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45の続きの流れです
:軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:33:43 ID:3WtV1aLQ0
*
律は部室の窓から空を見上げて、一人溜息を吐いた。
(澪……。いつからお前は、私に恋愛感情抱いていたんだ?)
それは胸中幾度となく繰り返された疑問だった。
雨の日も晴れの日も、バレンタインの日からずっと繰り返されている。
けれど、律が本当に考えなければならない事は別にあった。
澪と梓、どちらを選ぶのか。或いはどちらも選ばないのか。
いよいよ3月も始まり、もうすぐ答えを出さなければならない。
未だその答えを見出せないまま、律は幼い時分からの記憶を反芻した。
その記憶の殆どに、澪が登場している。
澪と自分がどれだけ長い時間を共有してきたか、改めて律は思い知った。
その長い時間の中、二人の関係は安定していた。
時折仲違いをする事はあっても、すぐに元の木阿弥へと収まっていた。
だが、今度はそうもいかない。
どのような結論を出すにせよ、もう以前のような関係には収まれない。
(どうして告白なんてしたんだよ、澪。
もし告白なんてしなかったら、或いはお前が私に恋愛感情抱かなかったら……。
二人はずっと仲良く過ごしてゆけるはずだったのに。
それはもう、墓場まで)
89 :軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:35:35 ID:3WtV1aLQ0
律の胸中に心細さと切なさが押し寄せて、感傷的な気分へと誘う。
ライフステージがどれだけ変わろうと、
いつでも帰る事のできる不変の居場所を澪に求めていた。
そして澪がいつでも帰ってこれる場所として、
変わらず在ろうと律は思っていた。
けれどもその思いは二人の間で共有されなかった。
澪は変化──関係の発展──を求めて、アクションを起こしてきた。
共に歩むにせよ告白を拒絶するにせよ、もう不変の居場所としては機能しない。
安寧の居場所を失った寂しさの中、律はふと梓の事を思った。
(小憎らしくて生意気で……でも可愛い後輩、だったんだけどね。
その梓も告白してきた、今までそんな素振り無かったのに。
こっちはどうすっかね)
次期部長候補にして、唯一の後輩。
(もし告白を断れば……梓、部活辞めたりしないか?
そうなると、部活は私の代で終わりって事になっちまう。
まぁ流石に辞めはしないだろうけど……杞憂だろうけれど。
告白を受けたら受けたで……本当に澪との関係はかなり希薄なものになる。
恋敵だった存在と仲良くする、それは幾ら梓でも許容しないだろうからな。
つまり、澪とは距離を置かざるを得なくなる……か)
梓の事を考えている時の方が、
澪の事を考えている時よりも心に余裕が持てた。
それは二人に対する思いの深さの違いなのだろうか。
律は考えた。
(澪の方をより深刻に捉えてるんだよな、私。
それに梓の事を考えている時でも、澪に対する配慮が入り込んでくる。
結局、澪の方に秤を傾けようとしてるんだろうか……)
そこまで考えが及んだ時、ドアの開く音が聴こえた。
視線を向けると、唯の元気そうな顔があった。
90 :軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:37:43 ID:3WtV1aLQ0
「おっす、りっちゃん隊長」
「おお、唯。今日は部活休みなのに、自主練にでも来たのか?」
「いやー、忘れ物しちゃって」
そう言うと唯は、私物置き場と化している一角を漁り始めた。
その姿を横目に見やりながら、律は更に考えた。
(私達三人の問題に留まらない。
私の決断次第では唯やムギにも影響が及びかねない。
もし選ばなかった方がHTT辞めたりしたら……それは考え過ぎか。
でも……今の時点で既に影響は出てる。
私達三人の間の会話、ぎこちないし。
それは唯やムギだって気付いてるはず……そして、気を遣ってるはず)
唯の朗らかな声が響く。
「あったー。平沢チキン2号っ。ごめんねー」
無邪気に人形へ頭を擦り付ける唯の姿、
それは律がいつまでも見ていたいと思う景色の一つであった。
自分のせいで壊したくない情景の一つだった。
(唯にまで影響及ぼす訳にはいかないよな。
二人とも付き合うってのは、二人が了承しないだろう。
でも……二人とも断ってしまえば?
