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「…来たみたいだね」
そう言いながら、鋏を手に立ち上がる。
今はまだ、黒い点が集団で移動してるようにしか見えないが…
野犬達が『罠』に惹かれて、群れで移動してきた。
「…ふふふ…綺麗な薔薇の香りに誘われて…薔薇には棘が有る事にも気付かない…」
雪華綺晶がこれから始まる戦いの予感に、楽しそうに口の端を持ち上げる。
「…そうだね……実力の差を分かっていながら…逃げる事もせず、ただ数を集めて向かってくる…」
「ええ…とても…愚かですわ…」
群れの先頭が、その息遣いが聞こえる距離まで迫る―――
牙を剥いて飛びかかる野犬…その毛の一本一本から――視界の全てから――色が消えていく錯覚を覚える――
僕は無人の荒野を行くように、足を進め――すれ違いざまに一頭の野犬を両断した――
返り血ですら白く見える世界で…僕はそっと呟いた。
「それに…哀れだね…」
- 色を失った世界で、僕は踊るように鋏を振る。
左右から同時に飛びかかってきた野犬を、留め金を外した鋏で斬る。
(…まだ…)
上下から襲い掛かってきた二頭を、それより高く跳び、着地と同時に貫く。
(…もっと…この世界を…)
着地の隙を狙って牙を向けてきた巨大な一頭を、引き抜いた鋏でそのまま切り上げる。
(…迷いも…恐怖も無い世界を…)
…
全てが終わり…視界に色が戻った頃…動くものは何も無くなっていた。
僕は地面に落ちたテンガロンハットを拾い…
だけどそれは、泥と返り血ですっかり汚れていた。
小さくため息をつき、群れのリーダーだったとおぼしき一頭の顔の上に乗せる。
「相変わらず…素晴しい腕前ですわ」
雪華綺晶が声をかけてくる。
「…そうでもないさ…お気に入りの帽子をダメにしちゃった…」
そう言いながら、雪華綺晶の様子を見る。
「君こそ…怪我一つしてないじゃないか」
「でも、あなたの方がとても活躍してましたわ」
「…そうかな…?」
思い出そうとしても…
戦ってる時の記憶はどこか曖昧で、はっきりしないものだった。
- 「…とりあえず、これで付近の村が襲われる心配も無くなった訳だし…依頼は完了だね。帰ろうか」
自分の発した言葉で、改めて仕事が終わった事に気が付く。
そして…
何でだろう…
無性に翠星石に会いたくなった。
早く帰りたい。早く帰って、翠星石の顔が見たい。
でも…会ってどうする?
こんな血塗られた手で、翠星石を抱きしめる?
白い世界に囚われた心で、彼女の微笑みに向き合えるのだろうか?
色の戻った世界で…僕の心には迷いと葛藤しかなかった。
(…僕は…どうしたいんだろう…)
答えの出ないままぼんやりと、帰る準備を始めた雪華綺晶の背中を眺めていた。
―※―※―※―※―
「今すぐ人質を解放して出て来い!そうすれば命だけは助けてやるぞ!!」
銀行の外から、賞金稼ぎや保安官ががなりたてるが…
「うるせぇ!!黙らねぇとこのガキぶっ殺すぞ!!」
- (出て来いと言われて、ほいほい出て行くようなヤツは、そもそも銀行なんて襲わねぇですよ…)
強盗と外に集まった連中とのやり取りを聞いていると、頼もしくって涙が出そうになる。
(…私が…やるしかないですね…)
幸い、強盗もこちらにはノーマークだ…
そっとポケットに忍ばせてある、睡眠薬『スィドリーム』と手の中に滑り込ませる。
強盗は三人。
両手で一つずつ投げるとしても、一度に倒せるのは二人。
そして何より…
(人質が…チビっ子なのが…非常にマズイですぅ…)
大人をたった一呼吸で昏倒させる量の『スィドリーム』
それを、小さな子供が吸えば…眠るなどといった程度では済まない。
下手をすれば、脳に障害でも残りかねない威力だろう。
かといって…
使う量を減らせば、相手に反撃の時間を与えてしまう。それこそ、本末転倒もいいところだ。
カバンに金を詰めさせている残りの二人に視線を向ける。
あの二人に『スィドリーム』を使う。
残った一人は、確実に攻撃してくるだろう。
せれでも、勝つ自信は十分に有る。
…最も、人質が殺される可能性を無視するならの話だが…。
(いずれにしても…ネックはあのチビガキですぅ…)
- 一つずつ、確実に。
植物の根がコンクリートを割るように、徐々に、気付かれないように…確実に相手の利点を奪う。
やるべき事は、決まった。
「…そんなチビ人質にして、恥ずかしくないんですか?」
刺激しないよう、抑えた声で、静かに挑発する。
「んだとコラァ!!」
…かかった。
「怒鳴る位なら、その子をさっさと放すですよ」
「うるせぇ!黙ってろ!鉛玉喰らわせるぞ!」
完全に、こっちに注目を集めた。あとは…
「…そのガキの代わりに、私が人質になってやるです!だから…」
そう言いながら足を進めようとするが…銃口を向けられ、立ち止まらざるをえなくなる。
「……」
「さっさと、その子の代わりに私を…!」
「黙れ」
男は急に、まるで別人のように低い声でそう呟く。
「…てめえみたいなのは…ただ勇敢なだけの馬鹿か…何かを考えてる馬鹿…違うか?」
(…バレちまったですか…)
…どうやら、伊達や酔狂で『連続』強盗犯になった訳ではなさそうだ…。
残念な事に…それなりの知恵はつけているらしい。
- 「ここでてめえを殺してもいいが…その銃声を聞いた外の連中がいきり立って突入。
人質、強盗、全員死亡…なんてニュースは俺らも嫌なんでな…。そのまま座ってろ!」
残りの二人も、こちらに銃を向けてくる。
…攻撃を何とか避けながら、『スィドリーム』で二人同時に倒す。
残った一人が人質を盾にする前に、次の行動を……
いや…どう考えても、『一手』足りない。それも、決定的な『一手』が。
だが、ここで退く訳にはいかない。
ここで退けば…確実に全ての武器を取り押さえられるだろう。
そうなれば、残された道は2つ。
外にいる保安官達の突入で、多くの命が失われながらも、何とか事件は解決するか…
人質を盾に強盗達は逃げ、後日、荒野に小さな子供の死体が転がるか。
(…こんな時…蒼星石さえいてくれれば…)
鋭く向けられる6つの目と、3つの銃口。
(……さて…どうしますかねぇ…)
もう…決断まで残された時間は少なそうだ……
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馬を駆り、アジトの近くの町まで帰ってきた。
すると…
何だろう、やけに騒がしい。
「何か…あったのかな…?」
何の気は無しに、騒ぎの中心に足を向けてみる。
すると、銀行を中心に、沢山の人だかりが出来ていた。
「…一体、何があったんだい?」
近くに居た人に、そう聞いてみる。
「おお!蒼譲じゃないか!…ふむ、実はそこの銀行に強盗が入ってだな…」
顔に靴の跡をつけた男が、やけに親しげにそう教えてくれる。
…どこかで会った気がするけど…思い出せない。誰だっけ?
