街から上がった炎。
消し止める人間の誰も居ないゴーストタウンでは、それは消える気配も無く、ただ広がるばかり…
やがて炎は…街の最奥に建つ薔薇屋敷にもその手を伸ばし始めた。
「マズイな…早く真紅を探さないと……」
ジュンは薔薇屋敷の廊下を、呟きながら走っていた。
目に付く扉を片っ端から開くが…そこには真紅の姿はおろか、人影すら見えない。
護衛の人間も、逃げたか消火作業に当っているのだろう。
戦う術を持たないジュンにとって、それは幸運ではあったが…
だが逆に考えると、それほどまでに火の手が迫ってきているという事実…
それは確実に、幸運を帳消しにする事態でもあった。
「どこに居るんだよ!真紅!」
半ば叫ぶように、扉を開く。
だが…その部屋にも、誰の姿も無かった。
そうしてる間にも、屋敷に漂う風は徐々に熱を帯びだす。
まだ火は見えてこないが…それも時間の問題だろう……
「……早くしないと…」
焦る心を落ち着かせる為にも、小さく呟く。
靴を通して、床板が熱せられていくのを感じる。
それと……
どこか…遠くで…誰かがすすり泣く声―――
「―――真紅ッ!!」
叫び、ジュンは屋敷の奥へと駆けて行った――。
廊下を駆け――― やがて、赤い絨毯の敷かれた通路に差し掛かり―――
その先に、薔薇屋敷の名に相応しい、装飾の施された一枚の扉が見えた―――
「真紅!!」
名を呼びながら、扉を大きく開け放つ。
そこには……
ずっと探していた…
もう、会えないかもと諦めた時もあった。危険を掻い潜って、自分を助けてくれた。
ずっと会いたかった――― 真紅の姿があった。
部屋の隅で膝を抱きながら子供のように涙を流す、真紅。
ジュンはそんな彼女に走り寄る。
「大丈夫か!?どうしたんだ!?どこか怪我でも―――」
「ジュ…ン…?」
真紅は泣きながら、それでも、首を横に振る。
「…そうか…なら良かった……それなら、早くこんな所から逃げよう!」
そう言い、ジュンは真紅の手を取った。
―――私の手は…血塗られ、汚れてしまった…―――
真紅は弾かれたように、ジュンの手を振り払い……
「…真紅……?」
ジュンが唖然とした表情で真紅の顔を覗き込む。
―――こんな…穢れてしまった私を見ないで……―――
「い…や……嫌……来ないで…私を見ないで!」
真紅はそう叫び、ジュンを乱暴に押しのけると……
扉を抜け、屋敷の中へと何かから逃げるように走り去っていった。
「な!?…待てよ真紅!」
訳が分からないながらも…それでもジュンは、真紅の後を追う。
「おい!真紅!」
廊下をあてもなく走る真紅の背中に声を飛ばしながら、ジュンも廊下を走る。
そうしてる間にも…屋敷は徐々に炎に蝕まれ……やがて、熱風と軋む音が周囲から押し寄せてくる…。
「何なんだよ!何してるんだよ!真紅!!」
カーテンに火がつき、屋敷はいよいよその最期を思わせる。
それでもジュンは真紅の後を追い―――
不意に真紅の体がバランスを崩した。
同時に、焼かれ、脆くなった柱が折れたのか――― 屋敷が大きく揺れ―――
真紅の足元の床が、大きく裂ける―――!
