神聖LS教団編3

(BR230/05/phase:05) 神聖LS教団
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「それじゃ、定例会議を始めましょう」
教皇の甘やかな第一声で、少女達の昏い密談が始まった。
卓上に広げられている地図は戦場。
並べられている駒は部隊。
駒に貼られた付箋はその詳細。
それは戦場の略図。
神聖LS教団戦略会議。

「……なんだ。思ったより侵攻が遅いじゃないか」
呆れたように言葉を発したのは666枢機卿だ。
漫画国の布陣を見て不平を洩らす。
「生産性を捨てた全軍突撃だと思っていたのに、まだ自国が攻められる事を気にしている。
 このまま大軍でじわじわと押し潰すつもりなのか?」
666が指摘したのは漫画国が自国を守りながら攻めている点だった。
どこからも攻め込まれない様、まるで国境のようになった部隊配置。
しかし666が期待していた、有効だと考えていた戦略とは違っていた。
「漫画国らしいといえばらしいのでしょう。おそらく穏健派……と言って良いのかはわかりませんが。
 皆が好き勝手な布陣で、非常識な将軍が突き進み、常識的な将軍がその隙間を埋めているのだと思います」
JZARTの言葉に666は溜息を吐く。
「正に万我国だ。どうせ無謀な戦略だというのに突き抜けずしてどうする。
せっかくGR国で種が芽吹き出したというのに、これでは突いてくれるかどうか」
「種、ですか?」
666は頷いた。
「薬の事は知っているね」
LS国……神聖LS教団財政源の一つは、大きな声では言えないドラッグの密輸だ。
666枢機卿は特に、媚薬と呼ばれるものの取引を牛耳っていた。
一言で媚薬といってもそれは複数の種類に分かれる。
GR国で言うパヤパヤドラッグ、『5-Meo-Dipt』。
いわゆる惚れ薬、『魔女の媚薬』。
その中間的な効能を持つ『淫魔の口づけ』。
他にも幅広い嗜好に対応する『年齢詐称薬』や、暗示を楽しむ『眠り火』も割合好評だ。
「大半は知っての通り、以前からGR国で好評を博している。アレ以外はね」
「アレ……ああ、アレですか。あなたが書き手国で精製を始めた」
そして666は、近年になって書き手国で新たな媚薬の精製を始めていた。

かつて666が名を隠し書き手国で販売ルートを確保しようとしていた頃、
書き手国にシャリダムと呼ばれる魔獣が発生し、暴れ回った事がある。
この魔獣は鬼軍曹により退治されたのだが、666は密かにこの魔獣の遺骸を回収すると、
LS教団の秘儀を駆使して蘇生し、書き手国にとある工場を建設したのだ。
魔獣シャリダムが分泌する特殊な体液を絞り採る工場、ラボラトリDC。
そこから作り出される媚薬を『シャリダム汁』という。
シャリダム汁は通常の媚薬と違い、魔術的な処置により様々な効能を発現する魔薬である。
使い方によっては両性具有になる事も有るし、房中術のパワーソースとして使う事もできる。
だが危険性が高いその効能は素人に扱える物ではなく、一部のマニアのみが使う秘薬と化していた。

「ウルトラミキサーを使い、シャリダム汁の分泌細胞を他の生物に植え込む実験などしていたのだがね」
「初耳です」
「これまで報告していなかったからね。その段階でもなかった。
 ただ僅かながらその力を得る事に成功した失敗物を、ギャマン大河上流に放流していたんだ。
 正確には書き手国の隅っこからギャマン大河に流れ込むとある川にだ」
「……何時からです?」
「もう何ヶ月も前になるな。ああ、騎乗士の国から漆黒姫が行って王族達がてんやわんやしていた頃だ」
666は白々と言ってのけた。
「最近現地の密偵がたまたま見つけたんだが、なかなか活きが良かったよ。
 ギャマン大河の水質を、飲み続ければある種の欲望に対して素直になる程度汚染していた。
 効果が弱い分、味や臭いにも全く影響していないおまけ付きだ」
「………………」
JZARTは若干眉を吊り上げ、すぐにまた平静な表情に戻った。


