた新しい・・・。」
いつの間にか森崎をはじめ部屋にいる全員が紙を覗き込んでいた。見やすいように机に広げる。
「ほかにも執事喫茶もありますよ。」
「ヘルススプレーって今話題のアレですよね?見に行きたいなぁ・・・。」
「いけばいいじゃん。」
「仕事あるでしょ!」
資料を見て皆一様に盛り上がり出す。やっぱり祭りごとはいつになっても楽しみなもの。子どもと言って差し支えない年齢の自分達ならなおさらのこと。
「クラブ数足りない気がするけど、どうしたんだ?」
クラブの項目に少し残る空白が気になり、銀河に声を掛ける。
「あーそれな!活動してるかどうか分からないクラブがあるんだよ。お手伝いクラブ…だっけ。活動がはっきりしないし、書類も提出されてないんだ。」
「じゃあ潰れたんじゃないのか?」
「いや、でも部室は使ってるっぽいし、ポスターとかも最近のみたいなんだよ。」
「誰だよそのクラブの部長…そいつのとこいけばいいだろ。」
「いや部長は3年女子の…名前はなんてったっけ、まぁわかるんだけど。とにかくそいつが捕まらねぇんだ。」
「なんだそれ。学校来てないのか。」
「来てるらしいけど、みつかんないんだ。わりと目立つ髪の色してるから見掛けたら一発でわかるはずなのに。」
面倒くさい。これは面倒くさい。今日はただでさえ気分が乗らないのになんの嫌がらせだ。
「あっ!そういえばユウレイ少年の問題ってどうなった・・・?あの蓮池の。」
「いるわけないだろ幽霊なんて。一応一人で確認してきたけど、何にも起きやしなかったよ。ただやっぱり危ないから、そこは使わないようにする。」
「マジで!よかったー!」 「お前・・・まだ怖いのかよ」
怖がり云々はおいといて。銀河はともかく賑やかだ。
いつもバカに明るくて、元気で。かといって本当にバカというわけでもなく、やるときはちゃんとやる。まるで一昔前の漫画の主人公みたいなやつ。
だからだろう、こいつの周りは何もなくても人が集まる。
こいつが生徒会長なら、『冴えない』なんて、言われなかったんだろうか。
あの話し声も、なかったんだろうか。
なんとなく息苦しくなる。 せまい。 生徒会室はいつも窮屈だ。
旧校舎に位置するここは、老朽化もひどいが歴代の先輩の贈り物、もとい私物の忘れ物量がひどい。私物を捨てるのは気が引けるのだろう。毎年こつこつと溜まっていく。(特に、伝説の生徒会長と名高い彼女の遺物はその四分の一を占める。ここでいったい何をしていたのだろうか。)
だから際限なく増え続け、ついには部屋を囲むほどになってしまった。
「窮屈だ。」
ポツリとつぶやいた言葉に銀河が反応する。
「何が?」
「なんでもない。それより転校生の企画、決まったか?俺ちょっと考えてきたんだけど・・・。」
「あっ俺たちそれ考えてたんだよ!」
なんとなく触れられたくなくて変えた話題に森崎が乗ってくる。転校生の企画とは、二学期に突然入ってきた一人の一年生の為のものだ。もともとこっちにすんでいたらしいのだが、記憶喪失になっているそうで。学校になじみやすくするために企画を組もう、と銀河が言いだしたのだ。
「転校生ちゃんって裏の神社の娘さんらしいじゃん。で神社系がいいかなーって。」
「そうなのか?」
「うん!俺友達からいろいろ聞いて調べてきたし!」
銀河が得意そうに胸をはる。確かにこいつの交友関係は異常なほど広い。だからたぶん、というか九十九パーセント本当なんだろう。
俺だったら絶対そんなこと調べられなかった、それ以前に、思いもよらなかった、そんなこと。 急に部屋が窮屈になる。
「だから恋愛神社?みたいなのつくって、それを転校生ちゃんに手伝って貰おうかって言ってたんだ。」
「それで神さまどうしようかって言っていたときに先輩が暴走したんですよね。」 「リンリンかわいいのに・・・。」
「まだ言うか。」
皆銀河の提案に意義はないようだ。話はどんどん進んでいく。
「しかし全部一人でよくやったなぁ。さすが副会長!」
「おうよ。」
せまい、息苦しい。
「でもやっぱり伝説のあのお方のやったことと比べるとやっぱり地味だなー。」
『地味。』
「ほめといて酷くね!?確かにそうだけどさぁ・・・。でも俺のカタキは会長がとってくれる!!お前も考えてきたんだろ、上総。」
息ができない。
「上総!?」
ドアを開け、思い切り走り出す。銀河の驚く声が聞こえた。
白土のステップを駆け下り、部室棟を突っ切る。
どこを目指しているのか自分でもよくわからない。でもあそこは嫌だった。
広い場所にいきたい。わけがわからないまま走り続ける。
新校舎の階段をひたすらあがり、理科棟を経由して、ついに見えたドアをいっきに押し開ける。
視界に入ったのは青い空。 と栗色の髪。
「誰?」
少女が、いた。後ろを向いているので顔は見えないが流れる髪は明るい栗色で。いくら自由なこの学校でも結構目立つ。
彼女はこっちを振り向いて、軽く笑いかける。
「私は私だよ、カイチョーさん。」
「・・・なんで知ってんの?」
