警視庁によると、亡くなった31歳の女性は駅の改札を出た後、踏切を渡ろうとした際にはねられたとみられている。その時の様子が、現場周辺の防犯カメラに写っていたという。女性は午後7時半ごろに踏切を渡り始めた。この時、両手でスマートフォンを持ち、歩きながら画面を見ている様子だったという。すると遮断機が下り始め、まわりの人たちは足早に踏切の外へ。しかし、女性に急ぐ様子は見られなかった。それどころか、下りた遮断機の手前で立ち止まったという。そして数十秒後、左から来た列車にはねられ、亡くなった。警視庁が防犯カメラの映像を解析した結果、女性の顔は最後までスマホに向けられていたという。現場では、警報機の音に加え、踏切の外に出るよう警告する音声も流れていた。さらに、東武鉄道に取材したところ、当時は列車の運転手が女性に気付き、警笛を鳴らしていたことも分かった。女性が音楽などを聴いていた可能性もあると考えたが、捜査関係者によると、イヤホンは遺留品のバッグの中から見つかったという。遮断機が下りてから列車が通過するまでの時間を計ってみると、およそ30秒あった。その間に、踏切の外に出ることはできなかったのだろうか。真相を知りたいと取材を続けていると、事故は決してひと事ではないと警鐘を鳴らす専門家にたどりついた。スマホの操作と脳の関係に詳しい、早稲田大学の枝川義邦教授。今月4日、私たちと一緒に現場の踏切を訪れた枝川教授。周囲の状況を確認したうえで「女性が踏切の外にいると勘違いした可能性は十分にある」と指摘した。理由として挙げたのは、女性にとって現場が「慣れきった環境」だったとみられること。女性は、この踏切の近くに住んでいた。教授は、警報機が頻繁に鳴っていることと、当時、帰宅時間帯で多くの人が踏切を渡っていたことに着目。警報機の音が「日常」となり危険な場所という意識が薄れていたうえ、「前の人についていけば安全だ」という思い込みが重なったことで、歩きスマホに没頭してしまったのではないかと考えた。その結果、周囲の状況が見えなくなり、たまたま目に入った遮断機に反応して踏切の中で立ち止まった可能性があるという。枝川教授「女性は、遮断機が下りれば止まらなければならないという認識はきちんと持っていて、それが行動に表れたのだと思う。しかし、スマホに没頭していたことで自分が今どこにいるのかを判断できなくなっていた可能性が高い」 警笛などの音についてはどうだろうか。枝川教授は、これには脳の仕組みが大きく影響していると指摘する。教授によると、脳は1度にさまざまな情報が入ってくると、すべてを同時に処理できず、1つだけを選んで認識しようとする。その時、スマホ画面のような強く興味を引かれる情報があると、脳がその処理に追われ、ほかの情報が入ってきたとしても、それが「何を意味するか」までは認識できなくなるという。つまり、警笛が聞こえたにもかかわらず、危険を知らせる合図だとは気付かなかった可能性があるという。歩きスマホをする際、私たちは周囲の状況を気にしながら歩いているつもりでいる。しかし、こうした「見えているつもり、聞こえているつもり」の状態が最も危険だという。枝川教授「通信環境の向上や大画面化によって情報量が増え、スマホはこれまで以上に没頭しやすくなっている。その変化のスピードに脳の仕組みが追いつけなくなっている可能性が高い。その結果、周囲の状況をより認識できなくなり、事故につながる危険性が高まっていると考えた方がいい。今いる場所が本当にスマホを見ていい場所なのか、慎重に判断すべきだ」 東京消防庁によると、歩きスマホなどによる事故で救急搬送されたケースは、去年までの5年間に都内だけで合わせて196件(一部自転車も含む)。年代も子どもから高齢者まで幅広い層にわたっている。(9/8 NHK NEWSWEB特集)