「…へえ…そうなんだ」
とりあえず無難にそう答えながら、くだんの銀行に視線を向け―――
僕の心臓は一瞬、動きを止める。
ガラス越しに見えたのは、3人の強盗犯と…銃を向けられた翠星石の姿。
「翠星石っ!!」
気が付けば、僕は叫びながら駆け出していた。
- 鋏を振り、目の前のガラスを砕く。
銀行に飛び込み、地面を転がり衝撃を殺し…
起き上がりざまに、鋏を横に薙ぐ。
銃を持った男の胸が裂け―――赤い飛沫が吹き上がった。
…闘う僕の世界。
それは決して、これまでみたいに綺麗な世界じゃなかった。
視界は返り血の赤で醜く汚れ、体は刺さったガラスの破片で痛かった。
自分の無謀さに呆れ、翠星石に向けられた銃口がとても怖かった。
それは決して、白い、純粋な世界なんかじゃなかった。
それでも…だからこそ、僕の胸は激しく脈打つ。
―――翠星石を助けたい―――
その思いだけが僕の胸に広がり、心を震わせる。
- 突然の乱入者に、反応が『一手』遅れた男に、僕は鋏を投げる。
男は胸から鋏を生やした格好で倒れ―――
視界の端に、残った最後の一人が僕に銃を向けるのが見える。
―――しまった…!―――
不意打ちで稼げたのは、たった『一手』。
決定的な、もう『一手』が圧倒的に足りない
―――間に合わない―――
その時――僕の頭上を何かが、まるで彗星のように飛び越していった―――
「―――とぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!!」
彼女は叫びながら、見事なドロップキックを男の顔に叩き込み―――
- あぁ…そうだった…
僕には…翠星石がいる…。
僕の足りない所を、常に補ってくれる人。
いつでも僕の事を守ってくれる人。
いつだって、僕を救ってくれるのは彼女。
この世界には、悩みも迷いも恐怖もある。
だけど、この世界には翠星石がいる。
たったそれだけの事が…なんって素晴しいんだろう。
なんって嬉しい事なんだろう。
翠星石がいる。
それだけで…僕の世界には色が、匂いが…そして、心が広がる。
気が付けば…全てが終わった銀行内で、僕は翠星石を抱きしめていた。
- 「ちょ…!いきなり何するですか!?こんな人目の多いところで…放せですぅ!」
翠星石が照れて暴れるけど、僕は離さない。離したくない。
「きー!!そんなハレンチな妹に育てた覚えはねぇです!」
やっと…やっと気が付いた、僕にとって一番大切な存在。
「……でも…助けに来てくれた時は…嬉しかったですよ…」
翠星石もそっと、僕を抱き返してくれた。
暫くそうしていて…僕はずっとこうしていたかったけど…
翠星石が手を離し、僕の顔を改めてまじまじと見てきた。
そして、その視線が僕の頭の上で止まった。
「蒼星石…帽子はどうしたですか?」
「え…うん。失くしちゃったんだ」
「…ふっふっふ…なら、そんなお前さんには、私から素敵なプレゼントですぅ」
そう言い、自分の頭の上にちょこんと乗っかっていたテンガロンハットを、僕にかぶらせてくれる。
…やっぱり、僕は馬鹿だ。
やっぱり、翠星石はすごい。
僕が悩んでいた時も、彼女はずっと僕の事を考えていてくれてた。
僕に出せなかった答えを、彼女は初めからちゃんと分かってくれていた。
何だか、泣きそうになってきた。
僕は目元を隠すように、片手で帽子をかぶりなおす。
- そして…
もう片手で、翠星石の手をそっと握る。
「さて。『じじょーちょーしゅ』とやらでうるさくなる前に、さっさとずらかるですよ!」
そう言い、翠星石が僕の手を引き駆け出す。
「え?ええ!?ちょ…ちょっと待ってよ翠星石!―――」
手を引かれて走る僕の視界に映る世界は、ちっとも綺麗じゃあない。
だけど…その全てが、たまらなく愛しいものに感じた…――――
⇒ see you next Wild...
最終更新:2008年04月02日 12:22