385 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:17:46 ID:Tfb88gTY0
『青天の霹靂』
律先輩と二人きりの帰り道。
地面を一日中熱し続けた太陽はすっかり西に傾いて、ようやく暑さが和らぎ始めた。
過ごしやすい気温になったことにほっと息をついたそのとき。
はるか彼方で雷が鳴った。
「見ろよあれ」
律先輩が顔をしかめながら指をさす。
快晴だった夏の空のずっと向こうに大きな入道雲が見えた。
「こりゃ、下手すりゃ夕立だな」
「ごめんなさい、私のせいで……」
律先輩は口元を上げながら私の頭をぽんぽんと叩いた。
「何でお前のせいなんだよ」
「だって、私が律先輩を引き止めてしまったから」
今日は休日、本当なら部活は昼過ぎには終わっていた。
でも、私は律先輩を呼び止めて、二人きりの機会を作ってもらった。
……大切な用事のために。
「ばか、気にすんなそんなの」
律先輩は優しい笑みを浮かべた。
途端に真っ黒になる空。一瞬白く光ったかと思うと、地を震わせるような音が鳴る。
思わず律先輩の腕に飛びつく。
ぽつぽつと雨が降ってくる。間髪を入れずに雨足が強くなる。
無数の雨粒が私たちの体を痛いほどに打ち付ける。
肩に掛けていた鞄で体をかばうようにして歩く。
「梓、それ貸しな!」
律先輩は私からギターケースを奪うようにして取ると、すぐに雨の音に負けないぐらいの大声を上げる。
「走るぞ!」
386 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:19:20 ID:Tfb88gTY0
律先輩の背中を追って、必死に駆ける。
私のギターケースを背負っているというのに、律先輩はとても速い。
追いつくのが精一杯なぐらい。
水滴が顔に当たって、頬を流れる。
まるで涙を流しているみたい。
そんな風に思って、私は本当に泣いている自分に気づかないふりをする。
一度立ち止まって目元を拭う。
雨が目に入って見えづらいんだ、きっと。
「……梓?」
私を気にしてくれたのか、律先輩が足を止めて振り返る。
雨に打たれたせいか走ったせいか、カチューシャが少しずれていた。
はみ出した髪の毛から水が滴っている。
「どうしたんだ?」
首をかしげて近づいてくる律先輩に向かって、私は慌てて首を振った。
「ごめんなさい、何でもありません!」
好きです、律先輩。何てことのない一言だ。
けど、今日の私はこの一言を口にするために苦労して、結局伝えられなかった。
ずっと胸に秘めてきた想いを伝えようと決心したはずなのに、口に出すことすら叶わなかった。
せっかく律先輩と二人きりになったのに、何も言えずに時間だけが過ぎていた。
話がある、ということで残ってもらったのに、何も話せなかった。
そんな私に律先輩は文句を言うこともなく、優しい笑顔を浮かべて待ってくれていた。
「ごめんなさい」や「ありがとうございます」は言えるのに、「好きです」の一言は心の奥底に閉じこもって出てこない。
どうしてそのたった一言が言えないんだろう。
そうするだけで、胸の奥をぎゅっと締め付けるこの痛みから解放されるのに。
387 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:20:52 ID:Tfb88gTY0
公園の屋根付きのベンチで、私と律先輩は並んで座る。
雨は勢いを少し弱めたけれど、まだ降り続けている。
「ここで雨宿りしようぜ。夕立だし、すぐ止むだろ」
律先輩は鞄から取り出したタオルを私に手渡す。
「よく拭いとけよ、風邪ひくぞ」
「……ありがとうございます」
律先輩はすごく優しい。私が好きになったのもこの優しさだ。
細かいところによく気が回って、部員に少しでも異常があれば相談に乗る。
私が悩んでいるときなんかもすぐに気づいてくれて、悩みが解決するまでずっと助けてくれた。
でも、この人は恋愛に関しては鈍感だ。
ずっと前から好きなのに、ちっとも気がついてくれない。
そもそも、女同士で恋愛をすること自体どう思っているんだろう。
「……同性愛」
律先輩が顔を向けた。
「私の友達が、その、ある先輩のことを好きなんですけど、律先輩はどう思います?」
「うーん、本人同士が良ければいいんじゃないかな」
「あの、それじゃ……律先輩は同性愛ってどう思います?」
「だから、本人同士が良ければ……」
「律先輩自身がその立場に立ったらということですっ!」
思わず立ち上がって、声を荒げてしまった。
律先輩がびっくりしている。
「あ、梓?」
「あっ……その、ごめんなさい」
おずおずと座り込んで、顔を背けてしまう。
律先輩の視線を感じる。
「私は、その、あんまり……」
