(BR230/05/phase:06) GR国国境付近
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広大な平原は、常ならば人の手の及ばぬ自然の楽園であったろう。
鳥が囀り、獣が走り、草木は日を浴び安らかな時を過ごす。
全ての生命は繋がっており、完成された食物連鎖はまるで平原自体が一個の生命体であるかのようだ。
そこに一切の無駄が無く、統一された意思の元、穏やかな営みを続ける。
自然とは元来そういうものであり、人間もそもそもそんな存在だったのかもしれない。
それでも人は永劫とも思える平穏に耐えられる程強くも無く、
無限に繰り返される行為に満足出来る程優しくも無かった。
広大な平原を踏みしだいて対陣する二つの軍。
戦姫バトルマスター率いるGR軍とボイド率いる漫画軍。
バトルマスターは一人、馬を駆って進み出る。
「ここは既にGR領! 貴公達に如何なる理あろうと、これより先進む事まかりならぬ! 早々に立ち去れい!」
口上への返礼とばかりにボイドもゆっくりと馬を進める。
「俺の名はボイド! 故あってそちらのお姉さまを頂きに参上した! それが気に入らぬのなら……」
これ見よがしに拳を握って見せる。
「戦士らしく拳にて語れ!」
バトルマスターは剣を抜き、高々と掲げる。
元より言葉でどうこう出来る相手とも思っておらぬ。
ボイドはそれが侵略者らしいと自ら信じる傲慢で不遜な態度で、
力強く、雄々しく腕を振り上げる。
『突撃!』
両将軍の声に応じ、両軍の兵達は鬨の声を上げながら激突した。
開戦より数刻が経っているが、両軍共大きく崩れる気配は無い。
流石に初撃で踏み潰されてくれる程、漫画軍も甘くは無かった。
当初の予定通りだったのなら、この時点での乱戦はバトルマスターの望みではない。
しかし両翼を固めるはずの二軍がおらぬでは、策も練り直さねばならない。
圧倒的な戦闘力を誇る自軍の優位点を活用する為、バトルマスターは遭えて正面決戦を挑んだ。
絶え間なく攻め手を繰り返し、小細工をする余裕も与えずこれを粉砕する。
けれんみの無い用兵であるが、地力は自軍が勝ると確信していればこれに勝る兵法は無い。
『兵は詭道なり』
その通りである。敵が想定している以上の戦力を有していればこちらが勝つ。
戦に慣れていればいるほど、バトルマスターの兵の強さを読み誤る。
一人づつの兵の精強さ、集団としての戦力、指揮系統の正確さと素早さ。
全てにおいて、バトルマスター軍以上の軍なぞこの世に存在せぬ。
敵が迂闊な用兵を見せればバトルマスターが指示するまでもなく、各指揮官がそこを突く。
ただ指示を受けていればいい。そんな意識レベルの低い兵は存在しない。
指示の理由を理解し、自らの果たすべき役割を把握し、その必要性に応じて適切な行動を行う。
実戦経験の豊富さもさる事ながら、そんな高い意識を戦時以外も維持し、訓練を重ねた彼等。
ここまで「戦」に対し真摯な集団が何処に居るというのか。
これこそが大陸最強と謳われしバトルマスター軍の強さの理由である。
バトルマスターの仕事は、兵達を五分以上の条件で敵の前まで連れていく事だけだ。
そういった意味では既にバトルマスターの仕事はほぼ終わっているとも言える。
しかし、バトルマスターは此度に戦から常に違う流れを感じていた。
そも、一軍で国境を突破してくる理由が、開戦の理由が、将の人となりが、まるで理解出来ぬ。
そして何より理解出来ぬのがこの行為。
「った~、案外てこずったな。良い兵揃えてるじゃねえか」
百名前後で中央を強行突破し、最後に残った一人の兵がバトルマスターの眼前へと辿り着く。
「……貴様、正気か?」
