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カブキ~203年3月 春 許昌~

 少しだけ暖い風が吹く夜の中、桃園で催された宴の席で、落ち着きと張りのある声が響いた。

「対酒」
酒を前にして太平を歌わん
時に吏は門に呼ばず
王者は賢にして且つ明
宰相と股肱とは皆な忠臣にして
みな礼譲あり
民は争いせめぐこと無く
三年耕せば
九年の蓄え有り
倉の穀は満ち充ち
白髪をまじえしものは負い戴かず
めぐみを雨らすこと此の如くなれば
百穀はかくて成り
走の馬を却けて以て其の土の田に糞やる
爵は公侯伯子男
みな其の民を愛し
以て幽かなるものと明れしものとを退けつ陟しつつ
たみを子のごとく養うこと父と兄のごとき有り
礼法を犯すものは
軽重もて其の刑をわかち
路にはおちしものを拾わんとする私のひと無く
囚獄は空虚にして
冬の節には人を裁かず
老い老いしもの皆な寿を以て終るを得て
恩澤は広く草木昆虫にも及びなん

(意訳)
酒を呑みながら平和を謳歌しよう
兵役や税金取りの役人はやってこない
王たる者は賢明で
宰相や補佐役は忠実に職務を果たし
礼儀をわきまえている
民人たちは争いを起こさず
三年耕せば
九年もの蓄えになる
倉庫は穀物であふれ
白髪の老人に重い荷を背負わせることもない
めぐみの雨が降ったなら
そこには様々な作物が実る
もはや戦の馬はいらない その馬は田畑に肥やしをやるためにこそあれ
領主たちは
みなその民人たちを愛し
悪人を退け有能な人を重用し
我が子同様に慈しむ まるで実の父や兄のように
法律を犯すものがいたなら
正当に処罰し
道に落ちているものをネコババするような者もなく
そして牢獄には誰もいなくなった
冬の季節には人を裁かないし
誰もが天寿をまっとうできる
恩恵は広く草木や昆虫にまで及ぶのだ

 曹操の詩に聴衆は聴き惚れ、やがて大きな拍手が彼を包み、曹操は頬を緩めた。
その場にいる男たちが、賛辞の言葉を選んでいると、聴衆の一人であった顔色の悪い男、郭嘉が口を開いた。
「曹丞相の望む世は、なんと平和なことか!」

「いやまったく!」
「素晴らしい世ですな!」
「必ずや、民の喜ぶ太平の世を迎えましょう!」
郭嘉に続き、酒宴に招かれた家臣たちが口々に讃嘆を続ける。
曹操は得意げにうなずいたが、あまり満足しているようでもなかった。
すると
「孟徳兄、華北も無事に手に入れたし、このまま天下を治めたらいかがですか?」
従弟の曹仁が余計なことを口走る。
場の空気が一瞬凍り、漢王朝に忠義を捧げている軍師、荀彧が曹仁を睨む。
しかし、曹操は満足げな笑みを浮かべ
「畏れ多いことだ」
と呟くと、凍っていた場の空気が解け、宴がまたにぎわい始めた。


二刻後、三々五々に散り散りとなっり、終わってしまった酒宴の席に長身の偉丈夫が現れた。
程昱であった。程昱は空になった杯や皿を見て、残念そうに肩をすくめた。

程昱に気づいた曹操は声をかけた。
「程昱よ、遅かったな。主君の宴に畏れずに遅れてくるのはお前だけだ」
その言葉に、不遜な笑みで程昱が答えた。
「申し訳ありませぬ、仕事がありまして」
「仕事…だと?」
「ええ、賈詡より文が届きました」
曹操はそれを聞くと不機嫌そうに声を荒げた。
「今さらなんだ!」
「曹丞相への謝辞とお詫びが記されてました。そして、劉紅玉に仕える気持ちになった理由も…、しかし、賈詡なりにけじめをつけるためでしょうか、面白いことが書いてありました」
「というと?」
「妖女の軍の双璧、周賢と項閃についてです。周賢の智恵と才能といったら、我が軍の誰よりも勝ると書いてあります」
曹操は不満げに鼻を鳴らす。
「程昱、お前よりもか」
「左様」
「郭嘉よりもか」
「左様」
「荀彧、荀攸よりもか」
「左様、我が軍の軍師では誰一人として太刀打ちできないであろうと、あの、人を褒めることをしない冷血漢が語っています」
「なん…だと」
「しかし、ご安心ください」
不安げな顔の曹操を、安心させるため、言い聞かせるように程昱は続けた。
「我が軍の、軍師たちが数人で策を練れば、周賢の智恵を凌駕するであろうと述べております。妖女の軍は人材不足だとか。また、周賢が得意な陣立てにも述べております」
「人材か…確かに我が軍には鬼謀の士が沢山いるな…ふむ」

「もう一人の項閃については、かの呂布を思い出すような豪傑だとか」
「呂布だと!」
動揺した曹操は、手にしていた杯を落としそうになる。
「それどころか、武一辺倒であった呂布よりも、戦上手とも述べられています」
「むぅ…」
「そのため、項閃と戦うに当たっては、一騎打ちをくれぐれも受けないことと、常に四人以上の将で相対すべしと書かれております。また、項閃についても得意な陣立てについて述べられているので、今後の参考になるかと」
「ほぅ…その様に的確な助言までするとは、まるで賈詡は間者だな」
曹操がニヤリと笑う。
「いえ、しかし賈詡はこう述べています。“これだけ伝えても、やっと彼らとは互角に戦えるかどうかといったところ。戦をする場合はよくよく考えて覚悟を決めてからにするのがよろしいかと。また戦場にあっては賈詡も全力で戦います故”と」
「あの冷血漢にそこまで言わせるとは、奴らはいったい何者なのだ?」
「さあ…項閃については、かの項羽の子孫であると言われております。そして、あの男の息子だとも言われております」
「あの…男?」
「はい、丞相さまも知る、あの男でございます」
曹操は軽く、眉をしかめた。

「ところで程昱よ、今の話とお前の仕事とやらと何の関係があるのだ?」
「賈詡の文には、周賢と項閃のことだけが書かれていたのではございません。その配下のことも詳細に書かれておりました。その中で一人…」
「ふん」
「徐庶という将をご存知ですか?」
「江夏を落とした知勇兼備の将だったな、我が軍に招きたい者の一人だ」
曹操の間者はかなり詳しい情報を曹操に届けていた。
「左様でございます。そして、その母がこの付近にいると、書かれております。つまりは…」
丞相はサメのような笑みを浮かべ、答えた。
「そうだな、捕えてこい」


バサラ~203年3月 春 江夏~

 そろそろ初夏を迎える江夏では、少しずつ稲の準備をしているのか、城下にはまだ幾つもの家に灯がともっていた。
今年は豊作になりそうだなぁ…、徐庶がぼんやりと考えていた時に、後ろから声をかけられた。妻の龐統であった
「あなた様に折り入って、お話があります」
普段は穏やかでニコニコとしている不思議な女性だが、今日は珍しく凛としており、いつもは眠そうな細い眼が今日はしっかりと開けられている。
 ただことじゃない!
と、徐庶は感じた。だから、徐庶も襟を正し、真面目に向き合った。返事もかしこまった言い方にしたハズだ。

