(BR230/05/phase:00) ギャルゲロワ国
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「ぐわーーーーーーー暇だー」
乙女としては若干はしたない台詞を吐きながら、四畳半の和室でコタツに入っている赤髪の少女が不満を露にした。
部屋の内装は非常にレトロで天井には白色電球、檜で作られた梁と柱に囲まれた質素な空間である。
室内には中央に置かれた桃色のコタツと端に設置されたテレビが一つあるだけだ。
机の上には薄い木目の木皿。そして、形の良い橙色の蜜柑が残り四つ。
既にモシャモシャと幾つか平らげたのだろう、丁寧に剥かれた皮が小さな山を作っている。
「政権が交代したはいいけど特に私がやる事もないしー。二十六週目だけど、またシンフォでもやろうかなー」
暦は五の月に入り、緑色の若葉が萌える季節。
長い髪を右の指で気だるげに弄びながら、少女がぼやく。
基本的に自分がやらなければならない仕事は限られている。
たまに国民の前に出て演説をする事。
そして、渡される書類に判子を押したり、宰相である孤高の要望に「とりあえずオッケー」と返答をする……その程度なのだ。
そんな彼女が専ら嵌まっているもの――古代遺跡から発掘された円盤遊戯『芸夢(げぇむ)』である。
その中でも『交響=雨(シンフォニックレイン)』という一本が甚く彼女の心を打った。
手に入れてからは寝るのも惜しみ、一時的に国政が麻痺する事態にまで陥ったのだ。
自らの親衛隊を『神音騎士団』なる楽装部隊へとモデルチェンジさせる程に。
「ハードモードの音符三十個だって、私に掛かれば朝飯前だよー」
誰に聞かれた訳でもないのに独りごちる少女。
コタツ机に柔らかそうな頬をペタリとくっ付け、口を「ω」字型にしてグータラと。
平和と自堕落を満喫する彼女こそがギャルゲロワ共和国、初代女王――『お姉さま』である。
ギャルゲロワ国。
前身にギャルゲロワ連邦を置く、それなりに歴史のある国家である。
最古の国家であるハカロワ帝国の血脈を受け継ぎ、それらを発展させ今日の地位を築き上げた訳だ。
東方より伝わった「和」の流れ。
そして、中期の騒乱時代に発見された地下遺跡「レミュウ」に封印されていた鬼械神の技術を取り入れたオーパーツが国を支えている。
居城である「アカイシロ」はその和と機械の融合によって造られたカラクリ屋敷であり、難攻不落の要塞でもある。
住人の気質も穏やかで、春になれば国樹の桜の樹の下でカレーやスパゲッティを食べるのが慣わしだ。
しかし、それ以上にギャルゲロワ王国を象徴するのは戦乙女部隊「ヴァルキリー」の存在である。
名声を欲しい侭にする「紅蟹公」の率いる甲殻機動隊と「狗武者姫」の獣人武者部隊。
が、やはりその頂点に立つ「マーダープリンセス」「殺戮姫」「バトルマスター」など数々の異名を持つ一人の戦乙女の力が大きい。
ハカロワ帝国第三十三代国王の愛娘にして、旧政権時代の国主でもある第一皇女――戦姫。
人は彼女の事を敬意と僅かながらの畏怖を込めて、"マスター"と呼んだ。
先の反乱軍との戦いにおいても(これを第六次雛見沢闘争と呼ぶ)、それぞれの将軍は華々しい戦果を上げ敵部隊を鎮圧。
本来ならば、そのまま王政を維持し続けるかと思われた。
しかし、一人の少女の登場が旧・ギャルゲロワ王国に激震を齎した。
それが現国家元首、お姉さまである。
彼女は平たく言えば『魔女』であった。いや、魔性の女とも言うべきか。
国民の七割近くを女性が占め、国の役職も大半のポストが女性。
当然、色仕掛けなど通用しない。それ以上に彼女は見るからにちんまい少女であり、武勇の才もなかった。
しかし、お姉さまは――たったの一ヶ月で彼女の国を手に入れた。
王国に古来より伝わる伝承の一節にこのような記述がある。
