アットウィキロゴ
そんな背中を見ながら、その思いを証明するかのように。それでいてほんの戯れのように、拾った砂利を引き戸の窪みに緩めに弾く。
信じたわけでもなく予感があったわけでもなく、ほんの遊びのような確認として。





砂利が触れた途端、軽く瞬いた。
千里は目を疑う。
紛れもなくそれは電流を流した有刺鉄線のような。
いつぞ田舎に遊びに行った好奇心旺盛な千里はその電光を知っており、連想した。
……まあ、逆に言えば。動物避け程度の威力しかないんじゃないかと思えるわけで、そんな死ぬとか、そこまで物騒なものではないということも思わせてくれたわけだが。


「なあ、言ったとおりだろ? ……にしてもやり方がらしくないな。まるで即席臭い。“ホーム・アローン”みたいなやり口だぞ」


既に扉を潜った我らが眼鏡勢力長、謀 賽は扉の裏から解るくらい露骨な仕掛けを見つけたらしい。
一方千里は、“ホーム・アローン”の世界一有名な子役ことマコーレー・カルキンが薬物所持で逮捕されただの、芸能界に復帰したらしいだの、雑学を頭の中で巡らしており既に意識は逸れていた。


誰も、“この料亭、本物だ……!”とは驚いてくれない。


              ◆            ◆


ギシギシ鳴る床はさながら二条城を連想させるウグイス張り。
そこを進む一行――即ち、賽と千里はまったくそんなことを連想しなかったようだが。
さて、ここで料理店に入った筈なのに何故こんな場所を歩いているのかと疑問に思われるかもしれない。忘れないで欲しいのは一時期潰れていたとは言えここ――“一升庵”――は所謂料亭である。
ドラマ等で良く接待したり宴会するような場所、と言ったほうが解りやすいだろうか? 襖で仕切られた部屋があり、畳部屋に美しい器、調度品と日本庭園。
生憎ここにはその経済事情等の問題かそもそも敷地が手に入らないのか、日本庭園は無いようだが。


しかし、ここをその料亭だとすると一つ疑問が残る。
どう言うわけかその二人の歩いた後の廊下は床が四角く抜けてたり、壁から出てきたボウガンが真っ二つにされてたり、大き目の缶詰がぶら下がってたり、果てはお化け屋敷に使われるんじゃないかという気持ちの悪い作り物まで転がっている。これをどう説明すればいいのか、という疑問だ。
そしてそれらを潜り抜けたであろう二人パーティーたる当人達は、


「前にこの場所来たよね? 来ましたよね? 何か全然違うんですけど」
「萌えキタよね? キましたよね? って……何アホなこと言ってるんだチサト」
「前・に・こ・の・場・所・来・た・よ・ね、ですってば!」


元気に漫才をしていた。それも約一名は天然。
そんな罠はまったく気にしていない。何時も通りだった。


「確かにいろいろと変わってるな。以前来た時は女将が出てきてようこそいらっしゃいましとかやってた気がするし……そもそも、何が悲しくて自分達で自分達の予約した部屋に辿り着かなきゃならないんだ? 罠まであるし……これじゃあまるで“風来のシレン”だぞ」
「モンスターが居ないんでちょっとその例えは適切じゃあないですね。他に何かいい例えがあるかと言われれば、解答に窮しますけど」
「じゃあ“アストロノーカ”におけるバブーってのはどうだ? あれは純粋にトラップ仕掛けて農作物を守るだろ」
「じゃあその場合は、一升庵メンバーがプレイヤーってことですよね。出典知りませんけど……っとぉ」


雑談しながら素早くその場を飛びのく千里。
案の定、と言うかお約束、と言うか先程まで千里のいた床が開き落とし穴となっていたことが解る。


「なあ、それどうやってるんだ? 普通飛びのいたら床が開いて落ちるもんなんじゃないのか?」
「昔取った杵柄と言いますか、コツがあるって言いますか。まあ、あんま気にせんといてください」


そんなもんなのか、と納得する賽。
実は物凄い技量を以ってその動作を完了しているのだが、そんなことは賽が知る由もない。もしかしたら、意図的に知らないフリをしているのかもしれないが。
その賽は落とし穴に興味を惹かれたようで、穴に顔を近づけながら何故か眼鏡の右のつるを弄っている。


「これも即席らしいが中々スゴいぞ、縦横の幅は見ての通りで深さは8メートルある。まるで行く先々で巨大な落とし穴を掘りまくるムサシとコジロウみたいだ」
「……その眼鏡、暗視とか距離測定とかいろいろついてるんでしたっけ? どうやってんなもん入手してるんですか」
「企業秘密だ。それにこれ随分バージョンダウンしてるぞ、昔はスカウターみたいな機能ついてるヤツを持ってたんだが」
「持ってたんだが?」
「何故か知らんが、ほら、あの……メイド喫茶のあたりで何かに反応してぶっ壊れかけた。スイッチオフはレンズにヒビ入るところでギリだったな。いやいや、ホント危うく失明するかと思った」