その兵の名を、ボイドと言った。
(BR230/05/phase:03) 漫画国国境付近
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「俺の~♪ ハイパー兵器が火を噴くぜ~♪ とくらぁ」
調子外れの声でそんな歌を歌う男、ボイド。
馬上で胡坐をかくという器用な真似をしている彼からは、漫画国が誇る武将といった気配は感じられない。
中肉中背、髪は上が立つ程度に刈り上げているのは、この髪型が気に入ってるからでは決して無く、
一度短く切っておけばしばらく切らないで済むという単純な理由だ。
行軍中にも関わらず鎧も身につけず簡素な衣服だけといういでたちで、のんびりと自らが率いる軍の先頭を進んでいく。
つい先ほど合流した康一がそんなボイドの様を嗜めるが、「あーわかったわ」とだけ答えて一向に改める気配は無い。
何処からか手に入れてきた瓦版を眺めながら、康一に訊ねる。
「なあ康一、GRってなそんなに良い女多いのか?」
「そりゃそうですよ……そんな理由で開戦するのは貴方ぐらいでしょうが」
「はっはっは、そう褒めるな」
「褒めてません! いい加減本当の理由聞かせてもらえませんか? エースさん本気で怒りますよ?」
ボイドは余り答えたくないらしく、拗ねたようにあぐらをかいたままくるんと回って後ろを向く。
「……エースが考える事もわかるけどな、どだい俺達にゃ平和共存なんてな向かねえんだよ」
「だから戦を起こせと? そんな理屈で民が納得するとでも……」
突然馬から乗り出して康一の前に瓦版を差し出す。
「見ろよ康一! これが紅蟹公だってよ! すっげ! 師匠の言ってた通り無茶苦茶可愛いじゃん!」
「ボイドさん!」
尚も言い募ろうとする康一を手で制するボイド。
斥候に出した小隊が戻ってきたのだ。
彼等の報告により、戦姫、鬼畜将軍、最速王の三者が軍を率いてこちらに向かっているとわかる。
自然二人は緊張した面持ちになる。
「これはこれは……」
「本気……ですね。一撃でこちらを屠る気と見ましたが」
「みたいだな。なるほど、平和ボケしてるかと思いきや、どうしてどうして、楽しめそうじゃねえか」
ボイドは横目に康一の様子を見やる。
GRの名だたる名将相手だというのに、この覇気に満ちた表情はどうだ。
小柄な体格でありながら、例え最古の四人を相手取っても気迫負けする事の無い彼に、ボイドは全幅の信頼を置いていた。
報告を元に地図を照らし合わせるとGR側の迎撃ポイントが見えてくる。
遮る物も無い平野部に陣取り、小細工抜きの決戦がお望みらしい。
「康一、GRは俺がどんな奴か知ってんだよな」
「でしょうね。今時他国の情勢に無頓着なのなんてボイドさんぐらいですよ」
「ならまっすぐに行くぞ。こっちも小細工は抜きだ」
「向こうがその上で小細工してこない保証はありませんが……」
ボイドは肩を回しながら平然と言い放った。
「関係ねえな。俺があっちの大将瞬殺しちまえば小細工もクソもねえんだからよ」
(BR230/05/phase:07) GR国国境付近
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完全に周囲を取り囲まれ、鼠の子一匹這い出る隙間は無い。
しかも取り囲むはバトルマスター直属の最強部隊「ノーマル」である。
ボイドは既に使い物にならなくなっている馬から降りると、不満そうに言い返す。
「苦労してここまで来たってのに、正気かたぁあんまりじゃねえか。GRにゃ勇者に対する敬意もねえのか?」
「愚者を称える奇特な習慣なぞ無い。一応聞いてやる、何が望みだ?」
