ネコミミ水銀燈が薔薇水晶たちにドナドナと拉致られている頃。
「はっ!?この感じ……水銀燈が危ない!?」
めぐは、何だか嫌な予感がしてベッドから飛び起きました。
これもきっと、愛の奇跡が起こしたテレパシーでしょう。
「待ってて水銀燈!今すぐ行くから!!」
そう叫ぶや否や、めぐは病室から駆け出しました。
びっくりした顔でこっちを見ている看護師を無視して、めぐは廊下を駆け抜けます。
真っ白な壁の通路を走り―――その先に見えた不思議な光を抜け、風のように早く草原を走ります。
そうして走る内に、めぐは綺麗なお花畑に辿り着きました。
とってもメルヘンな、どこか現実離れした美しさの花が咲き誇っていますが、彼女は全く気にしません。
景色には目もくれず一目散に走るめぐでしたが、やがて困った事が起きてしまいました。
お花畑の先には大きな川が広がっていて、道を遮っているではありませんか。
「困ったわね。どうすれば向こう側に行けるのかしら?」
めぐは少しだけ首をかしげながら、そんな風に考えて……―――
その頃、現実世界の病院の廊下では。
「めぐちゃん!逝っちゃだめよ!めぐちゃん!?」
「早く強心剤を持ってこい!早く!!」「心臓マッサージ、急いで!!」
いきなり廊下でパッタリと倒れためぐの救命処置に、お医者さんや看護師さんはてんやわんやです。
◇ ◇ ◇ け も み み ☆ も ー ど ! ◇ ◇ ◇
そして、めぐが三途の川の周辺で逝くか戻るか悩んでいる頃。
「あわわ……た、大変かしら……!!」
ズルズルと引きずられて連れて行かれている水銀燈を見て、金糸雀がブルブル震えていました。
時間は少しさかのぼります。
水銀燈はめぐのお見舞いの帰り道、ネコミミを全く隠さないで歩いていました。
とっても目立っていた水銀燈。
そんな彼女だったので、実にあっさりと薔薇水晶に見つかってしまったのですが……
一方、金糸雀は、その薔薇水晶を尾行していたのでした。
「カナの予想では、あの薔薇水晶とかいう子は悪者かしら!
ここはしばらく泳がせて……現行犯で捕まえてやるかしら!」
お気に入りのイヌミミカチューシャも付けて、気分はすっかり正義の味方でした。
電信柱の陰やダンボールの中に隠れながら、金糸雀は薔薇水晶の尾行を続けます。
スリリングかつ大胆。繊細でワイルドな尾行をしていた金糸雀でしたが……
いつの間にか薔薇水晶の近くに、可愛らしいネコミミを付けた女の子が歩いているのに気が付きました。
「きっと、真紅の時と同じように、あのネコミミのお姉さんを襲うつもりかしら……
そうなった時こそカナの出番かしら!!」
前に真紅を助けた時と同じように、一番目立つ登場のタイミングを窺うためにも、しばらく様子を見ます。
そしてネコミミお姉さんがピンチになると颯爽と登場するつもりだったのですが……
あれよあれよと言う間に、ネコミミお姉さんは拉致されてしまったのです。
そして冒頭に戻ります。
「大変かしら!?大事件かしら!?
ここはみっちゃんに連絡しておやつは300円まででバナナは昼食かしら!?」
金糸雀は少しパニック状態になっちゃってました。
それも仕方の無い事でしょう。
甘く見ていたつもりはありませんが、まさか誘拐もどきが行われるとは思ってもいませんでしたから。
子供にはちょっと刺激が強すぎる凄惨な事件現場。
金糸雀は目の端に涙をためながら、ドキドキしっぱなしです。
ですが、そんな金糸雀の事情にはお構い無しに、薔薇水晶と雪華綺晶は水銀燈を連れ去っていきます。
「だだだダメかしら!!
このままじゃあ具体的には言えないようなスゴイ事になるかしら!!」
ドキドキ、オロオロしっぱなしの金糸雀でしたが、流石にこれはマズイと気が付いたのでしょう。
R18指定な事にはならないとは思いますが、断言も出来ません。
「何とかして、カナが何とかするかしら!」
作戦も方向性も全く決まりませんでしたが、それでもネコミミお姉さんを助けようと決心します。
とはいえ……
金糸雀には雛苺のようにシロクマ手袋パワーもありませんし、イヌミミだって作り物です。
つまり身体能力は、普通の小学生と何一つ変わりません。
元気の良さでは誰にも負けていませんが。
そして金糸雀は、再び尾行を再開する前に小さな財布を取り出して、中身を確認します。
10円玉をしっかり握りしめると、周囲をキョロキョロと見渡し……発見した公衆電話へと走り出しました。
―※―※―※―※―
金糸雀が尾行を再開し、医療の先端現場では語られる事のないドラマが展開されている頃。
真紅は翠星石と蒼星石の三人で、学校からの帰り道を歩いていました。
「そこで翠星石は、光線銃を構えて言ってやったですよ!
