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『冷えた紅茶』 第一話 - (2007/01/29 (月) 21:39:54) のソース

「お茶はどうしたの?まったく、いつまでたっても使えない下僕ね」<br>

はいはい。その不機嫌な顔を見るのはいつもの事。湯の温度は98度。我ながら手慣れたものだ。<br>

「ッ!?誰がダージリンをいれろと言ったのよ!私はアールグレイが飲みたいの!」<br>

せっかく作った茶も無下に捨てられる。それもいつもの事。<br>

「…何?その目は?気に食わないのだわ。自分の立場がわかっているの?」<br>

この目は生まれつき。床の方はまだ素手で拭くには熱すぎる。それが狙いなのもわかっている。<br>

「何をしているの?それは私への当て付けかしら?いいからさっさとお茶をいれ直しなさい!」<br>

熱さに耐えながら後始末をしようにもこうなる。<br>
本当に――<br>
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「……嫌な女」<br>
「……なんですって…?今、何て言ったの!?」<br>
「いいえ、なんでも…」<br>
いつからだろう。貴女からあの優しい微笑みが消えたのは。<br>

「…主人に噛み付くのはよくないのだわ…!」<br>
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「ジャンクのくせに」<br>
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なぜ、こうなってしまったんだろう<br>
<br>
<p>ジャンク。<br>
私の呼吸は早まり、心臓はドクンドクンと重い音を叩きだす。<br>

「あら?貴女、泣いているの?」<br>
私は無言で首を横に振る。<br>
「うずくまって、胸を押さえて、顔はくずれて…まさにジャンクね」<br>

私は鉄の味がする程唇を噛みしめ、ほのかに暖かい床を見つめて、じっとその言葉に耐える。<br>

「私は…ジャンクなんかじゃない」<br>
しゃがれた喉から確認するように呟く。そう、私は―あの人のような―ジャンクなんかじゃない。<br>

「ふふっ、笑わせないで頂戴。水銀燈、貴女があの夜…」<br>

「言わないでぇ!!」<br>
<br>
部屋に静寂が訪れる。<br>
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「違う…私は悪くない!悪くないのよぉ…」<br>
「……!」<br>
「ねぇ…真紅ぅ…また、あの頃のように…二人で仲良く暮らしていけないの…?」<br>

拭っても拭っても、大粒の涙がボロボロと私の頬をつたった。<br>

するとしばらく沈黙を保っていた真紅は、唇を剥き、食いしばった歯の隙間からひねり出すように言った。<br>

「悪くない…?あの頃のように…?貴女じゃない…水銀燈…貴女が、私の想いを、踏み躙った。」<br>

「しんくぅ…」<br>
「私の…想いを…」<br>
真紅の視線は、既に冷えきった床に向けられていた。<br>
「出ていきなさい!このッ……ジャンク!!!」<br>
<br>
外は雨が降っていた。だけど私はかまわず外に飛び出した。この冷えた床より、冷たい雨はないだろうから。</p>
<br>
<p>
真紅のマンションを飛び出てから雨に打たれっぱなしの私は、指先の感覚が薄れてきた。いや、薄れてきたのは私の…<br>

寒い――体も、心も。<br>
ふと、自販機を見つけた。暖かい物でも飲んで、暖を取ろう。だが、近寄った所で気づく。<br>

「…お金がない…」<br>
<br>
私は置いてきたのだ。あの家に。財布も。傘も。コートも。携帯も。安らぎも。温もりも。帰る場所も。楽しかった日々も。私を想ってくれていた、親友も。全て置き去りにしてきたのだ。<br>

「これからどうしよう…」<br>
私に残されたものは、絶望と孤独。そして、親友だった人との間にできた大きなわだかまりだけだ。<br>

視界の隅に、自販機の上方に設置してある時計がある。時刻は…10時45分。夜は、まだ長い。<br>

もういい。もう、何も考えられない。考えたくない。私は地べたに座り込み、瞼を閉じた。<br>

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「……水銀燈?」<br>
何よ。放っておいて。<br>
「何やってんだこんな所でびしょ濡れになって!」<br>
ぐい、と凍てついた左手を引き寄せられる。体に力すら入れたくない私は、そのまま体を預ける形となった。<br>

その瞬間、理解した。瞼を開かずとも。忘れもしない、この匂い…<br>

ジュンだ。<br></p>
<br>
<p>反射的に、私はジュンから離れる。<br>
「一体どうしたんだよ…?」<br>
「かまわないで…」<br>
「かまわないでいられるか!とにかくうちに来い。そのままじゃ風邪ひくぞ」<br>

つかのま、私はジュンの目を見据える。そして、思わず叫んでしまう。<br>

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「嫌ぁっ!」<br>
<br>
彼は、まるで平手打ちをくらったように瞬きをしている。<br>

「……」<br>
彼の表情が曇る。しかしこれは、どこか安心したかのような表情な気がした。<br>

「そういうなよ。これ飲んで落ち着いてくれ」<br>
手渡してきたのは、暖かい――紅茶だった。<br>
様々な感情が込み上げ、今にも破裂しそうになる。でも、泣いちゃダメだ。<br>

今ここで泣いてしまったら―優しく振る舞う彼の胸の中で泣いてしまったら―全てが…終わってしまう。私の淡い期待を打ち砕いて。<br>

<br>
「あれ?水銀燈?どうしたの?こんなとこで…」<br>
いるはずのない、声だった。<br>
「え…めぐ…?めぐなの…?どうして、ここ…」<br>
その言葉を言い切るか言い切らないか。私のたまりにたまった感情は爆発した。<br>

<br>
「めぐ!めぐぅ!!うわぁぁぁぁん!!めぐぅ……!!うぁぁぁぁっ…」<br>

<br>
生きてきた中で、一番激しく、そして悲しい涙。今、私はこの暖かな胸の中で泣く事しかできなかった。<br>

そして彼女になら全て話せる。そう思った。<br>
つづく<br></p>