「江夏の城主になり、大変におめでとうございます」
深々と頭を下げる龐統を見て、気味が悪くなった。なんで今さらここでそんな話になるんだ?
しかし、徐庶の思いは無視して、龐統は淡々と言葉を続ける。
「あなた様は、とても素敵で素晴らしくて賢くて、勇ましい方です」
おい、褒めすぎだ。そんなに愛らしく微笑むな。
「そして、あなた様はこれから、どうするおつもりですか?」
は?
「一城主として、このままお過ごしですか?」
なにを…言っているんだ?
「男子たるもの、天下を目指してもいいのではないかと申しているのです」
恐ろしいことをいう女だ。姫様に弓を引く気か?
「姫様…紅玉様は、人ではございません」
そんなこと、俺でも知っているよ、何を今さら。
「人ではない者に天下を治めさせるわけにはいきません」
なにを言っているんだ。三皇五帝はいずれも人ではないが、治世が安定したと言われているぞ。
「実は…私は崑崙山から派遣された、仙人です」
なん…だと…。
「私は崑崙山より、紅玉様の監視と、場合によっては討つことを命じられています」
……なるほどね。
だから、お前は姫様にすぐに気に入られたんだな。
「そして、紅玉様は力をつけすぎました、いずれ曹操と並び立つこととなりましょう」
いいことじゃないか。
「ところで、紅玉様の母君のことはご存知ですか?」
…いや…
「母君は、かの殷周革命の際、殷を滅ぼした傾国の女、妲己でございます」
確か妲己は、斬首されなかったか?
「いえ、五体は砕かれましたが、身体の一部は西方に跳び、かの国で華陽夫人と名を変えてここでも国を滅ぼしかけました。しかし、その時は真の姿を見破られて、蓬莱の地に逃げました」
ならば、姫様はいつお生まれに?
「砕かれた五体が十数年前に復活して、霊帝に近づき、子を成しました。それが紅玉様です」
その後の妲己はどうしたんだ?
「紅玉様を操ろうとしましたが、紅玉様の力の強さに驚き、分体がいる蓬莱に逃げたと言われています。紅玉様は太乙真人が預かることとなりました」
なるほどね…。ところで、龐統よ。
「なんでしょう?」
妲己が悪いのは解ったが、姫様は何も悪くないじゃないか
「いえ、かの邪悪な妲己の娘です。天下を統一した後は魔王のように振舞うに間違いありません」
そうか、それもそうだな。
「我が殿、決意なされたのですか?」
ああ、決意はしたよ。
「ありがとうごさいます!おめでとうございます!」
早合点するな、俺もそろそろ覚悟を決めて本当の事を言おうと思ってな。
「???」
俺の名は徐庶。以前は単福と言った。生まれは蓬莱だ。
「蓬莱ですって?…そんな…豫州穎川郡では…」
ああ、大陸に来てから住んだのは豫州穎川郡だ。
親父の名は徐福、秦の始皇帝が蓬莱に派遣した仙人だ。
「…え……」
おかげで俺も、多少の仙道が使えるし仙人の知識だけならお前より遥かにある。お前が騙されていることもよくわかっている。
「そんな…」
お前は闡教(せんきょう)の奴らにいいように操られているんだよ。お前の兄貴はそれを察した。だから、殺された。
ああ、そんなに悲しい顔をするなよ。俺も悲しくなる。
いいか、今のこの漢の状況はすべて闡教の奴らが仕組んだことだ。
以前の殷周革命の際に殺戒があり、あれだけの命が失われた。
ところで、龐統はそもそも殺戒を知っているか?
「仙人達が持つ“殺生を行わなければならない”という避けられぬ宿命的な罰、と言われていますが…」

きれいにまとめたな。確かに宿命的なものかも知れないが、そんなものではない。
仙人の食べ物を知っているか?
ああ、その通り、仙桃や霞と言われている。
だが、霞なんかで腹が膨れるか?答えは否だ。実は、仙人だって、人間と同じものを食べて生きていくこともできる。お前のようにな。
ただ、それだと力が溜まりにくい。特に力のある仙人~崑崙十二大師~ぐらいになると、普通の飯を食べてるとカッコがつかない。
そこで登場するのが霞だ。
そして、あれは霞なんかではない。人間の魂だよ。
封神の儀式なんて言うが、あれは実際は魂を効率よく霞に換える手段だ。
おいおい、こんなところで吐くなよ。泣くだけにしてくれ。

考えてもみろ、黄巾の乱から始まるこの戦乱を。
もともとは仙人の張角が黄巾力士を引き連れて、荒らしまくった戦だ。
そして、十常侍を宮廷に送り込み、天子の心を荒廃させ、妲己が現れて国を傾けるのを黙って見ていて、破壊的な力を持つ娘が生まれるのを保護する。
この娘の本当の力は、絶命する事により発揮される。この中原をすべて破滅させることができるくらいらしいぜ。

そして、失われた民の命はすべて封神榜に集まり、仙人達の糧になるわけだ。

「そんな…魂をすするなんて…それでは、化け物と同じではないですか…」
そうさ、奴らは化け物だ。、董卓よりもよっぽどね。
だから、俺は同じ化け物なら、いい奴と戦いたい。つまり姫様だ。
あのお方自身には、恐らく天下を統一してもなにもいいことなんて起こらないってことはわかっている。
何しろ特に贅沢が好きな姫様でもないし、ご自身の不思議な力で必要な物は集めてしまう。
富も財もいらないお方だ。
そんな姫様がなぜ天下を狙うのか、俺は聞いた。
すると、なんて言ったと思う?
“民が笑顔になる世を作りたいのじゃ”だとさ。
真顔で言うんだ。名誉欲も何もない。
人の顔もろくに覚えられないような、人間に興味がないような姫様が真顔で言うんだ。
純真すぎる。
ここで、俺は立たなきゃ人間ではない。
姫様にこの命、くれてやってもいい。
泣くな、お前もそう思うだろ?
仙人の中でも、俺とお前、黄参型だけでも味方になってやろうじゃないか。
「…はい……私も姫様に、この命、捧げます。残念ながらあなた様には捧げることはできないようです」
よくいった!

徐庶は龐統を抱きしめた。



タタラ~203年3月 春 新野 臥竜坊~

どんどんどんっ!
静かな春の夜、街中を貫く轟音。 近所の者には慣れた騒音。
ここは新野の外れ 黄仁の工房であった。

工房の中では、1人の見目麗しい女性と、筋骨逞しい気がする男性、そしてロボがいた。
ロボは今しがた稼働させた不思議な道具を見つめ、その成果である、鉄の巨大な穴を満足した様子で見つめていた。
見目麗しい女性、黄月英が口を開いた。
「お兄さま、これは成功ですか?」
お兄さまと呼ばれた衣類を着たロボは、意外にも言葉を話した。
「ハイ、パイルバンカーの完成デス」
「お兄さま、言葉がわかりにくいです」
「オット、音声モードガ…よし、これでいいですか?」
妹に咎められたロボ…黄仁は、首もとを操作すると、生意気にも流暢に言葉を紡ぎだした。
黄月英が困ったように答える。
「いえ、そうではなくて、ぱいるばんかぁとは何なのですか?」
「ああ、それはすみません。説明不足ですね。パイルバンカーとは、携帯型杭打ち機のこと、つまりこれです」
黄仁は機械的に深々と頭を下げる。
それを聞いていた筋骨逞しい男、臥竜孔明が、衣を翻して仰々しくポーズを決めて、話し出した!
「それはつまり……パイルバンカーですね!」
やっぱり機械的に、深々と頷く黄仁と、それを見て、得意気に頷く諸葛孔明。
黄月英は、頭を抱えていた。
わたしの周りは、なんでこんな人ばかりなんだろう…でも、まあそこが好きなんだけど~♪
と、のろけるあたり、あんたも変な人だ、黄月英よ。

