スパロワ国編

「――世に争いの影はなく、今日も昨日に増して平和。素晴らしいことです。
 ここは、世界で最も平和な楽園。さあ今日も皆さんも頑張りましょう」

王座に座り、超大型拡声器に静かな声で演説を行なう人間がいた。
ここは、スパロワ国。そして、若い青年の姿をした彼の名は『転』。―― 人は、彼を永劫王と呼ぶ。
ちょっとしたお茶目なのか、マントの下には学生服を来たこの青年は、見かけどおりの年齢ではない。
何度も肉体が古くなるたび新たな肉体に記憶を転写し、スパロワ国の建国から王として君臨してる彼の年齢は、数百ではきかない。

彼の王権が崩れたことはない。なぜなら、あらゆる国民は彼に不満を持つこともないからだ。
今、パロロワの大陸に現存している国家で、もっとも古い歴史をもつスパロワ国。
しかし、その本国は一度たりとも戦乱に見舞われたことはなく、正規の兵隊を除き戦に出ることはない。

それはなぜか? ――簡単だ。彼らには、圧倒的な技術力を保有しているのだから。
巨神兵とも呼ばれる巨大な鋼鉄の人形を操る国の軍隊は、末端の30機で小国を滅ぼすとすら言われる。
単純な国力、領土、人口ではアニロワ国やギャルゲ国に何一つ勝らない。
しかし、それらの国をはるかに凌駕する圧倒的なまでの戦闘力。古参ゆえに培われた経験。
この国が、過去あらゆる戦乱を乗り越えてきたのはこのおかげだ。

「俺は……今日夢を見た。そこでは全てが、自分の思った通りに動いていた」

拡声器による放送を終わると、『転』は足を組み、頬杖を付く。

「『転』様の思い通りにく世界……それは、素晴らしい世界ですね」

少数の人間のために作られた謁見の間。しかし、それは少人数のためにしては広すぎた。
あまりにも閑散とした雰囲気を作る謁見の間で、たった2人。
王と同じ空気を許された、真っ黒いメイド服に身を包んだ少女が手を合わせうっとりとした様子で呟いた。

しかし、その言葉に対する王の行動は苛烈。手にしたゴブレットを少女に投げつける。

「クズがッ! クズが、俺の思い通りに動くのは当然だ! それの何が素晴らしい!? 全てが予定調和の世界など、なんの面白みもない!」
「す……すいません。お許しください、『転』様。私は……『闇その2』は貴方様の心を理解できない粗忽者でございます」

おろおろと慌てて謝る『闇その2』の髪を掴み、顔を自分の前に引き寄せる『転』。

「お前が、俺の心を理解できるだと? 笑わせるな。お前のような人形はいくらでも替えがきく。はずせん柱に、お前はない」

「お……おねがいです、処分しないでください! 私は、あなたの忠実な臣下です。貴方様が死んでも私は消して裏切れません」

その言葉を聞いて、吐き捨てるように舌打ちすると、『転』は髪を離した。
その顔は、放送中の柔和な顔つきはない。悪意に満ちた瞳で苛立たしげに周囲を睥睨すると、一度手を叩いた。
すると、カーテンの影から人影が浮かび上がってくる。
真っ暗な人影だった。まるで輪郭ははっきりせず、表情、というか顔のパーツ自体あるのかすら怪しい。

「ク、ククククク……ククク……『転』様……いったい私めに、なあんの御用でございましょう……?」

影が、小さくうずくまる。おそらく、礼のため膝を折っているのだろう。
うやうやしく指令を待つ影に、『転』は命令する。

「今、各国の状態はどうなっているか伝えろ。 上手く、また戦争は起こりそうなのか?」
「……はい、今また再び戦乱は起ころうとしています。前大戦で漏れた我が国の技術を使い……各国は強力な軍事兵器を作り上げるでしょう。
 それを自分の切り札と自信に変え、他国に侵攻をすることは必然といえますねぇ……クク、ククククク!!」

クックック!と我慢しきれないと言った調子で『転』も笑いを漏らす。
その笑顔は、何よりも邪悪。広い23人しかいない広間に、2人の悪意が染み入っていく。

「そうか、そうか。わざわざ漏らした甲斐があったというものだ。今までのゲームは、一方的過ぎてつまらなかった。
 今回は久しぶりに『天』の力を使えると思っていいのだな……?」
「はい……『ネオ・グランゾン』の相手を務めるツワモノも、必ず現れると思います。私の『銃神』の夜鳴きも、きっと収まるでしょう。
 それだけ大きな戦の気配です……久しぶりに、満足行くまで死を……負の思念を私も貪れるというものでございます……ク、クク」

あくまで笑いを忍ぶ『結』と違い、もう我慢しきれないのか、大声で『転』は笑い始めた。
膝を手で叩き、片手で顔を抑え、その笑い声はしばらくおさまることはなかった。
満足するまで笑ったあと、やっとのことで、座りなおすと、影に向かって言い放つ。