国家を支える水源の汚染。
その行為がもたらす影響の大きさ。罪深さ。人々への影響。
その全てに対して、JZARTが見せた反応はそれだけだった。

「……その成分、分析は済んでる?」
温泉少女の言葉に666は頷き、小さなメモをよこした。温泉少女は小さく頷く。
「作れるのかな?」
「…………うん。少し手を加えれば解毒効果を持つ泉質、幾つか有るから」
毒が有れば当然、解毒もまた大きな価値を持つ。
温泉少女は自分の管理する温泉に解毒効果を持たせるつもりなのだ。

「話を戻そう。これにより漫画国もだが、位置的にギャルゲ国の方が影響を受けたはずでね。
 彼らは快楽と共存しバランスを保っている面があるが……そのバランスが崩れるはずだ」
「つまるところ、統率力が落ちるのね?」
教皇の問いに666は頷いた。
「名高い武将達の直属部隊まで揺れるかは判らないが、端々で齟齬が生まれてくるはずだ。
 もしかすると逆かもしれないな。色を好む英雄達の方が影響も強いかもしれない。
 彼女達が好むパヤパヤに精を出しすぎるといった程度にね」
「現時点の影響は判るかしら?」
666は一枚の紙を取りだした。
「この通り、あの手のお薬の需要が徐々に高まってきているよ。
 もっとも、齟齬が出来ても元からそういうものとバランスを取っていた国だ。
 バランスが崩れてもさっさと突かないとすぐにそれを含めて調整されてしまうだろう」
ボマー教皇はうっすらと笑った。
「それこそ杞憂というものよ。漫画国は徐々に急き立てられていく。攻撃が最大の防御と化すまでにね」
「へえ?」
今度は666が聞く番に回った。

「漫画国にはずっと前から、ギャルゲ国のある地方と交流を持たせてきたわ」
「ある地方? ……まさか、あの病を流行らせたのかな?」
教皇の笑みが吊り上がる。
「ええ、そうよ。漫画国には既に、雛見沢症候群という爆弾が設置されている」
雛見沢症候群。それはギャルゲ国とアニロワ国、そしてニコロワ国を席巻した強烈な風土病だ。
この病は精神的に圧迫される事で発病する精神病的な側面を持っている。
「これまでは設置されても爆発する機会が無かったわ。
 爆発しなかったから目に見えず、気付かない内に広がってしまった。
 だけど戦争という緊張状態が徐々に火花を散らし始めている。
 彼の国の後方では奇怪な死が出始めている。そろそろ病の蔓延に気付くはずよ。
 漫画国は一刻も早く、雛見沢症候群の治療薬……C-120を大量に入手しなければならない」
それがボマーの仕掛けていた爆弾。
C-120が有るのは何よりギャルゲ国。そしてアニロワ国。
ニコロワ国にも存在するが、これは漫画国から直接侵攻できる位置には無かった。
「もちろん交渉や取引で入手する手段も有るわ。だけど彼らはそんなに軟弱者かしら?
 欲しい物が有ればどうする連中かしら? 考えるまでもないわね」
「アニロワ国にギャルゲ国か。おやおや? もしかすると今回の侵攻は……」
「その可能性も有るでしょうね。もしそうだとしても、理屈より直感でしょうけど。くすくす」
教皇の笑みはまるで玩具で遊ぶ少女のようだった。
それは彼女が人の命を弄ぶ者である事以上に、この策略がその程度である事も意味していた。
結局の所、LS教団にとって今回の策略はその程度。
本気で敵を取り込もうというものでもない、ただのお遊び。
666の水質汚染もそうだ。あくまで玩具が思ったより役に立ったにすぎない。
書き手国を経由し、あるいはギャルゲ国を経由しLS国に累が及ばないよう注意して、
その上で――彼女達の物差しで言えば――大した影響をもたらさない、その程度に遊んだだけ。
だから彼女達はこれらの行為をこう括る。