「真紅ッ!!」
ジュンは叫びながら、地面を蹴り、真紅へと手を伸ばす――――
―※―※―※―※―
突然地面が崩れ…真紅は短い時間ではあるが、自分が気を失っていた事に気が付いた。
そして…右腕が千切られそうな位、痛い。
真紅は痛みに目を覚まし―――そして自分が、崩れる廊下の中で、宙に吊られてる事に気付いた。
その原因。
右腕の痛みの先に視線を向けると―――
彼が――― ジュンが手を握り、必死に自分を繋ぎ止めてる光景―――
「そんな……ジュ…ン……?」
呆然と、ただ声をかける。
「……何してんだよ…真紅…ほら…早く…よじ登ってこいよ……」
引き攣った笑みを浮かべ…それでもジュンは、優しい声で話しかけた。
だが…真紅の手を握るジュンの体も……ズルズルと引き摺られるように、床の亀裂へと近づく……
真紅は…ジュンに握られた自分の右手を見つめた。
―――この手は…赤く血塗られているのだわ…―――
死ぬのは怖かったし、生きる事も怖かった。
それでも……
真紅はジュンの顔を、真っ直ぐに見つめた。
「……早く…しろよ……」
額に汗を浮かべながら、ジュンが小さく呻く。
―――もう…迷ってる時間は無いのね…―――
真紅は―――その左手で、ジュンの腕を掴む。
「……ありがとう…ジュン……」
そして―――真紅はその顔に、柔らかな微笑みを浮かべた。
「……あなたの淹れてくれた紅茶……大好きだったわ……」
ジュンの手を振り解き―――
一人、奈落へと落ちる真紅は――――
涙を流しながら、最期まで微笑んでいた――――
―※―※―※―※―
「…全く……大した忠犬っぷりねぇ……」
水銀燈は辿り着いた薔薇屋敷で、消火活動の手を止め交戦してきた護衛を…
すでに静かになった彼らを眼の端で見送りながら、階段を駆け上る。
作戦の目的は、この屋敷のどこかに有る、機械人形に指示を出してる機械の破壊。
だが…それも、この炎では、必要無さそうだった。
しかし…真紅とかいう、気に喰わない女の救出に先行した、ジュンの存在。
「……古い馴染み、ってのも…厄介なものねぇ……」
辟易したように呟くが…その頬は少し持ち上がっていた。
サブマシンガン『メイメイ』の弾倉を確認し、水銀燈は廊下を走る―――
すると―――
廊下の中心、裂けた床板の前に『古い馴染み』の姿を見つけた。
「……何してるのよぉ……真紅とかいう子、ちゃんと探してあげなさいよぉ」
ジュンの背中に声をかけるも…どうも様子がおかしい。
「…ねぇ…聞いてるのぉ?」
改めて、そう声をかけるが……
ジュンは床に開いた穴を見つめながら、ただ、涙を流し続けていた…
水銀燈はため息をつき…ジュンの後頭部を思いっきりひっぱたく!
「人の質問に答えなさいよぉ!」
「な!?す…水銀燈!?何するんだよ!」
我に返ったジュンが声を荒げる。
だが…
「……時間が無いし……手短に説明、お願いできるかしらぁ…?」
水銀燈に鼻先に銃を突きつけられ、その勢いも続かない。
「……真紅が……ここから落ちて……」
ポツポツと説明しだすジュンの声を聞きながら、水銀燈はその亀裂に視線を向ける。
幸い、熱こそ伝わってくるが…まだ、階下は炎に包まれてる訳ではなさそうだ……
水銀燈は、涙の跡を拭くジュンに視線を戻した。
何故か、無性に腹が立った。
泣く人間にも、泣かせた人間にも。
これは、大切な人を失った涙。
あの時…めぐを失った時……私が流した涙……
「……私が様子を見に行ってあがるから……あなたは…さっさとその汚い顔を拭いて、脱出する事ねぇ…」
「それなら、僕も―――」
ジュンの言葉を、水銀燈は片手を振って止める。
「…あなたが来た所で…何が出来るのよぉ……足手まといは邪魔なだけよねぇ…?」
「でも―――」
まだ納得しないジュンの口に、水銀燈は人差し指を当てた。
「心配ないわぁ」
そして水銀燈は、床に広がる亀裂に歩み寄り…口の端に笑みを浮かべる。
高い所から落ちるのは、これで何度目だろう?
そして…銀色の髪を指で梳きながら、ジュンを振り返った。
「それに…言い忘れてたけど……私って天使らしいわよぉ……?」
水銀燈は地面を軽く蹴り―― ふわりと髪が宙を踊った―――――
―※―※―※―※―
炎に包まれた部屋の中…その中心に……真紅は仰向けに倒れていた。
涙は止まらないのは、部屋に広がる煙のせいだけではなかった。
「…私は……もう……ジュンの傍に居るには相応しくないもの……」
小さな声で、呟く。
死ぬのは怖かったが……死ぬべきだという思いがそれより強かった。
真紅は動かず、ただ崩れる屋敷を見つめるだけだった…。
天井の一部が崩れたのか、何かが落ちてくる音がした。
だが、真紅にはすでに、何の関心も無い事。
「……無様ねぇ…?」
近くから声がかかった。たしか…水銀燈とかいう女の声。
「………」
真紅は何も答えず、振り向きすらしない。
「……さっさと起きなさい……逃げるわよぉ」
水銀燈がそう言い、腕を掴んで体を起こしてくる。
「…離して!」
真紅は癇癪を起こしたように叫び、水銀燈の腕を振り払った。
次の瞬間―――
「甘えるんじゃないわよぉ!」
声と共に、真紅は頬を思いっきり殴られた!
