『笑ってはいけないオーベルテューレ』 2
―あらすじ―水銀燈にゲームで負けた僕(蒼星石)と真紅、金糸雀、薔薇水晶。後日、彼女からいきなり飛騨高山に呼び出されたが……実態は罰ゲーム!ルールは何が起こっても絶対に笑ってはダメで、笑うとキツイお仕置が待っているという……。本家のガキの使いばりの罰ゲームに耐えれるのか……本気で不安だよ、まったく。 ……なんて罰ゲームだよ。 尻にはいまだにハエタタキで引っ叩かれた痛みが残っていた。 金糸雀に至っては涙目になっていたけど。「……ハエタタキでくるとは……銀ちゃんはやる気満々だね……」「なんてことするのよ。これが延々と続くわけ?」 薔薇水晶と真紅はそんな僕らの様子を目にしながら、眉をひそめていた。「……ちなみに……銀ちゃんはテレビモニターで……私たちの様子を見ながら大笑いしているみたいだよ……」 薔薇水晶は手にしていた携帯電話のディスプレイを真紅に見せていた。 彼女が言うように、駅前のロータリーには一台の白のワゴン車が停まっていた。車の屋根には小ぶりなパラボラアンテナが付いていた。その車の周囲に先ほどの黒服の男達がじっと僕らの様子を眺めている。その中の一人は、ビデオカメラを僕らに向けていた。 この様子を衛星で中継ってわけかい?
「何ですって?ふざけているにも程があるわ!」 目にした途端に、頭に来る真紅。 さながら瞬間湯沸し機であるかのように、頭から湯気を出しそうな勢いで、顔を真っ赤にさせていた。 姑息にも程があるよ、水銀燈。「……あっ……メールが来た……宮川の朝市に行って……赤かぶと特製ヤクルトを買って来いって……」 真紅とは対照的に、表情を変えないまま、携帯を目にしている薔薇水晶。 てか、挙句の果てにパシリをやらせる気なのか? なんか、結構むかつくのだけど。「赤かぶなら飛騨の名物って聞いたことがあるけど、特製ヤクルトって何なのかしらー?」「そんなもの知ったこっちゃないわ」 不思議がる金糸雀に、腹立たしく吐き捨てる真紅。 特製なんて……多分水銀燈が仕掛けた罠だと思うけどね。「……それはそうと……私たちじゃ場所が分からないと思うから……ガイドを付けるって……」「それは誰よ」 真紅はそれらしき人物がいないか周囲を見回していた。 僕も一緒になって探すが……いるのは観光客ばかりと……黒服の男達と、背後のアホな兎だけ。 まさか黒服の男の一人が案内してくれるなんて……そんな気配はないが。
「……あれ……」 薔薇水晶はそのガイドがいると思われる先を指差した。 そこには……。「トリビュアル!」 変なことをのたまっているさるぼぼ……いや、ラプラスだった。 何時の間にか台座から降りて、僕らの方へと歩み寄っていた。「これと一緒なんて恥ずかしいかしら……ぷぷぷ」 それを見て恥ずかしがりながら……笑ってしまっていた金糸雀だった。「金糸雀、アウトォ!」 再び水銀燈の高らかな宣告が響く。勝ち誇ったかのように聞こえて、どこか耳障りだった。すかさず黒服の男達に組み敷かれる金糸雀。 バッチーン! 金糸雀の尻を引っ叩くハエタタキの音が響く。「痛いわ~!」 痛さのあまり、尻を押さえながら走り回る金糸雀。「……あーあ、やっちゃった……」 そんな様子を目にしながら、哀れみの目を向ける薔薇水晶。「ようこそ、迷子になった乙女達よ!今日は貴女達の罪滅ぼしの道先案内を、このラプラスが務めましょうぞ!」 相変わらず無茶苦茶なことを言うラプラス。
罪滅ぼしなんてそんなつもりはないのだけど! 水銀燈の仕掛けた不条理に付き合わされているんだから! 罪滅ぼしをするのは彼女だよ! 思わずラプラスをどやしつけようとしたのだが、周囲の人の目もあるので、それは躊躇われた。 てか、とっとと目の前から消えうせて欲しいのだけど。 君みたいな変人と一緒にされたくないから。「……あとで……鍋の具にしてやる……」 同じ気持ちなのか、薔薇水晶もぼどりとそんな事を呟く。 てか、言ってることが尋常じゃない。 笑いそうになるけど、なんとかこらえる。「では行きましょう!」 そんな僕らの気持ちなんて知る様子はなく、ラプラスは意気揚揚と僕らに付いてくるように言う。 渋々ながらついていこうとした時……。 いきなり地響きのような足音が聞こえたのだった。 それまで僕らを照らしていた日の光が遮られて、影が差す。 何なの? 思わずその方向を見上げると……。