このことについてとんでもなく規格外の魔術が働いていたことは、賽のみならず千里にとっても認識範疇外の事象であったのだが――それはまた別の話である。


              ◆            ◆


「ここか……」
「思えば長いとも短いとも言えない道のりでしたね」


数分後。賽と千里は、指定の部屋の前に居た。
一人は無駄に感慨深く、もう一人は無駄に呆れながら。


そこに唐突。
襖一枚、その先で――何かの動く気配が、した。


先に反応したのは千里。数瞬遅れて、それを聞いた賽も動く。
ほぼ同時に、襖の開く激しい木と木の擦れる音。


「よくきた勇者達よ! 私が女将の中の女将、華悪……」


そこで、襖を開いた張本人――自称・女将の中の女将を謳う女性は名乗り損ねた。
理由の一つは、襖を開いた目の前に誰も居なかったこと。


そしてもう一つは不運なことに。


「動くな」


開いた襖の影から銃を握った、それも割かし本気の雰囲気の千里が出てきた為だった。


              ◆            ◆


「あんまり脅かさないでください。勢力問題に発展しますよ?」
「それはこっちの台詞だ。何だこの料亭、趣旨変えでもしたのか? 『メイド喫茶』ならぬ『ダンジョン料亭』……ってそんな訳ないだろ。明らかに私の来店に合わせて用意しただろこれ」


むう、とだけ唸る女将。
この罠の数々はこの女将――華悪凛(かおりん)の語弊から意図せず設置されたもので、原因はとりあえず自分にある為否定できないという微妙な事情があったりするのだが、そんな理由で設置されたとは勿論説明できる筈もなく。


結局。
流石にそれは不味いやりすぎ、と言うことでそこまでと告げる賽によって一先ず和解に至った。


その際に持っていた千里の銃はゴム弾を発射するものだった。
千里は銃と剣の扱いに長けるが、どう言うわけか銃刀法違反――正式名称をは銃砲刀剣類所持等取締法――を恐れて所持しようとしない。前科でもついてて執行猶予なのかもしれない。
それでは私の身を守るには心もとないな、と言うことで法の隙間を縫った屁理屈を並べ立てて無理やり持たせている危険アイテムの一つである。
巨体の拳銃、デザートイーグル――ゴム弾とは言え威力はぶっちぎりで法で規制されるべきレベルだ。何せ、まだ体の未発達の子供であれば骨が折れるか折れないかと言う破壊力を有する。
非殺傷武器の謳い文句にして、その実殺傷武器と言っても決して間違いではない凶器。
発砲していたら、本当に勢力間の抗争まで発砲しかねない物騒な代物だったのだが――そこは賽がフォローを入れてどうにかした。


「そっちの罠も危なかったからおあいこな」


と、拳銃の説明を所余すことなくしてからの一言で、フォローした。
さて、一方の女将はと言えば。


もはやフォローでもなんでもないそれをあっさり受け入れてしまった。豪気にも程がある。
実際、賽一人ではここまで辿り着けたかどうか怪しいものだし、中々危ない罠も数点あったのでそう間違いでもなかったりするのかもしれないが。
ともかく何とも後腐れのない、スッキリした関係だ。
最も、女将の身の心配には敏感な常連がこの事実を知ったらどのような反応をするかは想像に難くないが、少なくともそのことをちゃんと理解している女将の口からは伝えられることはないだろう。


「で……肝心の料理は出ないのか?」
「その件については、私と勝負して勝ったら、と言うことで」


この時。
千里の持つデザートイーグルの破壊力について説明した時ですら表情をまったく変えることなく、冷や汗一つ流れもしなかった女将の顔に僅かな変化があった。
僅かな。本人しか変化を知覚できないほどに僅かな、苦い表情。
それは、伸るか反るかの賭けに挑む者の躊躇。


「ほう、それは面白い。ダンジョンにボスはつきものだしな……受けて立とうじゃないか」


お前との戦いが俺を強くする。さあ、俺をもっと強くしてくれ!
そんな気概を感じさせる賽の言葉。
それを聞いて女将は――


内心、ほっとしていた。


              ◆            ◆


決闘。


その二文字には血湧き心踊るものがある。
古代ローマの闘技場(コロッセウム)と剣闘士(グラディエーター)に遡り。
観客席は、熱狂に包まれるという。



かくして女将の仕掛けた勝負もまた然り――やはり例外に漏れず、





「華悪凛ッ! 貴様このゲームやり込んでいるなッ!」
「答える必要はありません!」


ゲームのコントローラーを握り締めながら、白熱の至りにあった。


テレビの画面上では男前な日本人のムエタイ男と、赤いキャップの男が戦っている。
二人のプレイしているゲームは所謂、キャラクターを動かして戦闘する格闘ゲーム。
ちなみにムエタイ男が華悪凛の操作キャラ、赤いキャップの男が賽の操作キャラである。
二人の台詞を見る限り、状況はほぼ互角。
……が、実際は賽の使っているキャラクターが一方的に攻撃を受けている。
これは女将こと華悪凛がかなりのゲーマーだった――なんてヘンテコ極まりない設定があったわけではない。


