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120 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:17:58 ID:ZiNngt1Q0

*

 ホワイトデーを迎えて、
梓は起床からずっと緊張を心に走らせていた。
いつ律から話があるか分からないからだ。
それは不安に苛まれる日々からの解放ではあるものの、
逆に希望が潰える日となる可能性もあるのだ。
確定していないからこそ、不安や希望がある。
 今はまだ通学途中だというのに、既に心臓が早鐘を打っている。
(流石にこの時間帯に連絡は無いよ。
律先輩の性格からして、ケータイでこんな重要な事言うとも思えないし。
多分勝負はアフタースクール。それでなくても、昼休みだと思う)
 梓は無理矢理自分を落ち着かせる。
だが、気分が落ち着いたのも束の間だった。
(えっ?)
 咄嗟に歩調を緩める。
視線の先には、見知った後姿があった。
(律先輩と澪先輩……)
 一緒に登校するという習慣は、
バレンタイン以降も二人は改めていなかった。
それは梓も織り込んでいた事ではあるし、
バレンタイン以降も二人が登校している場面を何度か目撃している。
だがホワイトデー当日に二人歩む場面を改めて見ると、
梓の心に弱気が訪れる。
(傍から見てもお似合の二人、だよね)
 梓は激しく頭を振って、弱気を追い出そうと躍起になった。
(胸を張るって決めたのに。
何弱気になって、歩く速度遅くしてるんだろう。
いつもどおりに挨拶すればいいのに)
 梓は歩調を速めて、二人の背を追った。
距離が縮まる毎に二人の話し声がより鮮明になってゆく。
二人の間の会話は、丁度切れ目を迎えたようだった。
このタイミングを捉えて梓は声を掛けようとするが、
律が次の話題を繰り出す方が早かった。
「そうだ、澪。放課後話あるんだけど。
第二音楽室、来てもらっていい?」
 軽音部の部室の正式名称が、律の口から告げられる。
今日は紬や唯からの提案もあり、部活は休みだった。
にも関わらず部室へと澪を呼んでいる律。
梓は察した。
(そこで澪先輩に答えを伝えるんだ……。
やっぱり、放課後なんだ。
そもそもその用途として部室を使わせる為に、
唯先輩やムギ先輩は部活の休みを提案したんだろうし。
唯先輩達が気を使って折角作ってくれた機会、
律先輩が無駄にするわけ無いもんね)
 澪も察したのか、緊張を表すように肩が震えていた。
「梓には……律から伝えるのか?」
 そしてその声も震えている。
「いや、呼ぶのはお前だけ」
 澪の震えが心なしか、大きくなった気がした。
梓も動揺しかけたが、すぐに気を取り直す。
(そっか。二人同時に答えを伝えるわけないよね。
それじゃ選ばれなかった方への配慮が無さ過ぎるし。
だから、澪先輩だけ呼んだのは別におかしくない)
「分かった。行くよ」
 澪もすぐに平時の態度を取り戻し、素直な返事を返していた。
「悪いな、急に」


121 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:20:38 ID:ZiNngt1Q0
「いや、いいよ。
まぁ、その話題は今はもういいよ。
何時もどおりの話題を今は続けよう」
(ああ……そうか……)
 澪の声を聞いて、梓は挨拶する事を止めた。
歩調を緩めて、二人から距離を取って歩く。
(その時の答え次第では、
もう澪先輩は律先輩と一緒に登校する事はなくなる。
もしかしたら、これが最後の二人の登校かもしれないんだ。
だから澪先輩は、この瞬間を大事にしたいんだ)
 今は二人をこのまま登校させる事にした。
声を掛けず、二人きりの時間を演出する事に協力した。
(でも、澪先輩。
多分……澪先輩の勝ちです。
思い出の場所である部室が使われる事、そして優先的に予定が組まれた事。
この二つを勘案すれば、私の勝率は低いです。
だからあまり心配しなくていいですよ。
きっと明日からも……律先輩と一緒に歩めますから……)
 霞んだ視界を戻すべく、袖で目元を拭った。
.


 教室に着くと、既に純の姿があった。
彼女が梓よりも早く登校する事は珍しい。
純もまた、今日という日が気懸かりで仕方が無いのだろう。
 その純に向かって梓は目配せを送って、
教室の外へと連れ出す。
「今日の放課後、軽音部の部室。
そこで澪先輩」
 短い言葉だが、純は理解の意を首肯で以って伝えてきた。
「梓は?」
「まだ連絡がない。
ていうか、直接会話さえ交わしてない」
「なのに分かったの?」
「登校途中、偶然姿見かけちゃって。
それで偶然二人の会話聞いたんだ」
「偶然、ねぇ」
 純は腕を組んで訝しげな表情を浮かべた。
その意図を察して、梓は言う。
「姿を見かけたのは本当に偶然だよ。
でも……確かに会話内容が偶然とまでは言い切れないね」
 律は後ろに居た梓に気付いていたのかもしれない。
そして敢えて梓に言い聞かせる為に、
その場で澪に待ち合わせ時間と場所を伝えたのかもしれなかった。
「うーん、でも、それだと何の為に梓に聞かせたのか分からないけど……」
「断る前のソフトランディング。
或いは、最後だから澪先輩との時間を邪魔するなというサイン」
 前者なら、梓の負けだった。後者なら、梓の勝ちだった。
「ああ、ポジティブにもネガティブにも解釈できるワケね。
でも、本当に偶然って可能性もあるから。
だから通学途中でその話を聞いた事は、材料視できないのかもね」
 純に自分の見通しを伝えるべきか否か、
梓は顎に指を当てて暫し逡巡した。
だが、純との関係を考えれば、伝えるべきなのだろう。
それに、ソフトランディングは純にも必要だろうから。
「えーとね、純。覚悟は決めておいた方がいいかもしれない。
実はこれ、結構材料視できる事なんだ。
思い出の場所であり活動の場所であった部室、そこを澪先輩に宛がった。
それって……多分、選ぶ対象だからこそ部室を宛がったんだと思う。
過去と今と未来を繋ぐ、そんな意思が込められている気がするんだ」


