SS『刻んでも、奏でても』 「ふぅ、やっと終わった…結局ただの世間話だったな…」 空はもう夕日で赤く染まっていた。 放課後にクラスの友達の相談事を聞くことになっていたんだけど 気づいたら雑談ばかりで、しかも切り上げるタイミングがなかなか掴めず、だいぶ遅くなってしまった。 これじゃ、部活でいつも私が言わないといつまでもお茶してお喋りばかりしている先輩達とあまり変わらないよ。 あぁー、どうせ今日も、今もこうしてお喋り真っ最中なんだろうな。 先輩達、最近少したるみすぎですよ!よし、今日はいつもより厳しく言わないと。 そう思った私は廊下を歩く速度を少し速める。 と、あと50m程で音楽室というところで楽器の音が聞こえてきた。 あ、先輩達、今日はちゃんと練習してる。早く私も加わらないと。 そう思った私は歩く速度をさらに速める。だけど、部室まで残り10mのところまで来て私はあることに気づいた。 〜♪ 「これは…アコギ?」 良く聞いてみると、その音はエレキギターでも、ベースでも、キーボードでも、ドラムのそれでもなく アコギの音1つだけだった。 あれ、音楽室にアコギなんてあったっけ。それに話し声も聞こえないってことは先輩達もいない?じゃあ誰が中に? 私は足音を消して音楽室の前に行き、僅かに開いたドアの隙間から中を覗いてみた。すると…。 〜〜♪♪ 「――――」 窓から差す夕日に染められた音楽室の中に一人、静かに、どこか物憂げな表情でアコギを弾いている律先輩の姿があった。 〜♪〜♪ 「――――」 「……はぁ……」 溜息が思わず口からこぼれてしまった。 それくらい律先輩のその姿は、普段のおちゃらけていてにぎやかなそれとのギャップがあった。それに私は見惚れてしまったのだ。 何故か入ってはいけないような感じがして、私はしばらくの間その姿を眺めていた…が。 ガガ、 ドアに置いた手に力がこもってしまい、わずかに開く。その音に律先輩が気づき、こちらに目を向けたので私はなんとなく気まずい気持ちになりながら中に入った。 「おう、梓、やっと来たか」 律先輩は入ってきた私にアコギを構えたままで声をかけた。表情はさっきのものからいつものに戻り、弾いていた手も止まっていた。 「こんにちは、他の先輩方はいないいんですか?」 とりあえず挨拶して、今の状況を聞いてみる。他の先輩達は部屋の中にはなかった。 「あぁ、なんか用事があるんだってさ」 「そうなんですか、でもそれで部活休みにしなかったんですね?」 いつもの律先輩なら、集まり悪いとすぐに休みにするのに。 「んーさすがに最近は練習も結構サボり気味だったし、今日は真面目にやろうと思ってたからなー。 それで仕方ないから梓とたまには二人でやってみるかって思って待ってたんだぜー。遅いぞー、あずさー」 「ちょっと友達と話し込んでしまって…すみませんでした。ってそれより」 そうだ、こんな話しているよりもまずはじめに聞きたいことがあったんだ。 「そのアコギどうしたんですか、というか律先輩ってギター弾けたんですね?」 「これは梓がなかなか来ないなーって思って暇つぶしに準備室漁ってたら出てきたんだ。なんか微妙に懐かしくなってさ。まあ全然巧くないけどな」 「微妙に懐かしいって、いつ頃までギターやってたんですか?」 「確か中学一年のとき、親が昔使ってたのをもらってからだったなー。でもコードとか難しくてあんまり上達しなかったから一年間くらいで止めちゃったんだ」 そうだったんだ。唯先輩から律先輩がドラムをやる理由を聞いたことがあったけど、それで他の楽器はからっきしだと思ってた。 