第一章(エヴィルの男たち)

ヘサムが仕えるメーメッツ国は、南方のジムリア国と衝突を繰り返している。
昨年も、ヘサムの父が戦死したヒルデソン会戦でジムリア国が勝利したものの、双方が大打撃を受けたため、
両国の協議の結果、ジムリア国の貴族であるフェルディナンド・ウェルハイトを君主とするウェルハイト公国をヒルデソンの地に建国し、緩衝国とすることが決定された。
ウェルハイトが選ばれたのは、言ってしまえば「凡庸で扱いやすい」からだ。
ジムリアの貴族を君主とすることにメーメッツ国の廷臣たちは異議を唱えたが、グリトラス元帥の説得により、この条約は平穏に締結された。
しかし、ひとたび二国の間に戦争が始まれば、ウェルハイトの立場が危ういものになることは明らかであった。
ところが、そんなウェルハイトの元に朗報が届いた。ジムリア国で虐げられてきたエヴィルが立ち上がり、イェルグ・ローダンを王として独立を宣言したのだ。
ジムリア国王のアルブレヒト・ジムリアは、人望は厚かったが、それは大陸人にとっての話であった。
彼のエヴィルに対する迫害は異常なものだった。
エヴィルの若者が大陸人の少女と寄り添って歩いているのを見て、罪のないエヴィルの若者とその家族を自ら斬り捨てたこともある。
裁判の量刑はエヴィルには特に重かった。同じ盗みを働いても、大陸人は罰金、エヴィルは絞首刑と彼は定めた。
彼はいつしか「エヴィル殺し」と呼ばれるようになっていった。
しかしジムリアでは元々エヴィルへの偏見が強かったため、アルブレヒトは大陸人からの評判を失うことはなかった。
そして、今回の反乱が起こった。
ウェルハイト国はこの機会にジムリア国との断交を宣言、独立国家としての道を歩み始めた。
アルブレヒトは反乱鎮圧とウェルハイト公フェルディナンドへの復讐のため、北伐を開始した。
100年3月、アルブレヒトは手始めにローダン国の西部拠点、ウェルトラスの切り崩しにかかるが、
ウェルトラスはその立派な口ひげで有名な名将、ルーベン・ゲリク中将が守っており、
直接攻撃するのは避けてウェルトラスとローダン国首都ケルンバーグとの連絡を絶つべく、
ウェルトラスとケルンバーグを結ぶ交通の要衝、バイエルクに侵攻を開始した。
ジムリア軍の兵力は迎撃に出たローダン軍の2倍ほどであったが、ローダン軍の参謀はあのゲリク中将だった。
ゲリクは偽退で見事に敵をおびき寄せて総崩れに追い込み、ジムリア軍はこの会戦で参謀を失う大敗北を喫した。

そのころ、ヘサムは父から引き継いだエヴィル騎兵の訓練をしていた。
最初、兵士たちは若いヘサムを馬鹿にしていたが、ヘサムが剣を振るう姿を見てその強さを知り、最近ではむしろヘサムを慕うようになった。
―――ずいぶん扱いやすくなったな。
ヘサムがそう思いながら汗を拭いていると、向こうから男がやってきた。

 男「タヴシュ少将、グリトラス元帥がお呼びでございます。」
 ヘサム「何かあったのか。」
 男「王からの使者がいらっしゃいました。」
 ヘサム「そうか。すぐ行くと閣下に伝えてくれ。」

ヘサムは兵士たちにそのまま訓練を続けるよう命じ、正装に着替えて宮城へ向かった。
ヘサムが宮城の広間に入ると、そこにはもう同僚の武将たちが並んでいた。

 グリトラス「遅いぞ。タヴシュ。」
 ヘサム「すみません。」
 グリトラス「まあいい。使者殿、どのようなご用件か。」
 使者「はい。先ごろ隣国、オルテンボルク国のアドルフ・トゥリヒト元帥が使者としていらっしゃり、わが国との同盟を切り出されました。
    王は閣下のご意見をお聞きしたいとおっしゃっています。」

グリトラスはしばらく目を閉じて考え込んでいたが、ヘサムに向かって尋ねた。

 グリトラス「オルテンボルク王とはどんな人物だ。」
 ヘサム「確か粗暴な男だと聞き及んでおりますが。」
 グリトラス「そうか。粗暴か。それなら承諾するが良い。」

するとヘサムの隣に立っていたエルンスト・ラスツェイル中将が口を開いた。

 ラスツェイル「粗暴な人間なら気分次第で同盟をすぐに破るのではございませんか。」

ヘサムはラスツェイルが好きではなかった。彼はいつも地位のことしか考えていない。そう思っていた。

 グリトラス「そのとおりだ。そして粗暴な人間なら同盟を断った相手を恨むであろう。」
 グリトラス「使者殿。このグリトラスは同盟を結ぶべきだと申していたと王に伝えてくれ。」