122 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:23:11 ID:ZiNngt1Q0
 沈んでゆく梓の声に照応するように、
純の表情も物憂げな雰囲気を纏った。
「でも……それでも……。
澪先輩を諦める機会にはなるから」
 純は寂しげに呟いた。
「分かった。じゃ、そろそろ教室に戻ろうか。
憂が不審がるかもしれないし、ホームルームの時間も迫ってるし」
「うん……」
(諦める機会、か。
私は諦められるのかな。
もし駄目だったら……心折られずに次のステップ、進めるのかな)
 限界まで堆く積み上げられた恋心が崩れた時、
雪崩のような絶望の中で立っていられるか不安だった。
.


 授業は殆ど上の空で過ごした。
それでも機械的にノートだけは取っている事実に、
梓は習慣の恐ろしさを知った。
(習慣は人の無意識下にさえ作用する。
律先輩と澪先輩の仲は……習慣になるくらいに長きに及んでる。
やっぱり……無理なのかな……)
 些細な事にさえ自分の敗北を重ねてしまう。
そのような不安に嬲られるまま、律からの連絡を待った。
だが、いつまで経っても来ない。
昼休みが終わっても来なかった。
(ケータイにメールで待ち合わせ場所と時間指定してくると思ったけど……。
どうして来ないの?
いや……もしかして……)
──沈黙も答えになる──
その可能性に思い当たった梓の背筋を、冷たい感覚が走り抜けた。
反応しない事で拒絶を伝える、その可能性を梓は見落としていたのだ。
(律先輩に限ってそんな事……いや、有り得るかもしれない。
直接断って傷つけるよりも、
無言で断った方が負う傷が少ないと思ったのかもしれない……)
 放課後を待たずして涙が溢れそうになった。
どうせ葬られる想いなら、律の口から直接葬って欲しかった。
それが死した恋への鎮魂歌になるから。
(でも……そんな曖昧な方法に頼らずとも、確定させる事はできる。
放課後の部室で律先輩が澪先輩の気持ちを受け止めていたら、私の敗北は確定だ。
それを見届ければ……確定する。
断られていても、私の想いが受け止められるとは限らないけれど。
両方とも断るって可能性も依然として残るんだから。
……その場合、後に伝えられる私の方が優先度は低いって事だよね)
 切ない思いに我が身を切り付けられながら、梓は放課後を待った。
.



 放課後になっても、結局律からの連絡は無かった。
(いいもん、直接確かめるから。
直接手を下してください、律先輩)
 梓は鞄を手に取ると、第二音楽室を目指して歩く。
(こんな事なら、純と一緒に行けば良かった)
 純は一足先に第二音楽室へと向かっていた。
引き摺られているように重いこの足も、
純と一緒に歩けばもう少し軽やかなものになったかもしれない。
(でも何でこんなに重いんだろ。
まるで……第六感が第二音楽室に向かう事を拒否しているみたい)


