『きみとぼくと、えがおのオレンジ』~第五話~
「ねえ、ジュン。今度のドイツ語の授業って小テストよね?」「ん?ああ。15Pから18Pまで」「うっそ!僕、テストとか知らないんですけど!?」「あはは、お馬鹿さぁん。居眠りばっかりしてるからよぉ?」「うるさいなぁ……はあ、最初の頃の夢と希望を返してください」「あらぁ?それって私に対するあてつけぇ?生意気ぃ~!」「あ、こら!僕のトンカツを返せ!カムバック、マイトンカツ!!」「ふん、トンカツ取られたくらいがなんだ笹塚。俺様なぞな……お前達と 同じ授業すら殆どなく孤高の授業を送ってるというのに……くっ!」「でも……こうやって、昼ごはんは……食べてる、よね」「ん?まあ、それはそうか。はは、そういえばそうだった薔薇嬢」「早いな、立ち直り」「それがオレ様の美徳だ、桜田」「それ、美徳じゃなくて図太いだけ」「うるさいぞ笹塚」ガヤガヤと騒がしい食堂の中僕らは同じテーブルで昼食を取る。気づけば僕達5人は良くつるむようになっていた。初めての昼食、水銀燈の提案で行われた昼食。それがきっかけ。食堂のテーブルを囲んで皆で始まった他愛ない会話、それが今では普通の光景だ。
『付き合ってみれば、互いがどういう人間か良く分かる』という言葉がある。それは時には不和を生む場合があるものなのだが僕達に限って言えばそれは良い方向に働いたと言えた。例えば、僕の前でワイワイやってる笹塚、ベジータ、水銀燈の3人。当初、ベジータや笹塚は水銀燈が自分達の理想の女性だと思っていたようだが、実際はそうではなく、話し振りから分かるように自分達と同じ同類、いわゆる悪友タイプであると知り当然のようにヘコんだ。からかわれ、小悪魔めいた笑顔で毎日騙されれば誰でも分かることだ。しかしそこは同類、いつのまにか恋愛を超えた友情という奴で腕組み合うように。『確かにスタイルも顔も最高クラスなんだけどさ、はは、なあ?』と遠い目をして呟いたのは笹塚の弁。その遠い目の中に如何様な気持ちがあるのかは振れずにおこう。まあ、とにかくだ、僕から言えることはこの3人の会話は聞いていて飽きないという事と良い友達だという事。それより、目下の問題は別にある。そう、僕の一番の問題、隣に座る彼女に視線をやる。
「……」静かに箸を動かし鯖の味噌煮を口に運んでいる薔薇水晶。僕はコイツのことをどう思っているのだろう。皆とつるむようになってから、どうにも僕は自分の気持ちが恋なのか何なのか少し分からなくなってきている。初めて会ったときのあの気持ちは、本当に恋だったのだろうか?アレは一時の迷いで、ただの勘違いだったのかもしれない。いや、それより薔薇水晶は僕のことをどう思っているのだろう?確かにつるむようになってから話をするようになった僕達ではあるが、会話の内容はほとんど大学の授業でそれ以外はほぼ皆無。話そうとすると薔薇水晶が嫌そうな顔をするのでそこまでの話ができていないのだ。僕のことを嫌っているのではないのは雰囲気で感じ取れる。だが、ただの友達なんだろうか、やはり。結局のところ僕は彼女と出会った頃から何も進展できていない。「ふぅ」溜息がでるのも仕方ないといったところだ。春から夏に移り行く日差しが差し込む食堂は喧騒に包まれ、だけど僕はなぜかそこに取り残されたような気分になる。
昼食が終われば僕達はそれぞれの講義に向かう。笹塚と薔薇水晶は一般教養、ベジータは専門科目の何とか数学、そして僕はというと、「で、あの娘とはうまくいってるのぉ?」「別に、何にもないけど」「はぁ……ぜんぜん駄目じゃなぁい」「良いだろ、別に」「駄目駄目ねぇ」こうやって水銀燈の相手をしながら文型の専門科目の授業を受けていたりする。僕の気持ちを知ったからこそ始まったこのつるみあい、その原因の水銀燈には二人になるたび、とまではいかないが、良く薔薇水晶との話を尋ねられる。正直おせっかいも程ほどにして欲しいと思ったことは一度や二度ではない。だが、ふざけているように見えてもその言葉の端端にそうではないものが混じってるので無視できないのだ。「ねえ、ジュンは薔薇水晶が、なんでしょぉ?」「どうだろな」「……どうなのかって聞いてるのよ?まったく乗りが悪いわねぇ」「何にもないよ、これといって」「ふぅん」
