「しかし、参りまシタねぇ……一体これからどうしたものか」

 遥か彼方の水平線を見つめ、眉をハの字に下げて呟く男は外国人だ。
 染色ではあり得ないきめ細やかな金髪、ガラス玉のように綺麗な青い瞳。
 背丈も日本人のそれと比べれば相当に高い。190センチの大台にギリギリ届かないくらいの長身である。
 百人中百人が認める美青年。それが殺人ゲームの参加者の一人、ディーノという男だった。

 ディーノは優しい男だ。
 少なくとも、他人を殺して自分だけ生き残ろうとは全く思わない。
 まして自分の店の店員達まで参加させられているとなれば尚更だ。
 殺し合いには乗れない。しかしかと言って、爆弾付きの首輪に縛られたこの状況を打破する気の利いた策はとても思い付かない。
 ディーノが弱音を零してしまうのも詮無きことであろう。

「後ろ向きになってても仕方ないですよ、ディーノさん。前向きに行きましょう、はう!」

 そんなディーノの傍にはもう一人参加者が居た。
 白い帽子が可愛らしい橙髪の少女だ。
 彼女の人相もかなり整った部類であり、ディーノと並んだ絵面は実に華やかだ。
 少女の名前は竜宮レナ。ディーノはゲーム開始後すぐにレナと遭遇し、乗らない者同士すぐに意気投合した。

「レナさんはもう……なんというかパーフェクトデスね!
 ヒロインの標準装備であるところの包容力! 度胸! うちの店にスカウトしたいくらいデス」
「あ、あはは。詩ぃちゃんのお店と同じものを感じちゃうかな、かな」

 黙っていれば美男なのだが、喋ると途端に残念になる。それがディーノという男だった。
 彼は日本のオタク文化に憧れて日本を訪れ、遂には憧れの延長線で店まで興した行動力の塊。
 因みに今身を乗り出してくるディーノに引き気味な苦笑を浮かべているレナもまた、人のことはとても言えない変人なのだが、それは此処では置いておく。

「レナさんのご友人は前原圭一さん、園崎魅音さん。そして北条沙都子さん、でしたね」
「そうですね。ディーノさんの方は桜ノ宮さん、星川さん、神崎さんと」

 首輪を解除する手段も、この島から脱出する手段も、今はない。
 つまり活路が見えるまでは、自分や他人の命を守りながらこのゲームに向き合わなければならないのだ。

 となるとやはり優先して接触したいのは見知った相手。
 純粋に安否が気がかりというのもあるが、手放しに信用していい他人というのはこの極限状況では本当に貴重である。
 無論、その顔見知り達が乗っている可能性もゼロではない。ないのだが、それでもディーノは彼女達は乗っていないと信じていた。
 こんな恐ろしく残酷なゲームに加担して人を殺すなんて、彼女達がする筈がない。心から、一点の揺らぎもなくディーノはそう断言出来る。

 レナもそれは同じだろう。
 レナさんの友人も見つけてあげないといけませんねと、ディーノは同行者云々以前に一人の大人として強く決意する。
 そうして仲間を増やしていき、いずれは首輪を外してどうにか逃げ出そう。
 楽観的だとは自分でも思うが、何事もやってみなければ分からない。

「あの、ディーノさん」
「? どうしまシタ、レナさん?」

 そんなディーノに、レナが改まった様子で声を掛けた。
 先程励ましてくれた時とも、ディーノの言動に苦笑していた時とも違う。
 なにか真剣な、笑い話に出来ない話題を切り出す声のトーンだった。
 ディーノもこれには思わず居住まいを正す。

 気がかりなことでもあるのだろうか。
 レナはまだ幼い。自分以上に大きな不安を抱えていても何ら不思議ではない。
 ならば聞いて、出来るなら解消してあげなければ。
 身構えて待つディーノだが、レナが発した言葉は彼の顔を途端にきょとんとしたものへと変えた。

「ディーノさんは……宇宙人って信じますか?」
「へ?」

 宇宙人。……宇宙人?
 ディーノ的には居ると信じたいところだったが、何故今それを?
 まるで意味が分からず疑問符を浮かべているディーノに、レナは硬い声色で答えを催促する。

「答えて下さい。信じますか?」
「えー……と。まあ、信じる寄り――でしょうか。ロマンがありマスよね、ええ」
「じゃあ」

 今度はレナが身を乗り出した。
 奇しくも先程の構図とは正反対。
 しかしレナの声には、明らかにふざけている様子はない。

 だからこそ尚更、ディーノは困惑してしまうのだ。
 だって、そうだろう。
 これのどこが、今この状況で、これほど真剣に話す内容なのか。

「――この殺し合いを仕組んだ主催者……兵藤和尊と帝愛グループ。
 奴らは宇宙人で、会場に居る参加者もほとんどが奴らの手先。
 レナとディーノさんのようなごく一部の参加者だけがその例外」
「……、」
「そう言ったら、信じますか?」

 言葉を失うディーノに、レナはまた問いかける。
 今度の問いは、突拍子もないどころの騒ぎではなかった。
 はっきり言うなら滅茶苦茶。妄想にしても行き過ぎている。
 兵藤と帝愛は宇宙人で、参加者のほとんどはその手先?
 中学生のノートに書いてある痛々しい小説だって、もうちょっと設定に説得力がある筈だ。