123 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:25:24 ID:ZiNngt1Q0
 それでも梓は歩いた。
耐え難い不安は、時として人を行為に向かわせる。
今の梓がまさにそれだった。
(暗闇の中で不安に震えているよりも、
光の下で露わになったギロチンに絶望させられた方がマシだ)
 それは未だ絶望に至っていないからこそ、辿れる思考ではあった。
(それに……どうせ結論が同じなら、不安の消滅は早い方がいいに決まってる)
 それは希望の消滅を早める事をも意味していた。
 梓は遂に、第二音楽室へと続く階段に辿り着いた。
 一段一段、昇ってゆく。
階段の段数が13段では無い事に、梓は内心胸を撫で下ろす。
そんな事にさえ希望を見出さないと、昇れそうにはなかった。
 折り返し地点の踊り場まで辿り着き、梓は深呼吸した。
(もしかしたらもう、
話は終わって律先輩は部室に居ないかもしれない)
 そう思うと、気分が少しだけ楽になった。
先程までは、不安よりも絶望を望んでいたはずだった。
だからこそ、ここまで歩いてきたはずだった。
にも関わらず、今になって律の不在を期待していた。
 その期待は階段を昇って純の姿が見えた時、
無下に葬られた。
梓は覚悟を決めて、足音を立てないよう慎重に歩みを進める。
それでも純は梓に気付いたのか、
ドア付属の窓に向けていた視線をこちらに放ってきた。
(何で純、泣いてるの?)
 こちらに視線を向けた純の瞳は、潤んでいた。
(何で純、手と首を振っているの?)
 純は首を左右に振りつつ、手も激しい動作で振っていた。
まるで『来るな見るな』と伝えたいかのように。
(えへへ、きっと純、澪先輩がフラれてるトコ見て泣いちゃったんだ。
そうだよね、幾ら自分の恋が成就に近づくからと言って、
好きな人が傷ついたら泣いちゃうよね。
だって純、優しいもん。
きっと……そうだよ……
律先輩が澪先輩と付き合う事になったから泣いてるワケじゃないよ……。
きっと……)
 遂にドアの前に辿り着いた梓は、
ジェスチャーで繰り返される純の制止を無視して中を覗き込んだ。
 それはギロチンが下ろされた瞬間だった。
心を真っ二つに裂くような衝撃が見舞う。
(う……そ……だ……)
 覗きこんだ部屋の中では、抱き合う律と澪の姿があった。
激しい抱擁で律を求める澪、包むような抱擁で澪を受け止める律。
その映像は、梓の理性を決壊寸前まで痛めつけた。
不安から転じた絶望が、梓の繊細な心を蹂躙してゆく。
 辛うじて残された理性で、溢れそうになる慟哭を抑えて背を翻す。
階段を降りようとする際、純に肩を掴まれたが振り切った。
これ以上その場に留まっていては、正気を保てる自信が無かったのだ。
 梓はその場を去ると、人気の無いトイレを目指して小走りに急ぐ。
そして目的のトイレに着くと、個室に駆け込んだ。
鍵を掛けると、それまで抑えていた涙が溢れてきて視界を滲ませた。
(辛いよ……こんな時に最も側に居て欲しい貴女は、もう……
別の人のものなんだ……)
「りつせんぱぁい……うぇっひぐっ」
 胸から込み上げてくる慟哭と嗚咽が口を衝いて溢れ出した。
梓はそれを止める事ができず、身を劈く悲痛に任せて泣いた。


124 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:28:14 ID:ZiNngt1Q0

*

 純は梓が去っていった階段を力なく見つめた。
肩に手を掛けて振り払われた時、梓の顔が見えた。
何かを堪えているような表情に、
純は追跡しないほうが良いと判断して見送っていた。
その時の判断に、未だ自信が持てない。
(本当は追跡して話した方が良かったの?
でも、あの時は何かを堪えていた。涙も勿論そうだろうけど……。
嗚咽だったり悲鳴だったり、或いは……衝動だったり。
それを無理に引き止めて放たせてしまえば、律先輩と澪先輩に聞こえちゃうよ。
それは避けたかったし。
……梓、大丈夫かな)
 不安に駆られていた純であったが、
室内から伝わってきた物音を聞き逃さなかった。
抱き合って暫く経っている室内にも、漸く動きがあったらしい。
純は再び室内へと窓越しに視線を投げ、耳を済ませる。
「ありがと、律」
「落ち着いた?」
「大分」
 律の手が優しく澪の頭を撫でた。
「本当にごめんな、澪」
 律は梓を選んでいた。
その事を聞いた時、澪が浮かべた表情を純は生涯忘れないだろう。
青褪めてゆく肌色と、歪んでいく双眸。
澪は震える足を縺れさせながら、律の胸に飛び込んで静かに泣いた。
愛する人の悲痛な姿に純は心を打たれて、気付けば自分も泣いていた。
 梓が訪れたのは、まさにその最中だった。
純はその場面を見せてしまうと誤解を招くと思い、
ジェスチャーで『見るな』という意を伝えたが聞き入れられなかった。
結局、梓は誤解したまま去っていったのだ。
言葉でそれを伝えてやれば、梓の誤解は解けたのかもしれない。
だが不用意な音を立てて二人に気付かせたくは無かった。
澪の最後の逢瀬、気が済むまで満喫させてやりたかったのだ。
(本当にごめんね、梓……)
 胸中で梓に詫びた。
「謝るなよ、もう」
「ごめ……じゃなくて、分かったよ」
「私の方こそ、有難う。最後に我侭聞いてくれて。
梓には、悪いと思ったけど。
どうしても……最後に抱きしめて欲しかった。
もう今まで通りに律とは付き合えないから」
「澪は何にも我侭言って無いだろ?」
「言葉では、ね。
でも律の胸に飛び込んだ私を……優しく抱きしめてくれた。
本当は……もう梓のものになった律に抱きつくなんて、
悪い事なんだけどな」
「まだ梓には答え聞かせてないから、浮気にはならないよ。多分」
「それ言われるとさ、
律が梓に答えを伝える時まで際限無しにお前を求めちゃうだろ?
だから、そういう事は言っちゃ駄目だ。
私みたいに執念深い女には、きっぱりと未練を断たせないと」
「別に澪にそういうイメージ持って無いけど……」
「そういう曖昧な態度が私に未練を抱かせるんだよ。
梓の所に行ってやれ。そうすれば、私の未練も消えるから。
……消して見せるから」
「行っても大丈夫か?もう……いいのか?」