そう、何にもないのだ。これっぽっちもの彼女との距離が縮まるだとか仲の良い友人になれたりだとかはないのだ。だが、彼女はしつこく聞いてくる。「本当にぃ?冗談ぬかしたらゲンコツよぉ?」「だから……本当にないんだって。喋ろうにも、話題もないし」「そぉ。でも、脈なしってわけではないんでしょぉ?」「どうだか。そこまで話した事ない」大教室の下で授業を行っている教授のありがたい言葉を右から左しつつ、別段どうでも良いみたいな感じの生返事だけを返す。分からないものは分からないのだ。「ねえ、ジュン」水銀燈の声の調子が一段下がり猫なで声が消える。それは真剣になる一歩前の合図だ。横目で見れば彼女は黒板から目を離していない。「なんだよ」僕も少し真面目に答える。「貴方、本当に薔薇水晶をどう思ってるの?」僕は首を動かさずに周りを見回す。幸いな事に生徒のほとんどが教室の下のほうに座ってるお陰で周りにはほとんど人はいない。少し、深呼吸。間をおいて考えをゆっくりと咀嚼しながら口に出す。
「分からない。好きなのは好きなんだと思うけどさ、最近それに自信がない。 何だろうな、向こうは普通の友達になりたいだけなのに僕だけが 突っ走ってるような気がして、正直、考え直してる」横目でもう一度見る。水銀燈は肘をつきながら、眉を寄せている。「そう、そう思ってるのねぇ。そっか……」遠い目、何かを考えている目。実際は数十秒ほど、けど結構長い間そうしていたように感じた。「ねえ、ジュン?」ゆっくりと、今度は僕のほうをはっきりと向いた。「何だよ?」僕も倣うように彼女を見る。「今度の日曜日、少し付き合ってくれない?」「はあ?」また、いきなり。いや、突然わけの分からない事を言って買い物の荷物運びに付き合わされたりおごらされてるのはたまにあるけど。でも、また、何で、突然?
「何ぃ?まさかやーらしい事でも考えてるんじゃないんでしょねぇ?」ニヤリと僕をバカにしたような目つきで見る水銀燈。「はっ、まさか」一笑に付すが、実際は、少し。まあ、そこは健康な男子諸君が考える事だろうし、割愛。「とにかく、今週の日曜はスケジュール空けときなさいよぉ?そうでないと 後でアンタをジャンクにしてあげるからぁ」「ジャンク?」訳がわからんと言った顔で水銀燈を見返してやる。と、身体を前に向きなおし、横目でスッと目を細めて一言。「ジャンクの和訳はぁ?」「ごみ、がらくた」ああ、なるほど。逆らうと後で痛い目にあわせると。背筋に冷たいものが走った。腕っ節が強くなくても、人間をギタギタにする方法なぞ幾らでもある。そう言いたいのだ。
「ん、分かった」「良かった。あ、でもバイトなら仕方ないって割り切ってあげるけど 日曜にバイトとかやってなかったわよねぇ?」「あーっと……」僕も前を向きつつざーっと脳みその中を整理する。これでも大学生、バイトをしなければ飯大も遊ぶ金もないわけで。今週の日曜はバイトが入ってはいる、が、代われない事もない。しかし、確実だとはいえない。「悪いけど返事は明日で良いか?」うーん、とペンを回しつつ一考する水銀燈。「ま、いいわぁ」はあ、と溜息をついて僕らの会話は終了した。授業終了のベルが鳴る。人が去る。一日が終わる。朝が来て、夜が来て。バイトの都合がついて。
そして、運命の日曜日がやって来る。
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