騎乗士の国での一駒

(BR230/05/phase:06) 騎乗士の国
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ガマボイラーの攻撃をまともにくらい薄汚い土壁に叩きつけられ崩れ落ちながら、漆黒は晩御飯までに帰るのは無理そうだなぁ、とぼんやりそんなことを思った。
「シシシシシシシ!噂に名高い漆黒姫も変身できなければ大したことはないわ!」
「ヒトデヒットラー!!」
「僕は男の子ですよ……?姫じゃないです」
口の端から血を流しながら漆黒が目の前で汚らしく笑う二体のゲリラ怪人――ガマボイラーとヒトデヒットラーに苦笑を返す。
市場で珍しい果物が入荷したと聞いて好奇心に負けたのが良くなかった。騒乱が日常茶飯事となっているにの国の中でも比較的治安が良い地域での催しということもあり、これといった戦仕度もせずに出かけ帰りをゲリラに襲撃された。

事前に――どんな卑劣な手段を使ったのか考えたくもないが――人払いをしていたのだろう。不自然に人通りが少なくなった漆黒が思った矢先の奇襲だった。リュウガへの変身に必要不可欠である反射物が一切見当たらない場所であったことからも、、それなりに準備されていた計画だったと知れる。
「平和ボケしてたつもりはないんだけどなぁ……。カイザさんや将軍に知られたら何を言われるか。それにあの人も……」
全身を襲う痛みに未だ立つこともできず、それでもなお漆黒は穏やかな振る舞いを崩すことはない。

「ハハハ!そのような体で何を言っておるか!貴様はもう誰にも合うことなくここで死ぬのだ!」
「ヒトデヒットラー!!」
それを死を覚悟したが故の諦めと見たかあるいはそもそも何も考えていないのか、二体の怪人がそれぞれに勝ち鬨を挙げる。
止めをさすことよりも先に、その先にある勝利に酔いしれているのだろう。こういう人達の詰めの甘さは相変わらずだと、漆黒は敵である彼等に味方に零すのと同様の柔らかな笑みを浮かべる。
中々引いてくれない体の痛みがそれ以上の行動を許してくれなかったというのもあるのだけれど。
「では、死ねぃ!さらばだ仮面ライダー!」
「ヒトデヒットラー!」
ガマボイラーがその体内に宿す灼熱の炎を吹きかけようと体を折り身構える。
体は、やっと手足を少し動かせるようになったくらいだ。何本か骨に皹が入ってるのも地味に効いている。
うんこれは困ったなぁ、避けられそうにないぞ。戦乱の中で研ぎ澄まされた感覚が漆黒に自らの死を絶対なものとして告げる。
どうしようもない、選択肢すらない絶体絶命の状況の中で、それでも漆黒の瞳はそれまでと変わらず穏やかな光を湛えて輝いていた。


「……僕は死なないのですよ?」
「ギ……!?」
そうして告げる。やっと顔だけを上げただけの姿勢で、威圧感も何もない小さな声で。それでいて今正に最後の一撃を放とうとした怪人の動きを止めるだけの力を持たせた声で言葉を紡ぐ。
「僕は『仮面ライダー』ですから。どれだけ傷ついたって倒れるわけにはいかないんです。あなた達のような方々がこの国から一人もいなくなる……そのときまで僕は絶対に死なないし、仮面ライダーは何度でも蘇ります」
取り立てて特別なことを言っている風ではなく、リンゴは赤いですね早熟のものは青いですねと、ごく当たり前のことを言うかのような口調だった。何者にもにも影響を与えず消えていってもおかしくない程度のその言葉は、しかし怪人の余裕に得たいの知れない揺らぎを持たせるには十分な力を持っていた。
「ぐ……!世迷言を!一息に決めてくれるわ!」
「ヒトデヒットラー!!!」
自らの肉体で死を与えなければ安心できないとでも言うように、飛び道具を収め二人の怪人が別々の方向から迫る。
相変わらずなす術は無く、そのことが漆黒の凪いだ心にいささかの影響を与えることもない。
振り下ろされた怪人の拳が狙いたがわず倒れ伏す漆黒の眉間目掛けて振り下ろされ――


「クロックアップ」
『Clock Up』

光よりも速く舞い降りる正義によって、その暴虐を阻まれる。
「ぐ、グギャアアアアアア!?」
「ヒトデヒットラー!?」
二体の怪人は身に降りかかったものが何であるのかさえ理解することができなかっただろう。
ただ風が吹き抜け、それに伴って吹き荒れる衝撃が怪人達の強靭な肉体を宙へと舞い上げる。
何もかも分かっているかのようにゆったりとそれを眺める漆黒でもなければ、彼らを打ち続けるモノが緋色に身を包んだ誰かであると気付くことも難しいだろう。
それ故に、その影が告げる言葉が怪人達の耳にどこまで届いていたかは分からない。