「何て事を―――」
「…ウジウジするなら、後でたぁっぷりしたらいいわぁ……でもね、今はすべき事が別にあるでしょぉ?」
真紅はゆっくり、立ち上がる。
「……あなたに…あなたなんかに……私の気持ちが分かるもんですか!」
真紅は拳を固め―――水銀燈に殴りかかる。
水銀燈は――― それを避けず、顔で受け止め……少しよろめいた。
「……分かる訳無いでしょぉ!」
水銀燈が真紅を殴り返す。
「何よ!あなたなんかに…!!」
真紅が水銀燈の頬を殴る。
「そうよ!私はあなたとは違うわぁ!」
左の頬を殴られれば、右の頬を。
胸を殴られれば、腹を。
二人は炎に囲まれた部屋の中心で、拳をぶつけ続ける。
「あなたには分からないのよ!!」
「辛い思いをしてるのは―――」
二人の拳が交差し―――
「私の苦しみが!!」
「あなただけじゃないのよぉ!!」
真紅の拳が水銀燈の頬を捉え―――
水銀燈の拳が、真紅の顔を打つ―――
そして―――
殴り疲れたように……二人はそのまま、力なく地面に倒れた…。
水銀燈はゴロリと寝返りを打ち、仰向けになる。
「……あなたに何があったのか、なんて全然知らないわぁ……でも……」
うつ伏せに倒れたままの真紅は、涙を隠すようにしながら呟く。
「…私は……あまりにも…この手を汚してしまったのだわ……
私には…もう……生きる資格なんて……無いのよ……」
水銀燈は床に寝そべったまま、ポケットの中を探り―――煙草を一本取り出し、咥えた。
「……だから死ぬ、って……馬鹿じゃないのぉ………」
「…やっぱり…あなたには分からないのだわ……」
水銀燈は再びポケットの中に手をいれ、ライターを探すが……
そのライターは―――白崎との戦いで無くした事を思い出した。
「………分からないわよぉ……」
咥えていた煙草をつまみ上げ、指先で折り、捨てる。
「…私は…例え、誰もが私の事を嫌おうが……それでも、私だけは私の事を信じるわぁ……」
水銀燈は上体を起こし、地面に伏したままの真紅の背中を見つめた。
「…例え…誰にも認められなくても…どんな言葉を浴びせかけられようとも……私は、認めない。
私だけは、私の事を信じる。……そう…荒野に出た日に決めたわぁ……」
水銀燈はゆっくりとした動作で、立ち上がる。
「……あなたには…死ぬまでそこでウジウジしてるのがお似合いねぇ……」
最後にそれだけ伝えると…水銀燈は、屋敷の出口を探して燃える部屋を後にした。
部屋には…赤く燃える炎と、真紅だけが残されていた…。
―※―※―※―※―
火の勢いの弱い所を探しながら、水銀燈は屋敷の中を走る。
先程時間を使いすぎたせいで―――屋敷の廊下では到る所から火の手が上がっていた。
「…チッ……のんびりしすぎたわねぇ…!」
頭の中に、来た道を思い浮かべながら走るが―――
脆くなった柱が折れ、道は次第に選択の余裕が無くなってくる…。
「……これは……マズイわぁ……」
背中に冷たいものを感じる。
嫌な汗がにじみ出るが、熱風がそれを瞬時に吹き飛ばす。
炎を避けながら出口を探す水銀燈は……やがて、倉庫と思しき部屋に辿り着いた。
部屋は石造りで、窓すら無い。
来た道を引き返そうとして…だが…その選択すら、残ってない事に気が付いた。
廊下には炎が広がり――― 存在する全ての道を塞ぐ。
このまま倉庫で蒸し焼きになるか、廊下で煙に巻かれて焼け死ぬか。
非情な選択を迫られる中――水銀燈は、倉庫の奥の壁に触れた。
―――少し、冷たい。
つまり…この壁を一枚壊すだけで、外に……最低でも、炎の無い所には出られる。
水銀燈は数歩下がり……腰に下げた相棒『メイメイ』を握り締めた。
―――石と石の『つなぎ』のみを狙ったとして…いけるか……
いや…やるしかない。
水銀燈は息を吸い込み――― 石壁に銃を向ける―――
「さぁて……派手に…散りなさぁい!!」
引き金を引く―――!!
弾丸が壁にめり込み、鼓膜を突く硬い音が響く―――!!
壁の破片が砕け、飛ぶ――!!