最近のお気に入りである、三角筋と僧帽筋を強調しながら、孔明が問いかけた。
「そのパイルバンカーは、攻城兵器ですか?」
ロボは目を閉じ、頭を横に振る。
「では、これだけの火力を何に使うのですか?」
ロボの瞼がキリキリと音を上げ開かれる。当人としては、カッ!と開いたつもりであろう。
「それは、仙人に対して使用します。仙人達のアーマーギアや義体、つまり機動甲冑や肉体変化を打ち破るための兵器、宝貝です」
「仙人?宝貝ですって!」
「なん…だと…」
いままで、まだ一人のろけ妄想モードに入っていた月英が正気に戻り、孔明はどさくさに紛れて、上半身を脱ぎながら広背筋を強調しながら、驚愕していた。
「ハイ、対仙人用のガジェットデス、アレ?声ノ調子ガ…あ、直りました」
首のカバーを突然開けて、配線を剥き出しにするロボが続ける。
「これがあれば、士義殿や孟達殿のような英傑でなくても、仙人と戦えるようになります、この杭なら仙人の仙骨を砕き、血水に還すことができるでしょう」

「この孔明用の、筋肉が役に立つ武器はありませんか?」
「あなたには、この藍晶翼扇(ランショウヨウセン)という白扇をお渡しします。これはあなたの筋肉が発する電気に応じて、光線がでます。この光線はかの有名な宝貝、莫邪宝剣にも劣らずの力を発揮する事でしょう。しかも、莫邪宝剣と違い、この光線の力の源は、孔明殿、あなたのその、鍛え抜かれた筋肉です!」
結局、言語機能の調子が悪く、胸元のスピーカーから音を出す黄仁。口元が全く動かないのは、いっこく堂もびっくりである。むしろこわい。
「筋肉量に応じて、光線の強さが変わるですと!この孔明、文才兄のお役に立つため、より一層、鍛練(トレーニング)に励みます!」
そう言うと、裾を翻して、さっそく鍛練室に去ろうとする孔明。そのまま去ればいいものを、余計なことにロボが声をかける。
「孔明殿、あなたは筋肉でなく、知謀で文才を支えてはいかがでしょう?司馬徽先生の下で学び、万巻の書を読破したあなたの知謀ならば、文才殿にも劣らないと思いますが」
それに、ビッグスマイルを決めて孔明が答える。
「我がサル知恵など…文才兄の足元にも及びませぬ…。あれはそう、1月の年明け、戯れに文才兄と囲碁を打ってました。そこそこいい勝負ができている、と自負していたのですが、そこに姫様が通りかかり、“周賢、がんばれよ”と声がかかった途端、あれよあれよと負けてしまうのです。次の局でやはり姫が“周賢、手加減してやれ”とおっしゃると、この孔明が勝たされているのです。そして、もう一度の局では、“周賢、ほとほどにな”との声がかかったら、なんと…一石も違わずの引き分けにしてしまったのです。この孔明、文才兄の手のひらで踊っているだけでございます。ですから、この孔明の知謀ではなく、健康体操から元気になり、ここまで成長した筋肉達でお手伝いしたいと…」
いつしか、孔明は万感こもってか、拳を握りしめ涙と鼻水をダラダラと垂らしていた。
「孔明様、素敵…」
月英夫人よ、ウットリするな。

「ところでお兄さま、どうして発明する武器はいつも爆発するものが多いのですか?この光線も当たると爆発するとか…」
現実に戻れば、月英姉さんもたまにはいい質問をする。
間髪入れず、練筋術師、諸葛孔明が答える。
「爆発は男の浪漫だからさ!」
「ああ、孔明様!」
なんだか勝手にテンションが上がり、抱き合う二人を横目に、冷静にロボが答える。
「ソレハね月英、爆発すると轟音が上がる。轟音が上がると、兵士が驚く、そして逃げる。
 逃げてもらえば、犠牲をあまり出さずに戦を終わらせることができる。
 いくら、士義殿や漢升叔父でも、犠牲を少なくするための戦い方は難しいだろうからね」
「参型兄、それはとても素晴らしいことですね。姫様の意向にも沿います」
一日の内、数秒は孔明も正気に返るらしく、今は清々しい表情で、尊敬の眼差しで、黄仁を見つめた。

「どうせなら飛燕殿の弓もカーボン製に換え、矢には爆発物をつけるようにカスタムしたいものです」
ちょっと前まで立派なことを言っていたロボは、やはり単なる発明バカ、ボムフリークなことが露見した。


ミストレス~203年4月 初夏 新野~

三月十日 晴れ
 今日は風が強かったが、黄砂が珍しく薄く、遠くの山もよく見えた。
 頭領の指揮の下、訓練をした。
 指揮をしている頭領は凛々しかった。

三月十六日 曇り
 今日は雲が多く、月も出ていなかったが、おかげで星が良く見えた。
 頭領の指揮の下、護衛をした。
 指揮をしている頭領は勇ましかった。

三月十五日 晴れ?雨?
 今日は降ったりやんだりで、落ち着かなかったが、黄砂が雨で流されて、遠くが良く見えた。
 頭領の指揮の下、山賊退治をした。
 指揮をしている頭領はおおらかだった。

三月二十八日 晴れ
 今日は桃のつぼみが膨らんでいた。遠くの山は桃が咲いていた。
 頭領の指揮の下、花見をした。
 指揮をしている頭領は豪快な飲みっぷりだった。


「さて…と」
今日の分の日記を書こうと思った項月は、ふと思った。
わたしってば…日記の才能が…ない?
そんなことはないよね。そう思い、日記を見直す。
今月よりも前の日記も見直す。

一月一日 晴れ
 今日は新年で天気も良く、初日の出が良く見えた。
 頭領の指揮の下、新年の宴会をした。
 指揮をしている頭領は優しかった。

二月十八日
 今日は少し寒いが、梅が咲きはじめていた。遠くの梅林も鮮やかになっているのが良く見えた
 頭領の指揮の下、騎馬の催しをした。
 指揮をしている頭領は機敏だった。


「なん…だと…」
気がつけば、毎日同じようなことしか書いていない。
頭領の事が半分以上なのはわかる。それはいい。だって、頭領は立派だし、偉いし、最高だからだ。
しかし、それ以外は天気の事と、見えた物しか書いていない。
わたしは自慢じゃないが、頭は悪くない。頭領とは比べ物にならないが、四書五経は修めたくらいの知識はある。
文才だってあるハズ…あ、文才なんて呼び捨てに…そんな…ウヘヘ。

「副頭目、帰ってきてください」
一人でモジモジしているところに、爆裂団一黒い男、ンクルマが音もなく現れ、声をかける。
0.05秒で爆裂団の冷徹な副頭目の表情を取り戻し、答える。
「なんの用?」
さりげなく、日記は隠す、これ基本。
「副頭目と士義様の一族の…、項家の方が参ってます」