125 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:30:55 ID:ZiNngt1Q0
「いいよ。きっと梓も答えを心待ちにしてる。
それ伝えてあげなよ。
でも後一つ我侭聞いてくれるなら、殴らせてくれないか?
梓に答え伝えた後だと、もう殴る事もできないからな。
……別にフラれた腹いせってワケじゃないからな」
「……いいよ」
「じゃあ、目を瞑って。結構痛いから」
「分かった」
 目を瞑って無防備となった律の額に、
澪の唇が重なった。
「おまっ」
 律が驚いたように目を見開いた。
「ごめんな、嘘吐いて。
でもこれで、私の未練は無くなったよ」
 未練は無くなった、その言葉こそ嘘だと純は思った。
その嘘を押し通すように、澪は更に言葉を続ける。
「梓に対する、ちょっとした復讐だよ。
本当、私って駄目な先輩だ。後輩に嫉妬して、こんな悪戯を律にしちゃうんだから。
でも……」
 澪の指が律の唇に触れた。
「ここは梓のものだ。ここを悪戯で奪うワケにはいかないから。
梓に……捧げてきな……」
「……分かった。行ってくるよ」
 律は扉を目指して歩き出したが、扉の前で振り返った。
そして、澪に告げた。
「じゃあ、な。今まで有難う」
「ああ、じゃあ……な。こちらこそ有難う」
 澪の声は消え入りそうだったが、それでも最後のお別れが述べられていた。
純はそっと扉の前を離れると、階段の前に立った。
隠れる心算は無かった。律に伝えるべき言葉があったから。
 ドアノブが回って、律が顔を覗かせた。
そして純に気付くと、驚愕を顔に走らせた。
「梓の友達の鈴木純ちゃん、だっけ?」
 扉を閉め切ってから、囁くような声で問いが放たれた。
純は律に倣って静かに言葉を返す。
「ええ、そうです。
梓のところ、早く行ってあげて下さい。
澪先輩の事は私に任せて下さい。
心置きなく、梓と向き合ってあげて下さい」
 律は訝しげに眉根を寄せた。
「どうして梓の事を?
それ以前に、どうしてここに居る?」
「梓から相談を受けていて、事情は知っているんです。
ここに来た理由は……自分勝手な理由です」
 細かい事情を説明している時間が惜しい。
だから純は最低限の返答に留めて、律を急かした。
「私の事はともかく、早く梓を探した方がいいですよ。
実は、澪先輩と律先輩が抱き合っている所を梓は見ています。
そしてそのまま、泣きながら静かにこの場を去りました」
 律の双眸が大きく見開かれた。
駆け出そうと翻した背中に向かって、純は言葉を続ける。
「ごめんなさい、梓の誤解を解く事ができたのに。私は……」
「それをしなかった理由は何となく分かる。
だから澪を任せられる。
純ちゃんが此処に居るお陰で、私は心置きなく梓と向き合える」
 律はそこまで言ってから、首だけ振り返って笑顔を見せた。
「ありがとな」
 胸の動悸が瞬間的に早くなり、言葉が遅れた。
「……どう……いたしまして……」


126 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:33:53 ID:ZiNngt1Q0
 そう言った時には既に、律の姿は踊り場にまで達していた。
その姿を見送って、純は胸中呟く。
(何今の……反則でしょ。
もし澪先輩や梓が居なかったら、私が惚れてたかも)
 だが実際には、澪も梓も居る。
(だから私は、私のやるべき事を)
 純は扉の窓越しに室内を見渡した。
そこから見える澪に、
律を送り出した時に見せた凛とした姿は無かった。
机に伏せっているので顔までは見えないが、
恐らく先程の梓と同じような表情を浮かべているのだろう。
(澪先輩……)
 純は勇を鼓して扉を開いた。
途端、澪が弾かれたように顔を上げる。
涙に濡れながらも、その表情には不審が表れていた。
「純ちゃん?」
「憶えててくれてるんですね、嬉しいです」
 純は後ろ手に扉を閉めると、澪の近くまで歩み寄った。
「事情は大抵知ってます。
今日のこの部屋でのやり取りは、見ていましたから。
それに、梓から相談を受けていました。
それで私は……」
 知らず知らずのうちに、純の双眸から涙が溢れていた。
「ごめんなさい、梓を応援していました……」
「そう……でも梓とは友達なんだろ?
応援するのは普通の事だ」
 庇ってくれる澪の言葉が、そして優しさが有難かった。
だから純は本当の事を告げる。
「違うんです、そんな理由じゃないんです。
私は澪先輩の事が好きでした。
だから……梓が勝てば、律先輩というライバルが消える。
それが梓を応援した一番の理由です」
 澪は目を見開いた。
純は罵倒を覚悟して、言葉を待つ。
「……私の事が好きっていうのは、
ファンとかじゃなくって、その、恋愛感情とかそういう意味で?」
 罵倒は無かった上に、怒っている様子も無かった。
目を見開いたのは、怒り故ではなく驚愕故だったらしい。
「はい。そういう意味での、好き、です」
 澪は申し訳無さそうに目を伏せる。
「そうか、ごめんな、気付いてやれなくて。
ファンの一人だとしか思って無かったよ。
律が私の気持ちに気付いてくれなくて憤ってた時期があったのに。
その私こそが純ちゃんの気持ちに気付いていなかったのか。
ごめん……」
「謝らないで下さい……。
私は嫌な女なんですから。今日ここに来たのだって、最低な理由からです。
もし梓が勝って律先輩と付き合う事になったら、
傷ついている澪先輩を慰めて歓心を買うチャンスだって。
そう思ったんです。
私は澪先輩が好きだと言いながら……澪先輩の敗北にベットしていたんです」


