『グゥゥゥ…』
僕のお腹が、とことん切ない音を立てて鳴った。
育ち盛りの高校生の昼食が、素うどん(小)のみ。
それも、毎日。
『グゥゥ…』
僕は鳴り響く腹の虫を心の中でなだめながら、向かいに座る水銀燈に視線を向けた。
何の臆面も無く、僕の金で食ってやがる。
学校の食堂で一番高い、スーパーデラックス花丸ハンバーグセットを。
そんな恨めしげな僕の視線に気が付いたのか……水銀燈は意地悪い笑みを浮かべた。
「ふふふ……あらぁ…?お腹すいてるのねぇ……ふふふ…だったら……」
そう言い足を組み、食事中の皿を僕の方に押しやる。
「…手を使わずに…犬みたいに食べなさぁい……ふふ…見ててあげるわぁ…」
ああ、自己紹介が遅れたね。
僕は、桜田ジュン。
いきなり、『人間としての尊厳』の選択を強いられた…可哀想な高校生です。
最近、水銀燈は機嫌が良い。
それもこれも、僕が改めて下僕になると言ってから。
これはアレか!?てめぇはツンデレか!?
…
良いね!ツンデレ!
とにかく、殴られる事も減って……
認めたくはないけど……
気が付けば、僕は水銀燈と一緒に過ごす時間が…少なくとも、苦痛に感じる事は無くなってきた。
気が付けば、常に僕の視線は水銀燈を探していたし…
僕はいつだって、水銀燈の事を考えていた。
一番彼女の事考えるのは、寝る前に布団でモゾモゾしてる時だけどね!フヒヒ!
とにかく…『吊り橋効果』ってヤツ?
殴られるかも、って恐怖のドキドキを恋と勘違いして…って、アレだ。
それかもしれないけど……
いや、きっとそうなんだろう。
でも…
僕は気が付けば、水銀燈に恋をしていた。
~~~~~
「なあ、水銀燈…今日の数学のノート……悪いんだけど、見せてもらえないかな?」
僕は、放課後一番に、真後ろの席の水銀燈に声をかける。
もちろん、僕だって水銀燈程じゃないけど、勉強もできる。
…ってか、こいつは完璧超人か!?と思うほど、水銀燈には欠点という欠点が存在しない。
ああ、その代わりに、『他人を慈しむ心』ってもんが完全に欠落してるけどね。
「嫌よぉ。鞄からノート出すの、面倒だわぁ」
水銀燈は、そう言い僕の頼みを一蹴し、席を立つ。
オーケー、オーケー。
それは予想済みだ。
「だったら、帰りに何か奢るからさ…ちょっとだけ教えてくれよ?」
僕のその言葉に…水銀燈は明らかな舌打ちをして、不機嫌そうに椅子に座った。
「…有り金全部、むしってやるから覚悟する事ねぇ…」
クックック…ハーッハッハ!
やっぱり、VIPじゃなくてカップル板に相談して良かった!
何度かガチで死にたくなったけど、耐えて良かった!
放課後!夕焼け!二人きり!!
最高のシュチエーションだ!…シチュエーション?……まあ、どっちだって良いや!最高のソレだ!
~~~~~
夕陽に照らされる教室の中…
僕と水銀燈が、向かい合って机に座っていた。
いっつも、昼飯時にも、向かい合って座ってるんだけど……
こうやって改めて見る水銀燈の顔は…夕陽に照らされ、とても綺麗だと、素直に思った。
「…やる気が無いんなら、財布だけ置いてさっさと帰りなさいよぉ」
僕の視線に気が付いたのか、水銀燈がそう言い、ペンの先で僕の額をコツンと…
なんて訳もなく、グサリと刺した。
ギャーーーー!!
僕は椅子から飛び退き、地面を悶絶し…
彼女はそんな僕を踏みつけてくる。
「……大げさねぇ……死にはしないわよぉ」
いやいや、マジ痛いんですけど?
しかも、何で追い討ちに踏んでくるの?
…
まあ、そんな風に、僕は水銀燈に勉強を教えてもらい…
気が付けば、夕陽も町並みから少し顔を覗かせるだけになっていた。
「さて…これ以上続けたら、あなたから毟り取る時間が無くなっちゃうわぁ…」
そう言い、水銀燈は席を立ち、帰る準備を始めた。
僕は…
僕は…間違いなく、時期尚早だろうと感じていた。
それでも…
「す…水銀燈!」
気が付けば、彼女を呼び止めていた。
「……何よぉ…」
不機嫌そうに、水銀燈が振り向く。
「あ…いや…その……今日は…ありがとうな……」
違う。
今言うべきじゃないのかもしれないけど…
それでも、僕が言いたいのは、そんな言葉じゃない…
「…ふん……」
つまらなそうに、彼女はそう言い、再び帰る準備を始める。
ダメだ。
今、言うべきではない。
それは分かってるつもりだけど……
僕は…今、伝えたい。
「…水銀燈!」
再び、呼び止める。
「…まだ何かあるのぉ?」
相変わらず不機嫌そうな声が返ってくる。
何って言えばいいんだろう。
色々考えたし、一人で練習したりもした。
でも…こんな肝心な時には、そんな言葉は何一つ思い出せなかった。
ダメだ…
早く、何か言わなきゃ…
僕の心に、何とも言えない焦燥感が湧き上がる。
何か…ちゃんと、伝えなきゃ…
真っ白になった頭で、必死に考える。
「あ…ボ…僕は……その……」
声が裏返った。
ちっとも、格好良くない。
「…僕は…その……あなたが……」
言え。言うんだ。
駄目でも、良いじゃないか。
黙って過ごすより、ずっと良いじゃないか…。
「……好きです………」
怖くて水銀燈の姿を見る事が出来ない。
彼女は、笑ってるだろうか?