項月が客間に行くと、項家の従弟が待っていた。項月は冷たい目を向ける。
「縁は切ったはずよ、早々と帰りなさい」
待ちくたびれていた従弟は驚く
「飛燕姉、待ってくれ、玄奘(げんじょう)叔父さんと雪梅(しぇめい)叔母さんが亡くなった!」
「父上と母上が!」
片眉を上げ、項月が反応する。部下の手前、ほとんど動揺を見せないのはさすがだ。
「先月末、何者かに殺れた」
「母上はともかく、あの父上が易々と殺されるようなタマではないでしょう」
「それが…噂では仙人だとか…あくまでも噂だよ、噂」
項月の冷たい瞳に、凍えるほど燃えさかる炎が灯るのを見た従弟は慌てて言い繕う。
「ありがとう、帰って。礼は弾むわ」
副頭目の冷やかな怒気を畏れ、慌てて従弟は部屋を出ていった。
「ンクルマ、調べて。あと、閃には内密に」
了解、とンクルマが去ると、項月は再び日記を開いた。

四月三日
 父と母が亡くなった。
 ひと目、会いたかった。

初めて、周賢の事以外を書いた夜。項月は声をあげて泣いた。


カブト~203年3月 春 下邳~

大きな屋敷に血の匂いが充満する。月明かりの下、読書に耽っていた玄奘はふと目を上げた。
一陣の風とともに、目の前に長いひげの老人が血刀を持って立っていた。
「久しぶりじゃのう、劉備、いや、高順」
玄奘は苦笑いで答えた。
「俺は田舎者の項玄奘さ。久しぶりだな、赤精子。お得意の陰陽鏡で俺を血水にでも変えに来たか?」
赤精子は項玄奘の軽口には返答せず、かすれた声で話しかける。
「項玄奘よ、また高順に戻らぬか?なんなら、お前の複製体に変わって劉備に戻るのもいい、何しろ今の劉備は戦下手だからのう」
「しかし、民の心を惹き付ける。あれはいい君主になるよ」
軽く手を振りながら項玄奘が答える。

「何を言っておる!中山靖王劉勝の末裔、劉備よ!お前は戦上手で黄巾の乱を収め、公孫瓚の下で袁紹相手に勝利し、陶謙を助けて曹操を押し返した」
赤精子のかすれ声はやがて大きくなり、言葉を続けた。
「やがて、呂布が来ると、劉備を複製体に任せて、お前は高順と名を変え、曹操を再び破った、お前は戦の申し子だ!」
「だからこそお前たちは項家の者たちと結託し、項家の血筋に組み込もうとしたのだろ?」
赤精子は囁いた
「無論、お前のその才能と覇王項羽の血が混ざれば、最高の殺戮人間宝貝が出来上がるからな、そして事実…できた。
項閃という最強の人間宝貝がな」
「俺は項月も立派だと思うがな」
「もちろん、項月も我々の予定通り、馬賊に成り下がり、世を混乱することに一役買ってもらう…ハズだった」

項玄奘は嗤った。
「だが、それらの目論見は全て崩れた。項月は周賢という希代の知謀の士の前にひれ伏し、呂布に代わる最凶の殺戮兵器であった項閃は、劉家の姫様のものになった。仙道は未来を見据えなかったな」
赤精子の瞳に怒りが宿った。
「おのれ、曹操の斬首から救ってやった恩を忘れたか!それに、まだ我々の計画は予定通り進んでいる!」
本物の劉備は答えた。
「俺は呂布と戦えて楽しかった、だから死んでもよかったのに、使い道があると勝手に救ったのはお前たちだよ、仙人」
「今が使い道だ!役目を果たせ!」
赤精子の吠えるような怒声に、項玄奘は静かに答えた。

「仙人、俺は戦が好きだ。武も好きだ。関羽と張飛を舎弟にしたのは、俺の人柄だけじゃなくて腕っ節で勝ったからだぜ。もう一度、曹操とも戦いたいと思うし、孫家の奴らとも競い合いたい。何かを求めて戦が起こり、戦いの結果で人の命が失われるのは仕方ない。だがな、人の命を奪うのが目的の戦なんて、俺はもうこりごりだ」
「それにな仙人、お前がたった今殺してきた、うちの下人どもや、雪梅も口うるさい誇り高いだけの小物たちだったが、俺はそれなりに愛してたんだぜ」

赤精子は鼻で笑う。
「項の名前にしがみついて暮らしている虫けらなぞ、お前のような英傑の人殺しには関係ないじゃろうが、それよりもその命、我らが大義に仕えよ」

項玄奘は静かに続けた。
「俺は英傑でなく、ただの人間だ。妻の仇の赤精子、お前の陰陽鏡と俺の剣、どちらが早いか試してみようぜ」
「なん…だと…」
赤精子は驚き、慌てて陰陽鏡を構えた。
間に合った。項玄奘は血水になった。
ほっとした赤精子はふと、胸元を見た。見たことがない剣が生えていた。
間に合わなかった。
赤精子は、死にたくないよぅ…と童子のような悲鳴を上げながら灰になった。

血水となったハズの項玄奘の最後の声が響いた。
「劉備、後事は託した、項閃、天下を託すぜ…」


カゲムシャ~203年3月 春 武陵~
熱い湯船につかると本当に疲れが染み出ていく。
贅沢をしない劉備にとって、入浴という紅玉から教わった文化は、週に一度の唯一の贅沢だ。
湯船で考える。
このまま、劉星に攻め込むのが正しいことなのか、戦を避けるべきか。
しかし、自分は劉ショウにも恩義があり、戦いでしか借りは返せない。
関羽と張飛、趙雲と孫乾は賛成してくれているが、果たして勝てるのか。
また負けるかもしれない。だが、劉ショウのため、劉ショウが引き受けてくれた民衆のために戦おう。
だが…自分でいいのか?
本物の劉備でなくていいのか?

いつも、この問題に突き当たる。
自分は劉備の代わりでしかない。関羽達を騙しているのも申し訳ない。
戦だって、全然勝てない。
得意なのは草履を編むことだけだ。
今日も30足編んだ。編んでないと落ち着かない。
明日こそ、関羽達に本当のことを言おう。
言って、本物の劉備を迎えに行こう!

そう思って、湯船から立ち上がった。
その時!

劉備にはわかった。

「なん…だと…」
劉備の霊圧が…消えた。
もちろん、本物の劉備の存在だ。遥か彼方で消えた。
声まで聞こえた。
「劉備よ、後事を託す」
風呂場でよかった。
涙が止まらなくなった。

散々泣いたら、気持ちが軽くなった。
腹を括った。
自分は、劉備である!

義の人、劉備である!
だから、戦う。
負けても、戦う!
それが、劉備だからだ!


