伊達 焔
だて ほむら
データ
名前:伊達 焔(ダテ ホムラ)
年齢:15歳
性別:男
身長:184cm
体重:85kg
髪:黒 肌:褐色(日焼け) 瞳:黒
誕生日:2月16日
所属クラブ:格闘技同好会、剣道部
クラス:1-D
スタイル:アヤカシ・◎カタナ・●チャクラ
1人称:俺
性格
苛烈、戦うことが好き(サイヤ人か?)、有言実行、真面目、情に厚い、実はかなり冷静、なお、あかりに対しては、兄バカともいえる程、溺愛している。ただ、多少冷静になれる部分もあるので、雹の暴走(あかりのことでの暴走)を押しとどめる役でもある。
容姿に関する設定
雹と同じ外見にするため、まだ未決定(笑)。
設定
伊達秦宗の長男として生まれる。
伊達宗家初の双子だったため、あえて「宗」の字を使わない名をつけたとされている。
しかし実際は伊達龍伯の第三子である。ただし、秦宗夫婦に子どもがいなかったため、秦宗夫婦の子として育てられる。
その後、あかりが生まれ、兄妹として育てられる。
焔が長男とされているのに、あえて「宗」の字をつけていないのは、以上の理由のため、正統な長男でないからである。
なお龍伯の妻、瑠璃は吸血鬼である。外見年齢が20~30代のままのため、現在は世間体を考えて各地を旅している。
焔と雹に対しては、晩年の子(晩年ではないが)であるため、非常に可愛がっている。
龍伯が焔を可愛がっているせいか、彼女は雹を可愛がっている。
秦宗夫婦は、養子だとか実は弟だとかそういうことをあまり難しく考えないで、あかりとともに元気に育って欲しいと思っている。
ただ、経済感覚のない修行の人龍伯のために米国に格闘技の道場を開き、米国で退魔士を行いながら、スポーツクラブを兼ねた格闘技道場を経営している。
悪を憎み、敵を打ち倒す。また、冷静な面をあるため、戦いに溺れて現況を見失うということはあまりない。
しかし、情に厚い面もあるため、相手のとどめをさせない事もたまにある。
ただ、普通は冷徹に行動をする。
時は明治の初期頃・・・
仙台伊達藩14代当主(伊達宗家30代目)宗基公の嫡子は殆どが早世の為に、男子がおらず血が絶えようとしていた。
しかし、鎌倉時代から続く名家でもある伊達家傍流を入れる訳には行かずに困っていた。
ここで意外な事実が、側室たちの話から判明。宗基公の子供を宿した女が居たと言うのだ。
その者は当時では珍しい大陸系の血を受ける者であった為、側室とはなれずに田舎に帰っているとの事であった。
早速、捜索が人知れず始まった。
そして見つかったのが、「県 京亮」。道教の技を受け継ぐ母「県 琴」の一子である。
県 京亮は、「伊達 宗敦」と改名して伊達家を継いで行く・・・
ちなみにこの宗敦公の六男が、祖母と道教に興味を持って大陸に渡る「伊達順之助」。
漫画、「夕日と拳銃」や「闘神」のモデルとなっている。
その後の伊達家は・・・
仙台知事として続くが、33代当主 興宗の時に長男の貞宗(現:龍伯)と共に帝都に居を構える。
以後は、親皇家の家柄であったため影ながら退魔の家系として帝都の守護を司っている。
現当主は34代龍伯(1937~)である。息子は秦宗(1959~)
何で伊達家が、退魔の家系なの?
代々伊達家は卜部系神道の流れを組む技を使う退魔の力がある。
その血筋に、道教が融合しており独特の術・技の体系を持っている。
その為、
陰陽寮や土御門家とは違う役割を、すなわち「魔を断つ(=断魔→退魔)」力を持つ呪術家系なのである。
蛇足ながら、伊達家には、代々、護神刀として世にも珍しい黒い刀身の刀を有している。
しかし、寄る年波には勝てず江戸時代後期に伊達家の発祥の地にて「会津虎徹」として打ち直し、以後「黒虎徹」と呼ばれて蔵にしまわれていると言う。
最終更新:2011年06月18日 09:48