それでも気まずくはなると思う。
でもさ……)
律は自分の表情が暗くなっていく事を自覚していた。
(それなら私は悪く無いよな。
部活の雰囲気を壊したのは澪と梓の二人であって、私は勝手に好かれただけ。
どちらかを選ばなければ、その言い訳が成り立つ。
私は悪くないって事に……)
けれども、自覚できていない変化もあった。
91 :軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:39:24 ID:3WtV1aLQ0
「り、りっちゃん、泣いてる?ど、どうしようっ。
えっと、私で良かったら相談に乗るから、ね?」
自分の落涙を自覚できていなかった。
「あ、いや。何でもないって……。欠伸しちゃってさ」
律は涙を拭きながら言った。
(最低だ、私。自分の面子だけ考えて……
好いてくれる澪や梓に一方的に責任押し付けようとして……)
「本当に?」
唯は心配するような表情を浮かべて、
律の顔を覗きこみながら問いかけてきた。
(優しくすんなよ……私、最低な事考えてたんだから)
その唯の顔を正視できず、律は目を逸らしながら言葉を返す。
「ああ、マジだって。
最近寝不足でさ」
嘘は言っていない。
心に抱えた苦悩が故に、安眠から程遠い生活を送っているのだから。
「ならいいんだけど。
もし心配な事があったら、”いつでも”相談に乗るから言ってね。
きっと力になる。少なくとも、責めるような事はしないから」
唯は”いつでも”という言葉に強いアクセントを加えていた。
律は敏感にその意味を察する。
(つまり……私が下した決断の結果、
HTTに危機が訪れても責めずに相談に乗ってくれるって事か。
心強いけどさ)
唯が頼もしく見えたが、それと同時に罪悪感も押し寄せてきた。
放課後ティータイムはいつだって放課後、
そう宣言したのは唯だった。
律が澪との関係に不変を求めていた事と同様、
唯はHTTに対して不変を求めていたのだろう。
92 :軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:41:16 ID:3WtV1aLQ0
(なのにお前は……
私がHTTに亀裂を入れたとしても、責めないと言ってくれるのか)
律は再び溢れそうになる涙をどうにか堪えて、
快活な声を無理矢理紡ぎ出す。
「本当に何でもないからさ」
唯の顔から未だ心配そうな表情は消えていないが、
この場でこれ以上追及する心算は無いらしい。
「分かったよ。でも何か心配事がでてきたらその時に、ね」
それだけ言うと、人形を持って部室を出て行った。
(あの平沢チキン2号とかいう人形を持って帰りたかったのか?
それともそんなのはただの口実で、力になる事を言う為に?)
後者の推理の方が正しいような気がした。
梓が大胆に切った髪を見せたあの日、唯や紬も部室に居たのだ。
当然、梓と澪の間で交わされた会話も聞いている。
そしてそれは、律の置かれている状況が推量できる内容だった。
(やっぱり皆に気を遣わせてるんだよな。
そういえばあの時、
澪も梓もムギや唯が居るにも関わらずあんな話をした。
自分達の恋愛でHTTが壊れないようにっていう配慮だったのかもな。
壊れかけたりした時にストッパーとなり得る第三者、
それをムギや唯に求めたのかもな……。
……流石に穿ち過ぎか?)