『ゆっくり振り返るですぅ!少しでもお茶の間を賑わす真似をしたらズドン!ですぅ!』と!」
翠星石がグッと拳を固めながら、今日あった出来事を楽しそうに話しています。
「翠星石……流石にそれはやりすぎだと思うよ……」
「そうね。レディーなら常に落ち着いて行動すべきなのだわ」
実に平穏な日常の光景でした。
もちろん、真紅のイヌミミは髪の毛の中に折りたたんで隠してありますので、騒ぎになる心配もありません。
と……。
「しーんくー!!大変なのー!!」
シロクマ手袋&耳を付けた雛苺が、手をブンブン振りながら駆けて来るではありませんか。
その手には、しっかりと電話の子機が握られていました。
「雛苺?どうしたの、そんなに慌てて……」
真紅はしゃがみこんで、雛苺と目の高さをそろえて尋ねます。
「と…とにかくカナリアが大変なの!」
そう言うと、雛苺は真紅に電話の子機を押し付けてきました。
こんな所まで子機が使えるとは思えませんでしたが……
とりあえず真紅は言われるままに子機を耳に当てます。
『ツー、ツー』と聞こえました。
「何も聞こえないわ」
真紅は万が一にも期待を寄せてしまった自分にガッカリしながら、雛苺に告げます。
「当然ですぅ!子機がこんな距離で使える訳が無いですよ!」
物知り翠星石さんが、胸を張りながらそう言います。
「そうだね。つい最近、翠星石も実験していたしね」
蒼星石が微笑ましいものでも見たように目を細めながら続けました。
「……うゆ?そんなハズは無いのよ?
だって、この電話はね、線もないのにお話できるのよ?」
なんだか電話の親機と子機の関係性について大きな勘違いをしている雛苺は、キョトンとしちゃってます。
「ププー!このチビチビ、子機と携帯電話の違いも知らないとは、とんだおバカですぅ!」
翠星石が大爆笑しました。
「違うもん!ヒナ、おバカじゃないもん!バカって言った方がバカなのよ!!
バーカ!バーカ!!」
「ムキー!言わせておけばこのおチビは!
この翠星石をバカにするとは許せんですぅ!!」
翠星石はそう叫び、雛苺に飛び掛ろうとしますが……
「まあまあ……落ち着きなって、翠星石」
蒼星石にたしなめられて、何とか踏みとどまります。
余談ですが実際に飛び掛っていたら……翠星石は、シロクマパワーの雛苺にボコボコにされる所でした。
ともあれ。
小学生相手に本気でジタバタしている高校生の。翠星石の姿に、頭が痛くなってきた真紅は……
「……大丈夫なのかしら……」
色んな想いがこもった言葉を、いつの間にか飛び出していたイヌミミをパタリと倒しながら呟きました。
それから、ふぅ、と一息ついて、真紅は騒ぎの原因でもある雛苺に視線を向けます。
「……すっかり話がそれてしまったわね。
それで雛苺。一体何があったの?」
「うい!すっかり忘れてたの!あのね…―――」
―※―※―※―※―
「そう。そんな事に……」
雛苺から事情を聞いた真紅たちは、先程とは違い真面目な表情になってました。
話から察するに、連れ去られたのは水銀燈で間違いなさそうです。
ですが……
「水銀燈は蒼星石に酷い事しやがった相手ですぅ!
蒼星石がどれだけ痛い思いしたと思ってるですか!!」
「それに、下手に助けに行こうとして返り討ちに会わないとも限らないしね……」
「私もあの子は苦手なのだわ」
真紅たちは話し合いの結果、水銀燈を助けに行く必要は無いと考えます。
そして、その事を雛苺に告げ、金糸雀にも危険なので帰るよう伝えてほしいと付け足しました。
すると、雛苺は見る見るうちに悲しそうな表情になり、うつむいてしまいます。
『泣かせちゃったかな』と、真紅たちは雛苺の表情に胸を少し痛めます。
ですが、うつむいていた雛苺の表情には、悲しみではなく固い決意の陰が浮かんでいました。
すっと顔を上げると、雛苺は真っ直ぐに真紅だけを見つめます。
「カナリアは、助けてもらってからずっと、イヌミミのお姉さんみたいになりたいって言ってたの。
素敵なイヌミミを付けて、大活躍したいって言ってたのよ……
カナリアにとって……ううん、ヒナにとっても、イヌミミは優しい正義の味方の証拠なの」
雛苺は、真紅を真っ直ぐに見つめます。
真紅も、雛苺を見つめます。
やがて……真紅は振り返り、翠星石と蒼星石へと視線を向けました。
「水銀燈はともかくとして、金糸雀に万が一の事があったら大変ね。
……ちょっと助けに行ってくるわ」
諦めたような。でも、どこか嬉しそうな苦笑いを浮かべます。
確かに、真紅は水銀燈がちょっと苦手です。
ですが、その苦手意識以上に、雛苺のような小さな女の子の期待を裏切りたくないという想いがありました。
