梓、憂、純。そして律の知らない生徒を加えた四人が廊下で喋っていた。
それを見かけた律は声を掛けようとして、思い留まる。
「ねー中野さん。軽音部の先輩の事聞かせてよ。
結構気になっちゃって」
知らない生徒の問いは、律にとっても気になる内容だった。
梓が自分の事をどう思っているのか、それを知りたかった。
「まずは澪先輩だよねー、梓」
純の声を受けて、梓が喜色満面に語る。
「うん。優しくて綺麗でかっこよくて、なにより真面目なんだ。
憧れちゃうよ」
(そうかー。やっぱ澪かー。
そうだよな。私なんて)
律は落胆しつつ、廊下の影に身を寄せて隠れた。
「ね、ねー、お姉ちゃんもいいよね?ね?
暖かいでしょ?」
憂が焦燥を露わにしつつ、梓に問いかける。
(私もあれくらいの積極性があれば、なぁ)
素直に姉に対する行為を表せる憂が羨ましかった。
「唯先輩の弾きは、ノらせてくれるね。
それに暖かいよ」
「だよねー」
姉を褒められた憂は嬉しそうに笑んでいた。
律は彼女とは対照的な思いを抱える。
(そっか。そうだよな。唯は一人で走るんじゃなくて、ノらせる演奏だ。
それに、あの柔らかい肉体で抱かれりゃ暖かいよな。
骸骨みたいな私の身体じゃ、梓に温もりを与えてやれない)
唯の肉感的な肢体を思い浮かべて、律は溜息を吐く。
唯と対照的な自分の体躯に不満を抱きながら。
「あー、後ね。ムギ先輩もいい人だよ。
お菓子持ってきてくれるし。優しいし。色々と配慮も行き届いてる」
続いて梓は紬を称えていた。
(ムギに比べて私は……梓に何もしてやれなかったもんな。
そうだよな。梓は、澪や唯やムギみたいな先輩が好きなんだ。
私の名前なんて出てきやしないし。……帰ろうっと)
律は場を去りかけたが、気になる問いを聞いて立ち止まった。
「じゃあ、律先輩は?」
名も知らぬ生徒の問いだった。
律は聞き耳を立てて、梓の声を待った。
「律先輩は、だらしなくて、お調子者で、それで不真面目なんだよ。
ドラムも走り気味だし」
梓による律の評は散々だった。
「不摂生な生活送ってるかもしれないし。
それにメンタル面も弱いんだ」
(ぐすっ……もう聞きたくないよ)
律の願いとは裏腹に、梓の声は大きくなってゆく。
「誰よりも乙女だし、繊細な心を抱えてる。
他人の恋心には気付かないくせにね。
気付いても気付かないフリしちゃうくせにね」
言葉が進む毎に梓の声が大きく──
(いや、違う)
律は気付いた。梓の声が大きくなっているのではなく──
「そんな心配な人、故に一人にしておけない。
誰かが側に居ないと、支えてあげないと。
だから」
──梓が近づいてきているのだと。
「確保ーっ」
その声と共に、梓に羽交い絞めにされた。
「わっ、梓?」
「律先輩の溜息、聞こえてましたよ?私から隠れないで下さい、逃げないで下さい。
今宣言した通り、律先輩の事、支えますから。律先輩の事、一人にしておけません」
憂と純、そして知らぬ生徒の三人の視線が集まる。
だが、不思議と羞恥は無かった。
「私も梓の事、一人にしないよ。
梓は頑張りやさんで演奏も上手いけど、ちょっと生意気だ。
あけすけに物を言う反面、涙脆いし。
だから一人にさせるのは不安。私が一緒に居てやる」
律も梓と同じように、告白を返した。
(梓が好きだから側に居たいと、素直に言えない私。
やっぱり、ちゃんと言った方がいいのかな?)
律は訂正の言葉を放とうと思ったが、梓の表情を見て留まった。
律を抱く梓の表情には、幸せが溢れていた。
律は確信に近い推量を得る。
(ま、いっか。
素直に好きって言えないのは、きっと、お互い様だよな?)
互いの想いを明け透けにしないという共通点を、大事にしたかった。
それが自分達の恋愛だと、律は理解した。
今の二人に、確証的な言葉なんて要らない、と。
(契約書なんてNo Thank you. 言葉すらNo Thank you.
だって今、強く愛してるから)
<FIN>
最終更新:2011年07月23日 21:09