律は頭を振ると、鞄を手に取った。
(まだ、少しだけど日はある。
その時までに、結論は出すさ)
結論を先延ばししても楽にならない事は分かっていた。
寧ろ答えを出していないからこそ、思い悩むのだ。
さっさと結論を出してしまえば、そこで悩みは終わる事くらい分かっていた。
93 :軽音部員♪:2011/03/11(金) 23:42:57 ID:3WtV1aLQ0
(まぁいいさ。
私の苦悩なんてどんなに長引いても一ヶ月。
梓や澪は……多分もっと苦悩したんだろう。
告白するのに、どれ程の期間悩んで結論出したのか。
いや、今だって思い悩んでるはずだ。
どういう結論を私が出すのか、その事に戦々恐々としているはずだ)
二人は3月14日に答えが欲しいと言った。
律が今結論を出したところで、それを伝えるのはホワイトデーなのだ。
律は苦悩から解放されるが、二人は期日まで解放されない。
(だからさ、私もその日までは共有するよ。
その苦しみ、私も味わうよ。
だから……どんな結論出しても……許してくれ。
ずっと、仲良くしてくれ)
部室のドアノブに手をかける前に、律はもう一度だけ目元を拭った。
103 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:27:44 ID:I/Ggk1jY0
*
「もうすぐホワイトデーだね」
物憂げな表情を浮かべて、純が呟く。
「うん、いよいよ明後日だね」
自分一人では胸に抱えた不安に対処できず、
梓は信頼できる友人である純に経緯を話していた。
純は殊の外重く受け止めて、真摯な態度で話を聞いてくれた。
具体的なアドバイスは何も無かったが、
ただ話を聞いてくれるだけでも梓には有難かった。
「律先輩、振り向いてくれるといいね。
梓、バレンタインの時あんなに頑張ったもんね。
あんなに一生懸命チョコ作ったんだもん、報われるといいね」
憂に指導を受けながらチョコレートを作った時、
純もそこに居た。
当時はまだ律に対する恋情を純に教えていなかったが、
それでも梓のチョコ作りに対する情熱を感じ取ってはいたらしい。
「うん、確かに一生懸命作ったけど……。
それは澪先輩も同じだろうから。
努力が律先輩の回答に影響するなら、二人の間に差は無いよ。
でも、ありがとね。純が居てくれたから、私は頑張れた気もするよ。
純が応援してくれているから、
この一ヶ月近い不安の日々を恙無く過ごせているんだ」
104 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:29:46 ID:I/Ggk1jY0
気恥ずかしい思いはあったものの、
お礼はどうしても述べておきたかった。
全て終わってからお礼という流れが一番自然だと梓自身感じていたが、
それは律が梓を選んだ場合に限定される。
律の答え次第では再び純を必要とするかもしれない。
その時にお礼を言える自信が無かった。
だから機会さえあればタイミングを問わず、お礼を言っておきたかったのだ。
「んー、そう言われると逆に恐縮しちゃうかな……」
純は気まずそうに目を伏せると、そのままの姿勢で言葉を続けた。
「私ね、確かに梓に勝って欲しいと思ってるよ。
応援もしてるよ……でも……」
「純?」
伏せているので表情までは分からない。
だが、搾り出すように紡がれる声調を聞けば、
陰鬱な表情を浮かべているであろう事が予想できた。
「私ね……梓を応援してる理由が、本当に友情からなのか分からない。
んーん、多分分かってる、友情からじゃないって事。
きっと……私は澪先輩が好きだから……。
律先輩が梓と付き合ってくれたら、澪先輩がフリーになる。
きっとそれが理由なんだ……。
だから、お礼なんて言わなくていいよ。私ってさ、酷いヤツだから」
応援する理由は梓に対する友情故ではなく、
澪に対する劣情故だと純は言った。
それを聞いても、梓の純に対する感謝の念は消えなかった。
「それでも、有難いよ。それに純は酷い人間なんかじゃないよ」
慰めるように口にしたが、純は首を振った。
105 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:31:31 ID:I/Ggk1jY0
「梓が勝つって事はさ、澪先輩負けるって事じゃん。
好きな相手の敗北願うって、私相当汚れてるよ。
それで澪先輩が傷ついてもお構いなし、私にチャンスが転がればそれでいい。
そんな思考がきっとあるんだよ……。
梓みたいに純粋に人を好きになれたら……私は澪先輩を応援してたのかな……」
「そんな事無いよ、純。
純は汚れてなんてない。
恋愛に権謀術数巡らすのも、エゴイスティックな考えが混じるのも、
きっと普通の事だよ。
それに私は純粋でも無いよ。私の方こそ酷い人間だよ」
「梓が?あんなにピュアな想いで律先輩に恋してる梓が?」
純は弾かれたように顔を上げた。
「うん。私ね、実は律先輩に提案しようと思った事があった。
私は身を引きます、澪先輩とお幸せに、って」
「それの何処が酷い人間なの?
板挟みに苦しむ律先輩を救おうとして、そんな提案しようと思ったんでしょ?」
梓は首を振る。
「違う、その状態を利用しようとしただけ。
ねぇ、大岡裁きって知ってる?」
「落語の話だよね。三方一両損?」
「親権争ってる方」
「ああ、確か親権巡って育ての親と実の親が争ったヤツだっけ?
