第十二話 「至福」
第十ニ話 「至福」「ジュン、紅茶を入れなさい」「はいはいわかりましたお客様」「お客に何て口調」「これはすみませんお客さん」此処はローゼンメイデン。僕と水銀燈がバイトしている所だ。もう働き始めて一年以上になっている。そして客の真紅に紅茶を煎れるように言われてる訳だ。あの日、僕が学校に来た日に“死んだって茶を煎れてやる”と約束はしたもののほんとにその日からほぼ毎日ずっと紅茶を煎れる事になるとは。しかもローゼンメイデンでは紅茶はサービスだ。つまりは実質ただ働き。「あらぁ?また紅茶なのぉ?」「ええ、悪い?」「そんな事ないわぁ、けどただ茶ばっかってのは図々しいわぁ」「お金が無いのだわ、一杯くらいいいのだわ。 全く水銀燈はケチなのだわ」「なんですってぇ?紅茶ジャンキー」「あら?あなたこそ何?乳酸菌ジャンキー」
まーた始まった。この二人はほんとこういう風に喧嘩をする。ま、喧嘩するほど仲がいい。実のはなし、この二人は仲がいいんだけどね。「はいはい、喧嘩はそこぐらいにしたらどうかな?二人とも」「そうですぅ、うるせぇだけですぅ」「二人の言う通りだな」「わ、わかったわぁ……」二人は喧嘩をやめる。しっかり者の蒼星石に毒舌家の翠星石。二人とも学校に来だしてから暫くして出会った。水銀燈の友達らしくそれからこの店にもよく来るようになった。「全く、喧嘩してばっかですぅ。 少しは蒼星石と翠星石を見習いやがれこのダボですぅ」「わ、わかったのだわ……これから少しは静かにするわ……」まぁ静かにしたら静かにしたで何処か寂しいんだけどね。そんな事を言いながら僕は沸かしたお湯を紅茶に煎れる。そしてカップに蓋をして蒸す。こうして数分置いて味を出す。
「ほんとジュン君は紅茶を煎れるのがうまいね」「まぁな、蒼星石だって緑茶煎れるのうまかったじゃないか? またやったらどうだ?」「うう……けどもう勘弁だよ」蒼星石と翠星石は一度此処に小遣い稼ぎの理由でバイトをしてた事がある。二人は水銀燈の“制服”と金糸雀の“衣装”を見てかなり驚愕しながらも働いてたがやがて金糸雀のお姉さん、みっちゃんさんから届いた制服を着る羽目になったのだが蒼星石があまりの恥ずかしさに泣きそうになり蒼星石が辞めると同時に翠星石も辞めていってまた最初のように水銀燈と僕との二人きりになった。「けど蒼星石のあの姿可愛かったんですぅ」「な、何いってるの翠星石」かなり恥ずかしがる蒼星石。よっぽどあの事はトラウマになっているのだろう。「けど慣れるといいわよぉ?この制服」「その通りかしらー!」横からテーブルの掃除をしてた水銀燈とバイオリンを弾いていた金糸雀が口を出す。最初はあんだけ嫌々してたのにな……。
「全く、よく着れるのだわ」「あらぁ?結構いいものよぉ?もしかしたらあなたも着るようになるかもしれないわぁ」「全く冗談を、第一そんなのいらなくなったらどうするの?」「そりゃあ別の喫茶店で使うわぁ、今こういう服で働けるのもあるみたいだしぃ」「はは……別のお店に行くなんて考えないで下さいね。 あなたは看板娘なんですから」グラスを拭いていた白崎さんが言う。うん、全くだ。水銀燈が入ってからはお客も増えてるきがする。それもうなぎ上りで今尚、増えている。「そんな事考えないようにするわぁ。 けどジュンが辞めたら私も辞めるわぁ」「それならジュンさん辞めないようにお願いしますよ」「はは……心配しなくても辞める気はないですよ」此処を辞める理由など全く思い浮かばない。不登校時代からずっと居て愛着も沸くし最近は給料も上がったし。「しかし、もう一年ぐらい経つのねぇ……」「ええ、ジュンも頑張ったのだわ」「はは……そりゃどうも」「あの桑田の馬鹿野郎め、ほんととんでもないですぅ」「とんでもないのを認めるけど野郎じゃないよ翠星石」