ただ単純に、賽が弱すぎるのだ。




一方唯一の観戦者――千里は冷静に、


「そこガード遅い! カスリは狙わなくていいから! バーストゲージ遊んでる! サニーパンチを使うんや!」


賽に見当違いなアドバイスを出していた。随分、かなり、激しく。
聞きなれない単語にあたふたする賽が微笑ましい。普段チサトチサト呼ばれている意趣返しであることは、今更説明するまでもない。
言い返そうにも画面に集中しなくてはならない賽に対し一方的に単語を羅列しまくる千里。もはや昼食にありつくことなど眼中にないらしい。
そうこうしている内に、賽のキャラクターの体力ゲージは0になっている。これで何度目だろうか。


「この程度ですか? 貴方の昼食に賭ける覚悟は」
「やめてくれ倒置法。あと千里、アドバイスはいいんだが言葉の意味がよく解らない。もっと砕いて説明して欲しいんだが」


しかし、間髪入れず次のゲームが開始される。
説明を聞く暇を、作らせない。


「華悪凛……ハメか!?」
「手段選ばず生死問わず! 一升庵の味を口にしようとするものがこの程度で挫けるなど許されることではありませんよ!」
「ボタン連打でサニーサニーサニーハンチです! 当たりそうになったらボムボタン! そして先行入力、ル・ラーダ・フォルオル!」
「ビッチ、だから何のことだか説明してくれ!」


              ◆            ◆


もし、賽が勝負を断っていたら。もし、賽に格闘ゲームが出来たら。もし、千里のアドバイスが的確なものであったら――


女将の策――いや。


正しくは、女将“達”の策――は、失敗に終わっていただろう。


後先考えずあらゆる出入り口という出入り口に乱立した凶悪なトラップの数々は、ほんの誤解によって設置されたものであり、女将にとっても不測の事態だった。
具体的な事情は長くなるのでここでは控えるが、とにかく複雑な事情があって一升庵は罠の一大要塞となった。
そして女将もろともその罠を仕掛けた一升庵の常連達は……後先考えずあらゆる進入経路に張り巡らされた危険度ピンキリの罠によって、篭城を決め込むことになってしまった。



“まあ保存食もあるし、どうにかなるだろう。来店までの辛抱だ”



何故か来店者――つまりはれっくれす一行が罠を突破してくることを前提としてタカをくくっていたのだが――彼らには誤算があった。
来店が遅れるという可能性を考慮していなかったのである。というか、賽自身が思いっきり忘れていた。
尽きそうな食料、酒も飲み干し、料亭には似つかわしくないTVゲーム機やらトランプにUNOまで引っ張り出して時間を凌ぐ。
実際、彼らは危なかった。あと二日来店が遅れていたらくじ引きで誰か一人を罠の密集地帯を神風特攻すると言う所まで追い詰められていたのだ。
しかし、もしも千里がまともな返答をして別の店に行っていたらと思うと怖気がする。


最初は三人でのくじ引きだったのだが、女将が


“いえ、四人でのくじ引きにしましょう。元々の原因は私にありますし……もしもこれで誰かが怪我を負ったりでもしたら、私は永劫そのことに苛まされるでしょう”


と言ったことで四人のくじ引きにしよう、という話になっていたとか、



“もしものことがあれば……女将が例え苛まれたとしても。逝くならば――当日、朝――だな”


“くじ引きに細工して女将に当たらないようにってこっち三人で仕掛けておけば、最初の提案と同じ形になるはず……”


“お客さん、もうよした方が…”“もう一杯、もう一杯だけ……ね、ね? むにゃむにゃ”


などとそれはもう一大ドラマ級のそれぞれの思惑が交錯していたという。
結局れっくれす一行が来た為、良い意味で思惑も何もすべて吹き飛んだわけだが。



れっくれす一行が来たら来たで新たな課題が発生する。
料亭にお客様が来るというのはどう言うことかを考えればそれはすぐに解るだろう――そう、れっくれす一行は食事を求めてやってくる。
必死で食料と言う食料を探し尽くし、食料と言う食料を食い尽くした一升庵に何が出せるというのだろう?


当日、それも今すぐ行くと言うメールに嬉しさ半分、そのアバウトさに怒り半分。というか当日に予約って予約の意味無いじゃん。
そんな突っ込みムードの中、空腹の中知恵を絞って出された策。


予約した部屋に待ち構える女将が、TVゲームで勝負をふっかける。
その間に回り込んだ別働隊の三人が、突破された罠地帯を通って食材を購入。
購入まで女将が粘り、食材確保を確認できたら適当に負ける。
メニューは今日のお勧めで安くなってるからとか何とか言って固定。
ちなみに予定では鍋だ。鍋なら調理時間をゼロにできる。
今日のお勧めだとか、鍋というメニューだとか、本当に料亭なのかと疑われるべきキーワード満載だがまあなんとかするしかない。その心意気は、“当たって砕けろ!”。
苦肉にして付け焼刃、それでいて決死の策。


それでも、順調だった。
まるで一升庵に何かの加護でもあるかのように。
これも、皆の日ごろの行いが楽しいからだろう、と女将は思う。




そう思っていた矢先――ここで予想外のアクシデントが起こった。




Next

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2006年12月10日 23:25