「お前の服は変わってるな」
俺から見たらお前の方がよっぽど変だ。
「なあ」
「ん?」
「ここはどこなんだ?」
「中央プラントン街道、ブルンネンシュティグ付近だ」
洗いながら言っているが……全く理解できない地名だ。
「は……?」
「知らないのか? 古都ブルンネンシュティグ」
「いやまったく」
「そいつはますます変な奴だな」
「俺から見ると……」
「お前らの方が変、だろ?」
洗う手を止めてヴァイシスが振り向く。
「お前は一体何者なんだ?」
「何者と言われても……」
「どこの生まれだ」
「日本の山梨県、学校は小宅高校……だけど?」
「俺は何度も世界地図を広げたことはあるが……」
今や日本は世界に誇れる先進国への道を歩いている。知らないはずがない。
「ニッポンなんかどこにも無かったぜ?」
「え……細長くて大きな大陸の影にある……」
「ねえぞ」
な、何を……
「じゃあここって……」
「お前が嘘を言ってるようにも見えないし……よし」
立ちあがって足元の洗濯物をかき集めるヴァイシス。
「こいつを干してくれ」
「……分かった」
見るとミライナが知らない果物を焼いていた。ここでは果物を焼いて食うのか。
「……なぁ」
「ん?」
「魔力ってなんなんだ」
「魔力? ん~……そうだなぁ……」
腕組んで悩まれても困るんですが。
「そもそも魔力的な要素って……」
そう言いながら足を指差す。
「これと同じようなもんだから」
「……?」
「人間は何もしなくても立ちあがって歩こうとするでしょ? でも初めて立った時なんて全然覚えてないじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「だから、知らないうちに魔力を持って使うんだ。キミには無いの?」
「魔力なんて言ったら皆に笑われちまうよ」
本当だろう。中二病のオタクがついに頭もいかれたかって。
「えぇ!? あって当然のものが笑われるの? ……へんなの」
「俺から見たらお前らは大分変だぜ」
「キミ……ひょっとして異世界人?」
「は?」
そんなこと考えてもみなかった。確かにそう考えれば話が通じる。ファンタジーな世界に俺は本当に来てしまったのだろうか。
そしてその世界には絶対に……
「……ッ!!」
突然目にも止まらぬ速さで振り向き弓をひっつかみ、矢をつがえて放った。ミライナはゲームの中の光景を忠実に再現してくれた。
「ギャッ!!」
ドサリと音を立てて木陰から倒れこんできたのは青いマントを着て汚らしい表情を顔にはりつけた何か。
やっぱりモンスターが出るんだ……これでもう疑いようがない。
「うひぇ!?」
我ながら情けない声をあげて尻餅をつく。女のこの前だっていうのに。
「? コボルト見たことないの? そっちの世界にはいないの?」
「モンスターそのものがいないぜ……そもそも異世界とかそういうもん信じられてねえよ」
「ふぅん……どうやってこっちに来たんだろうね」
「きっかけなんか欠片もないのにな」
「そいつについて話がある」
ヴァイシスが人を4人ほど連れてやってきた
「この人たちは?」
「コボルト秘密についての知識がある奴と、一緒に行きたい奴が声をかけてきたんだ」
「よろしく」
中の一人が笑って手を振った。
「俺達ポータル先に出してるから話終わったらきてくれよ」
「分かった。頼んだぜ」
全く意味が分からない。あの4人はこの近くにぽっかりと口をあけている洞窟らしき場所に入っていってしまった。
「……さて」
ヴァイシスが俺の方を向いた。
「お前の会話を聞きながら考えていたんだが……」
杖を手にとってさらに続ける。
「異世界に行くのにはそれなりに、いや相当の魔力が必要なわけだ」
「ほぉ……俺にそんなもんが?」
「いや、全く感じられない」
ぐはぁっ、俺も折角魔力持ちになれたと思ってさりげなく嬉しかったのに……
「というわけで俺がお前を探ってみる」
「……は?」
「お前の体の中にある魔力の存在を探す」
「すっごい!ヴァイシスそんなこともできるの!?」
ミライナの驚嘆の言葉に呆れ顔でヴァイシスが振り向いた。何だ、この世界では常識なのか?
