大宮総合車両センターの歴史・概要はこちらから(Wikipediaへ)
→大宮総合車両センター
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まず200番台は、1981年から1982年にかけて製造されたグループで、7両編成16本計112両が新前橋電車区(現・高崎車両センター)に配置。0番台車と同様にダイヤ改正以前から徐々に投入されたため、当初は165系との併結運用の対応が実施され急行列車にも投入されたが、東北・上越新幹線暫定開業時のアクセス輸送のため東北本線上野~大宮間で運転された「新幹線リレー号」、1982年11月15日国鉄ダイヤ改正で格上げされた特急列車への充当で本格的運用が開始された。
寒冷地での使用を考慮して耐寒・耐雪装備が強化されており、信越本線横川~軽井沢間(碓氷峠)の入線対策として台枠ならびに連結器の強化・EF63形電気機関車との連結・空気バネパンク機能などの通称『横軽対策』も施工。当該区間では安全対策上、重量のある車両を横川側に組成させる方針からサロ185形は軽井沢方の6号車(14両編成で運行される際には13号車も該当)とした。
登場時の車体塗装は白地に緑の帯を1本巻いたもので、これは東北・上越新幹線の200系とイメージを統一するため。田町電車区に転属した編成は転属後(一部は転属直前)に0番台に準じた斜めストライプに変更したが、側面の車両番号の表記位置の関係で車両番号表記とストライプが重なることとなった。
1985年(昭和60年)に東北・上越新幹線の上野開業により「新幹線リレー号」が廃止されたため、4編成28両が「踊り子」用として田町電車区に転出し0番台と併用されていた183系1000番台を置換え。さらに1988年(昭和63年)に1本、1990年(平成2年)に2本と合計7編成49両が転出。
一方、新前橋電車区に残った9編成63両はそれまで残存していた上越線・吾妻線・両毛線・東北本線系統の急行列車を置換え、新特急「谷川」「草津」「あかぎ」「なすの」に投入された。 1994年(平成6年)~1995年(平成7年)にかけて、2本の編成が「シュプール号」用の特別塗装、通称「フルフル色」に変更されている。また、信越本線では1988年頃から高崎~長野間で毎日運転の快速列車「信州リレー号」に投入。その後特急「あさま」の増発により高崎 - 軽井沢間の普通列車に短縮されたが、横軽区間の下り最終・上り始発列車として同区間の廃止まで運用された。
2006年(平成18年)3月18日に高崎車両センター所属編成は、大宮総合車両センター車両検査科東大宮センターに転配、2007年3月ダイヤ改正で「ホームライナー」以外の普通列車運用は消滅。
2010年秋季には「特急草津号50周年感謝キャンペーン」を実施するため、同年9月21日に出場したOM03編成の車体塗装は80系電車を模した湘南色に変更(現在は元田町色に塗装復元)。またOM08編成にも157系「あまぎ」色が施された。
2013年3月改正時には、一部編成を除き順次グリーン車(サロ185)が6号車から4号車に移り、また全編成自体を方向転換(改正前後に武蔵野貨物線を利用活用し回送させた)することで元チタB編成との共同運用を図っている。
0番台は、東海道本線東京口で運用されていた153系の置換え用に製造されたグループ。基本の10両編成8本80両と付属の5両編成7本35両の計115両が1981年に田町電車区(現・田町車両センター)に配置が開始され、当初は一時的に153系と併結して急行「伊豆」にも投入されたが、10月のダイヤから従来の急行「伊豆」を格上げして特急「あまぎ」と統合したエル特急「踊り子」で本格的使用を開始した。登場時の車体外板塗装は、白地(クリーム10号)に緑14号の斜めストライプを3本配した、今までの車両にはない非常に斬新なデザインが採用された。
2010年現在、特急「踊り子」のほか、東京・品川始発・終着の「湘南ライナー」などで運用されている。
2011年に10両A8編成、2012年に5両C1編成にそれぞれ「踊り子」旧塗装、通称「ストライプ」が復刻。同区間で同運用に就いている。
その他7両B編成は200番台。B3~B5編成には特急「はまかいじ」に使用できるようATCが搭載されている。
2013年3月15日をもって田町車両センターは「東京総合車両センター田町センター」となり所属機能廃止のため、田町に所属していた185系は大宮総合車両センターに転属された。
また元チタB編成については、従来のOM編成7両と共通運用(一部運用を除く)。
2013年改正から、大宮車と田町車を共通運用にした関係で当形式の一部編成(7両編成・5両編成)に余剰が生じた。そのため該当編成を183・189系の波動運用へ置き換えのほか、7両編成のグリーン車(サロ185)を抜き6両編成化や、C編成との組み換えにより4両編成や8両編成などに変化した。また、各編成で抜かれたグリーン車(サロ185)の一部はその後長野へ配給され解体された(4両)。
OM03編成は、独特の「湘南色」を従来の元「田町色」に塗装変更し6両編成化されたが、抜かれたグリーン車はそのまま湘南色をとどめ大宮工場内に留置されている。なお185系OM編成で唯一この湘南色のグリーン車1両だけが方向転換していない(大宮出場時にグリーン車抜きの6両でそのまま方向転換回送し、現在に至る)。
(「Wikipedia」より一部改)
準備中
〔1981年 1月29日 日本車輛製〕
準備中
〔1981年 2月12日(⑥⑦モハ1981年 3月26日)川崎重工製〕
準備中
〔1981年 2月19日 川崎重工製〕
〔1981年 5月 7日 日本車輛製〕
準備中
〔1981年 6月25日 日本車輛製〕
〔1981年 6月 4日 川崎重工製〕
準備中
〔1981年 8月25日 川崎重工製〕
〔1981年 7月17日 近畿車輛製〕
〔1982年 2月 4日 川崎重工製〕
〔1982年 2月 8日 川崎重工製(②③モハ1982年 6月25日 東急車輛製)〕 ②③モハ:B7編成より組込
〔1982年 3月18日 川崎重工製〕 サロ廃車
〔1982年 3月 2日 近畿車輛製〕 サロ廃車
準備中
〔1982年 6月 1日 日本車輛製〕 サロ廃車
〔1982年 6月14日 日本車輛製〕 サロ廃車
〔1982年 6月25日 東急車輛製〕 サロ廃車・モハB2編成へ
〔1981年 2月 5日 日本車輛製〕
〔1981年 3月26日 川崎重工製〕
〔1981年 3月26日 川崎重工製〕
準備中
〔1981年 8月 6日 日本車輛製〕
準備中
〔1981年 8月 6日 日本車輛製〕
〔1981年 7月 1日 川崎重工製〕
〔1981年 7月 1日 川崎重工製〕 サハ廃車