ウソ発見器の色
レイナ様
突然お手紙お出しして申し訳ありません
でも私の想いをどうしても伝えたかったのです
すきです
私だけの女幻になってください
放課後、蓮池の前で待っています
*ミヤコ*
「はー、まぁた可愛らしい女の子みたいねぇ、レイナお姉様」
その声に作業をいったん中断して顔をあげる。人の手紙を勝手に読み上げたシオンがにやにやと見下ろしてきた。そこらの男子を捕まえて聞けば、そんな顔さえも可愛い、と彼らは感動するだろう。
いつもは私がやや見下ろし加減で見ているのに今は私が椅子に、シオンは机に座っているからどうしても私が見上げないといけない。やたらと「女の子」の部分を強調してくれたシオンはにっこりと天使の微笑み。
「誰がお姉様よ。」
無表情の私はペンチを握りなおして最後のパーツに取り掛かる。
「だぁって年下キラーなんだもん、レイナちゃん。女の子限定の」
「そうね。一昨日はセイヤ、先月はマサヤにハルに告白されたあなたからしたらそうかもね」
すると急にシオンが身を乗り出してきた。
「何、レイナちゃんってばヤキモチか?」
この声は…!
「!!!魔法使いB!」
シオンの能力は声を変えられること。小さな女の子の声から中年のおじさん、おばあさんまでどんな声でも出せる。その中で私と話しているときによく出すのが今の男性の声だった。あまりにも頻繁に、しかもこんな風に私をからかうために使うので「魔法使いB」と命名してやった。ネーミングセンスが無いとずいぶん騒がれたのだが、私の頭ではこんなものだ。そんなことよりも問題なのは、悲しいことに女の子以外に免疫が無い分、こうやってからかわれるとどう対応してよいのかわからないということだ。
「ずいぶんとオレのこと詳しいじゃん?」
「そ、そりゃ一応同室だもの」
私は親友だと思っている。シオンのことだったらセイヤやマサヤにも、隣の席のミカにも誰にも負けないぐらい知っている。
「で、ミヤコちゃんが待ってるのに何作ってんのよ」
私が慌てている内にシオンはいつものシオンの声に戻っていて、私の手元を見ている。そうなってしまえば動揺している方が滑稽で、何も無かったかのようなシオンに合わせるしかない。
「…ウソ発見器ブレスレット」
「ウソ発見器ぃ?レイナちゃんの能力じゃ『当たったらいいな』程度でしょう?」
私の能力はおまじない程度の魔力を持った石をつくること。こういった能力者はあまりいないから、発達していないし私の力もごく弱いものだった。
「いいのよ。…よし、完成。シオン、いつもみたいに実験台になってちょうだい」
そう言って私は返事も聞かずシオンの腕にブレスレットをはめて一番大きい石を指差す。
「この石が私の作った石で、ウソを言えば赤く光るの」
「それで?どうして急にウソ発見器作ったの?昨日までは『身代わりペンダント』の性能上げようとしてたわよね」
「これをミヤコちゃんに使うのよ」
「ぇえ?」
「全て『いいえ』で答えて。予行演習するから」
首をかしげるシオンをよそに続ける。
「あなたの名前はシオンですね?」
「いいえ」
石が赤く光る。一応反応は有り、ということで成功かしら…?
「私のことは好きですか?」
「いいえ」
また石が光る。まぁ、友情も好きに含まれるだろう。
「じゃあそれは一般的に言う異性に対する『好き』ですか?」
「…いいえ」
また石は光る。
「うん、ど、どうやら失敗したみたいね。もう一度作り直してみるわ。実験ありがと」
ブレスレットを腕から外すため、シオンの腕を取る。はずだった。
「…シオン?この手は、何」
しっかりと手首をつかんでいる手。
「レイナちゃん、デリカシー無さ過ぎ。こんなことミヤコちゃんにしてどうするつもり?」
いつもにこにこしているシオンの顔が、笑っていない。
「もちろん…アコガレをわからせてあげるのよ。私のことを『好き』だと勘違いしていると」
「レイナちゃんわかってないわ。『好き』に勘違いなんてないのよ」
「意味がわからないわ」
わかってない?確かにシオンの言っていることは全然わからない。どう考えても彼女達は勘違いをしている。もちろん何人かは本当にそういった趣味の女の子も、いるにはいるだろう。でも本当にあれだけの人間がそうだと思うか?答えはNOだ。この年になれば男に幻滅する部分を見つけたりして、でもまだ夢を見ていたいあの娘達は、ちょうどいい所に周りの人間も憧れている私という存在がいたから、私で夢の続きを見ようとしている。どうせ数年もすれば好きな男もできるだろう。そんなことなら、そんな勘違いは早く気づかせてあげた方が親切ではないか。そして私自身こんな風に騒がれるのもごめんだ。早く解放されたい。
「もし…」
言いながらシオンは体を折って私の耳に唇を寄せる。
「もしさっきの結果が当たってるって言ったら…?」
魔法使いBのご登場。
「オレのも勘違いか」
「あ、たりまえ、じゃない」
シオンが、いや魔法使いBか?B氏が自嘲気味に笑って私の髪を一房すくう。ロングストレートのそれをB氏は何とも言い難い目で見つめてから、私に視線を送る。
何、その目は。何が言いたいの…!