「お前は、これからもギャルゲ王国に潜入し続けろ。魔術などに一番強いのは、俺を除けばお前だからな。
 お前と、お前の『銃神』には期待している。これからも、ゲームを盛り上げられるようにな。それが『結』たるお前の役目だ」
「分かりました。わたしは、戦乱と戦乱を『結』ぶもの。私にとって人格も、外見も、時間も、空間も、記憶すら無意味。
 一夜にして3日の時間を駆けることも、どんな人間になることもできる。故に飽いてた私に、新たな生き方を教えてくれたあなた様ですからね……」


その言葉を最後に、ずぶずぶと闇に沈んでいく『結』。『結』が消えたのち、『転』は呟いた。

「利用価値がなければお前のような人間の屑を使うものか。いつ俺の国を滅ぼそうとするか、わからんお前は俺の手足にさえなっていればいいのだ」

元々、自分の国の出身者という以外あらゆる面で不明な存在。
速さ、把握力、量……あらゆる面で常人を超越し、『銃神』を操る化け物。
噂によれば、数多の国を興し、いくつもの国を滅ぼし、何度となく戦乱をこの大陸に呼んだ怪人。
あまりにも上手く行き過ぎる自分をわざわざ追い込むため、定期的に自らの悪行を吐き出す黒子。
飽いてなお死ぬことのできない哀れな化け物を『転』が囲ったのは、偶然だ。

路地裏で、生を倦み転がっていた『結』の目は、『転』が求めていた『忠実な道具となる人間』としての条件にかなっていた。
集めた人間の中でも、郡を抜けて優秀だった『結』は、新たに生きる目的を与えられ、『転』の忠実な部下になっている……今は。

『結』に与えられた役目は一つ。
他国を成長させ、わが国と戦えるようにし、戦乱を起こせ。
つまり、自らの手で、己の人生を楽しませてくれるものを育てることだ。

「今回は数年前とは話が違う……わが国の技術も徐々に他国に浸透しつつある。今回こそ、楽しめる……!」

それは、『結』の心を満たすと同時に、『転』の心も満たすことだ。
事実上不死で、永遠に続く繁栄に飽きた王の望むのは、自分に匹敵し滅ぼされるかもしれないスリルを与えてくれる存在。

「出て来い、我が四天王!」

その『転』の声によって、2人の黒い影が、謁見の間の影から這いずり出る。元からいたメイドとあわせ、これで三人。
「我は『差』。四天王最強の者にして、『天使』の操者なり」
「俺は『闇その1』。『古王』ジャイアントロボを操れるのは俺だけだ」
「私は『闇その2』。『鳳凰』の繰り手。――ヤミですけど心は別に病んでませんよ。ヤンデレじゃありません」
4人目は、ここにいない。
なぜなら、4人目は他でもない『結』だからだ。



「お前たちにもまた働いてもらうときが来た。内部に入り込み、お前たちに与えた技術を提供するのだ。
 漏れたものを独自に組み立てたところで、オリジナルには勝てるわけがない。故に、その全てを渡すのだ」
「確かに了解して。国の分担はいかがいたしましょう」

よどみなく、『転』は言葉を滑らせていく。

「『差』はLS国がいいだろう。あそこは危険だ。善人が人殺し、なんてよくある話だ。高い戦闘力を認めお前が赴け。
 『闇その1』はアニロワ国だ。お前の『古王』と同系統の技術を使っているはずだ。間違いなく食いついてくる。
 『闇その2』は、ライダー国。『鳳凰』は、マフラーと蹴りを得意とする奴らを原型に制作した。奴らも早く技術を飲み込むだろう」


「陛下! これはどういうことです!?」

突然、急に入ってきた闖入者。四天王たちは、一瞬で闇にへと溶けていく。おそらく、彼らはもう目的地へ向かい始めたはずだ。

二人の、屈強な戦士が『転』に詰め寄る。
彼らは、『承』。この国の明部を司る将軍だ。誰よりも正面突破を好む熱血漢であり、『鉄神』ビッグオーの使い手。
唯一、影で暴走を企む魔王を押しとどめられる人間なのだ。

「どういうこと、とはどういうことかな?」

とぼける『転』に『承』が声を荒立てた。

「技術局から、新規に開発した『大怪球』の技術が漏洩したと報告がありました!
 何故、内通者と他国の誰とつながってるかを調査しないのです!?」
「ああ、その件か……」

『転』の空虚な中身のない返答。別の答えを懐におさめ、微笑を浮かべる。
――意図的に、奴らに漏らしたのだから当然だ。あれなら、少しは『天』の玩具になってくれるはずだ……!
この男を殺したいところだが、この男には、国民の人気取りのカリスマとしての役目と、戦争になったとき指揮を取らせる必要があるため殺せない。
故に、この男とは、暗部を知られぬようにまだ付き合う必要がある。


『転』の浮かべる曖昧な微笑は、全ての国を巻き込んでの動乱を生み出すことを、隠すためのものなのだ。

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最終更新:2009年04月24日 19:08
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