「一騎打ち。この際だ、アンタの武器欄に近衛兵って付け加えても構わねえぜ」
相対する軍の将同士の一騎打ち。
ありえぬ事態に少々眩暈を覚えるバトルマスター。
「……これが漫画の戦のやり方か?」
「バーロ、いつもこんな事やってたら身が持たねえよ」
直後、八方からボイド目掛けて襲いかかる少女達。
「北斗百烈拳!」
奥義一閃、全てを一瞬で倒しきるが、少女達は怯む様子も無く次々ボイドに飛びかかって行った。
(BR230/05/phase:04) ギャルゲロワ国
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小高い丘の上から双眼鏡で陣立てを確認するのはボイドと康一の二人だ。
「……康一、俺の目おかしくなったかもしらん……」
「何か変な物でも見えましたか? 私は確認出来ませんが」
「本陣にありえん程女の子が居る……慰安婦? んなバカな、みんな物凄ぇ若いっつーか幼い子ばっかだぞ」
「対ボイドさん用決戦兵器じゃないですか? ボイドさんの好みど真ん中でしょ」
康一の襟首をひっ掴むボイド。
「何で俺の好みバレてんだあああああ!! 誰だそんな事言い出した奴ぁああああああ!!」
「みんな知ってますって。家に山ほどグッズ隠してるとか……LS国の昔の戦士でしたっけ? 確かびーただかぶーただか」
「どんだけ名探偵様だてめえええええ!! つか強い戦士に憧れて何が悪いってんだああああ!! 水着とかだぶだぶのYシャツ一枚とかやっべ格好良すぎて鼻血止まんねええええええ!!」
「まあ冗談はさておき……」
ボイドから身を引くと、渋々だが襟首から手を放す。
「あれがバトルマスターの近衛兵ですよ。スピリット選抜部隊『ノーマル』だったと思います」
「ふざけんなああああ!! 俺は戦争しに来たんであって幼女虐待なんざ趣味じゃねえぞおおおお!!」
「じゃあ今日から目覚めて下さい。本陣に斬り込むんですよね?」
肩を怒らせたまま身を翻すボイド。
「帰る! 帰って何も見なかった事にしてコーラ飲みながらニコニコ見て寝る! やってられるかあああああ!!」
「幼女の大群見たからっていつまでも興奮してないで、少し落ち着いて下さい」
「俺興奮してるのそのせいなの!? いやいや一度康一君脳内俺像見せてみそ! そんな嫌な俺はこの地上から消し去ってやるぁあああああ!!」
尚も嫌がるボイドに、康一は無理矢理双眼鏡を押し付ける。
渋々本陣を再び見るボイド。
まだ蕾と言っていい幼い顔立ちと体つき。
年相応の可憐な仕草が随所に見え隠れしており、ただ歩くだけで花が零れるようだ。
しかし彼女達からはそれだけでは無い何かが感じられる。
艶っぽい笑みや愛する者を前にした恍惚の表情などからは、
未成熟でありながら既に「女」でもあるというアンバランスな……
などという所をボイドは見ていなかった。
見た目にわかる程変化していくボイドの様子は、康一の予想通りである。
気の良いちょっと趣味の変わった兄ちゃんといった雰囲気は既に残っていない。
「……悪ぃ、見誤ったわ……確かにありゃ戦士だ……」
戦場にて死ぬ覚悟の整った戦士を「死人」と呼ぶ。
「死人」は既に死んでいるからして怪我も死も恐れない。
そんな境地に至るには膨大な戦闘時間と常日頃からの覚悟が必要となる。
しかしバトルマスターの近衛を務めるという少女達は一人残らず「死人」と化していたのだ。
何が変わったと言葉にして言うのは難しいが、確実にボイドは変化していた。
側に居るだけで息苦しくなるような圧迫感。
視線を向けられただけで凍りつきそうになる殺意と敵意。
「兵に伝えろ。捕虜なんざ取るな、ババアもガキも関係ねえ、頭を砕き、腹を裂き、四肢を引き千切って一人残らず血の海に沈めろとな」