『遙か青空の彼方より来たる"翼の跡"を持つ少女。国に繁栄と栄光をもたらさん』
そう、彼女は国主となる前は一介の吟遊詩人であった。
酒場で披露した唄――通称"鳥の唄"が国主である戦姫の耳に入り、彼女の側室として呼ばれた(もとい、拉致された)のが事の始まりだ。
(余談であるが戦姫は歳若い少女、特に『ょぅι゛ょ』や『炉利』の部類に入るうら若い乙女を寵愛する性癖を持ち合わせていた。
勿論、絶世の美炉利であったお姉さまが彼女の眼に入らない訳がなかったのである)
それからはまさに、一瞬の出来事であった。
↓以下、再現シーン
(注・若干の語釈と脚色が含まれています)
マスター「さて、お姉さま。お目覚めですか?」
お姉さま「うー眠いよー。っていうか貴女は……?」
マスター「私はこの国の皇女、戦姫です。が、人は私の事をマスターと呼びます。
お姉さまも気軽に"マスター☆"と呼んでくださって結構ですよ。我が弟子のように」
お姉さま「マスター? でも、どうして私を……!? いや、っていうか私何でベッドに縛られてるの!? しかも何かヌルヌルするし!」
マスター「私の永遠神剣第四位『求め』が持つ特殊能力"ロリフォトン触手"(※1)です。大丈夫、食べたりはしませんよハハハ」
お姉さま「それって、どんな粒子!? 漂ってるの!?」
マスター「……おやおや。細かい事を気にしていたら大人になってしまいますよ、お姉さま。炉利は無垢で純粋だからこそ美しいのです」
お姉さま「(この人……変態!?)マスター、もしかしてあなたはパヤパヤ(※2)愛好者……?」
マスター「断じて違います。パヤパヤのような汚らわしい行為……よりにもよって私が? 在り得ません」
お姉さま「え……でもマスター、私を襲おうとしてるじゃん!?」
マスター「だから、これはパヤパヤなどでは無いと言っているでしょう。炉利愛とパヤパヤは全くの別物、学校で習いませんでしたか?」
お姉さま「そんなの、習う訳ないってば! え、ちょ、ま……! 」
マスター「クククク……残念ながら、私が私を抑えられないのさ……!」
お姉さま「う、え、ちょ、ま、マスター!?」
(中略)
お姉さま「んんんんん――――っ!!(くやしい……こんな奴に……!!)」
(中略)
マスター「やはり、真っ向からのガチバトル(※3)は楽し――――ん、この痣は……!?」
※1:戦姫の愛剣『求め』に彼女の炉利力(ろりちから)が強く反応した際に現れる特殊能力。
解放時は第二位相当のレベルまで力が上昇し、世にも奇妙な触手を飛ばして炉利を拘束する事が出来る。
また淫らな液体を飛ばす機能も備える。
※2:女の人同士で仲良くする事。それ以上でもそれ以下でもない。
※3:正々堂々と己の全力を賭けて相手と向かい合い、雌雄を決すること。ジャンルは問わない。
この時、戦姫が発見したのがお姉さまの肩胛骨の辺りに位置する"翼の跡"であった。
ちなみに、戦姫がこの痣を発見するまでに彼女へどのような行為に及んだのかは当人達のみが知り得る事実であり、明らかにされていない。
事実としてあるのは、この数日後にギャルゲロワ王国第一皇女戦姫は王位継承権を破棄した事。
そして、すぐさま国家を立憲君主制へと移行。
結果としてギャルゲロワ国は、お姉さまを元首とした新政権を発足させた――こんな一連の流れのみである。
「あーそういえばこんな事もあったけなー。マスター、いつもはノーマルを装ってるけど実際、エロエロなんだから……」
あははははー、と。
一年中コタツが出っ放しのリクライニングルームにて、お姉さまは昔の事を思い出していた。
当然の如く、頬を赤らめるような事にはならない。
彼女も伊達に女傑の国であるギャルゲロワ国の元首を務めてはいないのだ。その程度、日常茶飯事である。
が、女人の国であるギャルゲロワ国であっても、乙女は恥じらいを忘れてはならない。