江戸時代、親権を巡って育ての親と実の親が奉行所に訴えを持ち込んだ。
大岡奉行は双方に子の腕を片方ずつ持たせて綱引きをさせ、
勝った方に親権を与えると言った。
ところが一方の親が、腕を引っ張られて痛がる子を見ていられず、手を離した。
それを見て大岡奉行は腕を放した方に親権を与えた。
曖昧だけど、大体はそんな話で合ってる?」
梓は肯いた。
106 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:33:50 ID:I/Ggk1jY0
「そう、それを行おうと思った。
でもね、怖くてできなかったよ。
もし、そのまま本当に私の提案を呑んでしまったら、そう考えたら怖くて。
怖いっていうのが理由なんだ。
律先輩に対する配慮の気持ちは欠落してる……」
軽蔑されても構わなかった。
このまま純が梓を突き放してくれれば、
律を苦しめている断罪になるような気さえしていた。
だが純は軽蔑する事は無かった。
それどころか、梓の手を握ってさえくれた。
安堵する自分を心底嫌悪しそうになるが、考え直す。
(いや、律先輩に対する贖罪は、彼女を幸せにする事で果たそう。
そう決めたんだ。今の苦しみを帳消しにするくらい幸せにするって)
梓は純に語りかけた。
「私が律先輩を苦しめている事は分かってる。
私が身を引けば、その苦しみから解き放ってあげられる事も分かってる。
でもね……それでも離れられないくらい好きなんだ。
苦しめたとしても、それでも手に入れたい、そう思っちゃうくらいに好きなんだ。
純もそうでしょ?純もそのくらい、澪先輩の事が好きなんでしょ?」
純は小さく肯いた。
畳み掛けるように梓は続ける。
純を励ますように、そして自分に言い聞かせるように。
「私達って、きっと嫌な女なんだと思う。
好きな相手を苦しめてでも手に入れたいって思っちゃうんだから。
でもそれって翻せば、
どれだけ相手の事が好きかっていう指標でもあると思うんだ。
うん、分かってる。詭弁でしか無いって事は。
でも私達は相手の事を好きになりすぎた。
どうせ戻れないなら……自分の恋に胸を張るしかない」
107 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:38:41 ID:I/Ggk1jY0
純は同調の言葉を返してくれた。
「そうだね。
私達を嫌な女に育て上げてくれたのは恋のおかげ。
なら、その恋に胸を張るしかないよね」
張り裂けそうな胸は、既に限界を訴えている。
それでもなお梓は胸を張ると宣して、零れそうな涙を押し留めた。
溢れそうな弱気を押し留めた。
*
ホワイトデーを次の日に控えて、律は最後の判断を迫られていた。
オーディオ機器から流れるミュージックはクラシックだが、
心を落ち着かせる用途は為していなかった。
寧ろ思考の邪魔になっているように思えた。
だから律は音楽を止めた。
(二人のこと、もう一度心に浮かべてみよう)
二人とも付き合わないという選択は、
既に検討すべき対象からは外されている。
二人との交際を胸に浮かべて、
両方とも付き合えないと思った時に取るべき選択と結論付けた。
苦悩と不眠と共に過ごしてきた日々の中で、
律の選択はもう既に殆ど決まりかけていた。
それでも最後までその選択でいいのか、苦しんでいる。
それは澪や梓と苦しみを期日まで共有したいが為の悩みではない。
実際に、正しいのか自信が持てないのだ。
(でもそれも、今日で終わりだ。明日伝えるんだから)
108 :軽音部員♪:2011/03/12(土) 23:40:37 ID:I/Ggk1jY0
期日直前まで結論が出ていないのだから、
二人に渡すホワイトデーの品は同じだった。
違うのは伝えるべき言葉だけだった。
その言葉一つで、今後の関係が決まる。
律は最後の確認の為、二人の事を考えた。
二人と共に過ごした日々を次々と思い浮かべてゆく。
(やっぱり、だ。何度確認しても、同じだ)
自分がどちらと付き合うべきなのか、律は確信する。
(澪の事を考えている時の方が、
梓の事を考えている時よりも心は深刻に揺れる。
何度繰り返しても、この結果が出る)
律は遂に答えを出した。
最終更新:2011年03月16日 00:07