そして真紅は、雛苺の手を取ります。
「さあ、急ぎましょう……」
「うぃ!りょーかいなのー!」
雛苺は元気にうなずくと、真紅の手を引っ張りながら走り出しました。
「それはそうと……今、金糸雀はどこにいるのかしら?」
真紅は、雛苺と一緒に走りながらそう尋ねてみます。
雛苺はとっても気まずそうに視線を泳がせ始めます。
「……そう。よく分かったわ」
真紅の悲しそうな呟きが、夕焼け空に消えていきました。
―※―※―※―※―
雛苺が最後の電話で教えられた地点に向かい、医療の現場で奇跡が起こっていた頃。
誰にも邪魔をされずに水銀燈のネコミミを引き千切るため。
すっかり古くなって捨てられた工場の跡地に、薔薇水晶と雪華綺晶は到着しました。
そして、ロープでぐるぐる巻きにした水銀燈からネコミミを千切ろうと薔薇水晶が手を伸ばし……
「しばらくお待ちを、ばらしーちゃん」
雪華綺晶がそれを止めました。
「………」
何故、といった視線を、薔薇水晶は雪華綺晶に向けます。
雪華綺晶は柔らかな笑みを浮べたまま、そっと薔薇水晶の耳元に顔を近づけました。
「落ち着いて聞いてくださいませ。私たちは尾行されていますわ」
「……!」
「シロウトにしては上手だと思いますが……ですが、私の前ではそれも無意味」
「……」
「邪魔に入られないよう、私が捕まえてさしあげましょうか?」
短いやりとりが終り……
薔薇水晶が静かに頷くのと同時に、雪華綺晶は微笑みながら、闇に溶けるようにどこかへ消えていきました。
―※―※―※―※―
「ここは勇敢にして知的、かつ大胆不敵なカナとしては一気に踏み込むべきかしら?
ううん、もう少しで雛苺も来てくれるはず。
ここは策士として……数の暴力でブッてブッてブチまくって分からせるのが一番かしらっ!!」
そんな独り言で作戦を決定した金糸雀。
小学生とは思えない位に大胆かつワイルドで物騒な思考です。
ともあれ。
彼女は、ネコミミお姉さんが連れ去られた廃工場のドアの隙間から中の様子を探っています。
と……
突然、背後の闇から白い手が伸びてきたかと思うと……ガッシリと口元を押さえつけられたのです!
「むー!!むぐー!?」
口を押さえられて声が出ない金糸雀でしたが、必死に暴れて抵抗します。
程なくして。
「きゃーーーーーーー!!!」
まるで絹を切り裂いたような乙女の悲鳴が響き渡りました。
―※―※―※―※―
「!!
待って!!悲鳴が聞こえたわ!!」
雛苺と二人で金糸雀を探していた真紅は、イヌミミをピンと伸ばして叫びました。
「うゅ?ヒナには何も聞こえなかったの」
雛苺も真紅の真似をして、頭の上でシロクマ耳をピコピコ動かしますが、何も聞こえません。
ですが、確かに乙女の悲鳴を聞きつけた真紅は……
イヌミミをピーンと伸ばして、周囲の音に注意を向けます。
「……きっと……いいえ、間違いないわ!こっちよ!」
真紅はそう言いきると、先導するように走り出します。
確かに悲鳴の聞こえた方向に間違いはありませんでした。
そして、その悲鳴の主は聞いたことのある人物でもあります。ただ……
「あの悲鳴……でも、あの声は確か……!」
半ば確信にも似た呟きを漏らしながら、真紅はひた走ります。
―※―※―※―※―
その頃、雪華綺晶は胸元を押さえて、しゃがみこんでいました。
尾行をしてきていた小学生(金糸雀)を捕まえようとして、背後から忍び寄ったまでは良かったのです。
しっかり口元を押さえて、叫び声をあげられないようにしたのも完璧でした。
ですが、そこで思いもよらぬ抵抗にあったのです。
手に噛み付かれる、腕の中でジタバタ暴れられる。
そんなのは些細な事でした。
ただ、小さな女の子は必死に抵抗してきて……その結果、思いっきり胸を触られてしまったのです。
いくら百戦錬磨の雪華綺晶とはいえ、やっぱり女の子。
幼い頃に『変態に出会ったら叫びなさい』と教えられた通り、ついつい悲鳴を上げてしまったのでした。
ありがとう。お母さんの教えはしっかりと、本能レベルにまで刷り込まれています。
いきなり胸を触られたら、これはもう叫ぶ以外の選択肢は無くなっちゃう程に。
ちなみに胸を触ってきた女の子(金糸雀)は、とっさのビンタで轟沈させちゃいました。
ともあれ。
「うぅ……私とした事が……」
雪華綺晶は胸元を押さえながら、耳まで真っ赤になっちゃいながら呟きました。
胸を触られたのが恥ずかしかったからでしょうか。
それとも、あれだけクールに決めていたのに、思わず悲鳴を上げちゃったのが恥ずかしかったからでしょうか。
ひょっとして両方ですか。