「了解しました」
内心でため息をつく康一。
予想通りとはいえ、今回の戦は面倒な事になりそうである。
『ボイドさんに手加減しろなんて言う方が無茶なんですよ。フォローはやっぱり私の役目ですか……』
ロボにて頼まれている紅蟹公の保護。
それ以外でもボイドが暴走せぬよう、手綱を引き絞らねばならない。
「……ここに攻め込んでる段階で既に手遅れな気もしないでもないですがね……」
エース同様、漫画国の良心と呼ばれる彼の気苦労は絶えない。
(BR230/05/phase:08) GR国国境付近
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「お前達は下がっていろ!」
バトルマスターの声が響くと、少女達は一斉に後方に下がる。
ボイドの周りには犠牲になった少女達の無残な遺体が転がっている。
「ようやくその気になってくれたか?」
「貴様の醜い戦ぶり、これ以上見るに耐えん」
馬から飛び降り、剣を抜く。
ただそれだけの所作が、これ程に絵になる将は彼女以外に居るまい。
「いきなり全開で来いよ。俺もそうする」
死をも恐れぬ少女達すら後ずさる程の闘気がボイドから溢れ出す。
「つくづく癇に障る男だ……私の嫌う全てを纏め上げれば貴様のような男になるのだろう」
ボイドから放たれる闘気を、バトルマスターは静かに受け流す。
いやそれは受け流すといった優しげなシロモノではない。
眼前に立てた刃にて切り裂き進む。そういった類の闘気だ。
無造作に放たれるソレとは異なり、極限にまで圧縮した芸術的なまでの刃。
しかし二人の歩法は酷似していた。
どちらも無人の野を行くがごとく、胸をそらし、まっすぐ相手へと歩み寄る。
熟練者同士ではこの時点から既に戦闘の駆け引きが始るのだが、
どちらもそんな事は知らぬとばかりに、自らのスタイルを崩す事を拒む。
両者共自らが絶対的な強者であると信じて疑わぬ。
敵の間合いなぞ知った事か、何をどうして来ようと通じぬ。
そしてこちらの間合いに入り次第、奴の命ごと全てを消し去ってくれよう。
間合いが交差すると同時に、二人は大きく後ろへと弾け跳んだ。
地面を滑りながらも体勢は崩さず、下がった場所にて睨みあう二人。
先に口を開いたのはボイドだ。
「……今のは、何だ? 闘気じゃ……ねえよな」
バトルマスターは腹部を襲う激痛を無視し、剣を青眼に構える。
「千羽妙見流、奥義――――鬼切り」
ボイドの額から冷汗が一筋。
「伸びる剣……その上、俺の闘気ごとたたっ斬るたぁ、恐れ入ったぜ」
ボイドの言葉尻に合わせるように、彼の左腕が地面へと落ちた。
(BR230/05/phase:05) GR国国内街道
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GR国境を目指すエース、ドットーレ両将軍はとりたてて進軍を急いだりはしなかった。
二人は轡を並べ、今後の予定を話し合う。
「私達の動きを察すればGRも援軍を出すでしょうね。どうします? いっそ前線迂回して首都強襲でもした方がてっとり早い気もしますが」
「通常の戦ならそれもありだが、今回はそうも行くまい」
こちらも本国をがら空きにしての行軍である。
敵軍全てを打ち破りながら進まねば、簡単にこちらの国を奪い取られる。
むしろ迂回しての進軍は漫画国側こそ警戒せねばならないのだ。
「ボイちゃんの援軍に行くのがそんなに気に入らんか」
「ええ気に入りません。そもそもあの人に援軍なんて必要なんですか?」
口の中で含むように笑うドットーレ。
「相変わらずボイちゃんへの当たりは厳しいな。……もしかして、又アイツ何かやらかしたのか?」