127 :軽音部員♪:2011/03/13(日) 20:35:41 ID:ZiNngt1Q0
「そうか……。
でも私が純ちゃんと同じ立場だったなら、
きっと同じように思っていただろうな。
律を傷つけても手に入れたいって、そう思っていただろうな……」
 澪は律から拒まれた事を思い出したのか、再び涙ぐんだ。
純はその目元をハンカチで拭って、言葉を紡ぐ。
「澪先輩……私じゃ駄目ですか?
分かってます……好きな相手の敗北に賭けた私にこんな事……
言う資格が無いって事は。
でも、好きなんです。
今だけでいい、私を頼ってくれませんか?
傷を癒す役割だけの女でいい、今だけでも側に居させてくれませんか?
付き合ってくれなくても、いいから……今だけでも……」
 澪の瞳が、真っ直ぐに純に向けられる。
「確かに私は今、誰かに縋りたい気分だよ。
でも、純ちゃんはいいの?
そんな……都合のいい時だけ利用されるような、
そんな扱われ方されて」
「いいんです……澪先輩の事、好きですから。
少しだけでもお役に立てるなら、嬉しいです。
それに……私は澪先輩の敗北を……即ち不幸を願ってしまいました。
その罪滅ぼし、させて下さい。私を罰して下さい」
「罰だなんて……。それだけ私の事を好きでいてくれたんだろ?
罰するなんて考えないよ。
私だって律を苦しめている事は分かっていた。
それでも好きだったから身を引かなかった、苦しめてでも手に入れたいと思った。
だから分かるよ、純ちゃんの気持ち」
 澪の胸に、純は抱き寄せられていた。
(ああ、梓と同じ事言ってる……。確かに似てる、澪先輩と梓は。
私の卑怯な思いすら肯定してくれるところまで……)
 純は澪の胸から離れて、言葉を放つ。
「私を抱いちゃ駄目ですよ、私が澪先輩を慰めるんですから。
だから……」
「分かった。
お言葉に甘えて、胸借りるね」
 澪の顔が純の胸にしな垂れかかって来る。
それを純は全霊を込めて受け止めた。
「うぇっ……えぐっ……りつぅ……」
 胸の中で嗚咽を漏らす澪の頭を、純は優しく撫でた。
(澪先輩は私が責任を持って慰撫しますから、律先輩は梓の事を頼みます。
梓……あと少しの辛抱だから……
頑張ってっ)
 それは、梓に対する純粋な友情故の応援だった。

143 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:20:38 ID:Sty2kQX20

*

 梓への誤解を解きたい一心で階段を降りきった律だが、
この後何処へ向かえばいいか逡巡して立ち止まった。
(梓の行きそうな所は……って、何混乱してんだよ。
ケータイあんじゃん)
 律は携帯電話を取り出すと、梓の番号を呼び出した。
会話の段取りはおろか何から話すかさえ決めていないが、
一刻も早く梓の不安を取り去ってやりたかった。
その衝動のまま、通話の操作を行う。
 無機質なコール音が耳朶に響く。
(もし……出てさえくれなかったらどうする?
その場合はメールだ。本当は直に会って話したいけど……)
 その心配はすぐに無用となった。
実際、3コールした段階で通話が繋がったのだから。
だがその3コールという短い時間でさえ、律には酷く長く感じられた。
(梓や澪にとってのバレンタインからの一ヶ月間も、
この3コールのように長かったのかな……)
 律はふと、そんな事を思った。
その間に、耳に梓の声が流れ込んでくる。
彼女の憔悴ぶりを表すような、酷く沈んだ声だった。
「もしもし……」
「梓、純ちゃんから話は聞いたよ。
私と澪が……その、抱擁してるとこ、見たんだろ?」
 暫く沈黙が続いた後、梓の言葉が返ってきた。
電話に出た直後とは打って変わった、明るい声だった。
「ええ、見ましたよ。お似合いでした。
おめでとうございます。幸せになって下さいね」
 痛々しいくらいに明るい声だった。
心に過負荷をかけて繕われたであろう、明るい声だった。
「違うんだ……梓。
澪の事……私は断ったんだよ。
それで澪が辛そうだったから……お前に悪いと思いつつ、抱きしめたんだ。
ごめん……」
 梓は一頻り黙った後、言葉を放ってきた。
「そんな……気を使ってくれなくていいですよ。
今慰めの嘘吐いたって、どうせ後でバレるんですよ?
そうなれば、私は余計傷つくだけです」
「ああ、分かってる。だから嘘は言って無いよ。
本当だ、澪とは付き合ってない」
「そう……ですか。信じます」
「本当にごめんな、なのに澪を抱きしめちゃって。
どうしても……最後に抱き留めてやりたかったんだ。
今にも崩れそうだったから」
「どうして……謝るんですか?
澪先輩と律先輩が抱き合っても、私に謝る理由なんて無いじゃないですか」
「それは……」
 梓を選んだから、そう続けようとして留まった。
告白の言葉は直接会って伝えたかったから。
「それを伝えたいから、今何処に居るか教えてくれないか?
直接、梓に伝えたいんだ。
でも安心していい。私は両方選ばないなんて選択もしてないから」


