桜田家。ジュンの部屋で。
「―――という事なのだわ」
真紅は先日、の薔薇水晶と雪華綺晶に襲撃された事を。
さらには、雛苺と金糸雀の助けで何とか切り抜けた事を、翠星石と蒼星石に伝えました。
「まさか一人になった瞬間を狙ってくるだなんて……
油断したつもりは無かったけど、考えが甘かったね」
目つきも鋭く、蒼星石が考え込むようにしながら呟きます。
「ぅぅ……もう、恐くて一人ではお買い物にも行けんですぅ……」
翠星石は大きなふかふかの尻尾を胸元でギュッと抱きしめながら、ふるふる震えています。
「大丈夫。翠星石は僕が守るから」
蒼星石はそう言い、翠星石の頭をそっと撫でてあげます。
「ななな何言ってるですか!翠星石の方がお姉さんなんですよ!」
翠星石はちょっとだけ頬を赤くしながら、その場でジタバタしていました。
その頃、ジュンは……
「なるほど。事情は分かった。
でも、何で僕の部屋を作戦本部(仮)として提供しないといけないんだ?」
ちょっとだけ、ふて腐れています。
◇ ◇ ◇ け も み み ☆ も ー ど ! ◇ ◇ ◇
「あら、何か不満なの?」
真紅はキョトンとした表情で、ジュンにそう言いました。
ジュンと長い付き合いの真紅には、このツンデレモドキが本心から嫌がってない事はバレバレです。
「いや……まあ、どうしても、って言うなら構わないけどさ……」
ほらね。
とりあえず納得してくれたジュンから、真紅は再び翠星石たちへと視線を向けます。
そして姿勢をただして、真面目な表情で言いました。
「現状で分かっている事の確認だけでもしときましょう」
「翠星石の尻尾も真紅のイヌミミも、引き千切るしか取る方法は無いみたいですぅ……」
「うん。しかも、無理に千切るとすごく痛んだ」
翠星石が悲しそうな表情で、蒼星石の千切られたネコミミ跡を見つめます。
「そして薔薇水晶に雪華綺晶……これからも彼女達は、手段を選ばずに引き千切りに来るでしょうね」
「蒼星石のネコミミを奪っていった水銀燈も、気がかりな存在ですぅ……」
敵と言えば大げさかもしれませんが、自分達を狙う存在の多さに、真紅と翠星石は沈んだ表情をしました。
ですが、そこで思いもよらぬ方向から、意外な言葉がやってきました。
「だったらさ、警察にでも相談してみたらどうだ?」
いつもは全く頼りにならないジュンの一言。
これにより状況はいくらか良い方向に変わるかとも思われましたが……
「それはダメよ」
すぐに、真紅に一蹴されてしまいました。
「失って初めて気が付くものも有るわ」
真紅はゆっくりと、目の前に置かれた紅茶のカップに手を伸ばしながら口を開きます。
「普通に学校に行って、クラスの友達とお喋りして。
家に帰る前にはここに来て、怪しげな通販に手を出している貴方にお説教をする。
……私にとってそれは、飽き飽きするほど繰り返した退屈な日常だったわ。
そんな平和な日常を取り戻すためにも、私はイヌミミを取りたいと思っているの」
口元に運んだカップから紅茶を一口飲んでから、真紅は懐かしそうに。
それでいて、どこか寂しそうに続けました。
「皆と過ごせる、平和な毎日。
そのためにも警察には……このイヌミミの事を、世間にはあまり広めたくはないのよ」
「僕も、翠星石が見せ物になる可能性を考えたら、警察はあまり良いとは思えない」
蒼星石がそっと、小さな声で呟きます。
「そうか……そうだな。ごめん、僕がうかつだった」
ジュンは真紅の想いを聞き、少し反省したようにうつむきます。
「いいえ。それでも貴方が私たちの事を心配してくれるのは伝わってきたわ」
真紅は健気にも柔らかい笑みを浮べて、落ち込んだジュンにそう告げました。
「結局、身にかかる火の粉は、自分で打ち払うしかないですよ……」
翠星石が小さいながらも、大きな決意を込めた声で呟きます。
それは、真紅が胸に秘めていた想いと同じものでもありました。
自分の身は自分で守る。
そうは決めていたのですが、協力者であるジュンを入れても、たった4人しか仲間もいません。
訪れるであろう脅威を考えると、ちょっと心もとない気もします。
空気が沈み込んだような沈黙が、部屋の中に重く漂いました。
と、真紅は急に頭の上でイヌミミをピコピコさせたかと思うと、思い出したように口を開きました。
「そう言えば、さっき教えたシロクマ手袋を付けた雛苺。
彼女は小さな体とは思えないくらいの凄い力が出るようになった、とも言っていたわ」
それから、ピコピコ動いているイヌミミに神経を集中させながら続けます。
「それに私も……普通ではとても聞こえないような音でも、こうして聞く事が出来るのだわ。
例えば……今、一階ではのりがテレビを見ながら……この音は……クッキーを焼いているようね」
それを聞いて、蒼星石は何かを理解したのか、静かに頷きました。
「確かに、望んで手に入れた能力ではないけれど……使い方次第では、自衛の手段になるね」
少しではありますが見えてきた希望に、元気を取り戻してきた翠星石が力強い目で真紅を見つめます。