「おばあちゃんが言ってた……」
『ONE』
鳴り響く打撃音にかき消されることもなく、言葉が届けられる。

「人間は必ず死ぬ。それを知る物だけが輝く生を掴むことができる」
『Two』
誰に告げるようでもなくただ静かに、厳かに。

「死から目を背けるのは大ばか者のすることだ……って」
『Three』
それは、まるで太陽の下に生きる全ての生物に対し強く宣言するかのような言葉だった。

『Clock Over』

「ライダー、キック」
『Rider Kick』
影が速度を緩め空間に固着すると同時に最小の動作で放たれた蹴撃が空中のガマボイラーを吹き飛ばし、延長上にいたヒトデヒットラー諸共に爆発炎上する。
既に身を起こしていた漆黒に背を向けたままで、しなやかな緋色のフォルムに身を包んだ戦士はゆっくりと己が指を赤く焼ける太陽に翳す。
まるで、そここそが全世界の頂であると言うかのように。



むしろ漆黒にとって辛かったのはそれからの時間だったかも知れない。
「む~。だから謝っているのですよ」
「謝るとか謝らないの問題ではありません!姫っ!?私の到着がもう少し遅かったらあなたは間違いなく死んでいたんですよ!?」
「大袈裟ですよ。それにネコミミさんは来てくれたじゃないですか」
「そういう問題ではありません!!」
「う~……」
絶対に間に合うことのない状況にそれでも間に合って見せた緋色の戦士、ネコミミに散々に叱られながらも漆黒は体の痛みがましになっていくのを感じていた。
彼女が変身していたのは先頃ギャグ将軍から渡されたばかりの宝具。カブトのベルト。
ゼクターと呼ばれる、騎乗士の国を古くから見守ってきた虫型の守護者に認められなければ変身が適わないという特殊な仕様のため漆黒は彼女が適格者と成り得るか心配していたのだが、飛び去るカブトゼクター にバイバイと小さく微笑んで手を振るネコミミの姿を見てそれは杞憂だと知ることができた。
考えるまでもなく、説教の最中にも目に涙を溜め自分が泣き出さんばかりになるような優しさを持つ彼女が適格者足り得ないわけがないのだ。
「姫に何かあったら私は……。皆さんに一体何とお詫びすれば良いんですか……」
「ごめんなさい……。次からは気を付けるのですよ。ネコミミさんに泣かれては困ってしまいます」
ぐしぐしと涙を拭うネコミミに心底困ったという様子で声を駆ける。
立場が逆転したようで、だからと言って漆黒にはこういうときどうするのが一番なのかもう一つ分からない。ただ真っ直ぐに思ったことを言葉にするだけだ。
「今はどの国も大変な時期です。僕達の国も段々ゲリラの活動が活発になってきている。どこかの国が混乱を広めようとゲリラ側を支援しているなどという噂もあるくらいです。だからこそ、あなたの力が必要です。一緒に戦ってください、ネコミミさん」
「も……もちろんです……とも……姫」
心なし声を上ずらせながらネコミミが応えてくれる。顔は相変わらず真っ赤だが、どうやら怒りは収めてくれたらしい。叱られるのがどうにも苦手な漆黒はほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ帰りましょうかネコミミさん。できれば皆さんにはこのことは内緒に……」
「そ、そんな訳には行きません!まず傷を治して、その後将軍にたっぷりお説教をして貰います!」
「あう~。それは嫌だなぁ」
ネコミミに半ば引っ張られるように引きずられながら今後のことを思って漆黒は苦笑いする。
こんな平和な光景がもっと広まっていけばいいのになぁと、そんなことを思いながら。
(ん……でも、まだまだ難しそうだなぁ)
どこかから自分達に向けられる視線を漆黒は確かに感じていた。
正確には自分は含まれていない。視線の主の意識は漆黒を突き抜けてネコミミへと注がれていた。
ネコミミ本人はどうやら気付いていないようだ。
意図の読めない視線に漆黒は警戒を強めるが、しばらくしてそれは霧のように溶けて感じられなくなった。
漆黒もまた警戒を解き、乾いた風と照りつける太陽の熱さを全身で感じる。
どこからか、笛の音が聞こえたような気がした。




数日後、庭先の緑に隠れるように転がっていたホッパゼクターが庭の持ち主であるギャグ将軍の手によって発見された。
しばらく前から行方しれずとなっていた宝具の一つが発見されたとあって心ある人々は安堵の声を挙げ、口々に快哉を叫んだ。
地獄を見たものにその身を預けると伝えられる宝具は機能に損傷こそなかったものの、まるでひたすら炎天下にいたかのように奇妙に薄汚れてしまっていたという。

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最終更新:2009年04月24日 21:38
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