甲冑のサイドアーマーは乱さないように、白いマントは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみである。
「つーか、寝よう。どーせ平和だし……」
少しだけ昔の事を思い出してみるも、特に高揚した精神状態には至らず。
彼女の中の退屈ゲージが少しだけ増加しただけだった。
故に、寝る。時間は昼の十三時。
どうせ夜は城の中は嬌声と爛れた臭いで一杯になってマトモに休む事など適わないのだ。
早いうちに床に着く事を誰が責められようか。否、誰も責める事など出来ない。
「おやすみー」
ダンゴ蟲のようにお姉さまはモソモソとコタツの中に首まで入る。そして、すぐさま眠りの体勢へ。
コタツで寝ると風邪を引く――という都市伝説を真っ向から否定する行為。
地方の蛮族でさえ、畏れるような事を簡単にやってのける。
そこに痺れて憧れるファンが国中に居るのも道理と言うものだ。
zzzzzzz...
zzzzzzzzzzzzzz...
zzzzzzzzzzzzzzzzz...
zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz...
……おや……す…………み――――、
「おねぇさまぁあああああああああああああああっ!!! 大変です!!!」
「――うにゃっ!?」
と、そこで彼女が眠ってしまっては話が進まない。
お姉さまが常闇の中へと身を沈めようとした、その瞬間の出来事だった。
スパァンッッッ!と凄まじい音と共にリクライニングルームの襖が思いっ切り力任せに開け放たれたのだ。
うたたねを通り越して完全に睡眠モード☆に入っていたお姉さまは猫チックな叫び声と共に飛び起きる。
そしてキョロキョロと左右を確認。おずおずと現れた人間へコタツの中から上目遣い。
「べ……紅蟹公? ど、どうしたのさ?」
紅蟹公――百戦錬磨の女騎士がそこにはいた。
ギャルゲロワ国のみならず、他国にまで「右の紅蟹公」としてその名声を響かせる大陸最強の戦士の一柱である。
彼女が指揮する「甲殻機動隊」と呼ばれる重装歩兵部隊の突撃力はギャルゲロワ国の要なのだ。
同時に、数多くの国の役職者と血縁関係にある政治的な側面をも孕んだ存在とも言えよう。
ロボロワ共和国の大統領「アニジャ」を兄に、騎乗士の国の大幹部である「ギャグ将軍」を母に持つまさにサラブレッド。
母譲りの金色に若干の赤みを混ぜたような髪と快活で甲高い声。
それは、お姉さまと人気を二分する程……と言えば、彼女の凄みも伝わるというもの。
「大変です、お姉さま!! 漫画ロワ国が――――」
「あーあそこの世紀末覇者っぽい人がいっぱい居る国ね。それがどうしたの?」
紅蟹公が額から汗を飛ばして、訴えかけるのに対してお姉さまは相変わらずのほほんとしていた。
彼女の頭に浮かぶのは数週間前の漫画ロワ国との間で設けられた会談のワンシーン。
漫画ロワ国は連邦制を取っていた筈だ。確か"最古の四人"という歴戦の戦士が共同して、領地を治めていたと記憶している。
が、それ以外にもエースやボイドと言った名立たる将校が存在していることもまた事実。
蛮族の国ゆえ、その実態が掴めていないのが現状と言う訳か……。
818 名前:
パロロワ戦記 GR国編[sage] 投稿日:2008/05/17(土) 23:53:41 ID:???0
「漫画ロワ国が――我がギャルゲロワ国の領土に侵攻してきましたッ!!!」
「え――!? って、痛っ!!」
ドドン!と背景に効果音でも付きそうな勢いで紅蟹公は一言。
当然、ダメ君主であるお姉さまも、流石にこの言葉には驚きを隠せない。
思わず腹ばいの状態から起き上がろうとしてしまい、尾てい骨をコタツの梁の部分で強打したのだ。
若干涙目である。
「おコタでヌクヌクと蜜柑など食べている場合ではありませんっ! あーもう、五月だというのに半纏なんか着て!