ラスツェイルは納得できなげな顔をしていたが、使者はラスツェイルの意志とは関係なく退出していった。

その翌週であった。グリトラスからヘサムに突然の出陣命令が下ったのは。

 ヘサム「閣下。わが国はジムリア国とも和睦し、現在どことも交戦状態にないはずですが。」
 グリトラス「この間オルテンボルク国と同盟を結んだだろう。そこが今度南のテッセシスク国に侵攻を開始するらしい。
       わが国としては援軍を送り、彼らに恩を売っておく必要がある。そこでお前のエヴィル騎兵の力を見せつけて来い。」
 ヘサム「わかりました。すぐに準備にかかります。」

ヘサムは父について戦場に行ったことはあるが実際に戦ったことはない。これが実質、初陣であった。
オルテンボルク国の首都レクスゲルントは北西の辺境にある。
しかし、今回の作戦は東部方面軍を使って行われるので、その本拠地、ヒンデンセントが作戦拠点となった。
レクスゲルントまでは騎兵で6日かかるが、ヒンデンセントまでは2,3日で行ける。
ヒンデンセントに着くと、早速軍議が開かれるという。ヘサムはすぐにヒンデンセント城に向かった。

 ルーべサムソン「父上のご勇名はお聞きしております。私がこの作戦の指揮官、カイゼル・ルーべサムソン中将です。
         今回はあのエヴィル騎兵に援軍に来ていただき、百万の味方を得た思いです。」

誠実な人のようだ。ヘサムはそう思った。同じことをラスツェイルが言ったら誰が聞いてもお世辞にしか聞こえないだろう。

 ルーベサムソン「我々はテッセシスク国の西の辺境を攻撃します。いわば陽動作戦ですね。
         我々がそこで戦っている間にレクスゲルントからの本隊が敵の首都を衝きます。」
 ヘサム「なるほど。それでわが隊はどうすればよいでしょう。」
 ルーベサムソン「右翼に布陣していただき、敵の左翼を蹂躙してください。ただし、負けそうになったら無理せず退いてください。
         この戦いはあくまで敵をひきつけるためのものですから。」
 ヘサム「わかりました。」

ルーベサムソンは他の武将にも同様に指示を出すと、出発の命令を出した。
2万6千のオルテンボルク軍はヒンデンセントを出発した。1週間後、オルテンボルク軍は越境し、テッセシスク軍4万と遭遇した。

 ルーベサムソン「わが軍の兵力は2万6千、敵軍は4万。若干不利ですがこの程度の差なら覆せます。」
 ヘサム「しかし敵将は勇将アルヌルフ・ラインリア元帥。油断はなりません。」
 ルーベサムソン「そのためのエヴィル騎兵ですよ。側面から機動力を利用して本隊を衝けば、ラインリアを討ち取ることもできるかもしれませんよ。」

ヘサムは命令された場所に布陣を終えると、本隊からの指示を待った。
しかし、命令が届く前に敵のイアン・ギスボルク隊とヴィルヘルム・ラインタン隊がヘサム隊に向けて進撃を開始した。
テッセシスク軍の旗は濃い紫色である。若草が生え始めた美しい草原にその色が映える。
ヘサムは一瞬自分が戦場にいない気がした。何か美しい絵でも見ているような―そんな感じだった。

ヘサムはすぐに我に帰ると、ギスボルク隊への突撃を命令した。―――俺の訓練の成果が試されるときだ。
7千の騎兵はギスボルク隊へ突入した。エヴィルは馬に乗ると強い。敵の歩兵をどんどん薙ぎ倒す。
程なくしてギスボルク隊は退却を開始した。ラインタン隊が右側から迫ってくる。

 ヘサム「右から来るぞ!」
 ラインタン「なんだ、蛮族か。突っ込め!」

ヘサム隊は転進が間に合わず、少し動揺したが、じきに盛り返し、やがてラインタン隊も退却を始めた。
気勢を上げるヘサム隊に本隊から伝令が来た。「本隊が衝かれました。退却します。タヴシュ少将も退却を開始してください。」
ヘサムは後退の命令を出した。ルーベサムソンの消息が心配だ。ヘサムは本隊を援護することにした。
本隊は健在だった。ルーベサムソンが敵兵を切り伏せながらヘサムのほうへ近づいてくる。

 ルーベサムソン「面目ありません。あなたの言うことをもっと聞いていれば…」
 ヘサム「今はとりあえず撤退しましょう。私に殿をお申し付けください。」
 ルーベサムソン「申し訳ない。頼みます。くれぐれも命を大切に。」

ヘサムは包み込むような青い空のどこかから父が自分を見ている気がした。
ヘサムは少しずつ後退しながら戦い、他の部隊が安全に撤退したのを確認すると部隊に撤退を命じた。
エヴィル産の馬はやはり違う。普通の馬では追いつけない。ヘサム隊は無事に撤退することができた。
昼夜兼行でヒンデンセントに戻ると、先に戻っていたルーベサムソンが生還を祝ってくれた。
ヘサムは、その日は兵を休ませ翌日帰国することにした。
帰国後、オルテンボルク国とテッセシスク国が和睦したことをグリトラスから聞かされた。
これで当分ルーベサムソンとは会えないな、と思うと少し寂しくなったが仕方がない。
こうしてヘサムの3月は過ぎていった。
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最終更新:2008年03月26日 14:19
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