(BR???/12/phase:?) ギャルゲロワ国
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その少年には名前がなかった。
そして過去も無かった。
彼は気づいたら一人で生を送っていた。
おそらく親に捨てられたのだろう。
方々の土地を彷徨い歩き、必死に生きていく日々をずいぶんと長く続けていた。
そのうち、彼は自分に変わった力がある事に気づいた。
その力は発掘や探索といった領分に向いており、いつしか彼はその方面で生計を立てるようになっていた。
未発掘の場所に赴き、自らの力で以て発掘したものを探り出し、それを売って収入を得る。
これが彼の生活スタイルとして定着していった。
だが時には扱いに困る物も発掘してしまう事もあった。
騎乗士の国で秘宝に準ずるものを発掘した時が一番危なかったと常々思いだす。
運よく近くにいた人に渡して事なきを得たが、代わりにその人がタイーホされたと後で聞いた。
でも特に何も思わなかった。
そんな生活を続けて国から国へ渡り歩いて幾年か。
ある時、彼はGR国に立ち寄る事となる。
「ふう、今日は珍しいものが手に入りましたか。これは高値がつきそうですね」
そう言いつつ彼はこういうものを扱う店に向かっていた。
この日は珍しく雪が降っていた。
この国に来たのが5日前。
もうすっかりこの辺りの地理にも明るくなってきた頃だ。
思い切って少し近道をしようと思い、彼はふと小道に入っていった。
だがその考えは少し甘かった。
基本的に見知らぬ土地。
少し土地勘があっても、ちょっとした事で迷う事もある。
案の定、彼は迷ってしまった。
「少し浮かれすぎましたか。仕方ないですし――ん?」
ふと目の前に意識を戻すと、一人の少女が泣いて蹲っていた。
近づいて見ると、その少女の肩にはうっすらと雪が積もっていた。
「どうしたんですか?」
それを見た彼はいたたまれない気持ちになり、声をかけつつ肩の雪を払ってあげた。
少女は突然の出来事にビクッと身体を震わせたが、彼に害意がない事を察すると涙を拭いて笑顔を見せた。
それはまさに華のような笑顔だった。
見る者を虜にするような女神の如き微笑み。
少なくとも彼には掛け値なくそう見えた。
「あなたの名前は?」
そう尋ねてくる声もまさに鈴を転がしたかのような美しい声だった。
心の琴線を優しく撫でてくる印象を受ける、そんな声だった。
「僕ですか。名前は……ないんです。すいません」
「名前……無いの?」
「ええ。名無し君とか適当に呼ばれていますね」
彼は幾ばくかの寂寥を滲ませながらそう返した。
別にそれで構わないと心中で彼は思う。
自分というものがない自分に名前などあっても、と思ってしまう。
「じゃあ私が名前を付けてあげる」
だから目の前の少女がそう言ってくれた時、彼はちょっとした驚きと喜びを感じていた。
彼女は彼に名前がない事に悲しみを覚えたのかもしれない。
真相は杳として知れないが、その時の少女は声をかけてくれた彼に何かしてあげたいと思ったのかもしれない。
「え、それは……」
「名前をあげる。もう名無し君とか適当に言わせないよ。私が言わせない」
彼は静かに少女の言葉を聞くしかできなかった。
「お姉さまの名において、あなたに本当の名前を与える。
密かに支える者 堅実な貢献人 太古の泉――古泉……」
そこで不自然に少女の言葉は止まった。
不思議に思い目を遣ると、少女はすごく悩んでいた。
「えーと、えーと、古泉……古泉……ごめんなさい。
最後まで付けられなかった、ふみゃ~
!? え、もしかして嫌だった?」
「いえ、そんな事はないですけど……どうしてそう思うんですか」
「だってあなt……古泉君が泣いているから」
少女に言われてようやく気付いた。