脱いで下さい! 閣議です、大臣達はもう集まっていますよ!?」
「うなー? いや、私はどうせOK出すだけだし、別に居なくても……」
「あははははははははははははははは! おーねーさーまー?」
「……わ、分かったよ。脱ぐよ、脱げばいいんでしょ……」
愛用のお抱えの職人が編み上げた半纏を脱ぐ事を拒否するお姉さま。
しかし、突如笑い出した紅蟹公の形相を見て、スゴスゴと乙女の柔肌を露にする。
半纏の下は王にあるまじき、Tシャツとジャージだけという姿。
紅蟹公は思わず、ため息をついた。
この後、両者の間で百合の花が飛び交うようなパヤパヤな時間があったとか無かったとか。
少なくともお着替えタイムが繰り広げられるのだが、それはまた別の話。
紅蟹公の隠された一面――蟹見沢症候群。
……彼女は、ギャルゲロワ国の裏の名物である「ヤンデレ」の申し子でもあったのだ。
(BR230/05/phase:01) ギャルゲロワ国
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「お姉さま、決断を!!!」
と言って彼女に迫るのは「左の狗武者姫」の異名を持つ、ギャルゲロワ国の大幹部の一人であった。
若干薄紫の掛かった髪、凛々しい表情。そして頭の部分から覗く動物の耳。
そして、思わずもふもふしたくなるような立派な尻尾――獣人としての血を濃く受け継ぐ狗武者姫である。
(いやーさー決断を!とか言われても困るって。私には政治がわからぬのだよー。
しかも、私の一言で色々決まっちゃうわけでしょう? 容易く返事なんて……ねぇ。
何処かの王子様も言ってたじゃーん。政治を理解していないなら、居眠りでもしていた方がマシだ……って)
すったもんだの挙句、執務用のドレスに着替えさせられたお姉さまは会議室の議長席で頬杖を付いていた。
今、この空間にはギャルゲロワ国の重鎮が数人、言葉を交わしていた。
前線に向かっている戦姫と鬼畜将軍と最速王、この三人は前線へ。
グッピーや影丸、カレーボンバーと言った新政府から加わったメンバーは現場で指揮を取っている。
「バトルです! 勝負です! 蛮族には死を! 売られた喧嘩は買うしかありません!」
「紅蟹公落ち着いて下さい。漫画ロワ国の侵攻には裏がある……私にはそう感じられてなりません」
「俺も孤高氏の意見に賛成です。この突然の行動……かの国とは先日、会談を設けたばかり。それが急にこのような侵略など……」
議場は真っ二つだった。
顔を真っ赤にして、徹底交戦を訴える紅蟹公と狗武者姫。
そして、ひとまず現状は防衛に徹するべきだと主張する宰相である孤高の黒き書き手。
文官と武官の真正面からの対立――最悪の事態に陥る寸前である。
孤高の黒き書き手。
特に商談において絶対的な力を持つ旧・ギャルゲロワ国時代から国を支えて来た才女である。
それはあまりにもエゲつない魔手のような英知と、ブラックマーケットに築き上げた独自のネットワークが占める部分が大きい。
栗色の髪の毛、ほんわかした雰囲気。
思わず守ってあげたくなるような誘い受けのオーラなど全て幻想。
手掛けた獲物を食い散らかすかのような謀略ぶりに彼女を「クリーチャー」と呼ぶ者まで居るくらいだ。
「剣を持たない文人の意見なんて……」
「ですね、紅蟹公。実際に戦場に出る我々の意見が考慮されるべきです」
「ボソッ(チッ……この脳筋どもが……)」
「え? 孤高氏何かおっしゃられましたか?」
「いえ、何も。はははは、気のせいでは?」
「……うーん」
話し合いはまるで進まない。
武官でないお姉さまにも、この両者の対立が状況を悪くさせる一方である事は十分に理解出来た。
そもそも、この場には四人しか人間がいないのである。それで国の方針を決める事など出来るのだろうか。
新政府が樹立して間もない現状。新たな幹部と古くからいる重鎮との連携はまだ完璧ではない。
「ねー前はさー、戦争の作戦とかどうやって決めてたの?」
「ああ、それはアニロワ国に出奔されたツー氏が全て」
「……全て?」
「はい、完全に丸投げでした☆」
可愛らしく語尾に星などを付けながら紅蟹公が普通に答えた。
旧政府から新政府への移行に当たって、大半の将軍は変わらずギャルゲロワ国に仕え続けた。
しかし、ツーはこの国の内情に嫌気が差して国を出て行ってしまったのである。
戦姫と並ぶ程の旧ギャルゲロワ国の大将軍の離脱――その影響は、未だに根深い。
(要は……今のギャルゲロワ国には政治と戦争、両方をやれる人間がいない……って事?