「平和ね。もっと熱くなってくれないと爆弾の仕掛け甲斐がないじゃない」
「もっともだね、教皇。戦争はまだ始まったばかりだから、当然なのだけれど」

LS教団は穏やかに会議を続ける。


「それで温泉少女はどう? なにか面白いものでも見つけたかしら?」
教皇の問いを受け、温泉少女は首を振る。
「負傷者をサポートするプランなら徐々に進行中」
そしてぽつりぽつりと話し始めた。それが彼女の口調なのだ。
「賢者の石の一形態、万病を克服する柔らかい石はなんとか完成しそう。
 LS教団の理念を持ったしろがねを作ることが出来ると思う。
 賢者の石の一形態、心臓を代替する黒い核鉄は量産が難しい。
 そもそも材料が限られているし、精製も時間が掛かるから作れても一個か二個。
 賢者の石から作られたともされる秘薬、エリクシールの量産も難しい。
 高い。テイルズ国から輸入するよりは安く上がる程度。
 回復魔法使いの育成計画は順調。
 雑多な魔術形式を高レベルで合成しているから、有用。
 最終手段、吸血鬼化及び人型ホムンクルス化の準備は完了。
 でも、二次災害を防ぐための管理が必要だからあまり多用できない。
 あと、癒し効果の有る新しい温泉の整備はとても順調。
 観光資源としても期待できそう。したくはないけど、何かを仕込む事も可能」
温泉少女は呟くようにけれどすらすらとそう述べて。
「『安易な死に身を委ねてはいけない。生は苦痛であり、悪夢であり、煉獄であり、試練である』
 全ては神の教えのままに」
敬虔な祈りを捧げた。
卓を囲む少女達はそれに倣って祈りを捧げる。それぞれの思いを口元に浮かべて。

「深淵大司教はどうかな?」
枢機卿の言葉を受け、大司教は不機嫌そうに首を振る。
「残念ながらまだ進展は無いわ。
 一応“五姫のタイムスケジュール全てを把握”する事はできたけれど、現時点での捕獲は難しそうね」
あっさりと言ってのけるが、当然ながらこれとて簡単な事では無い。一朝一夕で出来る筈がない事だ。
しかし深淵は五姫捕獲作戦の提案者でもある。
そう、深淵はずっと以前から周到かつ執念深く情報を収集し準備を整えていたのだ。
「一応、一部の姫には素性を辿られないよう注意した上で捕獲を試みているけど、単体では成功しないわね。
 状況が荒れでもしないと無理。捕獲できても私達にとって都合が良い形になるとは思えないわ。
 特にGR国三姫捕獲の本番は漫画国との戦争が激化してからよ」
「そうか、それは残念だ。それで、例の客将とはどんな具合だい?」
深淵は頷く。
「スパロワ国から送られてきた客将、差とは現時点では穏便な関係にあるわ。
 スパロワ国から送られた者達が各地でどんな行動をしているかは判らないけど、
 LS教団に対しては単純に技術提供の形を取るみたいね」
そこまで言って深淵の額にまたも不機嫌そうな皺が寄る。
「無下には出来ないし、彼の国の技術はありがたい物だし、力も有用だけど……あまり愉快じゃないわね」
そう言いつつも報告書を卓の上に投げ出した。
「差の協力的な対応も有って『天使』の解析は概ね終了。有用な技術も得られたわ。
 でも現時点で作れる同系統兵器はそのからくり兵器、開発コード35E-1Boこと参號夷腕坊程度。
 以前から有ったE-1Boを戦闘用に改装した物よ」
報告書に描かれていたのは不格好な容姿をした乗り込み型からくり兵器だった。
そのスペックは対人攻撃レベルでの破壊は困難という程度。
「対物威力の魔法や兵器を持ってすれば十分に破壊出来る程度の強度よ。
 小型だから市街戦で有用だとは思うけれど、正面制圧力は期待しないで」
「ふむ、やはり我々が一から作れる物はその程度が限界か。
 巨大兵器の類を実戦レベルで運用するのは難しいと見るべきだろうな。
 詰まるところ……」
666の声を教皇の言葉が次いで、話を括った。
「私達に正面衝突なんて似合わないという事ね。当然の帰結だわ」
それが結論だった。
「その研究、私の方で引き継いでもいいかしら?」
「ええ、どうぞ教皇猊下。私は聖人計画に専念するわ」
深淵大司教はあっさりと、教皇に差及び巨大兵器計画を委ねた。