「そして、水銀燈に取られた蒼星石のネコミミですが……
あれは何故か、足音が全くしなくなるというシロモノですぅ。暗殺には要注意ですよ」
「足音が鳴らないのなら……音が頼りの私とは、相性が悪いわね」
真紅は、水銀燈とはプライベートでも相性が悪いわね、と他人事のように考えたりしています。
そう言えば小学生の頃、水銀燈に『くんくんソーセージ』のオマケのシールを取られたりもしたし。
苦々しい記憶を思い出した真紅は、うつむきながらギリッと拳を固めたりしていました。
今度は、真紅の発した一触即発の雰囲気に、部屋の中が重苦しい空気になってしまいます。
自分の部屋だと言うプライドか、それとも珍しく気を利かせたのか。
ジュンは重苦しい空気を変えるためにも、咄嗟に思いついた事を口に出しました。
「そ…そうそう。イヌミミは耳が良くなって、ネコミミは足音が消えるんだよな。
だったら、翠星石の尻尾にはどんな効果があるのかなー、なんて」
ははは、と渇いた笑いをしながら、ジュンはそう尋ねてみます。
真紅も、「そう言えば、それは私も知らないわね」と興味津々です。
これで一気になごやかムードに。
ジュンはそう思って一安心しそうになりますが……どうも様子が変です。
翠星石は顔を真っ赤にしながらうつむいているではありませんか。
「へ…変な事を聞くなですぅ……」
視線を逸らし、ちょっと口をとがらせながら小声でそう言ってます。
何だか、いつもとは全然違う翠星石の雰囲気に、真紅は首をかしげました。
「どうしたの?翠星石?」
声をかけてもみますが……
当の翠星石はというと、ぷるぷる震えながら真っ赤な顔で床とにらめっこをしています。
ジュンは、何かマズイ事を聞いてしまったかな、とドキドキしました。
真紅は心配げに翠星石を見つめます。
蒼星石は、困ったような表情で視線を泳がせています。
ですが、やがて……
翠星石は相変わらず顔を真っ赤にしたまま立ち上がると、何かが吹っ切れたような大きな声で叫びました。
「そうですよ!どうせ翠星石の尻尾は!嬉しい時にブンブン動くだけですぅ!!」
完全な逆切れです。
にも関わらず誰も彼女に言い返さないのは、きっと翠星石の目の端に溜まった涙のせいでしょう。
例えば、学校の昼休みとか。
「今日もまたパンだけですか。あまりにもミジメなので、特別に翠星石が明日からお弁当を……」
なんて事を言ってみても、尻尾がブンブン動いちゃうので本心がバレバレです。
まさにツンデレ殺し。
翠星石が泣きたくなった理由も、よく分かります。
そしてコップに溜まった水がやがてあふれるように。
翠星石の瞳から涙がこぼれそうになりました。
その時、部屋の中には無言の絆が、間違いなく存在しました。
「あら!可愛くって素敵じゃない!貴方もそう思うでしょ蒼星石!!」
とってつけたように、真紅がそう叫びます。
ちょっと声が裏返っていましたが、まあ大丈夫でしょう。
「そうだよ翠星石!それにこの手触り!世界で一番の尻尾だよ!ね、ジュン君!!」
蒼星石は、翠星石のふかふか尻尾を撫でながらそう言います。
「も…もちろん!よく似合ってるじゃないか!!」
壊れた人形みたいに首をガクガク縦に振りながら、ジュンもフォローを入れます。
「そ…そんな事言われても、嬉しくないですぅ!!」
急に褒められて耳まで真っ赤にした翠星石はそう言いますが、尻尾はブンブン動いてました。
そんなこんなで、翠星石の怒りが爆発するのだけは回避できたのですが……
「あんまり役には立たない能力だなぁ」と、翠星石以外の全員が心の中で呟いていたとかいなかったとか。
―※―※―※―※―
そして、桜田家での対策会議も終り……
「蒼星石。大変でしょうけど、翠星石を守ってあげてね」
自宅へと帰る蒼星石に、真紅はそう耳打ちしました。
「むきー!!どうして翠星石が守ってもらわにといけないですか!
蒼星石!しっかりとお姉ちゃんの後ろに隠れてるですよ!!」
大きなスカートの中に尻尾を隠して準備万端の翠星石は、意気揚々と歩き出したりもしています。
そんな光景を、ジュンは自室の窓から見下ろしていました。
やがて三人がそれぞれの家路につくのを見送ると……ジュンはふぅとため息をついて振り返ります。
部屋の中に残されているのは、3つの座布団。
真紅に翠星石に蒼星石が座っていた、まだ温かい座布団でした。
誰も見ていないとは分かっていますが、ジュンは部屋の中をキョロキョロ見渡します。
それから、真紅が座っていた座布団へと手を伸ばし……
「ジュンくーん。真紅ちゃんたち、もう帰っちゃっ……た……の……」
ちょうど座布団を顔の近くまで持ち上げた所で、姉ののりがいきなりドアを開けて部屋の中を覗いてきました。
姉と弟だからこそ分かる、分かりたくもない趣味の時間。
とっても気まずいです。
「……ノックくらい、しろよな」
ギリリと歯を食いしばったジュンの言葉は、どこか虚しい響きをしていました。