ほんとにとんでもない。あまり桑田の思い出は悲惨だ。不登校から抜け出してようやく登校して水銀燈と付き合いだしたのだが次の日にはほんと驚愕した。学校中の全員に水銀燈との事を知られていた。ご丁寧に告白シーンの盗撮写真まで。撮った奴は十中八九間違いなく桑田だろう。至福が訪れたかと思った思いきやこれだからほんとに困る。「あの後男子は口聞いてくれなかったんだよね、ジュン君は」「全く、水銀燈が手に入るとでも思ってるのですかねぇあのやらしい野郎どもは」全くほんとにびっくりする。男子の友達だった山本君は結局来なかった。悲しいが今もそうだ。喋る相手も居らず適当な相手に喋ろうとするが全員が全員口を聞いてくれなかった。これも桑田の狙ってた事なのだろうかはわからないが結構効いた。「あの子もよくやるのだわ」「全くねぇ……今はもうジュンに“飽きちゃった”らしいけど」
桑田の虐めに屈さないで僕は頑張り続けた。すると、ある時突然虐めが無くなった。何の反応もしなくなった僕に飽きたのだろうと水銀燈と考えていた。ほんと単純な話だ。ただ楽しい事をして楽しくなくなったからやめた。桑田にはそれだけの話だ。そして嫌な事にそれが彼女の“幸せ”なんだろう。そう思っていると店のドアが開く。誰かと思いきやベジータだ。ベジータは唯一口を聞いてくれた男友達の一人だ。何でも蒼星石一筋らしく水銀燈には興味ないらしい。ちなみに蒼星石はベジータの事を何とも思ってない。「おうジュンに薔薇乙女と色々居て何ていい空間なんだっ!」キモいことを言うな。「けど君は此処に来ちゃ駄目なんだよ?」「げぇっ!笹塚!」ジャーンジャーンという効果音を出してそうなこいつは笹塚。こいつも口を聞いてくれた一人だ。何かこいつも普通の人とは違う気がする。
「そうだよベジータ!君は説教なんだから。 僕が色々と指導しないといけないんだから?」こっちは言わずとも梅岡。今はもう学年が変わって今では担任ではないが生活指導のままだ。よく何故かベジータを連れて行こうとする。そしていつも何故か笹塚は梅岡と一緒にいる。何でだろうな?「さぁ!学校へ行こうか!」「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!助けてくれ皆っ!」「嫌」僕も合わせた皆が一斉に言う。ベジータはいくら変質者だからといって別に関わりたくないわけでない。問題はその隣の梅岡だ。無駄に熱血でうるさいのであまり一緒には居たくない。「じゃあ行こうかベジータ」「そうだぞ、説教から逃げ出すなんて駄目なんだから?」「や、やめろおおおおおおおお!!!!!」そう言って笹塚と梅岡はベジータを連れて行く。何ていうかご愁傷様。まぁ、何だかんだ言って笹塚もベジータも仲がいいんだけどね。
「なんだったのぉ?」「さぁ、忘れよう」ああいうのは忘れるに限る。「私も帰らせてもらうわ」「あら?早いわねぇ」「くんくんが始まるものの」くんくんとは真紅が好んでよく見る番組だ。幼児向けだが何故か以上に執着している。「ほんと幼稚ねぇ」「なんですって?今度くんくんの魅力について説いてあげるわ。 今は急いでるからまた今度よ」そう言って真紅は出て行ってしまった。席を見るといつの間にか煎れてた筈の紅茶が取られ飲み干されてる。一体何時の間に。無論、サービスの紅茶しか飲んでないので料金はいらない。意外とせこい。そして素早い。
「全くあの子のくんくん好きにはあきれるわぁ……」「ほんとですぅ、真紅は餓鬼ですぅ」「はは……」まぁくんくんの事さえ除けば一番大人っぽいかもしれないんだがな。「しかし……此処もにぎやかになったと言えば賑やかにはなったけど 凄く寂しいかしら……」「……ああ」「……オディールのことねぇ」オディール。彼女に僕が学校に行けた事を言おうとした矢先だ。彼女はいなくなってしまった。入院したらしい。いや、正しくは“させられた”らしい。あまりにもオディールの精神が追い詰められてる事をずっと気にしていたオディールの通うフリースクールの先生がオディールの事を精神病院に言って薬以上の治療をお願いしたのだ。その結果、ローゼンメイデンからオディールは居なくなった。