カリスマ~203年4月 初夏 武陵~
うぬぬぬおりゃ~!
猪口才な~!
青龍偃月刀と蛇矛が振るわれる度に幾人もの首が気持ちいいくらいに飛ぶ。
蛇矛を振り回す虎髭の男、張飛は関羽に近づき、怒鳴る。
「おい、雲長!こいつらはあとどのくらい斬ればいなくなるんだ?!」
青龍偃月刀を振り回す殺戮髭が肩をすくめる。
「わからん翼徳ー!だいたいこいつらは人ではないたろ~!」
「じゃあなんだ~!?」
「せいぜい、ホラ、以前に兄者が言っていた、黄巾力士に似てないか?」
それを聞いて、張飛は何かがつながった!という顔になる。
「じゃあ、殺し放題か?」
「だろうな」
よし、と張飛は馬首を巡らし、黄巾力士の大群に飛び込んでいった。

一刻後。
すべての黄巾力士と先導していた仙人を殺戮して満足した張飛と関羽は、近くの泉で休んでいた。

「雲長、さっきのはなんだ?」
二人の内、知恵者である関羽は髭を弄りながら考えている。
「うーむ、恐らく、あれだ。そうだ、あれだよ」
「あれじゃわかんねえよ」
「じゃあ、例のそれだ」
「それでもわかんねえよ」
適当に誤魔化そうかとしたが、意外に虎髭バカは食らいついてくる。
「雲長、お前バカだろ~」
「なん…だと…」
雲長の目の前が真っ赤になった!
バカにバカって言われるなんて!
誇り高い雲長は、気がつけば張飛を張り倒していた。
ハァハァ。
不意打ちをもらっては、さすがの張飛も目を回すしかなかった。
目を覚ました張飛はおもむろに言った。
「そもそも、黄巾力士なんて、崑崙山の手下どもだよな」
張飛よ、頭を打って、良くなってしまったのか?
関羽は心配そうに答える。
「まあ、そうだな、ところで大丈夫か?」
張飛はそれには大丈夫と答えながら、続ける。
「俺たちは、兄者は崑崙山と仲良くなかったっけか?」
「確かに…、俺らの前の兄者は仲が良かったと思うが…」
そこまで言った関羽を張飛が制した。
「おいおい雲長、バカなことを言うな、俺らの兄貴に前も後もねえだろ」

「そうだな翼徳、俺らの兄者は中山靖王劉勝の末裔、劉玄徳ただ一人だな」
張飛の珍しい真剣な眼差しに、関羽も真面目に柔らかな笑顔で答えた。
その笑顔を見ると、張飛はバツが悪くなったようで、少し照れながら、話題を逸らした。
「あ、でもよぅ、前の、その、俺らの…はいまどこにおられらっしゃれるのだ?」
関羽も軽く笑って答えた。
「今は項玄奘と名乗っているらしい。項羽の末裔に養子に入ったとさ」
張飛は何かが繋がった。
「それってば、紅玉姫のところの項閃の親父だってばよ!」
どこかの忍者のような口調になりながら、張飛は珍しく冴えていた。
「そうか!どおりで強いわけだ!」
関羽は膝を叩いて喜んだ。馬の骨に負けたのは屈辱だが、あの御方の息子なら悔いがない。

「ま、でも、俺は兄者が好きだぜ」
張飛はバカでも純粋である。
もちろん、関羽もバカなので純粋だった。
「もちろん、俺もだ。兄者は俺たちに入れ替わったのがばれてないと思っているみたいだがな。兄者が崑崙山と決別したなら、俺達も戦うだけだよな」
どちらの兄貴も好きだ。劉備、劉玄徳が大好きな二人に理由は要らなかった。

「好きだと言えば、翼徳よ」
「なんだよ、関兄ぃ」
「お前、最近、うちの銀屏(ぎんぺい)にちょっかい出してるらしいな。呂布から手に入れた宝玉を翼徳おじ様がくれたの~って自慢していたぞ」
「ギクッ!」
「お前は、相変わらず少女趣味が直らんようだな。俺が修正してやる!」
雲長、怒りの鉄拳!


クロマク~203年4月 初夏 太華山・雲霄洞~

そろそろ夏も近づいているというのに薄ら寒い洞窟の中、崑崙十二大師、厳密にいえば、ここの洞の主、赤精子は死亡したため、十一人が一堂に会していた。
個人主義が基本である崑崙山としては、幹部がみな集まることはとても異様である。

集まった面々は以下の通り。

広成子(こうせいし)九仙山・桃源洞
黄竜真人(こうりゅうしんじん)二仙山・麻枯洞
太乙真人(たいいつしんじん)乾元山・金光洞
玉鼎真人(ぎょくていしんじん)玉泉山・金霞洞
霊宝大法師(れいほうだいほうし)崆峒山(こうとうさん)・元陽洞
道行天尊(どうこうてんそん)金庭山・玉屋洞
清虚道徳真君(せいきょどうとくしんくん)青峰山・紫陽洞
懼留孫(くりゅうそん)夾竜山・飛雲洞
文殊広法天尊(もんじゅこうほうてんそん)五竜山・雲霓洞
慈航道人(じこうどうじん)普陀山・落伽洞
普賢真人(ふげんしんじん)九功山・白鶴洞

彼らは元々、意見をすり合わせるなどとはしないため、あーでもないこーでもないと延々と1週間以上も話を続けていた。
やがて、太乙真人が焦れてきたため、話をまとめ出し、仙人達はそれに対して質問を出すことにした。

「つまりはさしあたって、紅玉の勢力をこれ以上延ばしてはならん」
それはなぜだ?
「紅玉は生まれは、霊帝の娘だ。勢力までも強くなってしまったら、諸侯が抗う理由がなくなり、天下に泰平が訪れてしまう」
そうなると、命が刈れないということか。
「いかにも、我々が長年かけて実行してきた計画が、すべて灰燼に帰してしまう。我々がせっかく作った宝貝も効果のほどを試すこともできぬまま、埋もれてしまう」
すると、紅玉を殺すということか?
「いいや、殺してしまっては、紅玉の命の炎が、この中華の大地を焼きつくしてしまう。人が大量に死ぬことは大歓迎だが、残念ながら紅玉の炎は魂も焼きつくしてしまい、我々には何も残らないし、紅玉の炎はもしかしたらこの崑崙や玄都をも焼きつくすかもしれん」
しかし、お前の持つその紅玉の瞳がなければ、そこまでの力はあるまい。
「何を言っている、わしが紅玉の瞳を繰り抜いたからこそ、紅玉の命の炎は半減し、中華の大陸を焼きつくす程度なのじゃ、すべてがそろうと世界が焼き尽くされる」
ならば、殺さずに、どうする。
「献帝などのように、幽閉されるのが望ましい。そのため、一番いいのは項閃士義、あの殺戮宝貝が紅玉を裏切ればいいのだがなぁ」
それは可能か?
「項玄奘が生きていれば可能であったかも知れんが、赤精子のバカが懐柔を失敗してしまったため、それは無理じゃな」
では、どうする。
「双璧の一人である周賢文才に働いてもらう。あれの知謀は中華一じゃ」
商人の息子崩れで馬賊の長ではないのか?
「何を言っている、あやつの先祖は遡ること数十代すると先祖はあの周公旦だ」
なんと!我らと殷周革命の際の我らと同陣営ではないか!
「いかにも、文王の息子であり、武王の弟で名摂政の周公旦だ。周賢自身は直径ではないかも知れないが、少なくともその知謀と見識は周公旦の上を行く」
なん…だと…。
ザワザワ ザワザワ。
十二大師達の落ち着きがなくなる。
「しかし、これを懐柔して逆に紅玉を操ってしまうのがよい。孫家とも争わせ、最終的には曹操に天下を取らせるのはいかがか?」
それはいい!
しかし、劉備はどうする?
「あれは複製体のできそこないの分際だが、不思議と人徳は高く、思想は我々とは相容れない、早々に処分するがよかろう」
関羽と張飛、趙雲は侮れない英傑だが…。
「そのための呂布であろう」
呂布!もうキズは癒えたのか?
「あと少し、そうすれば、また平原を鬼神が疾駆する姿が見れるじゃろう」
では、劉備は滅ぼせるな。
後の紅玉の押さえとしては?
「ホウ統を派遣して、内部から離反者を産み出していく。まずは徐福の子、徐庶。そして、周賢と同じく周公旦の血を引く周瑜も説得してしまおう。周瑜はもともと紅玉陣営にいることがあまり面白いことだとは思っていないからのう」
臥龍はどうする?
「臥龍は厄介だが、周賢を説得すれば臥龍はいかようにも操れる。ただ、黄仁の動きも厄介かもしれんな。よし、そこは手を打とう」
とりあえず、主たる軍師達を骨抜きにすれば、よいと。
「いかにも」
これで、また大陸に血の嵐が吹き荒れる。
魂が刈り採れ、我らは万々歳じゃなあ。
「さっそく、我らが主、元始天尊に報告じゃな」