388 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:22:24 ID:Tfb88gTY0
その一言が私の耳を右から左へつんざくように通り抜けていった。
私は今、どんな表情をしているだろう。
これはおそらく、失恋したんだろうか。
告白する前に振られたんだろうか。
残酷な事実を突きつけられて、頭ががんがんと痛みを覚えた。
まともに律先輩を見ることもできない。
胸をえぐり取られるような感覚に身もだえしながら、目から溢れ出そうになる涙を必死に抑える。
やっぱり律先輩は女同士の恋愛なんて興味がなかった。
私の恋は叶うものじゃなかったんだ。
私が告白しても、律先輩には受け入れてもらえない。
それなのに、きっとこの人は私以上に悩んでしまうんだ。
どうすれば私を傷つけないですむかって。そんな方法ありはしないのに。
そうして困って、悩んで、苦しんでしまうんだ。
律先輩にそんな思いをさせたくない。
だったら、私が辛い思いをする方がずっといい。
この想いは伝えることなく、胸の中で止めておくのが一番いい。
すっくと立ち上がると、私は精一杯の笑顔を浮かべて律先輩に声をかけた。
389 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:24:36 ID:Tfb88gTY0
「ギターケース、ありがとうございます」
「いや、別にいいよ」
「もう大丈夫です、自分で持ちます」
「何でだよ、重いだろ」
「いえ、大丈夫です。それに、もう帰らないといけないので」
「帰るったって、まだ雨降ってるだろ」
「でも、用事があるので」
「用事って何だよ」
「何でもいいじゃないですか、とにかく帰らないと」
律先輩からギターケースを奪うようにして手に取る。
そして律先輩に背を向けて足を踏み出す。
「おい、待てって!」
律先輩に肩をつかまれる。それを振り払って駆けようとする。
「待てってば!」
後ろから思い切り体をつかまえられた。
一刻も早くこの場を去りたいのに、足が動かない。
何で律先輩は私を止めるんだろう。
このままほっといてくれたらいいのに。
今日は一杯泣くだろうし、悲しむだろうけど。
明日からはいつも通りに接するから。
だから、見逃してほしい。
泣いているところは見られたくないから。
390 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:27:06 ID:Tfb88gTY0
「放してください」
「だめ。放さない」
「どうして放してくれないんですか」
「お前が逃げるから」
「答えになってません!」
いつの間にか律先輩には後ろから抱きしめられていた。
いくら抵抗しても、振りほどくことはできない。
「梓、こっち向いて」
「嫌です」
多分、涙でくしゃくしゃになった酷い顔をしているだろう。
こんな顔、律先輩に見せたくない。
「じゃあ、仕方ない」
そう言って律先輩は私の両肩をつかんで、半ば強引に振り向かせる。
「何するんですか!」
「だって、こうでもしないとお前顔見せてくれないじゃん」
「だからって乱暴すぎます!」
「怒るなよ」
「怒ります!」
「梓、話を聞いてくれ」
「嫌です、何も聞きたくありません!」
「ちょっとだけだからさ」
「嫌! 放してください!」
そのとき。唇に温かいものが触れるのを感じた。
柔らかくて甘くて、ちょっと切ない味。
それがキスだと気づくのに、少し時間がかかった。
391 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:28:59 ID:Tfb88gTY0
「……キスした」
「うん、キスした」
「初めてなのに」
「私も初めて」
意味が分からない。好きでもない人にキスをして。
女同士の恋愛なんて興味ないくせに、ただ私を慰めるためだけに……?
そんなのひどいよ、律先輩。
「律先輩なんか嫌いです」
「そっか」
「私のことなんかどうでもいいくせに」
「どうでもいい訳あるか」
「さっき女の子同士なんてあんまりって!」
「ばか、一般論だよ」
「えっ?」
呆然とする私に律先輩の顔が近づいて、もう一度キスをされる。
「勘違いすんな」
頭の中が混乱する。
律先輩は女同士なんて興味ないけど、それは一般論。
私にはキスをしてくれた。
つまり、これはどういうこと……?
「何でキスしたんですか」
「したかったから」
「……好きでもない人にキスなんてしないでください」
「誰がそんなこと言ったんだよ」
信じても、いいんですね?
「好きだよ、梓」
はるか彼方で雷が鳴った。
Fin
393 :軽音部員♪:2011/07/11(月) 01:32:00 ID:Tfb88gTY0
今日入道雲を見てからの急造ネタ
もうすっかり夏ですね
最終更新:2011年09月06日 15:23