「まぁそれで私にはあまり細かい手の動きが必要な楽器は合わないって思ってドラム始めたんだよねー」 そういって律先輩はアコギのボディを本当に懐かしそうに触る。その様子を見て私はなんだかもったいないと思った。 だって……。 「でも、ここに向かってる途中で音聞こえましたけど、変じゃなかったですよ。 それにここに入る前に、実はドアの隙間から少し様子見てましたけど凄く似合ってましたよ」 そう、アコギを弾いている律先輩の姿は、私にとって新鮮だったというのもあったけど、なんだかとても格好良かったのだ。 それに私は知っている。律先輩は、普段練習はとても熱心とはいえないけど、別に音楽が好きじゃないとかじゃなくて むしろその逆で、心から音楽を楽しんでるって。まあそれがドラムが走り気味になるという形になっているのは残念だけど。 とにかく、そういう音楽を楽しんでいる人にこそ私は、いろんな楽器をやってほしい、すぐに諦めてほしくない。 そして、もっと音楽を好きになってほしいと思うのだ。 「ええ!?で、でも私にはやっぱりパワフルにドラム叩いてるほうが似合ってると思うしなー」 あ、律先輩、いつもは口うるさい私が褒めるから照れてる。ちょっと面白いかも。 「いや、三年間弾いてなかったのにそれだけ弾けたら十分上手いですよ。律先輩、自分が思ってるほど不器用じゃないんじゃないですか? やってみましょうよ。二人だけじゃバンドの練習にあまりならないですから、今日は私がギター教えますよ」 ここでもう一歩。 「いやいや、別に私のことはいいから。ほら、部長の私が練習するって言ってるんだから曲合わせるぞ」 それでも律先輩は折れない。むー、結構頑固ですね。でも私だって律先輩にギターを教えたい、ギターの楽しさを知ってほしいんです。 そう思ってさらに私が何か言おうとしたとき、不意に音楽室に別の人物が現れた。 「あ〜ギー太、またおいてけぼりにしてごめんね〜」 その人物は唯先輩だった。どうやらまた唯先輩は愛器のギー太を部室に置き忘れてきたらしい。 「こんにちは、唯先輩」 「よう唯、まーたお前ギー太忘れたのかよ、ついでに練習していけ」 「あ、りっちゃん、あずにゃん、おいっす〜って、あぁ!りっちゃんがギター持ってるー!なんで〜!?というか、カッコイイかも!」 唯先輩は私達と挨拶を交わした次の瞬間には律先輩のアコギ姿にビックリしていた。 唯先輩のリアクションはいつも少し大袈裟だけど、確かに少し…いや、かなりカッコイイですよね。 「律先輩、ギター少しできるようなのでもっとギターを楽しんでもらおうと思って 教えてあげようとしてたんですけどあまり乗り気じゃないようなんです。唯先輩も説得お願いします」 せっかくだから唯先輩にも加勢してもらいましょう。 「りっちゃ〜ん、せっかくギターできるんだったら一緒にやろうよー私も教えるから〜」 「いや、まずお前人に教えられるのか?」 と、律先輩は指摘する。 「それでー、ギタートリオ結成しちゃってー、今度からはそれで練習しようよー」 けれども華麗にスルー。 「人の話聞けよ!それと、さりげなくドラムの存在を消そうとするなー!!」 確かに唯先輩、それはまずいですよいくらなんでも。しかし唯先輩は止まらない。 「じゃあ今度の日曜日私の家で3人でギターやろうねー。あ〜今から楽しみになってきた〜」 勝手に人のスケジュールまで決定してしまった。といっても私は全然OKですけどね。 「だから人の話聞けー!あと無断で他人の休日の予定決めるなー!!」 律先輩の叫びが空しく音楽室に響いた。でも私も楽しみですよ、唯先輩。 律先輩、日曜日、ずっと付き合ってあげますから覚悟してくださいね♪ >出展 >【けいおん!】田井中律はカチューシャ可愛い38【ドラム】