仙人達の一週間に渡る会議は、とても陰惨な決定を下した。


エグゼク~203年4月 初夏 建業~

夢のような宴席が終わり、早1ヶ月半が過ぎようとしていた。
中原では戦火が起き始め、孫権や劉備が軍を起こして、紅玉軍と激突するという報告は受けている。
孫権軍の側面をつけば、かなりの痛手を与えることもできよう。しかし、援軍の要請は来ていない。
ならば、無視して見物するか。周瑜はそう判断し、出陣をしたがる伯符を押しとどめ、平穏に暮らしていた。
今日も四書を読み、書をしたためる周瑜の元に、伝令がやってきた。
仙人と名乗る者が会いたい言っている。

仙人はまっぴらだ。と周瑜は思った。
なぜなら、もちろん左慈の一件がある。あのおかげで親友の伯符の命は危険になり、助かったものの結果として紅玉の軍門に下ることになった。
周瑜の本音としては、まだ紅玉にハッキリと頭を下げたつもりはなかった。
なにより、周賢という軍師がいるからである。
周瑜のプライドが周賢のことを認め、受け入れることがまだできなかった。

今のような、建業で油を売っているような生活は不本意であった。
本来ならば曹操と、身を削り合うような薄氷を踏むようなギリギリの戦いをしていたハズである。
充実した毎日を送っているハズであった。

病に冒されている。
そう感じたのは半年ほど前であった。
あと生きて数年のこの命、無駄に平穏には生きたくない。
もっと熱く、激しく生きていきたい。
そう感じている周瑜にとって、紅玉の陣営の効率良い戦い方は不満であった。
周瑜の力を発揮する場所がない。
不満であった。

「その不満、ぶつけてはみないか?」
戸口に不思議な人物が立っていた。ひょろりと細長い風体の人物。特に武器も持たず、散歩に出たかのような気楽さで戸口を潜ってくる人物。
こいつが先の話の仙人だと直感した。
「いかにも、愚僧は慈航道人(じこうどうじん)、崑崙山の崑崙十二大師の一人よ」
心を読まれたか。
「周公瑾よ、お前の力を惜しいと感じていたので、やってきた。
 お前は、建業でひっそりと余生を過ごすような匹夫ではないだろう。そう、お前は中原に名を馳せるべき、偉丈夫、英傑だ!」
「私に何をさせたい」
心にで思っていたことを言葉にされた動揺を隠しながら、美周郎は答えた。
「崑崙山から選りすぐりの軍を1万出そう。お前の親友の孫伯符を旗頭にして、新野を奪い、曹操と対峙し、中原に泰平の世を築いてはどうか?」
「劉紅玉様に反旗を翻せと」
「反旗を翻す…などと、そのような小さなことではない。お前のその才能は劉星の軍師である周賢を遥かに超える。
 反旗を翻すわけでなく、周賢と計略を戦わせ、智を競うために、1万の兵を出してもいいと言っておるのだ」
「ふむぅ」
美周朗はその美しく細い顎に、右手を添えて考える。
「つまり…」
周瑜は言葉を選びながら、ゆっくりと話した。
「つまり…………、劉紅玉様に反旗を翻せと」
「え?そこに戻っちゃうんだ」
あれだけ溜めて、これを言う?慈航道人は呆気にとられた。
「戻ったのではなく、つまりは簡潔にいうと、反旗を翻させたいのであろう!」
「む、まあ、そ、そうなる」
気がつけば、周瑜が会話の主導権を握っていた。
「慈航道人、遠路はるばるとこんな建業まで、お越しいただき、ありがたいことだ」
慈航道人がニタリと笑い、黄色くなった歯を見せる。
「周公瑾殿よ、では、さっそく軍をお貸しいたそう」
うやうやしく、頭を下げる慈航道人に周瑜は爽やかな笑顔で優しく言った。
「本当に助かります。ご老体よ、風邪をひかぬうちに崑崙山に帰られよ。建業では伯符という風邪が流行っていて、ひいてしまうと、首と胴体が離れることになる。
 そうなる前に帰られよ」
「なん…だと…」
慈航道人は黄色い歯で歯ぎしりをする。
周瑜は、美周郎と言われるだけあって、何をするのもスタイリッシュである。
今はスタイリッシュに鼻の頭を掻きながら、続けた。
「慈航道人、私が周文才殿と知恵を競いたくなったら、その時は自ら軍を集め、動かします。だいたい…」
「???」
「私は周文才殿を好敵手として見ているが、嫌いではない。それに姫様にも最大の忠義の心を抱いている」
「では、なぜ今、援軍を出さぬ?」
美周朗はスタイリッシュに照れ顔を見せた。
「それは…その…、私と伯符が出陣すると、喬静(きょうせい…大喬)殿と喬婉(きょうえん…小喬)殿が寂しがりますからなぁ」
慈航道人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「それだけの…ことで…」
美周朗はスタイリッシュに蔑んだ目で慈航道人を見つめる。
「まあ、非モテにはわからないでしょうなぁ」
「リア充爆死しろっ!」
そういうと、一迅の風となり消えうせた。
その目には、一粒何かが光っているように見えた。

「いやぁ、キツイっすね」
戸口で陸遜が呆れた調子で言葉をかける。
私用で周瑜に用事があったので来てみたら、慈航道人と周瑜が不穏な会話をしていた。
話の結果によっては
かったりぃけど、まとめて殺るか~。
と覚悟を半ば決めていた陸遜には、周瑜の言葉はとても意外だった。
陸遜から見ても、周瑜の普段の態度は不満だらけとしか見えないのである。
「陸伯言よ、お前は私たちを殺す気でいただろう」
「とーぜんすね、だって謀反なんてチョーカッチョ悪いっすよ」
「その通りだ、チョーカッチョ悪いっす…だな」
白い歯を見せて、周瑜は笑う。
その顔を見て、陸遜も身体を揺らして笑う。陸遜が身につけている金属製の飾り物がジャラジャラと音を立てる。
周瑜はひとしきり笑った後、ふと思い出したように言葉をかけた。
「ところで、何の用だ?」
「文才様からの伝言っすよ、そろそろヘソを曲げる前に軍を出してくれ…とのことです」
「む…さすがに文才殿、私の心を完全に読まれている…今回は…負けたな」
それを聞いて陸遜はおどける。
「あれぇ、勝ったことなんかあるんスか~?」
美周朗はそれを聞くと、勝ち誇ったようにスタイリッシュに決めポーズをとる。
「勿論だ」
スタイリッシュに続ける。
「私には…かわいくて素敵な、妻がいる!」
「リア充爆死しろっっっ!」
走り去る陸遜の目には、光る物が見えたという。