静まれ心臓。なぜ今その音を主張するの。もっと他に使うべき場所があるでしょう。
言うことを聞くのよ血液。なぜ今顔面へ集まるの。可愛く恥らいたかったのは別の場面だったでしょう。
なぜ、今。
――ブチッ カツン カツン カツン
私は髪を触っているシオンの腕からブレスレットを引きちぎって立ち上がった。派手にパーツが床に転がる音がする。そんなものは全て無視だ。
「…ミヤコちゃんの所へ行ってくる。からかうのもほどほどにしなさいよ、シオン!!」
そう言うなり私は元ブレスレットだったあの石だけを手に握り締めて、蓮池へ向かった。
シオンは好き。もちろん友達として。でも、B氏になるシオンは嫌。私をどうしていいかわからなくさせる、私の知らないシオンの一面。
蓮池へ行くと、シオンよりもだいぶ背の低い女の子が一人いた。あれがミヤコちゃんだろう。確か委員会で見たような気がする。
「ミヤコちゃん…?」
声を掛けてみると、パッと顔を上げて私を見るなり嬉しいと顔全体で語ってくれる。
「先輩!来ていただいてありがとうございます。あの…お返事いただいてもいいですか」
しっかりと私の目を見て話してくる。賢そうな娘だ。なぜこんな娘までもが憐れな勘違いをしているのだろうか。
「その前にあなたの気持ちを確かめてもいいかしら。これ、私が作ったウソ発見器なんだけれど」
そう言ってさっきの石を見せる。
「ウソを発見なんて、どうやってわかるんですか?」
「えーとね、私がした質問に全て『いいえ』で答えてもらって―」
「どんな基準でウソかなんてわかるんですか?」
私の声を遮るミヤコちゃんの強い声。
「え」
それは、ウソだったらウソという結果が出るだろう。そういう魔法だ。
私がいぶかしげな顔をしているとミヤコちゃんは顔を上げて私としっかり目を合わせてきた。
「先輩は人間がきっちりウソと本当で割り振られたものでできていると思いますか。きっと先輩は私の気持ちをウソだ思ってらっしゃるのでしょうけれど、私にとってはやっぱり本物なんです」
きっぱりと言うミヤコちゃん。どこからこんな自信が出てくるのだろう。早く勘違いに気づいて欲しい。それがミヤコちゃんのためでもあるだろう。
「でもそれは憧れでしょう?何年か後にはきっと今以上の気持ちに出会えるわ」
「それでも『好き』は『好き』です。人によって理由や基準は違うでしょうけど、私がこれが『好き』なんだって思ったらそれはそういう気持ちなんです。私は先輩の側にいて、先輩のいろんな面が知りたいです。私の知らない先輩のいろんな面を他の誰よりもたくさん知りたいんです。私は、これで充分『好き』の理由になると思ってます。上手く言えないですけど…誰が反論したって私が決めることなんです。」
言い切ったミヤコちゃんの声は震えていたのに、その時私はそんなミヤコちゃんの様子にも気づかないほど混乱していた。なぜならミヤコちゃんの言っている気持ちがわかってしまったから。それは、私がシオンに抱いている気持ちとよく似ているのではないか。
「その気持ちは…『好き』なの?」
「はい、少なくとも私の中では。それでも、私の気持ちは認めてももらえませんか…?」
悲しみや憤りといった感情が渦巻いた瞳で、私をすがる様に見つめてくるミヤコちゃん。
私は静かに首を振った。
「あなたの気持ちを踏みにじってしまってごめんなさい。あなたの気持ち、わかる気がするわ。ううん。ごめんなさい、あなたの気持ちがわかり過ぎたみたい。やっぱりあなたの気持ちには答えられなくなってしまったわ」
B氏が嫌な理由がわかってしまった。何でも知っていると思っていたシオンの中に私の知らない部分があったから。だから認めたくなかった。でも、ミヤコちゃんの言っていることもわかる。知らないからこそこれから知っていきたいという気持ち。
ころころと表情の変わる可愛いシオン。その中にB氏がいたとしても、それもシオンの一つの顔。そのいろんなシオンの顔を見ていけるのなら、私はなんて幸せなのだろう。
「シオン」
寮の部屋へ戻ってきた私と対峙するシオンは、何故か髪が濡れている。
「早かったねぇ、レイナちゃん。レイナちゃんもご飯の前にお風呂入る?」
言いながら髪をがしがしタオルで拭いている。なんて緊張感のない…。さっき喧嘩した様な雰囲気のまま部屋を出て行った私としては、どう話しかけようかとすごく悩みながら帰ってきたというのに。ああ、でもシオンらしい。自然と微笑んでしまう。