「それでJZART大司教、あなたの方はどうかしら?」
教皇は次にJZARTへと言葉を向ける。桃色の髪の少女は頷いて、答えた。
「はい、教皇猊下。私は――」


(BR230/05/phase:06) 神聖LS教団
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――数日後。
アニロワ国王都、アニロワに二人の人影があった。
一人は懐かしげに、そして感慨深げに街を見渡していた。
小柄な体躯。蒼い庭師の服に蒼いシルクハット。短い髪の、パッと見には性別不詳な美少年――いや美少女。
「やはり懐かしいのですか?」
「……はい。色々変わってはいますけど、それでもこの街は懐かしいです」
「そうですか」
少女は話しかけてきたもう一人の人影、やはりこちらも少女へと向き直る。
もう一人の、桃色の髪をした少女はどこか興味深げに蒼い少女を見つめていた。
蒼い少女は応えた。
「行きましょう、まずは貿易商の様子からですね」
「はい、お願いします。貴方ならこの地で情報を集めるのも容易い事でしょう。……鬼軍曹」
軍曹は頷いた。
「もちろんです、大司……」
「ここではただの車輪です、軍曹。正しく“舞い踊る車輪”でも、ホゥイールでも構いませんが。
 あなたの名前を伏せる意味は有りませんが、私の名前は伏せるに越した事はありません」
「し、失礼しました。車輪様」
「だから様も要りません」
「ですが、それでは……」
車輪の名で、少女は溜息を吐いた。
「まあ良いでしょう、貴方のいいように呼んで下さい」
「あ、ありがとうございます。車輪様」
車輪は頷くと、軍曹に手を差し伸べた。
「では案内して下さい、軍曹」
「はい、車輪様」
軍曹はその手を取り、歩き出した。


時間は数日前に遡る。
教皇の言葉にJZARTは答えた。
「はい、教皇猊下。私は、少しアニロワ国を調査してきます。鬼軍曹司祭を連れて」
「そう、それは面白そうね」
教皇に続き666も言う。
「試すつもり……いや、それだけではないな。堂々とやるのかい?」
JZART大司教は頷いた。
「ええ。もちろん私の名前くらいは隠しますけれど。洗礼名の方を使う程度に」
JZARTの名と顔はあまり他国に知られていない。
一般市民で有れば、あるいは武将でも気付く者は少ないかも知れない。
とはいえ公のそれも高い立場に有る人間なのだから、LS教徒なら多くの者が知っているだろう。
他国の者でも諜報部ならば、重要な立ち位置に居る人物の動きはある程度把握しているだろう。
彼女がアニロワ国を、それもLS教に改宗したアニロワ国の英雄鬼軍曹と共に歩き回るとなれば、
アニロワ国の上層部がそれに気付くのは確定事項と言える。
しかも今、アニロワ国は漫画国の両面作戦により侵攻を受けているのだ。
そのような時にアニロワ国へLS教団の大司教と鬼軍曹がお忍びで訪れる。
それはそれだけで衝撃的な行為だと言えた。
「月の映る池に小石を投げ込むようね。けれど確実に、波紋は生まれる。
 いいえ、それ以上の事をするつもりかしら?」
教皇はくすくすと笑って言った。
「良いわ、行って来なさい」
「はい、教皇猊下」
JZARTは恭しく言った。


そして、今に至る。
「今日はこの辺にしましょう」
JZARTこと車輪の言葉で、一日目の調査は終わった。
調査内容は何の変哲も無い経済の情報や、戦況の噂話程度だった。
「宿を取ります。適当な宿に案内してください」
「判りました。それではアニロワ国立プリンスホテルのロイヤルスゥイート……」
「安い部屋で十分です。部屋も一緒にしましょう」
車輪の言葉に、軍曹は慌てて頭の中で予定していたプランを変更する。
「それじゃエコノミーの二人部屋を……慎ましいのですね」
「お金は使うべき所で使うものですから」
「……なるほど」

夜が更け、月も昇り、ベッドの上に乗せられた、軍曹の種族が使う寝具カバンの中で思う。
何故この任務に自分が当てられたのだろう? と。
試されているのだろうか。それとも、軍曹の名を利用しようとしているのだろうか。
(そう、これからどうするべきなのだろう)
故郷が戦乱に巻き込まれつつある中で、英雄と呼ばれた自分は。
信じた教えの大司教に重要な任務と信頼を与えられている自分は。
そのどちらもが、軍曹にとっては大切な物なのだ。
(JZART大司教……)
動揺と焦り。喜びと不安。
無数の感情に翻弄されながら、鬼軍曹は眠りへと呑まれていった。

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最終更新:2009年04月24日 22:09
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