「答えて下さい、ディーノさん。ディーノさんは優しい人だから、信じてくれますよね?」

 が、今のレナにそれを言うことはとても出来なかった。
 彼女の剣幕は明らかに異常だ。さっきまでの落ち着いた彼女は一体どこに行ってしまったのかと此方が問いたくなるくらい、様子がおかしい。
 もし此処で信じないなどと言おうものなら、それこそ首でも絞め上げられそうだ。
 かと言って無理に話を合わせても、いずれ絶対にボロが出る。

 ……どうするか。どうしたものか。
 考えた末、ディーノはいつもの爽やかな笑顔を浮かべて、レナに口を開いた。

「少し落ち着きマショウレナさん。私の支給品に美味しそうなコーヒーが――」

 言い終わる前に。
 レナの瞳から、色が消えた。
 彼女のことを最大限に慮り、落ち着かせようとするディーノの台詞を遮って。

「やっぱり、そっち側なんですね」

 レナは冷たく、失望を露わに言い放ち。
 後ろ手に隠し持っていた大振りの刃をぶおんと振り抜いた。
 え、とディーノが声を漏らす。
 それが、優しくも個性豊かな青年の発する最期の音であった。

 首に食い込んだ刃が骨断ち肉断ち通過する。
 端正な顔が夜空に舞い上がり、ボールのように転がって崖の下へと消えていった。
 意識が完全に消える最期の最期まで、その思考は突如豹変した少女への困惑で満たされていた。




「信用出来るかも、なんて思ったレナがバカだったよ。でもこれではっきりした。全部、私の仮説通り」

 首から上を失ったディーノの死体を冷たく見下ろしながら、レナは誰にともなく言葉を紡ぐ。
 竜宮レナの支給品は使い慣れた大鉈だった。普段愛用しているものと流石に同じではないようだが、使い心地は今のところ概ね変わらない。
 とはいえ、この状況を生き抜く上でこんな武器では心許ないというのも事実だ。
 そういう意味でも首尾よく"敵"を一人殺せたのは良かった。持ち主が居なくなった以上、支給品も当然殺した自分が総取り出来る。

「殺し合いなんて全部茶番なんだ。宇宙人の親玉が、真実を知った私を殺す為だけに仕組んだ三文芝居」

 ディーノを殺したことに対する罪悪感など、レナには欠片もない。
 そんなものを抱く意味がないからだ。
 彼は信用出来そうな"人"に見えたが、核心に触れた瞬間すぐに分かった。
 ああ、こいつもそうなのかと。所詮、人の皮を被った宇宙人の一匹でしかないんだな、と。

 兵藤和尊は宇宙人の親玉である。
 彼を護衛する黒服達は、その部下。
 デスゲームの体を取っているが、それは全て表向きのカモフラージュ。
 実際には、"知り過ぎた"自分を抹殺する為に仕組まれた下劣な茶番でしかない。

「……こんなに大掛かりな準備までしてご苦労さま。
 でもね、レナは死なないよ。お前達の思い通りになんてなるものか」

 絶望的な状況であるのは百も承知だ。
 雛見沢の宇宙人共など、帝愛に比べれば可愛いもの。
 奴らこそが本当に殺すべき宇宙人。諸悪の根源である。

 ――ようやく掴んだ、その尻尾を。
 諦めない。諦めてなるものか。
 一人残らず殺してやるぞ、宇宙人め。
 お前達が間抜け面で綴った悪魔の脚本を、笑いながら破り捨ててやる。




 ……以上此処まで、全て竜宮レナの"妄想"である。

 彼女の話を聞いてディーノが困惑したのは、至極正しい。
 兵藤和尊は宇宙人? 帝愛グループもその手先で、参加者も彼女以外は宇宙人の回し者?
 そんなわけがない。第一もしも宇宙人なんてものが存在し、レナが本当に狙われているのだとしたら、こんな大掛かりな真似をする必要がそもそもないのだ。
 居場所を突き止めてそのまま殺してしまえばいいだけのこと。拉致などという手間を掛ける理由が見当たらない。

 いつものレナならば、その聡明な頭脳ですぐにこの結論に辿り着いたろう。
 しかし今、竜宮レナは正気ではない。狂気と疑心暗鬼に囚われた虜囚だ。
 結論に辿り着いても、それを曲解して無理矢理反論を捻り出してしまう。
 そして質の悪いことに、その反論をこそ真実として大事に抱えてしまうのだ。

「皆殺しにしてやる。レナは、お前らになんて殺されない」

 ――居もしない侵略者へと、哀れな少女は高らかに宣戦布告した。
 開幕後最初の犠牲者となった青年の人生になど、一切思考を傾けることなく。
 己の中の"悪魔の脚本"を愚直に信じて、レナは進んでいく。


【ディーノ@ブレンド・S  死亡】
【残り41人】


【I-3/崖沿いの道】

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
【状態:極度の疑心暗鬼、首に痒み】
【道具:鉈、不明支給品×2、ディーノの不明支給品×3(未検分)】
【スタンス:皆殺し】

002:白黒ファウンデーション 時系列順で読む 004:第三の男、幼女(?)と出会う
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竜宮レナ :[[]]
ディーノ 死亡

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最終更新:2018年05月09日 20:25