彼は涙を流していた。
最近はどんなに辛くても泣かなかったのに、名前を付けられたぐらいで泣くとは思わなかった。
いや、名前を付けられたからこそ泣いているんだろう。
(名前を付けてもらう事がこんなにも嬉しい事だったなんて……いままで知りもしませんでしたね。
本当……こんなにも……嬉しい事だなんて……)
彼は静かに泣いていた。
それは不思議な光景だった。
雪が降る町の人通りのない場所に少年と少女が二人きり。
少年は歓喜の涙を流し、少女は困惑した表情を見せる。
その光景は傍から見たらなんだか微笑ましいものでもあった。
さすがに少女を困惑させるのは気が引けるので彼――古泉は早々に弁明をした。
「……いえ、嬉しく泣いているんです」
「本当?」
「ええ、本当です。
名前を付けてくれて、ありがとう」
「わふ~どういたしまして」
時折入る愛らしい仕草も少女によく似合っていると古泉は思う。
古泉の心はこの短時間で随分と目の前の少女に惹きつけられているようだ。
「ん? 『お姉さまの名において』……あなたの名前はお姉さまなんですか?」
「うん、そうだよ」
「いい名前ですね。あなたに相応しいですよ」
「あぅ……ありがとう、古泉君」
「そういえばお姉さまも泣いていましたけど、何かあったんですか」
そうすっかり忘れていたが、初見ではお姉さまは一人泣いていた。
それなのに笑顔を見せて名前までくれた事に古泉は改めて感謝の意を強く持った。
「うん、実は――」
お姉さまの話を要訳すると次のようになった。
つまり読んでいた恋愛ものの話が途中からすごい修羅場になったという事らしい。
それこそ一生のトラウマになるくらいすごいものだったらしいのだ。
話しているうちに内容を思い出したのかお姉さまの目に涙が溢れてくる。
「ああ、泣かないでください。
あ、ほら、これを差し上げます」
そう言って古泉が差し出したのは一冊の書物だった。
今日発掘して手に入れたばかりのものだったが、惜しいとは少しも思わなかった。
「ひっぐ……『リセエンヌ』……」
「いい話ですから読んでみてください」
「うん、ありがとう。古泉君はいい人なんだね」
人から感謝されたのも初めてかもしれない。
初めての経験は古泉にとって悪いものではなかった。
「では僕はこれで」
「え、行っちゃうの?」
お姉さまが少し残念そうな顔をする。
一抹の罪悪感を感じるが、それはあえて無視する事にした。
「ええ、行っちゃいます」
「また会えるかな?」
「きっと会えますよ。いえ、会いに来ます」
そう言い残して古泉はその場を後にした。
後には一冊の書物を胸に抱いた純真な少女が残されるのみだった。
古泉が去った理由は単純なものだった。
あのままではいずれ自分は自分を抑えられなくなる。
そんな気がしたからだ。
もう少し年月を重ねて自制心が強くなれば、そんな心配は必要ないのだがまだ自分は若すぎる。
故にこのままではいずれお姉さまに何か取り返しのつかない事をしでかすような気がしたのだ。
だから去った。
でも、もしいずれ時が経って自分を御せるようになれば――
(その時は僕の気持ち、聞いてもらえますか……愛しのお姉さま)
その後彼は紆余曲折あって書き手ロワ国に腰を落ち着け、古泉は名を隠して微力ながらその国の発展に力を注いだ。
彼が名を名乗らなかった訳は本人にしか分からぬところだが、何か考えがあったのだろう。
彼は山奥の泉を拠点としつつ、その発掘の才で以て書き手ロワ国に様々な財を提供してきた。
そしていつしか「古き泉のネームレス」と呼ばれるようになった彼は書き手ロワ国の重臣として国政に携わるようになった。
そして彼――ネームレスが、少女――お姉さまのGR国女王就任の報を聞くのはそれからしばらくしてからの事だった。
最終更新:2009年04月24日 21:45