144 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:23:12 ID:Sty2kQX20
 答えを言っているようなものだった。
直接伝えたいという思いと、
梓を今すぐ不安から解放してやりたいという思い。
その二つの思いの妥結点として、
律なりに苦心して紡ぎだした表現だったのだ。
 律の意図は梓にも伝わったらしく、息を呑む音が聞こえてきた。
やがて、やや上気したような声が伝わってくる。
それは、救済された者が紡ぐ声音だった。
「私から、律先輩のトコ行きますよ……。
あ、いや。やっぱり来てもらっていいですか?
場所は家庭科器具室の近くのトイレです。個室に居ます」
 家庭科器具室といっても、実態は物置のようなものだった。
家庭科の授業に必要な備品など、大抵は家庭科室内に揃っている。
その場所自体、校内では生徒の往き来が少ない所にある。
故にそこのトイレは滅多に使用される事が無く、
律自身一度も使った事が無かった。
「分かった、すぐ行くよ」
「待ってます。じゃ、またすぐ後で」
「ああ、すぐ後で」
 律は電話を切ると、急く心のまま足早に移動した。
(確かあの近辺って、陽が当たらないから寒いんだよな)
 3月も半ばを迎えているが、
それでもまだ春一番は吹いておらず寒い日が続いていた。
そんな時に日当たりの悪い場所に居る梓が心配だった。
(やっぱりこっちに呼ぶべきだったか?
いや、でも梓が来て欲しいって言ってるんだ。行ってやるさ。
それに、梓なりの考えもあるのかもな。
あの近辺は生徒もあまり寄り付かないから、
二人っきりで話をするには打ってつけだ。
トイレってのがロマンから掛け離れてるけど)
 ロマンから掛け離れていると思ったにも関わらず、
そのトイレが視界に入ると律の胸の動悸は高鳴った。
この状況下では、トイレですらが式場の如く装われて見える。
 律は大きく息を吸うと、トイレに入った。
一つだけ扉が閉まっている個室があった。
その前に立って、小さな声で名前を呼んだ。
「梓か?」
「待ってましたよ」
 金属音が律の耳に響く。
鍵を開錠したのだろう。
「どうぞ、入ってきてください」
 律は言われるがまま、扉を開いて中に入る。
そして梓と目が合った瞬間
「律先輩、好きです」
倒れ込むように身体を預けてきた。
律は受け止めると、遂に答えを言った。
「私も好きだ、付き合ってくれ、梓」
「勿論です」


145 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:25:50 ID:Sty2kQX20
 梓は律の胸に抱かれながら、個室の鍵を再び閉めた。
閉鎖された空間で二人、抱き合ったままの姿勢で暫く居た。
(梓の身体、冷たいな。
こんな寒い所にずっと居たら、当然そうなるか)
 言いたい事や話したい事は色々とあったが、
今は冷え切った梓の身体を温めてやりたかった。
だから何も言わず、抱きしめ続けた。
 訪れた沈黙を破ったのは、梓だった。
「律先輩、一つ訊いていいですか?」
「一つと言わず、幾らでも訊いてくれていいよ」
 未だ梓の身体に体温は戻りきっていないが、
その意思を尊重してやりたかった。
「どうして、私を選んでくれたんですか?」
「この一ヶ月、ずっと澪や梓の事を考えてた。
そして気付いたんだ。
澪の事を考えている時よりも、
梓の事を考えている時の方が気分が落ち着いている事に」
 澪と歩む事を考えたとき、律の心は深刻な不安に揺れた。
結局、澪とは友人関係が一番落ち着く関係だったのだ。
いつでも帰ってこれる居場所としての、友人関係が理想だったのだ。
 反面、梓と歩む事を考えた時、律の不安は和らいでいた。
帰る居場所として梓を求めては居なかったのだ。
ライフステージの変化を共有する存在として、律は梓を求めた。
今のまま留まっていたい対象である澪とは違って、
仲を発展させていきたい対象である梓との交際には未来が描けた。
(ライフステージの変化を共有するって、まるで夫婦みたいだな)
 その夫婦のような関係こそ、梓に求めているものであり決定打だった。
「そうですか。それは有難うございます」
 律の胸の中で、梓が小さな声で礼を述べた。
「こっちこそ、有難う」
 律もお礼を返した。
「律先輩、もう少しだけこのままで居てもらっていいですか?」
「いいよ、お前の身体、冷え切ってるもんな。
ちゃんと温めてやるよ」
「それは有難いんですが、
どちらかというと足がフラフラで立っている事さえやっとって感じなんです。
衝撃的な事が二つも立て続けに起きて、身体から力抜けちゃって。
澪先輩と抱き合うなんて場面見てダウン方向へテンション下がった後に、
電話で付き合ってくれる事匂わせるものだから。
両極端にテンションが振れて、結構力抜けましたよ。
でも……力は入らないけど、今は幸せです」
 律は理解した。
「それで篭ってたトイレに呼んだワケか。
歩く事さえ辛かったから」
「はい。歩けるのか、ちょっと自信が無かったので」
 律は抱く力を更に込めた。
「歩けなくても安心していいよ。今は私が側に居る。
一緒に歩むって決めたんだ、だから歩く時は私がサポートしてやるよ」
 梓は悪戯っぽく笑った。
「抱き上げて歩いてくれますか?」
「校内を?」
「冗談です。でも……いつの日かやって下さいね」
「ああ。あっ、そうだ」
 律は澪から言われていた事を思い出した。