ううううう……漫画ロワ国をバイキングとか言って馬鹿に出来ないよー)
白熱する三人の言い争いを眺めながら、お姉さまは頭を抱えた。
基本的にダメ君主として周りには扱われているが、彼女は非常に周りの人間に気配りが出来る人間である。
ギャルゲロワ国の未来に警鐘を鳴らす秘密結社「アンチ・クライマックス党」の会合にもマメに参加している(君主なのに)
「補給の問題……民衆の非難の問題……他国との連携……作戦立案……実際、お二人はどうするつもりで?」
「まぁ……その辺はなるようになるかと」
「ええ……多分何とかなるでしょう」
紅蟹公と狗武者姫は互いに顔を見合わせ、コクコクと頷き合う。
それを見て、孤高は端正な顔を醜く歪めながら誰にも聞こえないような声で何かを呟いた。
「ダメだこいつら、早く何とかしないと……」というお約束の台詞をグッとお姉さまは飲み込む。
何気に自分も「武器とかは拾えばいいし、服とかだって倒した相手から剥ぎ取ればいいんじゃない?」なんて思ってしまったので、人の事を言えない。
軍師が、いない。政治と闘争の緩衝材となる人材が……。
「和」から外れた西洋風の一室、四人の少女のため息が重く沈み込んでいく。
――沈黙。
「やあやあ! そろそろボクの出番のようだね、ギャルゲロワ国の重鎮の諸君!」
と、そこに現れる静寂を乱すもの――
「え……LX氏!? どうして貴女がここに!?」
椅子から立ち上がった狗武者姫が声を荒げて、彼女の名前を呼んだ。
紅蟹公も、孤高も彼女の登場に驚きを隠せない。
(にゃ……? な……何?)
唯一、居眠りし掛けていたお姉さまだけが、状況の変化に付いていけない。
「まったく、東の大国と謳われるこの国の内情がこんなに腐敗し切っているとはね……嘆かわしい限りだよ」
短く切り揃えた髪の毛。2x歳(にじゅうちょめちょめさい)程度の年齢。
緑色の制服にインカムを身に着けた女――彼女こそが、アニロワ国の英雄王、LXその人である。
襟元から覗く銀色の首輪こそが、彼女の王たる証明。
アニロワ国の軍師であるドSと孔明の言葉通り、LXはパヤパヤを行うためにこのアカイシロに住み着いていた。
「下がって! ここはギャルゲロワ国の神聖なる議会の場! そこに他国の……王が足を踏み入れるとは、言語道断!
そもそも、何故貴女がここに……!?」
紅蟹公が愛用の鉈を抜き去り、薄ら笑いを浮かべるLXへと詰め寄る。
彼女の用いる大鉈は、刃と呼ぶにはあまりにも無骨であり"叩き折る"という一点に特化した強力な武装だ。
一見、インカムと首輪以外、特別な道具を身につけていないLXには成す術もないように見える。
「おやおや、これは紅蟹公じゃあないか。何だい、そんなに怒っていてはまたL5を発症してしまうよ?