「ね、シオン。あなたはさっき私をからかって言ったのかもしれないけれど、それでもいいんだけれども、私、あなたが好きよ」
「へ…?」
シオンから全ての動きが無くなった。息もしていないのではないだろうか。
「シオンがまだ私に見せていない面も含めて、私はあなたが好きよ。これから私にいろんな面を見せていって欲しいの」
頬は真っ赤。ただでさえ大きな目を見開いて。髪を拭くのを途中で止めたせいでいつもふわふわの髪がぼさぼさになっているシオン。そんなシオンが今、なんだか無償に愛おしい。
とりわけ大きく跳び出している髪を戻してやろうと手で梳いてやると、なぜかシオンが声を上げた。
「あ!」
無造作に髪を拭いていたために出来た絡まりがあった。それに指が止まるはずだった。
「うわわっ、まっ!」
指に髪が付いてきた。一本や二本じゃない。全部。
顔をしかめた、短い髪のシオンが現れた。
「シオン?これは、なに?」
「…カツラだね」
「どうして鬘なんてかぶっているの」
シオンはしばらく無言で困ったように私を見た後、大きくため息をついて下を向いた。
「あー、油断した。風呂上りまでカツラ固定してらんないっての」
「…B氏?」
「ごめんねレイナちゃん。やっぱレイナちゃんにはこれ以上ウソつけないから言っちゃうね。あのね、こっちが本当の『シオン』なんだよ」
「……。は?」
たっぷりと時間をかけて聞き返す。顔を上げたシオンは、髪と声以外はいつもの可愛いシオンだ。
「だからさ、男なんだよね、オレ」
念のためもう一度言っておくが、シオンは可愛い。学年1と言ってもいい程可愛い顔の持ち主だ。これのどこを男だと思えと?
「レイナちゃんの言う魔法使いBが本当のオレの声。普段出してる女の子の声の方が能力使ってたの」
「ちょ、ちょっと待って。シオンの能力って変身能力じゃなかったわよね?」
「あー、顔と身長は自前だよ。胸は着けてるけどね」
この顔で、男?本当だったら全世界の女の敵なんじゃないだろうか。このレベルで男と言われれば、女としてのプライドとかその辺りがひたすら傷つく。
「まだ信じらんない?証明しようか」
と言ってスカートに手をかける。
「待って!いい!いいです!!」
「そう?」
って、なんなの、この使い古されすぎたベタな会話は。落ち着くのよ私。こんな会話がある時点でシオンの冗談よ。この私がこんな嘘にひっかかるなんて。
「もう、嘘もいいかげんにしなさいよ。あなたが男だったとして、どうして女の振りなんてしなきゃいけないのよ」
「これがオレに与えられた課題だから」
せっかくいつもの調子に戻ったのに、即答されてしまった。いや、こんなことでひるんではいけない。
「そんな課題あるわけないでしょう。入学時から学校がそんなことするわけないじゃない。しかも一般課で」
「学校のじゃないんだ。家の。うちスパイ一家なんだ」
「はぁ?意味が分からないんだけど。まず自分からバラすスパイがいるわけがないでしょう」
どうして課題の理由が自分の家がスパイ一家だから、なんだ。理解できない。
「レイナちゃんだから言ってるんだって」
それからシオンはちょっと悲しそうに笑う。
「オレは体術がそんなに強いわけでもないし、変身能力でもない中途半端な能力しかなかったんだ。そんなんじゃスパイに役立たないでショ。だから母さんの命令で、せめて女になって潜入できるようにって、練習がてらこの学校に入学させられたんだ。女として、6年間生徒も学校も騙せって。それぐらい出来ないと、父さんの跡継がせないってさ」
なんだか作り話にしては哀愁も漂っているし、よく出来ている。私が騙されやすいだけ?
「でもね、やっぱりレイナちゃんにウソついてるのが一番辛かったよ。ね、さっきの告白、オレが男だったら無効になっちゃったりする?」
「そんなわけないわ!」
反射的に答えてしまった。そうだ。シオンが女でも男でも、私はどちらでもいいんだ。それも含めて、シオンの一面だから。私だけが知ってるシオンの男の姿、B氏。私だけの魔法使い。ねぇ、それってとても贅沢ね。
さっき私が散らかしたままだったブレスレットのパーツが、窓から差した夕日に反射していろんな色に輝いていて、とても綺麗だった。
最終更新:2008年08月16日 23:54