ロッククライミング創設。
黒崎さんという方が音楽サークルを創り、非公認で活動していた。
その後、しばらくして部室ができる。場所は、現理工学部65号館の場所にあったプレハブの一室。
学生運動の盛んな頃だったため、革マル派との内ゲバで学内にいられなくなった「婦人問題研究会」の部室を戴く形で部室ができた。
プレハブの部室に住み着いたロックラは部室にRolandやWemのアンプを持ち込み、演奏にいそしむ。
部室を確保し、サークルとしても体裁が整ってきたころ、当時の現役生であった浅野さん、池見さんで理工学部に公認申請を提出。
理工学部公認サークル「早稲田大学ロッククライミング」がここに誕生する。
伝説的な新入生が入部してくる。吾妻光良さんである。
B.B.Kingのサポートギターを務められるなど、演奏能力も高く有名であった吾妻さんの入部をきっかけに、ブルースが好きな学生が次々と入部し、10人くらいの部員が40人ほどに膨れ上がった。
外語大にいた人見元基さんがロックラの部室のドアをたたいたのもこの頃。
理工学部65号館地下に部室が移動。
副都心線開通工事着工に伴い、部室の移動を余儀なくされる。
新部室は戸山キャンパス内の新学生会館。