"第三の男(ザ・サードマン)"と呼ばれた少年はひとり嘆息した。
 三村信史。彼もまた、一度死んで蘇った人間だ。
 政府主催のクソッタレゲーム、"プログラム"。
 三村はそれにクラスメイト共々参加させられ、志半ばで散った。

 彼の名誉の為に言っておくが、三村は殺し合いに乗った末に命を落としたのではない。
 三村信史という男は最期まで抗い続けた。
 結果として彼のダンク・シュートは"プログラム"を打ち砕くには至らなかったが、それも後一歩のところでの失墜だった。
 誇張抜きに三村の策はゲーム運営の喉笛に届きかけていた。あの時横槍さえ入らなければ、一定の成果を挙げられていたのはまず間違いない。

 されど、そんな"もしも"を考えることに意味はない。
 第三の男は失敗した。ある殺戮者によって友人共々殺された。
 その敗北を経て今、三村信史は再び沖木島の大地を踏み締めている。
 国の制度のひとつという尤もらしい建前すらない、金持ちの道楽で開催された殺人ゲームに――三村は駒として放り込まれた。

「……考えても仕方ないなこりゃ。生憎こちとらSF小説は門外漢だ」

 兵藤の語った"死者の蘇生"がどこまで本当なのかは分からない。
 現に殺された筈の自分が生き返っているのだからまるっきり嘘という訳ではないのだろうが、鵜呑みにするほど単純な頭もしていない。
 暫し三村は考えたが、時間の無駄だと判断してすっきり思考を切り替えた。

「今は目の前の問題。このくそゲームをどうするかだな」

 ひとまずは支給品のチェックだ。
 デイパックの中身を地面に引っくり返し、街灯の光で見分する。 
 クロスボウ、金槌、箱に入った色とりどりのチョーク。

「微妙……いや。武器があるだけまだマシ、ってことにしとくか」

 はっきり言って、初期装備としてはなかなかに心許ない中身だった。
 金槌は近付かなければ使えない上に加減も難しく、護身用としても役に立つか怪しい。
 クロスボウはこの中じゃ一番マシに見えるが、それでも銃と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
 チョークについてはもはや意味不明だ。完全にただの嫌がらせ。ハズレ、ということなのだろう。
 三村は兵藤の下品な笑顔を幻視して、「くそジジイめ、覚えてろよ」と舌打ち混じりの悪態をついた。

 クロスボウに矢を番え、奇襲に対応出来る体勢だけはとりあえず整えておく。
 それから三村は金槌とチョークをデイパックに戻し、一枚の紙に視線を落とした。
 参加者の名前が記された、いわば参加者名簿とでも呼ぶべき代物。

(川田、桐山、相馬……後半二人は論外だな。特に桐山のヤツまで呼ばれてるのが最悪だ)

 桐山和雄。自分を殺した男の猛威を思い出して、三村は露骨に嫌そうな顔をする。
 あの殺戮マシーンが解き放たれている時点で、この島に安全地帯など存在しないと言っていい。
 腹立たしいが納得の人選だ。桐山は自分などより余程高い能力値を持った、"殺し合いを盛り上げられる"人材なのだから。

 七原秋也や杉村弘樹、前回の殺し合いで行動を共にした瀬戸豊などの名前は見当たらない。
 これにはむしろ、三村は安堵の念を覚えた。
 こんなゲームを二度もやるこたあない。兵藤という悪魔の目に留まらなかったのなら、それが一番だ。

(さて、今回はどういうシュートスタイルで行くかね。
 前回はもう一歩だったし、島自体も同じと来てる。同じことをより上手くやってやるってのも選択肢の一つだな)

 即ち、爆弾を用いてのゲーム崩壊。
 主催を直接攻撃して、ゲームの統制を破壊する。
 これなら前回のノウハウを十分に活かして、スムーズに決行まで事を運べそうだが……しかし問題が一つ。

 ――兵藤やその部下は、行儀よくあの学校に留まってくれているのか?

 三村は、かなり怪しいと思っていた。
 本来の"プログラム"では一人ずつ学校から島に解き放たれる。
 が、兵藤和尊が主催した今回のゲームは違った。
 首輪からの電流で昏倒させられ、目が覚めたらいつの間にか島のどこかまで運ばれていたのだ。

 つまり、兵藤達が学校を拠点としている保証はどこにもない。
 開幕のセレモニーだけを学校で行って、参加者達を島に配置。
 それから悠々と本来の拠点に戻っていった可能性も十分に考えられる。

「となると、最初の行き先は学校で良さそうだな」

 爆撃のアイデアを使い回せるかどうかは兵藤達の位置に大きく依存する。
 あのまま学校に留まってくれているなら、それでいい。
 だがもしも学校を去っていたなら――じっくり腰を据えて、これからのことを考えていく必要がある。
 兎にも角にもまずは確認だ。学校を目指し、可能なら中にまで入って様子を見る。

 そうと決まれば善は急げだ。
 クロスボウを携えて、三村は夜道に一歩を踏み出そうとした。
 その瞬間である。三村の耳が、ガサ、という草葉の擦れる音を捉えたのは。

「!」

 反射的にクロスボウを構え、音の方へ体を向ける。
 今夜は天気が良く、風もない。従って風のせいには出来ない。
 野生動物でも居る可能性はあるが――他の参加者であったなら事だ。