「……今回の件、絶対私がお姉さまのファンだって知っててやってます。この間の親善訪問の時だって、自分だけちゃっかりプレゼント用意してて……」
ドットーレは堪えきれずに大笑いする。
「笑い事じゃありませんよ! あんな人にGR侵攻任せたらGR国がどうなるかわかったもんじゃありませんて!」
「いやスマンスマン、親善訪問の前にボイちゃんが『エースに嫌がらせしてくらぁ』と言ってたから何かと思えば……はっはっはっはっは!」
「あの人は~~~~っ! ああもうっ! 絶対見捨てます! いえ、私自らトドメ刺してやりますとも!」
二人はボイド迎撃の為にGRが三人の名将を差し向けた事も聞いている。
しかし、まるで心配すらしていないこの様子はどうだ。
何処まで本気なのかわからぬ口調で不満を口にするエース。
そしてドットーレからは、ライダーやロボに居た時の張り詰めた空気がまるで感じられない。
この先でボイドと合流出来る。それを露程でも疑っていれば決して出来ない事だろう。
(BR230/05/phase:10) GR国国境付近
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初撃にて片腕を奪い取ったバトルマスターは、油断無く剣を構えていたが、その前でボイドは大きく腕を振りかぶる。
「片腕じゃ仕方がねえ、エースの技でも借りるとすっか」
引き絞った弓のごとく体が後ろへ反り返る。
「実力差もわからぬか?」
「言う程差はねえだろ…………多分。いっくぜええええええ!! 衝撃の……」
拳が輝き、大地を踏みしめる両足が膨れ上がる。
「シェルブリットオオオオオォォォォォ!!」
輝く豪腕が瞬き一つする間も無くバトルマスターに襲い掛かる。
その突き出された拳に合わせ、剣を振り下ろすバトルマスター。
攻撃手段ごと真っ二つにするつもりで振り下ろした剣は、ボイドの拳を切り裂く事能わず。
拳は輝きに守られ、振り下ろした剣ごとバトルマスターを殴り飛ばす。
この豪腕はさしものバトルマスターもその場にて受け切る事適わず、今度こそバランスを崩す勢いで大きく宙に跳ね飛ばされる。
それでも剣は手放さず、空中にて一回転しつつ反撃の期をうかがう。
ボイドは既に次の行動に移っていた。
「勝負は預けた! 次は軍関係ない所でケリ着けようぜ!」
そんな言葉を残し、周囲を取り囲む近衛兵のまっただ中へと走り込んでいった。
この男にこれ以上手間をかけるのが嫌なのか、バトルマスターは部下に追撃を命じると自身は馬に跨る。
「逃げられるかどうかは……五分といった所か」
実際はもう少し分は良い気もするのだが、あの男を評価するのが癇に障るのでこんな事を言うバトルマスター。
岩をも砕くボイドを蹴りを受け、又用いるに心身ともに極限の消耗を強いるはずの奥義を用いながら、
彼女からは消耗した様子も、怪我に苦しむ様子も見られない。
彼女には彼の狙いとする事がわかっていた。
バトルマスター、鬼畜、最速の三軍を相手に正面からぶつかっては勝ち目が薄い。
今回のGRの布陣を正面でバトルマスターが支えている間に側面、ないし後方から挟撃する為の陣と見て、
他の軍が動く前に速攻で将であるバトルマスターを仕留め、その軍を壊走状態にまで持っていき、残る二軍の相手をする。
そんな策であったのだろう。いや、これを策と呼ぶのもおこがましいが。
剣を交えそれが困難だとわかると、即座に逃げを打つその判断の早さは悪くはない。
そしてボイドが軍団から離れている間も漫画軍に陣の乱れは見られない事から、優秀な副官を付けているのだろう。
簡単な事と思われるかもしれないが、バトルマスターの軍を相手にいつまでも軍隊の形式を保っていられる連中なぞそうは居ないのだ。