マネキン~203年4月 初夏 建業~

寝屋で一組の男女が絡み合っている。
時には激しく、時にはゆっくりと。
それはとても優しく、とても情熱的な営み。
美しい恋人達の時間。

「痛い痛い痛い痛い痛い、ギブギブです喬静(きょうせい)様ぁ!」
「あらあら伯符様、これ位で痛いなんてことをおっしゃらないでくださいな。だって、男の子でしょ?」
「いやいやいやいや、これ痛いって、肩の稼働域越えてますよ~、喬静様ぁ、もしもし~?」
ミシミシ、ギリギリ。
関節が嫌な音を通り越して、変な音になりつつある。
そんな愛の営みもあるかもしれない。
卍の様に絡み合う二人。
後世にはオクトパス・ホールド、アントニオ・スペシャル、グレイプヴァイン・ストレッチと様々な名称を持つこの技が初めて使われたのは、この夜だったことは二人しか知らないが、この後に孫策が必殺技として数多くの戦場で使用し、世に孫策の卍固めと呼ばれる様になったのは、皆様も知るところである。
「ところで伯符様、先ほどのお話をもう一度してみてくださる?」
「あの、すみません、痛くて思考できません!ひぃぃぃぃ~」
飢狼伝の敗れ去る雑魚のように情けない悲鳴をあげて、助けを乞うた。
さすがに可哀そうになったのか、大喬も技を緩めた。
孫策が…ほうっ…とため息をついた。

「あの…本当にすみません…もう花鳥殿や風月殿を側室にしたいとか言わないです」
大喬はそれを聞くとニッコリと笑い、技を解いた。
そして、孫策の横にペタリと座り込むと寄り添い、肩に頭をもたれる。
「良い子です、それでこそわたくしの伯符様です」
今度こそ恋人の時間が始まる。

孫策の腕枕で幸せそうな、それでいて不安そうな顔で大喬は訊いた?
「明日の出立は何時頃ですか?」
「昼前だ」
「寂しく…なります」
大喬が涙をぬぐい、孫策の寝間着で鼻をかむ。
マジかよ…と、表情を隠して、大喬を強く抱きしめた、
「大丈夫、必ず帰ってくる」
「心配です」
「すぐに帰ってくるよ、何しろ文才様と公瑾の二人の天才が策を練るんだ。失敗するわけがない」
「それに伯符様の武勇もありますしね」
笑顔になった大喬の声に、孫策は大きく頷いた。
「わたくし、伯符様がお帰りになりましたら、たくさんのごちそうとお酒を用意しておきますね」
「ああ、そうだな、そうしてくれ」
孫策は爽やかに笑い、調子に乗って続けてしまった。
「それから、たくさんの美女もな」

「伯符様?」
「あ、いまのは…ことばの…あやで…」
「このまま、寝たままの卍固めはご存知?」
「なん…だと…」
史上初のグラウンド卍固めも今宵、初披露された。

「項飛燕様の件、花鳥様、風月様の件、そして今の件…仏の顔も三度までです」
「お…お助け…」
ミシミシ、ギリギリ。
「伯符様」
「は、はい」
「わたくし、残酷ですわよ(はぁと)」
「ゴージャぁぁぁぁーーーーーース!!」


アヤカシ~203年4月 初夏 幽屋~

晴れた日、芝生が広がっている気持ちのよい庭で二頭の白と黒の狼が、絡み合ってじゃれ合っていた。
互いに、時には上に、時には下になりながら、子犬の様に遊んでいる。

やがて飽きたのか、互いに離れ、眩いばかりの光とともに、二頭の大狼は、二人の可憐な少女の姿に変わった。
二人はかしましく、ニコニコと話し合いながら、近くにある白いテラスに上がり、テーブルからクッキーを手にして、紅茶を飲みながら、談笑を始めた。

「花鳥はあの白い腕がいいな、特に右の手が美しくて、よだれがでるよ~」
「風月はあのすらりとした、透き通るような白い脚かなぁ、いいよね~」
髪の色、目の色以外はそっくりの少女達が、妙な話をしている。
銀髪、銀目の少女、花鳥が最後のクッキーに手を伸ばす。
「それにしても、おひー様を早く食べたいなぁ、いつになったら死ぬのかなぁ」
黒髪、黒目の少女、風月が花鳥の手をいなし、最後のクッキーを確保しようとする。
「でも、おひー様が死んでしまったら、中華の大地は炎に包まれてしまうのよ」
風月の手の横をすり抜けてクッキーに手を伸ばす花鳥。
「まあでも、花鳥たちはおひー様の炎では死なないように作られているわけでしょ?」
花鳥の手を右手で押さえ、左手も使いだした。
「でもそうすると、風月たち以外の人は死んでしまうよ。大好きなホウ統先生や、飛燕様や、文才様、士義様も~」
花鳥も負けじと、風月の左手を、左手で押さえた。
「そっかぁ、それは嫌だなあ…でも、おひー様、食べたいよねぇ」
とうとう直接クッキーを食べに頭を突っ込みだす両名。
そこからは言葉もなく、お互いがクッキーを食らいつこうとする。
風月がクッキーをさらい、そのクッキーに花鳥がかじりつき、ほとんど口づけのような状態の時に声がかかった。
「お前達、物騒なことを言うな、だいたい、それはわらわのじゃ!」
彼女たちの主人であった。
紅玉は二人に近づくと、二人がくわえていたクッキーを取り上げ、パクリとする。
「あ、おひー様、おかえりなさいませ~☆」
花鳥が嬉しそうに近づき、紅玉のカーディガンを受けとる。
「おひー様をいつ食べられるか、楽しみで話してたのです」
風月は控えめに、とんでもないことを口走りながら、ソファーに身を沈めた紅玉のブーツを脱がせる。
「残念じゃが、当分の間、それはないのじゃ」


「ブーツは足が怠くなるのう」
風月に足をマッサージされると、紅玉は気持ち良さげに目を閉じて呟く。
「おひー様、踵の高い靴は危ないですよ」
風月は丁寧に大好きな白い脚を丁寧に揉みほぐしていく。
「そうは言ってもなぁ、ティル・ナ・ノーグの女王から送られた物じゃしのぅ」
「おひー様の目も、そろそろ見えなくなっているのですから、転んでしまいますよ~」
肩と背中と腕は、花鳥の当番だ。
花鳥も大好きな手を愛おしむ様に、大切にさすっている。
紅玉は仏頂面で答える。
「もう見えぬわ」

「えっ?」
花鳥と風月の手が止まる。
二人とも、心配そうに紅玉の顔を覗き込んだ。
紅玉の瞳にはもう、光がないのがわかった。

「太乙真人作の義眼、もう寿命でしたか~?」
「バカね花鳥、そうではなくて、きっと太乙真人は遠隔操作で、きっと見えなくしたに決まっているのよ」
沈黙に耐えきれず、花鳥と風月が立て続けに話しだす。
紅玉が少し残念そうに唇を噛んだ。
「海が見たかったのぅ…」

「いまは…オーラと音で花鳥たちを感じているのですか?」
「義眼の換えはないのですか?」
凹んだ紅玉を元気つけようと、間を繕おうとする双子。
「まあ、随分前からほとんど見えておらぬから、慣れてるから心配はないわ…義眼は…よくわからんのう」
「花鳥が参型殿に頼んできます!」
「まてまて花鳥、黄仁に頼んだら、わらわの瞳は爆発するかもしれんぞ」
無理に笑おうとする。