146 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:28:39 ID:Sty2kQX20
「なぁ、梓。ホワイトデーのお菓子とは別に、プレゼントがあるんだけど。
貰ってくれるか?」
「はい」
「何かも訊かずに返事?」
「何でも貰いますし、何でもあげます。
律先輩になら」
「じゃあ、唇あげるから、唇貰っていいか?」
 梓の頬が赤く染まり、目が閉じられた。
「喜んで」
 その言葉を受けて、律は梓と唇を重ね合わせた。
梓も受動的なばかりではない。
唇が接合するとすぐに、舌を律の口腔へと差し入れてきた。
律は拒む事無く受け入れて、舌を絡ませる。
(梓の唇、柔らかくて気持ちいい……。
梓の舌、生暖かくていい気持ち……)
 冷え切っていた梓の身体に体温が宿っていく。
それに呼応するように、律の身体も火照っていく。
恍惚とした抱擁と接吻は二人に熱を滾らせ、
寒い場所であるにも関わらず灼熱を放つ。
 その熱に安堵して接合を離しかけた律だったが、
梓が貪欲に求めてきて離れられなかった。
律を離すまいと、抱く力がその華奢な身体に不似合いな程に強くなる。
律の唇へも強く吸い付いて、一瞬の離脱すら許さないという気迫が感じられる。
(ま、いっか。ちょっと息苦しいけど、気持ちいいし。
求めてくれる梓、可愛いし)
 梓の舌は執拗に律を求めて、
律の舌と絡んだまま口腔内で激しく動く。
律も負けじと梓を求めて舌を動かす。
荒々しい鼻呼吸を放ちながら、
二人は強く強く抱き合いながら淫靡な接吻に耽った。
 顎の疲労が限界に達した時、漸く梓は律を解放した。
「ごめんなさい」
 長い長い接吻の後で放たれた第一声は、謝罪だった。
「謝る必要、どこにも無いよ」
「いえ、その……しつこく律先輩にキスしちゃって」
「嬉しかったよ、当たり前だろ?
だって私からのプレゼント、こんなに喜んで受け取ってくれたんだもん。
それに、私にとってもプレゼントだったよ。
キスさせてくれて有難う」
 梓も言うべき言葉が謝罪では無い事に気付いたらしい。
「あの、私の方こそありがとうございます。
こんなに素敵なプレゼントしてくれて」
 素直な梓が可愛くて、律はその頭を撫でてやった。
梓は気持ち良さそうに目を細めて、律の胸に頭を預けてきた。
一頻り撫でた後で、律は問いかける。
「梓ー、そろそろ出ようか?」
「駄目ですよ、さっきのキスで体力奪われちゃいました」
「あー、激しかったもんなー。
でも安心しろよ。歩く時は手を握って、ちゃんと支えてやるから。
恋人同士なんだから、自然だろ?」
「あー、うー」
 未だ上気していた頬の色を更に赤くして、
梓は言葉を詰まらせるように唸った。


147 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:30:29 ID:Sty2kQX20
「恥ずかしい?
なら、体力回復するまで待つけど」
「いえ、それよりも……。
何ていうか、今の雰囲気が好きで離れたく無いっていうか……。
狭い個室に鍵を掛けて二人っきり、この甘美な空間去りたく無いんですよ。
このまま、永遠になればいいなって」
「このまま永遠にする必要は無いよ。
私と梓が永遠に寄り添うのなら、空間如きに囚われてやる必要は無い。
変化があっても、梓となら乗り越えていけるよ。
だから私は──」
──梓を選んだ
そう続けようとして、律は言葉を変えた。
選ぶ、という表現にある種の尊大を感じたのだ。
だから、律は謙虚にお願いした。
「だから私と──
──共に歩んで欲しい」
 その言葉を受けて
「はい、共に歩ませて下さい」
梓は鍵を開錠した。
 律は梓の手を取ると、個室から出て歩き出す。
トイレから出る際、梓が問いかけてきた。
「出たはいいんですけど、これからどうします?」
「お前を家まで送ってくよ。
もう暗くなりかけてるし」
「それは有難いんですけど、律先輩と離れるのは辛いですね」
「また明日会えるし。
明後日も、明々後日も、未来に渡ってずーっと会うんだし」
「そうでしたね」
「それとこれ、ホワイトデーのお返しの菓子」
「わ、有難うございます。
あ、そうだ、律先輩」
「ん?」
 そっと耳打ちされた梓の言葉を聞いて、律の頬は朱に染まった。
「おまっ」
「律先輩、顔真っ赤ですよ」
「誰のせいだ……」
「あはは」
 梓の手を取って歩きながら、
律は耳打ちされた言葉を反芻した。
『キスの続きを教えて下さい』
(そのうち、な)
「律先輩、顔がやらしいです」
「誰のせいだ……」
「私だったら嬉しいです」
「正解」
 梓は嬉しそうに笑って、律も笑い返した。