いや、何。この不肖パヤパヤ魔王LXが君達の不安を解決してあげようと思ってね」
「馬鹿な事を……っ!! これは内政干渉ですっ! 同盟国とはいえ、許される問題ではない。そもそも何を解決しようと――」
「――来てるんだろう、漫画ロワ国が」
「ッ――!!」
利き腕に鉈を握り締めた紅蟹公は思わず後ずさる。
何故、漫画ロワ国の侵攻をこの女が知っているのだろう? こちらの軍部に情報が届いてから、ほとんど時間が経っていない。
国から離れ、一人で快楽を貪っている彼女がどうしてそれを……!?
「小耳に挟んだ事ぐらいあるんじゃないかな――ボク直属の隠密芸者部隊『那無古プロ』の存在を」
「な……そ、それは都市伝説では……。それに貴女の周囲は常に見張らせて……!」
「いいや、君も確かに見た事がある筈だよ。この城のボクに宛がわれた部屋に出入りしている女の子がいるだろう? ――彼女たちさ」
「なん……だと……朝から晩まで嬌声の聞こえるあの部屋が……!?」
「ふふふ、新しくこの国で調達した娘もいるけどね。やはり、パヤパヤは止められない……」
そういえば、とお姉さまも幾つか思い当たる節がある。
基本的にLXは彼女の部屋――百合の間――から出てはこない。
出入りする外部の人間は基本的には芸者だけだった筈だ。後は城側の女中が数名。
LXが呼び寄せたのは……双子やどう見ても男の子にしか見えない者、少女とは言えない年齢の者……など、多種に渡っていたと記憶している。
が、芸者はともかくとして小間使いはこちらが手配した人間の筈。
既に全員がLXの部下と摩り替わっていたとしたら――――それは、恐るべき事実だ。
「で、多分困ってるんじゃないかなって思ってこうして馳せ参じた訳さ。ふふふ、遠慮はいらないよ。
ボクはこの国に一宿一飯その他諸々倍プッシュぐらいの恩義があるからね。馬車馬のように酷使して貰って構わない」
「そんな事が罷り通ると思って――」
尚も紅蟹公は食い下がる。なるほど、彼女はアニロワ国の英雄である。その実力は誰もが納得せざるを得ない。
かの国は才気に長けた二人の軍師を初め、ツーのような外部から招き入れた客将も存在する。
知略の面では若干、飽和気味……というのが現状か。
只でさえ需要と供給が一致していない策略家を多く抱えているのがアニロワ国の底力と言えよう。
彼女の力は喉から手が出る程欲しい――しかし、ソレと同じくどう考えても妙だ。
フラッと現れて、今までパヤパヤ以外は碌に何もしなかった人間が、突然力を貸すと提案している。
何か裏があるのではないか、と思索するのは道理。
「……ふーん。ねえ、紅蟹公。君最近、嵌まっている"遊び"があるそうじゃない」
「なっ――」
「ギャルゲロワ国は国民の七割近くが女人、という煌びやかで華やかな楽園のような国。
ところが、この国には表からは想像出来ないような闇が広がっている。
将軍の大半は、独自の性癖を全開にしたハーレムを持ち、あまつさえ衆道も盛ん……とかね」
「は、ははははははハーレム!? な、なななな何の事かなぁ!?」
「大層な趣味じゃないか。こういうジャンルもあるのだね、後学のためには是非とも一度見学したいくらいさ――親父ハーレム、なんてね」
「はぐぅぁああああっ!!」
「紅蟹公ぉおおお!!!」
くっくと嗤うLXと対照的に紅蟹公はまるで断末魔の叫びのような声と共にその場で崩れ落ちた。
彼女の隠された趣味――親父愛好。
さすがに戦姫の炉利などと比べるのはおこがましい密やかなモノではあったが、ちゃっかりハーレムを持っていたりする。