「本物の瞳を太乙真人から取り戻すことは、できないのですか?」
風月が素朴な質問をする。
「それは無理じゃな、わらわは処分寸前のお前たちを、一人一個ずつの瞳と交換したのじゃ。約束は守らなければなるまいよ」
「そっか~、じゃあ無理ですよね~」
空気を読まない花鳥。
「おひー様、聞いたことがあります」
頭に大往生と書いてある人のような口調で風月が話しだした。
「江東の孫家に、不思議な力を持つ宝玉があるとか、それならばおひー様の瞳に光が戻るかも知れませんよ」
紅玉の片眉が上がる。
「なん…だと…」
「な…なんだってー!!」
空気を読む花鳥。
「ですから、次は孫家に進みましょうよ、おひ―様」
風月がニッコリと微笑んだ。
「そうじゃのう、ついでに海も見えるしのう」
久しぶりに紅玉の顔に笑顔が浮かんだ。



フェイト~203年3月 春 江東~

また、つまらぬ物を斬ってしまった…。
軍議があまりにも遅々として進まぬことに怒り狂い、今年になって何脚目かの机を断ち切ってしまった。
孫権が反省していると、孫堅四天王の一人、韓当が話しかけてきた。
「仲謀様、出陣おめでとうございます!さっそく明朝に出立いたします、若殿は第二陣での出陣をよろしくお願いしますぞ」
ああ、そうだった。こいつは参戦派だったな。
何を舞い上がっているんだか…。
「若殿、大丈夫でございます。父上君も初陣では緊張していましたが、戦ってみれば身体が馴染み、素晴らしい戦果を挙げることができましたぞ」
そういや、父君にしろ、兄上にしろ、こいつらにしろみんな戦バカだったな。
まあ、仕方ないか、何しろ先祖は孫武(孫子)だからなぁ。戦バカの集団だろ。
呆れて見ていた孫権の肩をポンポンと韓当が叩き、あやすように言う。
「若様、我ら四天王がついております。確かに若い有能な武将があまりおりませんが、なあに、ワシらだけですべて倒してみますぞ!ハッハッハッ!」
テンションマックスのまま、韓当は去って行った。

ざけんな。
お前らが優秀じゃないから、父上は死んだんじゃないのか?
お前らが不甲斐ないから、兄上だって最前線に立つこととなり、劉星に捕えられ、軍門に下ってしまった。
なーにが、ワシらに任せろ!だ。
こんなことなら、黄祖と戦った時に出会った、甘寧とかいう海賊を仲間に引き入れておけばよかったなあ。
あ、そういえば周泰は元気かなあ、手紙を出せば帰ってきてくれるかなあ。

とにかく、とりあえずは劉備と共に劉星を挟撃するしかないな。
項閃とかいうチート野郎は、劉備の地獄の番犬の関羽と張飛に任せて、孫家は兄上と公瑾を一番に確保することだな。
そうすれば、また道は開ける。
そういえば、諸葛瑾の言うとおり、曹操にも友軍の依頼をするか…いや、足元をみられるか…だが…うーむ。
「…殿…殿…」
思考錯誤をしていると不意に、声をかけられた。
振り向くと、やはり孫堅四天王の一人、黄蓋であった。
黄蓋は顔を曇らせ、すまなそうな顔をしていた。
「殿…、殿の心も支えるのが家臣の役目。それなのに、殿にお気を遣わせてしまい、本当に不甲斐ない臣下一同でございます。申し訳ありません」
げぇ!突然の土下座!ド・ゲ・ザ!
家臣といえど、父と同じような男性に土下座をされるとは思ってもみない、孫権21歳。
いやね…いいんすよ…公覆サン。頭を挙げて、俺の顔を見ておくんなせえ。
動揺して、言葉も曖昧になる孫権に対して黄蓋は
「まことにっ!まことにっ!申し訳ございません~っ!」
頭を擦り付けんばかりに、より深く土下座を続けた。
このまま地面に潜るんじゃないのか?
世にも珍しい、土下座をされている方がダメージを与えられているという状態になり、孫権21歳は混乱した。
お願いです、公覆サン、勘弁してください。

この奇妙な光景に城内の家臣たちも驚いた。
やべえ、公覆殿が土下座させられてる…。
孫権様はさすが、若殿様だなあ、親子の歳も離れている公覆様も土下座させるんだぁ。
孫家様さまだねぇ…。
孫権に生暖かい眼差しが注がれる。
やがて、どこからともなく駆けつけた孫堅四天王の三人、韓当、祖茂、程普も集合し、息の合った土下座を始めた。
「申し訳ございません~っっっっ!!」
「なん…だと…」
孫権は目を白黒した。
まさに、土下座のアンサンブル。

社会戦と精神戦を同時に喰らうということはこういうことか。
孫権は
「うっぴゃっあぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」
と、言葉でない言葉を喚き、叫び散らしながら、その場を走って逃げた。
城内の、どこをどう走ったかなんて記憶にない。
気が付いたらそこにいた。
見たこともない地下室。
非常に大きな扉の前。
扉には孫家の紋。
そういえば、随分と昔に、父上とここに来た事を思い出していた。
なんと言ってたっけ…。
父上がなんか話していたな。

そうだ
「本当に困ったことがあったら、この扉を開くがよい。」

ウソ800(ウソエイトオーオー)を渡した猫型ロボットのような父上の言葉を思い出した。
ここに、孫家の希望があるのか?
気が付いた時、孫権はすでに扉に手をかけていた。
少しひいてみる。
その巨大な扉は驚くほど軽く、ゆっくりと開きはじめた。
まぶゆいばかりの光。

頭の中に声が響く
「力が…欲しいか…?」

欲しい!
思い切り、扉を開いた。

そこには、孫家の至宝があった。

あ、あなたは………孫家筆頭っっっ!!


カゼ~203年4月 初夏 許昌~

いやまったく、文才の頭はなんで出来てるんだ?

陸に上がった海賊、甘寧は呟いた。
崖の上には甘寧率いる海賊20騎と、爆裂団の精鋭10騎が隠れている。
そろそろ、正午だなあ。
斥候が報告に来る。
大丈夫、わかってる。しくじりはしねえ。
だってお前、日時もバッチリ、天候もバッチリ、敵の数も隊列も見てきたかのようにバッチリ。
真ん中の馬車が、標的だ。これも策通り。
文才の策か…こんなの俺が指揮しなくても、成功するに決まっているじゃねえか。
…いや、文才が選ぶってことは、俺だから成功させるってことか。
俺が率いる意味があるってぇ…ことなんだよな。

…と、そろそろ時間だ。
お前ら、突撃だ。
だが、俺の前には出るなよ。
ったあ言っても、俺より先に着けるたぁ、思わねえけどな。
いくぜ野郎ども!

「なん…だと…」
思いもよらぬ、峡谷の上からの襲撃に曹洪は驚愕した。

甘寧の一団は一直線に、崖を転げ落ちるかのように、曹洪の一隊に蛇のように襲いかかった。
「甘寧、一番乗りー!」
甘寧の勝ち誇った咆哮が、峡谷にこだまする。
于禁の200騎の隊列は乱れ、崩れ、わずか30騎の敵に潰走した。
わずか、10分程度の出来事であった。

名将、曹洪すらも策で手玉にとるのかよ。
甘寧は一番乗りした手柄を喜ぶ前に、文才の知謀の深さに驚いた。

潰走した敵たちは、策通り、あの馬車は置いて行った。
甘寧は馬車に近づき、声をかけた。

徐家の奥方でございますか?
元直殿から、お連れするよう申しつけられております。
最終更新:2013年12月22日 12:32