「死ぬ運命だとしても、悔いはない……か。満足に戦い抜けたなら、そうだろうけどさ……」
かつて自分が死した時の忌まわしき光景を前に、トウマは呟いた。
燃える基地。堕ちたアルテリオン。潰されたヒイロの機体。そして……両腕を失った、我が相棒。
初めてこれを見た時は、ショックだった。全ての希望が潰えたかのような、絶望に苛まれた。
その心の弱さが、あの時の自分の死を導いたのかもしれない。
「……っとと、感傷に耽ってる場合じゃないな」
我に返り、トウマはバイク――ワルキューレのエンジンを強く踏み込む。
長居は無用だ。一刻でも早く、この場所から離れなければならない。
この場に長く居過ぎたが故に、あの時の自分は死んだようなものだ。
この地に巣食う、あの恐るべき化物を呼び寄せる前に、逃げなければ。
――犬死は、御免だ。俺にはやらなきゃならないことが山ほどある。
そう、今はクォヴレーの奴を、あいつの不安定な心を支えてやらなきゃ。
そして、この殺し合いを終わらせ、ユーゼスを倒す――
俺は死ねない。仲間のためにも、俺を待ってくれている大切な人のためにも。
燃え盛る基地から、一台のバイクが飛び出した。そして一目散に、先程通ってきた道を戻る。
戻って、基地の壊滅をクォヴレーとイキマに伝えなければ。
さっきすれ違った機体も気になる。今は、彼らとの合流を急ごう。
「ん――?」
一瞬、バックミラーに何かが映ったような気がした。
心臓が跳ね上がり、後ろを振り返る……
しかし、そこには何もない。
「疲れてんのかな、俺」
自分の未熟さに、苦笑するトウマ。
そうだ、自分はあの時の恐怖を完全に振り切れていないんだ。
トラウマとなって、未だ自分の心の奥底にこびり付いている。
そんなことでどうするんだ。俺は、これから運命を変えてやるんだ。
そして、新たな戦いにその身を投じなければならない……
ありもしない恐怖なんかに、いつまでも囚われていられるか。
俺は乗り越える、自分自身の弱さを。これからの戦いのために、そして俺自身のために!
そう、何も心配することはなかった。
こうして、今のトウマには足がある。基地から高速で離れるための、バイクが。
そのスピードをもってすれば、確実に逃げ切れるはずだ。
あの基地に潜んでいた、恐るべき怪物も、どう考えたって追いつけるはずがない。
なのに、何故だ。
何故、後ろから何かが近づいてくる気配を感じるのか。
エンジン音にもかき消されずに、はっきりと聞こえてくる。
何かが走り寄ってくる、足音のようなものが。
全身に嫌な汗が流れてくる。
バックミラーには何も映っていない。そう、こんなものは気のせいだ。
自分の恐怖が生み出した影に、俺は怯えているだけなんだ。そんなことでどうするんだ。
見るな。止まるな。振り返るな。そんなことが、あるはずがない。
そうだ、どれだけ普通に考えたって、ありえるはずがない――
アクセルをさらに強く踏み込む。スピードを全開に走るワルキューレ。
しかし、背後の気配は消えることはない。
まるで亡霊か何かのように、ぴったりと走る自分の後ろに張り付いている。
「くそっ……くそぉぉっ!!」
どんっ
ワルキューレが衝撃で揺れる。何かが、バイクの後部に当たった。
いや――飛び乗られたのだ。
「う……あああああああああッ!!!!」
逃 ゲ ラ レ ナ イ
後ろから、何かに首を掴まれる。
人間のものとは思えぬほど冷たく、しかし強い力で。
「ああああ……ああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
いやだ、死にたくない!!
こんな無茶苦茶なこと、あるわけがない!!!あっていいはずがない!!!
自分の首を掴んだ何かの手は、その力を強めていく。
締め付けられ、呼吸ができない。声すらも出せない。
目の前がまっくらになる。いしきが、とおくなる。とうしが、こわれていく。
いやだ、いやだいやだ!!せめて、ふつうにしなせてくれ!!!
たすけて、だれかだずげで!!!!クォヴレー、イキマ、みんな!!!!
みなき、おれはきみを、みなきみなきみなきみなきみなきみなきみなk
コキャ
【トウマ・カノウ 死亡】
最終更新:2009年08月01日 19:10