「いい……人だったんですよね?」「……ああ、凄い人だ。自分の事を諦めて他人を助けようとする。 可哀想で……可哀想で……凄く優しかった」「……きっとまた会えるよ。 その時にはお互い“幸せ”を語れるよ」「……だな、また会える事を祈っておくか」ひょっとしたら死ぬまで会わないかもしれない。けど、いつかお互い……幸せ一杯な話をしたい。悲しみなんかない話を。「……さて、翠星石達は帰るですぅ。金糸雀も行くですよ」「わかったかしらー」そう言うと金糸雀は奥の更衣室に駆け込んだ。「そういえば金糸雀のバイオリン。 此処で使ってるのって傷だらけだよね? 何で家にある新品の方を使わないんだろう?」蒼星石が疑問を口にする。金糸雀は蒼星石の言うとおり家では新品のバイオリンを使って此処では傷だらけの……悲しい“思い出”ばかりのバイオリンを使ってる。
「悲しみの思い出を乗り越えて……悲しみの思い出と戦い続けて そして“幸せ”を生み出すって金糸雀は決めてるんだよ。 悲しみの思い出は消えないから……背負っていくしかないんだ。 戦うしかないんだ」「……金糸雀も大変だったね。けど……悲しみのバイオリンを使っても あんだけ幸せそうな曲が弾けるようになって……よかったよね」「……ですぅ。金糸雀に悲しい姿は似合わないですよ」「あの子はずっと笑ってるのが一番似合ってるわぁ」金糸雀に涙は似合わない。もう悲しみを乗り越えたんだから。「お待たせかしらー!何話してるかしら?」「何でもないですよデコ女ですぅ。 ほらさっさと帰るですよ」「うん、じゃあ僕達はそういう訳で」そう言いながら蒼星石が料金を置いて帰ろうとする。「ああ、またな」「気を付けてねぇ」「そうそう、最近風邪が多いんだから……」と言った瞬間思いっきり咳き込んでしまう。何だか最近多いな。話してる側から咳してしまった。
「そう言ってる側からおめぇが風邪をひいてやがるですぅチビ人間。 おめぇが気を付けやがれですぅ」「説得力ないかしら」全くその通りだ。うがいでもしようか?「まぁジュン君も気をつけてね。それじゃあ」そう言って三人は出て行った。うるさかったローゼンメイデンが一気に静かになる。「全く賑やかでしたね」「いつものようにねぇ」「んじゃあもう上がっていいですか?白崎さん」「ええ、結構です。奥で着替えてらしてください。 紅茶を用意しておきますよ」「相変わらず下手なのですがね」「はは……ほんとに厳しい」白崎さんとそんな風に会話をした後、奥の更衣室へと向かう。水銀燈もそれに続いてくる。そして男女別に更衣室に別れさっさと着替えを済ませる。
「着替え終わった?水銀燈」「まだよぉ……脱ぐのに時間がかかるのよぉ」「はは……」「♪~」「ん?何の曲だ?」「確かこれはあなたが不登校だった時に教えてくれた曲よぉ」「んーなんだっけ?」「名前は忘れたわぁ。一万年と二千年前から愛してる~♪こんな感じよぉ」「んー、タイトルを忘れてしまった」こう見えても僕は色々と曲を聴く。色んなジャンルのものを兎に角手当たり次第聞いている。これも聞いた覚えがあるのだが名前が思い出せない。「ま、良い曲だったのには違いないな」「そりゃそうよぉ、あなたが教えてくれたものぉ」そう言いながら着替え終わった水銀燈が出てくる。「さて、バイトも終わりましたしデートといきますか」「デートといってもローゼンメイデンでだけどねぇ」バイトも此処、デートも此処。最早笑えるな。
「お疲れ様です、紅茶をどうぞ。水銀燈さんはこちらを」そう言って僕に紅茶、水銀燈にヤクルトを渡す。不公平に見えるが水銀燈は満足している。「どうです?」「やっぱ下手ですね」「はは……ノートで勉強さしてもらってるんですがね」「まぁもっとやればいけますよ。 白崎さん、今僕らはお客なんですから何かお話をしてくださいよ?」「ええ、何か面白い話を聞かせて欲しいわぁ」「んーではこの店に兎が一杯あるのは承知ですね?」無論、カップにはピーターラビットの絵が印刷されてたり不思議の国のアリスの本や兎の絵があったりと何かとこの店には兎が多い。「それを置いてる理由とかですか?」「いえいえ、それはただ私が兎が好きだからですよ。 今回話すのはまた別のお話です」「どんなお話なのぉ?」「それはですね、私が死に掛けた事があるのですが その時に兎好きの私が出会ったタキシード姿の“名も無き兎”のお話です」
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