巨大な……人影。 軽く2m、いや4mはあるかもしれない。 赤いカチューシャを付けた、腰までの金髪に、顔には赤い頬紅に、真っ赤な唇。 フリルの付いた白のブラウスに、青いワンピース。 まるで昔の西洋の田舎にいるような……というか童話の『不思議の国のアリス』のアリスのような人物みたいだけど……。 筋肉隆々の体つきで、さらには口髭を生やしている時点で明らかに違う。 イメージと全然かけ離れている。 てか、バケモノだ。間違いない。 不思議の国じゃなくて、不気味の国のアリスかい、これは!「な、なんなの……ふふふ!」「ち、ちょっと!ぷぷぷ!」 僕と真紅は思わず吹き出してしまっていた。 これを見て笑うなという方が無理だ。「蒼星石、真紅、アウトォ!」 水銀燈の宣告とともに、男達が僕らを組み敷いて、ハエタタキの強烈な一撃を加えた。小気味の良い音が二つ響く。「痛いわ!ううぅ!」「っつ!」 真紅は顔を強張らせて、尻をさすりながら立ち上がる。 僕も思わず泣きそうになりながらも、なんとかこらえた。
そんな僕らには目もくれず、そのアリスもどきの巨大なバケモノは、じっとある一点を見つめていた……ラプラスを!「惚れましたわぁ~!」 そのバケモノは、周囲の建物を震わせるような重低音の声を発した。そして、見るだけでも嫌になりそうな、グロテスクな笑みを浮かべていた。 そしてあろうことか唇をすぼめて……キスをするような形に歪めた! もう見ちゃいられない!てか、もう限界! 思わず笑ってしまった。 僕の横にいた真紅も金糸雀も笑ってしまっていた。「……ふふふ……これはまいった……」 なんと薔薇水晶までもが笑いをこらえることができなかったのだった。「金糸雀、蒼星石、真紅、薔薇水晶、アウトォ!」 途端に僕らは男達に組みしかれ、ハエタタキで引っ叩かれる音が4つ響いた。「勘弁してほしいかしら!」「痛い!」「たまらないわ!」「……痛すぎ……」 僕らは皆、尻をさすりながらも、目の前のバケモノから目をそむけるので必死だった。
「な、なにをおっしゃいますかお嬢さん!」 ラプラスは完全にうろたえながら、その場から逃げ出そうとする。 しかし、途端にバケモノの髪が伸びた! そして奴の伸びた髪はラプラスの足に巻きついて、そのまま天へと持ち上げた! 全然お嬢さんじゃないって!こいつ!「……お嬢さんって……それ違いすぎ……ぷぷぷ」 薔薇水晶はこのやりとりに、吹き出してしまっていた。「薔薇水晶、アウトォ!」 目の前で繰り広げられる、あまりにも非日常な光景の中でも、水銀燈の宣告とともに、男達が薔薇水晶を組み敷いて、彼女の尻に一撃を与えていた。「……うっ!……痛いよ……」 痛さのあまり、涙目で尻をさする薔薇水晶。 てか、この男達はこんな奴がいても平然と罰だけはやるんだね。 ある意味大物だよ。「あぁ~ん、はやくこっちにいらして!うっふん」 聞いただけでも全身に震えが走りそうな声色で、プロポーズの言葉をラプラスに投げかける、このバケモノ。「ぬおおおお!何という力!しかし、私の貞操は貴女の物ではない!」 必死になって、体に巻きつく奴の髪から逃れようとするラプラス。 しかし、そんな抵抗はまったくもって無駄としか見えない。 そんなラプラスを見ていると、どこか哀れにさえ思える。
「貞操って……ふふふ!」 奴らのやり取りに、思わず吹き出してしまう真紅。 こうなってしまうとお約束のように……。「真紅、アウトォ!」「あうっ!」 宣告とともに、尻をハエタタキで叩かれ、走り回る彼女だった。「貴方は……わたしの、も・の・よ(はあと)」 ラプラスの顔は、何時の間にか奴の口元に近づけられて……。 ここから先はかなり嫌な予感がする! 思わず僕は顔をそむけたが……音だけは響き渡った! ぶちゅう、という……吸盤を押し付けたような音が!「ぐはああああああ!」 ラプラスの絶叫とともに、金糸雀の顔に……布が落ちてきた。 見ると……ラプラスのつけていた腹かけ! 僕ら4人が思わず吹き出したのは言うまでもない。「金糸雀、蒼星石、真紅、薔薇水晶、アウトォ!」 お約束の宣告と、ハエタタキの音。 僕らは痛さをこらえながらも、奴らの方には目を向けないようにするので手一杯だった。
「……綺麗は綺麗……美しいは美しい……迷子の迷子の迷子の迷子の……」「一緒に愛をはぐくみましょ。うっふん(はあと)」 壊れたレコードのように、訳のわからないことをうめいているラプラスを、不気味の国のアリスは大きな地響きを立てながら、どこかへ連れ去っていった。 後に残ったのは……何事もなかったかのように観光客で賑わう駅前。「な……なんなのよ……強烈すぎるかしら……」「あんなバケモノが来るなんて……パンチが効きすぎよ」「てか、周囲の人が動じていないのがすごい」「……強者だね……」 僕らはただ唖然としながら、その場でただぼんやりと立ち尽くすしかなかった。 -to be continiued-(蛇足)今回の特別出演 アリス鳥のみずうみ@超兄貴~聖なるプロテイン伝説~
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