ちゃんと活動はしているが、旧生徒会長の偉業のおかげで俺たちの影はうすい。銀河なら多少知れているが、それは副会長としてでなく『伊澤銀河』としてだ。顔まで知ってる奴なんてそういない。何者だ?彼女はそんな俺の混乱なんておかまいなしに言葉を続ける。
「何か悩んでるでしょ。」
「だから、なんで知ってんの!それも、さっきのも!」
彼女は不適に笑うと、グラウンドのほうを向いて腰に手をあてる。長い栗色の髪が風でなびいた。
「何故なら私は 神 だから!」
私は神?あぁ 俺の神様は彼女ってことか。
うん、はっきりした。彼女は、電波だ。
「だから悩みを言うが良いよ。」
くるりと体を反対に向け、俺を指さす。彼女の脳内ではすでに俺は信者の一人らしい。
経験から言わせてもらうと、この手の人間は関わると面倒くさい。非常に面倒くさい。だが、かといってあそこに戻るのはいやだ。
「おーい。」
いつの間にか目の前に彼女がいて驚く。今日は不意をつかれてばかりだ。
「言わないの?」
まぁどうせ言ったところで変わらないか・・・。これ以上断るのも面倒なので俺は話し始めた。
「せまかったんだ。」
急に話し始めた俺に少し驚きながら彼女はこう返す。
「どこが。」
「生徒会室が。」
「なんで。」
「わからない。」
自分でもわからない。なんでそんなに息苦しかったんだろう。
「いつも狭いなぁとは感じてた。」
そう最初からだった。
「でも今日はいつもより妙に窮屈で。」
なんで。急に。
「・・・・・・・・・行く前何かあったんじゃない?」
黙って聞いていた彼女がそうつぶやく。行く前、クラスにいて、盛り上がって。その後。
廊下で――
「話し声、聞いた。」
あーぁ最悪。あいつが主役とかマジテンション下がるよね。
ホントホント。もうクラスはダメだねー今年は見て回るほうで楽しもうっと。
でもさー今年なんかパッとしてなくない?生徒会とか。
わかるー会長の顔わかんないもん!昔はすごかったらしいのにね。
あの伝説の生徒会長でしょ?いいなー。
来年期待すればいいじゃん!なんたって妹様がいるんだから。
だねー。でも今年はホント、つまんないの。
つまんないの。 「つまんないって言ってた。
でもそんなのいつも言われてることで。
俺にはできないって、しょうがないって。
気にしてないはずだったのに。」
そうだ、そこからおかしかった。
「それから生徒会室はいると皆がいて、銀河がいて。あいつがやったほうが生徒会はうまくいくように思えて。」
俺の存在価値がどんどん奪われる。伝説のあの人に、銀河に。居場所が、なくなる。
せまい。
「あいつはあいつだし、俺は俺だ。わかってるけど、比べるんだ。」
いつも思ってた。俺がやらないほうがいいんじゃないかって。
「すねるな!!!!!!!」
いっそ美しいほどのチョップが俺の脳天を直撃する。警戒していなかっただけにひどく効いた。
「・・・・何すんだ。」
痛みをこらえて彼女をにらむ。
「例えば、在来線線路に新幹線は走れない。線路がせまいから。
逆に新幹線の線路に普通電車は走れない。線路が広すぎるから。」
いきなりなんだ。
「新幹線は早い、けど普通電車のほうが景色が見えてキレイっていう人もいる。逆もまた然り。
それとおんなじ。意味、わかる?」
「・・・人には相応、不相応があるってこと?」
「ブーポン!!」
あってるのか間違ってるのかはっきりしてほしい。
「それは理解はできてるけど、わかってはいないよ。カイチョーさん。」
彼女はスカートをひるがえし、突然歩きだす。
「もっと近い例でいこうか。
例えばここにカイチョーとフクカイチョーがいたとする。
フクカイチョーは元気で明るくて、皆がついてくるカリスマ性がある。カイチョーはめんどくさがり。選挙だってフクカイチョーに押されて無理やりカイチョーにされた。」
そのとおり、俺は銀河に祭り上げられただけだ。だから最初から居場所なんてなかった。だから窮屈だった 「でも無理やりだったけど、カイチョーは文句言わずに仕事をしてる。責任感が強いの。フクカイチョーは楽天的なところがあるからカイチョーはカイチョーのほうがいいって。みんなそういってる。フクカイチョー自身もね。知らなかったでしょ。」
まったく初耳だった。急に世界が広くなる。安息感が広がる。
久しぶりのことだった。
「ってゆーか・・・なんでそんなこと知ってんの。」
照れ隠しにうつむいて問うと、思ったとおりの答えが返ってきた。
「私は神だからね。全知全能の。」
フリーダム。彼女には自然の摂理も常識も、天も次元も、関係ない。
すべてのものを突破して、まっすぐと立つ彼女を見る。
「ありがとう」
吹っ切れた顔を見て、彼女は小さく微笑んだ。
「お悩み解決、だね。」
爽やかな風が屋上を吹き抜ける。彼女は俺に手を差し出し、もう一度にっこりと笑いなおしてこう言った。
「依頼料。」
お手伝いクラブは元気に活動しているようだった。
最終更新:2007年11月18日 18:27