「そこに誰か居るな?」

 返事はなかったが……動揺したように草むらが揺れるのを三村は見た。
 こういうのには慣れてないみたいだなと、思わず苦笑を浮かべてしまう。
 真に身の安全を求めるなら容赦なく矢を打ち込むところなのだろうが、三村はそうはしなかった。
 クロスボウは向けたまま、何かあればすぐに矢を射てるようにしたままで、言葉を続ける。

「安心しな、俺はこのくそゲームになんざ乗っちゃいない。
 信用しろって言っても難しいだろうけど、本当だぜっ」
「…………」
「出てきてくれよ。な?」

 高圧的な物言いで刺激するのはご法度だ。
 努めて穏やかな声色と口調で、三村は隠れている何者かに出てくるよう促す。
 すると、また草むらが動いて――そこに隠れていた人間がおずおずと姿を現した。

 三村は思わず、目を丸くする。
 出てきた人物の背丈が、想像していたよりもずっと小さかったからだ。
 どう高く見積もっても小学生。確かにあの教室には子供の姿もちらほらあったが、いざ実際目の前にするとやはり面食らってしまう。

「……ほんと? 嘘じゃないよね、お兄ちゃん……?」

 茶髪の可愛らしい幼女。
 泣き腫らした目元は赤くなり、ふるふると恐怖で体が震えているのが遠目にも分かる。
 兵藤のジジイにしてみれば、こんな子も"競走馬"なのか?
 三村は兵藤和尊という老人のろくでもなさを改めて実感すると共に、クロスボウをそっと下ろす。

 次に浮かべるのは笑みだ。
 これ以上怖がらせないよう、意識して明るい笑顔を作る。
 見つけてしまった以上は見過ごせない。
 戦力としては確かに足手纏いだが、三村はそれを理由に幼子を斬り捨てるほどの薄情者ではなかった。

「ああ、嘘じゃないぜっ。何せ俺は前にも一度、こういうくそったれなゲームに参加させられたことがある。
 その時も格好良く反抗してやったんだ。前回は乗らなかったけど今回は乗るなんて、そんな話はないだろ?」

 少女は少し迷った様子を見せてから――とてとてという擬音が似合う可愛らしい足取りで三村の方へ駆け寄ってくる。
 近くで見てもやっぱり小さいし、華奢だ。
 けれどその細い首には、やはり白い首輪が装着されている。

「いい子だ。そうそう、兄ちゃんは信史ってんだ。"第三の男"三村信史さっ」
「ざ、さーど……?」
「おっと、まだ英語は早かったか……それはともかくだ。お嬢ちゃんの名前はなんて言うんだい?」

 三村の問いかけに、少女は。

「麻冬……星川、麻冬」

 そう、自分の名を名乗るのだった。




 三村信史と星川麻冬の邂逅は穏便に済んだ。
 お互い名乗り合ってから、軽い情報の交換を行う。
 知り合いの名前の共有、支給品の確認とシェア。
 尤も後者については、麻冬も碌な支給品を持っていなかった為、そもそも成り立ちすらしなかったのだが。

 そんな経緯を経て、麻冬は三村に同行することになった。
 当然目指す先も三村と同じく学校。
 子供を連れて赴くとなるとなかなか危険だが、どの道この島に安全な場所など存在しない。
 下手に置いていって知らぬ間に殺されるよりは、自分の目と手の届く範囲に居てくれた方がいい――三村はそう考えたのだった。

 ……此処まで、三村信史は気付いていない。
 彼を責めることは出来ない。そもそも気付ける方がおかしいのだ、この段階で。
 何の前情報もなく、普段から"接客"の一環で慣らしているキャラクターを演技と見抜くなど、余程人を見る目がなければ不可能である。

 星川麻冬という女は、純真無垢で無力な幼女――

(三村信史、か……とりあえずは信用してもよさそうかな)

 ――"ではない"。

 星川麻冬はこう見えて立派な成人女性だ。
 小学生並みの背丈ではあるが、中身はれっきとした大人。
 様々なキャラになりきって接客するという奇妙な喫茶店・スティーレで日々無垢な幼女を演じ続ける、いわば"合法ロリ"である。

 彼女は三村信史と接する間ずっと、接客の時同様のキャラクターを演じ続けていた。
 何も三村が特別そういう対応をされているのではない。相手が誰であろうと、麻冬は無垢な幼女を演じただろう。
 理由は簡単。その方が信用されやすいからだ。子供はとにかく甘やかされる。何かと得なのだ、幼いことは。
 星川麻冬は殺し合いに乗る気はない。だが、殺されるのは御免だった。だから自分なりの特技で、生きる為に最大限努力する。

(店長達の内の誰かと合流出来たらネタばらししなきゃだけど、当分はこのままでいいね。私の支給品、全然良いもの入ってなかったし)

 幼女では到底あり得ないずる賢い思考が自分の傍らで回転していることなど、三村は全く知らない。哀れ三村、である。

 "第三の男"と"偽装幼女"が歩いてゆく。
 ひとつの嘘を抱えたまま、二人は学校へ。


【一日目/深夜/D-3・路上】

【三村信史@バトル・ロワイアル】
【状態:健康】
【道具:クロスボウ、金槌、チョーク入りの箱】
【スタンス:対主催】

【星川麻冬@ブレンド・S】
【状態:健康、演技中】
【道具:果物ナイフ、ロープ、ジッポライター】
【スタンス:対主催】

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最終更新:2018年05月08日 02:25