戦が始ってから既に十数度の突撃を行うも、全てを完璧に受け止めきっている。
都度やり方や兵種を変え、一度たりとも同じ突撃は行っていないのにである。
その対応能力の高さは特筆に価する。
あの醜い筋肉の塊はさておき、副官は戦闘後少しぐらいは話をしてやってもいいかもしれん。
前線の報告を受けながら、バトルマスターはそんな事を考えていた。
37 名前:
漫画国編 GR対漫画戦線[sage] 投稿日:2008/05/23(金) 00:48:02 ID:rp49CFQs0
バトルマスターからそんな好評価を受けているなど夢にも思わない康一。
まかり間違っても乱戦になどならぬようにと、細心の注意を払いながら兵に指示を下す。
康一の用兵はその粘り強さと機転の良さが全てであった。
どんなに意表を突かれようと、どんなに対応不能に思える攻撃であろうと、彼は瞬時に適切な対応策を考え実行に移す。
大抵の将では、対応策が思いついてもその準備が不足していてそれを為し得ぬ。
しかし康一はそれが必要と判断するや、どんな突拍子も無い事でもそれを完遂する為に知恵を搾り出し、間に合わせてしまう。
その対応速度を生み出すのは、細やかで正確な指揮と勇気ある決断力だ。
『康一指揮下の男は止まる事を知らぬ』
そう言われる程の臨機応変で素早い用兵術を誇っていた。
物事に同時無い事では定評のある彼であったが、流石に戻ってきたボイドを見た時は絶句してしまう。
「悪ぃ、ドジったわ」
ボイドは漫画国でも有数の戦上手であり、それ以上に無敵を誇る戦士でもある。
そんなボイドの片腕をいともあっさり奪ってみせる相手が居た事には、さしもの康一も驚きを隠せない。
「……バトルマスターですか? 噂に違わぬ相手ですね……」
「まあな。ちと決着を焦りすぎたか」
「言い訳する余裕があるんなら大丈夫ですね。指揮をお願いしますよ」
「少しは慰めろや! どうだい敵さんは?」
「必要なら頭ぐらい撫でてあげますが……正攻法では崩すのは不可能に近いかと」
「居るかっ! しょうがねぇ、今日の所は素直に引くか」
こちらが崩れるのを待ち構えているだろう二つの軍の存在が、漫画軍の足を縛っていた。
放った斥候からも両軍発見の報はもたらされず、かといって初戦の相手を侮る事も出来ず身動きが取れない。
この状態でだらだらと戦い続けるのは得策ではない。
そう決断した後のボイドと康一は素早かった。
前もって目を付けていた丘の上まで一目散に後退する。
この際、漫画国独特の戦法「捨て奸」をGRは始めてその目にする事になる。
戦法は単純明快。
兵の中から数十人を募り、その兵達が決死の覚悟で追撃する敵の足止めをし、その隙に本隊は後退するといったものだ。
当然、残った兵達は一人残らず討ち死にする。
バトルマスター軍の将兵達は、この時になってようやく『鬼漫画』と呼ばれる所以を知ったのだった。
漫画国対GR国開戦。
バトルマスターがボイドの片腕をもぎ取る活躍を見せ、戦況はGR国有利。
そんな報が両国に流れる事になるが、バトルマスターは手放しに喜ぶ気になれない。
嫁探しなどという馬鹿げた理由で動いた漫画軍に、これ程の士気があるとは予想外であった。
将であるボイドの負傷すら、兵の士気に影響した様子は無い。
これでは文字通り全滅させねば倒しきる事は出来ぬ。
自軍にそこまでの士気の高さがあるかと問われれば、バトルマスターを持ってしても返答に窮するであろう。
これは最早士気などというレベルではない、狂気そのものだ。
数多の戦場を駆け抜けたバトルマスターの勘が告げる。
この敵は、容易ではないと。
最終更新:2009年04月24日 21:43