148 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:32:20 ID:Sty2kQX20

*

「唯やムギは口には出さなかったけど、安心してたよ。
顔を見れば分かる」
「そうですか。それは良かった。
でも、実際のところどうなんです?
私の事、恨んでますか?」
「いや、全然。
顔が見えない電話で言っても、信じてもらえるか微妙だけどな」
「信じますし、仮に恨んでたとしても構いませんよ。
それでも澪先輩は変わらず私の尊敬する対象です。
だから、澪先輩と仲違いなんて有り得ません。
HTTは不滅です」
「そう、梓は今でも変わらず私の可愛い後輩だよ。
唯やムギはHTTが今後気まずくなる事を心配していたみたいだけど、
私と梓は仲良くやっていける」
「唯先輩やムギ先輩のその心配は、
澪先輩と純が交際始めた事で払拭されたみたいですね。
でも実際には、その事が無くても」
「私達は仲が良いままだったよ……多分ね」
「確かに今となっては、多分、ですね。
それはそうと、純との交際、おめでとうございます」
「有難う。
そういえば私もまだ祝詞言って無かったな。
律との交際……おめでとう」
「有難うございます」
「そういえば純なんだけど、梓が手配してくれたのか?
梓から相談を受けていた、とか言ってたけど」
「いえ、手配とまでは言えません。
私はただ、純に伝えただけです。澪先輩と律先輩が会う時間と場所を」
「どうしてそれを梓は知ったんだ?」
「朝、澪先輩と律先輩が会話してるのを偶々聞いてしまって。
いや、律先輩が聞かせたのかもしれませんが。
澪先輩と話してるから邪魔するなよ、っていう律先輩の配慮かと」
「ああ、あの時梓も後ろに居たのか。
そういえば、律が話を切り出したタイミングはちょっと不自然だったかもな。
でも、律らしい配慮だな」
「澪先輩に先に時間を充てた事や、
その後私にコンタクト取らなかった事も含めて、律先輩らしいです。
澪先輩を気が済むまで慰めてから、私に時間を充てる心算だったんでしょうね」
「律に確認してないのか?」
「訊いたってどうせ偶然で押し通されますよ。
あの人、自分が真っ向から褒められるとシャイになりますから」
「ふふっ、確かに。ちゃんと見てたんだな、律の事。
これからも、見てやってくれよ。
……泣かすよなよ。
…………幸せにしろよ。
………………ずっと側に居てやれよ」


149 :軽音部員♪:2011/03/14(月) 22:33:58 ID:Sty2kQX20
「ええ、分かってます。誓います」
「……ごめんな、偉そうな事言って。
私だって、梓に謝らなきゃいけない事あるのに。
実はさ……今日、律を騙して目を瞑らせて、額に」
「澪先輩」
「っ」
「それ、言わなくていいですし謝らなくていいですよ。
それは律先輩から聞いていません。
だからそれは、律先輩と澪先輩の間だけの秘密。
それはずっと、秘密にしといていいです」
「いいのか?」
「ええ、但し今後は駄目ですよ。
律先輩が私以外の人間との間で秘密を共有するなんて、本来なら許せません。
でも……付き合う前の事ですし、澪先輩ですから、特別です」
「……ありがとう。
でも、純には見られたから、律と二人っきりの秘密じゃないよ。
そこは安心していい」
「ご配慮、有難うございます。
あ、結構遅い時間になってきましたね。そろそろ……」
「そうだな。お開きにしようか。じゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
 澪との通話を終了した梓は、律に向き直る。
律は安堵の表情を浮かべていた。
「良かったよ、澪と仲が良いままで。唯やムギも安心したみたいで」
「ええ、言ったじゃないですか、結論に関わらず私達は仲が良いままだって。
それはそうと、今日は泊まってくれてありがとうございます」
「いや、私も今日は梓と離れたくなかったし」
「嬉しい事言ってくれますね。
ところで今朝、澪先輩と登校してる時、
私に気付いてて答えを伝える場所と時間の話をしたんですか?」
「偶然」
 想定通りの答えに、梓は笑みを零した。
「言うと思いましたよ。そういうところも含めて」
 律が続きを引き取っていた。
「大好きです?」
「正解」
(そのご褒美と言うわけではありませんが)
 律に三回、口付けした。
それは先程立てた誓いの数だった。
──泣かしません
───幸せにします
────ずっと側にいます


<FIN>


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最終更新:2011年03月15日 23:18