647 :軽音部員♪:2011/02/21(月) 00:39:37 ID:Mz2tB.1Y0
(律先輩と二人っきりだ……)
望んでいた状況なのに、いざ水入らずとなると梓は緊張で心が震えた。
澪や紬は家の用事があり、唯は補習だった。
「珍しいですね、律先輩が補習免れてるなんて」
梓は努めて普段通りの憎まれ口を叩く。
梓が普段から憎まれ口を叩いている事は、澪への対抗の意もあった。
澪が律にしばしば拳で制裁している行為を暴力だとは思っていない。
もし暴力だと感じていれば、梓はきっと真っ向から律を庇っていた事だろう。
有形力を行使する澪の制裁が双方の信頼を前提としている事ぐらい、
梓とて分かっている。
だからこそ梓は律を揶揄する必要があった。
揶揄が虐めとして許されないものとなるのか、
戯れとして許されるものとなるのか。
それは信頼関係によって決まるのだから。
(私達にだって信頼関係あるもん。
でも、今は二人っきりなんだし……敢えて確認する必要なんて無いのにね。
私の意気地無し)
胸中で放った自身への痛罵と重なるように、
怒気を孕んだ律の声が飛んできた。
「中野ぉっ」
「あはは、冗談ですよ」
「全く酷いな。私は梓と二人っきりの時間を確保する為に、
勉強頑張って追試免れてるのに」
「え?それ本当ですか?」
梓は自省と期待を込めて律に問うた。
本当であれば律をからかった行為は非難に値する。
それでも本当であって欲しいと梓は願っていた。
自分の為に頑張ってくれる、
それは愛されている実感となるからだ。
(どれだけ非難されても罰を受けてもいい、だからお願いっ)
しかし、律の答えは期待通りとはいかなかった。
「いや、流石に嘘だけどさ。
澪やムギの用事までは分からないんだし」
「はぁ……」
期待が空回った梓は落胆の息を漏らして目を伏せた。
(いいもん、じゃあ私が律先輩に罰を与えちゃうもん)
梓はすぐに気を取り直すと、律に向き直って口を開く。
小さな身体に精一杯の勇気を漲らせて。
「酷いです、本当だと思って喜んだのに。
罰として、膝枕して下さい」
「ごめんな。膝枕で許しくれるなら、幾らでも」
「えへへ」
梓は素直に笑うと、律の太腿へと頭をのせる。
(贅沢で我侭な頼みだけど、偶にはいいよね。
折角、二人っきりなんだし)
648 :軽音部員♪:2011/02/21(月) 00:41:53 ID:Mz2tB.1Y0
その梓の思考を肯定するように、律が髪を撫でてくれた。
梓は至福に満たされてまどろんだが、
その微睡を切り裂くような震動音が響いた。
「ん、澪から着信か」
律の携帯電話が音源だったらしい。
律は携帯電話を取ると、通話を始めた。
「ん?今?
梓と遊んでる。え?お前も来るの?そりゃ私は」
梓はそれ以上言わせず、
律から携帯電話を引っ手繰って後を引き取った。
「駄目ですっ。今ホラー映画見てるんです。
律先輩は澪先輩をからかおうとしてるんですよ。
本当に怖い映画ですから、止めた方がいいですよ」
「え?そうなの?
サンキュな、梓。行かないって律に伝えといて」
「あ、はい。分かりました」
「じゃっ」
澪が通話終了の捜査を行ったらしく、
繋がっていない事を示す電子音が響いてきた。
(私、酷いよね。
いくら律先輩と二人っきりで居たいからって、嘘まで吐くなんて。
これじゃ澪先輩の律先輩に対する心象も悪くしちゃうよ)
咄嗟の行為故に、反省は後から付いてくる。
梓は謝意を込めて律に詫びた。
「ごめんなさい……。私、私……。
澪先輩にも謝ってきます」
「あ、いや。いいよ」
「いえ、謝らせてください。
このままじゃ、私のせいで律先輩の評判まで」
梓の言葉はそこで途切れる事になる。
今度は梓の携帯電話が震動したのだから。
「唯先輩……」
律に視線を向けると、
「出なよ」
と促してきた。
649 :軽音部員♪:2011/02/21(月) 00:46:09 ID:Mz2tB.1Y0
梓は通話ボタンを押して、唯との電話を繋げる。
「もしもし……」
「ひゃっほー、あずにゃーん。
補習終わったよー。今から遊ぼー」
元気な唯の声だった。
これだけ声が大きければ、律にも聴こえている事だろう。
「あの、私、今律先輩と一緒に居て」
「あ、じゃありっちゃんとも遊びたいなー。
ね、今何処に居るの?行ってもいいでしょ?」
梓が答えようとした時、
手を伸ばしてきた律に携帯電話を取り上げられてしまった。
「唯ー?りっちゃんだぞー。
一応言っとくけど、遊んでるワケじゃないからな。
梓の勉強見てやってんだよ。
それでもお前も来るか?みっちり勉強する事になるけど。私語一切厳禁でな」
唯が「補習終わったばっかで勉強は無理だよー」と唸る声が、
梓の耳にも聞こえてきた。
「そっか。じゃ、また今度遊ぼうなー。
ん?ははっ、失礼だなー」
今度は唯が何を言ったのか、聞き取れなかった。
だが笑い声を漏らす律を窺う限りでは、愉快な事らしい。
実際、通話を終了した律はさも愉快そうに梓に語りかけてきた。
「おいおい、唯がとんでも無い事言ってたぞ?
りっちゃんに勉強教えてもらうなんて、あずにゃんも末だね。
そう言ってたぞ。私にも梓にも失礼だよなー」
律は一頻り笑った後で、優しげな表情へと転じて言葉を続けてきた。
「これでさ、梓も唯から馬鹿って思われちまったな。私のせいで。
だからさ、梓は謝らなくっていいよ。
私とおあいこって事だからさ」
「律先輩……」
律の機転に、梓は落涙を堪える事ができなかった。
そんな梓を、律は優しく抱き寄せてくれた。
「私達、共犯者だよな。二人して嘘吐いたりして。
でも、そうまでして二人っきりになりたいんだもん。
しょうがないよな」
律の声に、梓も涙ながらの言葉を返した。
「そうですね、悪い二人です。
本当はバンド内恋愛だってご法度なのに、抵触したりして。
悪に染まってまで愛を貫きたいなんて、本当にどうしようもない二人です……」
そう言いつつも、梓は歓喜を感じていた。
例え悪という形であっても、
周囲に排他的な関係を律と共に共有できている事が嬉しかったのだ。
律の『共犯者』という言葉にも、喜びを感じていた。
(律先輩と二人っきりで共有できるなら、悪でもいいよ。
排他的な共有は孤立を招く。
それはつまり誰にも邪魔されずに律先輩を独占できるって事。
だから……何でもいいから律先輩と共有していたいんだ……何でもいいから……)
──例えそれが──
「ああ、どうしようも無いな」
──救いようの無い想いだとしても──
「ええ、どうしようも無いくらい好きです」
<FIN>
最終更新:2011年03月13日 20:17