連戦連勝の大将軍とはいえ、甲羅の柔らかい部分を突かれれば倒れる――真理である。
「ひ、卑怯な……!」
「おや、狗武者姫。貴女も例外では無いと記憶している筈だけど……。最近、温泉事業の拡大に御執心と聞き及んでいるよ」
「ギクッ!!!」
「しかも国内中から非常に貴重な巨乳っ娘を掻き集めているとか……。あ、それとこの前出された本も読ませて貰ったよ。
ペンネームはうっかり侍……だったかな? タイトルは……『雨に煙る』
あの丁寧な女体の描写は、剣を振り回すだけしか出来ない凡人には不可能だね。貴女にこんな才能があったなんて慧眼だったよ」
「ああ、それは、はい……いえ、私ではない……と言いますかその……ハハハハ」
乾いた笑いを浮かべる狗武者姫。そして、唇の両端を吊り上げ歪んだ笑みを浮かべるLX。
紅蟹公と狗武者姫という二人の女傑を手玉に取る――やはり、英雄王の二つ名は伊達ではないという事か。
やり取りを傍目から見ていたお姉さまは彼女の才覚に舌を巻いた。
同時に、今まで沈黙を守っていた孤高も同様の気持ちだったらしく。
「で、お姉さま。ボクの力が必要なんじゃないかな……と思うんだけど。女王としての判断を仰ぎたい所だね」
「んー魔王様はもしかして、戦争の原因なんかも知っていたり?」
「いいえ、流石にそこまでは。ただ……漫画ロワ国の酋長の一人『ボイド』という男がお姉さまを嫁に欲しがっているとは聞き及んでいるかな」
「ちょ――!?」
ボイド――そういえば、そんな男が先の会談で熱心にこちらへ視線を送っていた気がする。
献上品として『LS国原産の四次元ランドセル』という物を渡された覚えもある。
今は寝室で埃を被っていたと思うが。
が、まさか嫁!? 仮にも一国の王を嫁に欲しがっていると言うのか!? それなんてエロゲ!?
「お姉さま。ここは彼の助力を仰いだ方が賢明かと」
「……だね。このままじゃ全く話が進まないし。うん、魔王様、オッケーだよー」
「ふふふ、光栄の極みだね。それじゃあ、お姉さまの了解も得たしちょっと頑張らせて貰おうかな。
アニロワ国の人間が来たら、ボクも会議に加わらせてもらうよ。それじゃあ!」
未だに項垂れる狗武者姫と紅蟹公を尻目に、LXは意気揚々と会議室を後にする。
食えない人物だが、こちらにもまだ駒はある。ギャルゲロワ国は仕官の強度には定評がある。
いかにぶっちゃけ脳筋が多いとはいえ、舞台を変えれば十分太刀打ちは出来る。
「そういえばさー孤高氏、一つ聞いてもいい?」
「何でしょうか、お姉さま」
「孤高氏も紅蟹公達みたいに何かハーレムっぽいもの持ってるの?」
「…………ボソッ(いえ、ぶっちゃけ生物ではないんですけど)」
「え? 何て言った?」
「あはははは、嫌だなぁ。そんな物持っている訳ないじゃないですかー! あ、でもパヤパヤにはちょっと興味があるかもしれませんね!」
「むぅ……」
「さぁ、忙しくなりますよ! そろそろ、戦姫や鬼畜将軍、最速王が漫画ロワ国の先陣と合間見える頃ですし!」
満面の笑みを浮かべる孤高を見つめながら、お姉さまの額には冷や汗がたらり。
いや、どう見ても眼が笑ってはいない。そう――これはおそらく、触れてはならない事項なのだろう。
謎多き乙女、孤高の黒き書き手。
基本的にエロ関係の事柄に関して興味津々な将軍が多い中で、彼女の関心は別方向に向いているような気がする。
(本当に大丈夫なのだろうか……この国は)
色々頭を捻っても、嫌な想像しか出てこないので……そのうちお姉さまは考えるのをやめた。
最終更新:2009年04月24日 19:35