怒ってるだろうか?
表情一つ変えずにいるだろうか?
僕は、まるで金縛りにあったみたいに動かない自分の体を無理やり動かし、水銀燈に視線を向ける。
水銀燈の表情は……
彼女は静かにうつむき、その表情は髪に隠れて見えなかった。
ゴクリと、固唾を呑む自分の喉が、やけにうるさい。
心臓の音も、まるでスピーカーから流れる雑音みたいに、耳障りだ。
僕は震える視線で、水銀燈を見つめる……
すると水銀燈は……
うつむいたまま僕に近づき……
そしてその両手で、僕をそっと抱きしめてくれた。
心臓が飛び出しそうになるほど、激しく脈打つ。
彼女は僕の背中にそっと手を回し―――
そして…そっと、僕に囁いた。
「…寝言は……寝て言いなさぁい……」
背中に回った水銀燈の手に、力が入る。
僕の足元から地面が消え―――上下逆さまになった視界で、僕はぼんやりと思った。
…綺麗な…ブレーンバスターだ…と……―――
~~~~~
「やめてジュン君!そんな飲み方は、良くないわ!!」
家のリビングで、グラスと瓶を片手に、ひたすら飲みまくる僕に、姉ちゃんがそう心配そうに声をかける。
(…振られた……振られたんだ…!チクショウ!)
僕はただ涙を流しながら、ストレートで一気に飲み干す。
飲んで、忘れよう。
弱い僕が選んだ事は、ちっぽけな僕にお似合いの事だった。
「ダメ!ジュン君!カルピスは水で割るものよぅ!」
姉ちゃんが、僕の腕にしがみ付いてくる。
「うるさい!のりには関係無いだろ!そんな事より、もっとカルピス持って来いよ!」
そう言い、乱暴に振り払う。
「ぅ…ぅう…ジュン君……」
姉ちゃんはしばらく、地面にうずくまり悲しそうな声を上げていたが……
やがて、どこかに行ってしまった。
こんな駄目な僕に、愛想をつかしたのだろう。
僕だって、自分で自分の事が嫌で仕方が無い。
「……チクショウ…」
そう呟き、原液のまま、一気に飲み干す。
空になったカルピスの瓶が、ゴロンと転がり……
僕もそのまま、机に突っ伏した。
~~~~~
「ぅっぷ……気持ち悪い……」
最悪のコンディションで目を覚ました僕は、最悪の気分のまま、学校へ行く準備をした。
ムカムカする胃袋と、フラフラする足取りで家を出て…
振られた事を思い出した。
(…一体…どんな顔して学校に行けばいいんだよ……)
トボトボと放心状態で歩く内…
気が付けば、学校の近くにまで来ていた。
(…体調も悪いし……今日は休もう……)
相変わらず優柔不断な僕は、そこでやっとそう決意し、一人寂しく通学路を引き返す。
そして……
その帰り道…あろうことか、水銀燈と出会ってしまった。
「はぁい、ジュン。相変わらず、冴えないわねぇ」
水銀燈は何事も無かったかのように、僕に挨拶をしてくる。
でも僕は…
なんって答えれば良いのか分からない。
そんな風に返事をしかねてると…
不意に、昨日飲み過ぎたせいもあって、気分が悪くなってきた……
「…ぅっぷ…」
胃と口を押さえ、軽くえずく。
…
あれ?
なんだか、空気が震えてる気がするんですけど?
僕は既視感というのか、なんというのか…不思議な感覚に視線を上げ…
口元を少し痙攣させながら微笑む、水銀燈と視線が合った。
「……レディーの顔を見るなりえずくなんて……教育が必要みたいねぇ……」
あ。これはヤバイ。
咄嗟に僕は回れ右で駆け出そうとするが…それより早く、水銀燈に蹴り倒された。
「下僕として!たっぷり!調教してやるわぁ!」
水銀燈が、倒れた僕をガンガン蹴りつけてくる。
いや!やめて!いろんなモノが出ちゃうから!
僕は必死に体を丸くしながら……
ああ、そうだ。
彼女は最高で最強で、最凶で……
だから彼女は、どこまでも自分自身を貫いてるんだ。
だから彼女は、僕みたいに小さな事に囚われないんだ。
そんな彼女だから、僕は好きなんだ。
水銀燈に蹴られまくりながら、僕は思った。
例え、今は駄目でも…
全く、相手にされなくっても…
いつまでも、彼女を追いかけよう…。
最も、今、蹴り殺されなければだけどね!! フヒヒ!