「お前、もう習ったはずだぜ?」
的中。
「今から集中するから話しかけんなよ。それとむずむずするかもしれないけど我慢しろよ」
「ああ」
ヴァイシスは目を閉じて杖を水平してに前に出した。
3秒後。
「っ!?」
自分の中に異質なものが入りこむのを感じた。さらにそいつが俺の記憶に近づいた。俺はそれを追い払うように念じた。途端にヴァイシスが顔に脂汗を浮かべ始めた。やたら苦しそうに歯を食いしばっている。
「ぐっ……」
今度はそいつが記憶を避けるように入ってきた。俺はなぜそうできるか分からないながらもプライバシーの侵害だと意味不明なことを主張しながら記憶の周囲に壁を作りさらに俺の中を徘徊するそいつをじっと見張った。
しばらくするとヴァイシスは目を開けた。すると俺の中にいた何かも消えた。
「分かったぜ」
「おぉ、どうだった?」
「俺が分かったのは……」
「分かったのは……」
周囲に重い緊張感がはしる。俺はごくり、と喉を鳴らした。
「お前が全く訳分からん奴ってことだ」
がくり。
「なんだそりゃ」
「いや、別に俺も何もできなかったって訳じゃねえ」
じゃあ何だよ。
「もしかして……?」
「あぁ、こいつ中には簡単に入れるんだ。体の表面を覆っているはずの魔力がないからな」
「あれ? それって誰でも無意識のうちに放出してるものじゃないの?」
「じゃあこいつの中身を簡単に調べられるのか、否、だ。俺も最初はそう思った。でもな、こいつ心のある一定の場所だけにバリア張りやがった。しかも俺を追い出そうとした挙句にプライバシーの侵害だとか頭に直接言いやがるんだぜ」
その後、ヴァイシスは俺を直視した。
「そんなもん、並大抵の人間ができることじゃねえ。さらにその合間になんか考えるなんざ、大魔法使い並の魔力がねえと……」
よく見るとこいつら、服に圧倒されて気付かなかったがかなりの美形だ。その張りのある肌やらバランスのとれた顔やらさらさらの髪の毛が非常によろしい。そういえばさっきの4人もかっこよかったな……
「つまり……」
ミライナの声で俺は我に返った。
「この子は魔力をかくしてるってこと?」
「いや、その様子だとそれは考えにくいな」
俺もそんなつもりは全然ないですよ。
「じゃあ……」
「こいつが自分の魔力を引き出せてないだけだな」
「なるほど~」
俺はちっともなるほどじゃないんですが。
「じゃあこっちの世界に来たのは?」
「制御できない魔力がたまたま何かの拍子に発動してこっちへのポータルを開いた、と考えるのが妥当だろ」
ちょっと分かった。つまり俺はたまたますごい魔力を持っててたまたまそれが発動してたまたまこっちの世界にきちゃったわけね。
「もしそうなら私達が元の世界に戻せるかも……」
「さぁな。そうだとしても結構なことになるかもな」
こいつ、絶対に何か知ってる。いや確信は無さそうだが何か思いあたることがありそうだ。
「とりあえず時間がかかるかも知れないから先に
秘密ダンジョン行こうぜ」
「そだね」
そう言って二人は会話を打ち切ると火を消したり洗い物の乾き具合を確かめたりと忙しく出発の準備を始めた。
「……って、俺はどうすりゃいいんだよ!?」
「そうだよな……ここに置き去りにするわけにもいかないしな」
「だからって連れてくのもねぇ……」
俺、ここに存在することそのものが問題なんじゃねえの?
「しかtねぇ、ちょっと時間かかるが……ミライナ先に行っててくれ」
「分かった。できるだけ早く来てね」
「おう」
ミライナは弓を腰にひっかけ、矢を背負い、さらに槍を持って走っていった。
「……さて、そこに座れ」
俺が言う通りにするとヴァイシスは数冊の本を出した。
「今から俺がこいつに書いてある基本的な知識の重要なものだけを取り出してお前の記憶に刷り込む」
なんか恐ろしい言い方だな……
「さっきみたいに壁張ったら教えないからな」
そう言うがはやいがヴァイシスは目を閉じて本のページをばらばらとめくりはじめた。すると本にある数行がページからどんどん抜き出され。光になってヴァイシスの中に入っていく。そのまま手を俺に向けた。
と、俺の中に重い衝撃がはしった。まるで鉄の塊にハンマーを振り下ろした時のような衝撃だ。俺とヴァイシスとの間に光の流れが生まれ、本から得たものであろう情報を俺の記憶の中に本当に刷り込んでいく。
今やその光の流れは10cmを超え、かなりの量の情報を運んでいた。
「……よし、終わった」
最後の光が消えるやいなや、ヴァイシスは立ち上がり伸びをした。
「さ、秘密行くぞ」
秘密? あ、分かるぞ分かる。学校で勉強したもんより分かるかもしれない。
「あぁ、分かった」