だが……浅い……
水銀燈は空になった『メイメイ』の弾倉を捨て――新たな弾倉を探し―――
腰に下げた弾倉が、もう一つしか残されてない事に気が付いた。
これが、最後。
次は無い。
しくじれば…死ぬだけ。
水銀燈は慎重に、壁の繋ぎ目に照準を合わせ―――
不意に、大きな銃声。弾け飛ぶ石の破片―――!
「…そんな豆鉄砲では…いくら手数が多くても無駄よ」
そして、背後から声が聞こえた。
水銀燈は振り向かない。
「あらぁ…?誰かと思えば……手伝って、なんて頼んでないわよぉ?」
声の主は、水銀燈の横に並び、ピースメーカーの銃口を壁に向ける。
「ふん…誰が手伝うものですか……
ただ…ここで死んだって、何の解決にもならないのだわ。それなら…―――」
真紅はそこまで言うと、ピースメーカーの撃鉄を指で起こした。
「その為に……邪魔な壁があったから撃っただけなのだわ」
水銀燈は…いつしか笑っている自分に気が付いた。
「…高慢ちき」
「…老け顔」
「泣き虫」
「気持ち悪い猫なで声ね」
「……やっぱり、あなたとは合いそうにないわぁ…」
「……奇遇ね。私もそう思うわ」
「…あらぁ…?珍しく気が合ったわねぇ…?」
二人同時に引き金を引く――――!!
耳を覆いたくなるような轟音と―――― 小さな光が――――――
―※―※―※―※―
ポツポツと…荒野の大地に雨が小さな点を描く―――
大地を覆い尽くしていた機械人形は―――軋みを上げると同時に、動きを止めた。
「……どうやら…勝ったみたいだね………皆、無事かい…?」
蒼星石が鋏を杖にして戦場に声をかける。
「………」
薔薇水晶が無言で小さく頷く。
「何とか…生きてるかしら……」
人形の山の中から金糸雀の声が聞こえる。
「カナ!?カナァァアア!?どこなの!?」
みっちゃんが錯乱したように人形の山を掻き分ける。
「私と雛苺も無事よ……あと、オディールもね…」
巴が小さな声で答える。
「…人をついでみたいに言わないでもらえる?」
オディールが巴に詰め寄る。
「うゆ~…二人とも…喧嘩はダメなのよ?」
雛苺が一触即発の二人を留める。
「ふぅ~……全員無事みたいですぅ…」
翠星石が、安堵したように息を漏らし――――
「! 水銀燈!それに、チビ人間は上手くやったですか!?」
燃え盛る街へと、視線を向けた。
「休んでる暇は無いですよ!さっさと立ってシャキッとしやがれです!」
翠星石の合図で、全員が街へと向かう―――
街の通りは、僅かな雨では止まらない程に炎が広がり―― 翠星石達はその中を駆ける。
そして…
薔薇屋敷の前―――
立ちすくむジュンの姿を見つけた。
「てめぇ!チビ人間!こんな所で何してやがるですか!水銀燈は無事ですか!?真紅は助けたんですか!?」
翠星石はジュンの胸倉を掴みながら、激しく揺らす。
「それが……二人ともまだ……」
ジュンが震える視線を薔薇屋敷に向け―――
その時、屋敷からは一際大きな炎が上がり――― 地面を震わせ、屋敷は倒壊する―――!
「そ…そんな!」
翠星石は、崩れる屋敷を見ながら叫んだ。
だが……
「………来た……」
薔薇水晶が小さな声を出す。
その視線の先には―――――
燃える屋敷を背に、歩く二つの影――――
大気を湿らす程度の雨が、空に虹をかける――――
翠星石が、蒼星石が、薔薇水晶が、金糸雀が、雛苺が、ジュンが、巴が、オディールが、みっちゃんが―――
二人の下へと走る――――
雲の彼方から、誰かの声が聞こえた気がする。
誰かが思った。誰もが、思った。
荒野を切り拓き、未来へと導いた二人の天使。
その気高い生き方を―――― 明日へと語り継ごうと―――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
雨が優しく大地を濡らす。それでも大地を満たすにはまだ時間がかかるだろう。
たった一つの掟は、未だに人々の心に根強く残る。
『強いものこそが、正しい』
そんな無法の荒野で、弱者に生きるすべは少ない。
息を潜めてひっそりと生きるか、誇りを捨て、矜持を失い、奴隷のように生きるか。
しかし、中には、第三の選択をする者がいた。
彼女達は力を得る為、武器を手にした。
荒野を、運命を、彼女達は自分自身の手で開拓していく。
そして人々は――― 彼女達の姿に、遥か昔の英雄達の姿を重ね―――
悪党達は、その姿に畏れ慄き――――
こう呼んだ―――――
――――― Wild Bunch!