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「大切なもの、頂いていきますからね」
男は、そう呟いた。
顔は、見えない。
風が吹いていて、白いカーテンがゆらゆらとはためいている。
金色の半月が布地を透けて、ワタシの目玉まで届く。
静かな、厳かな、夜だった。
ワタシの知りうる、感じうる世界の中で、音を出すものは皆無だった。
久しぶりに、歌ってみよう。
どうせ、誰も、何も、聞いてやいないだろうけれども。
久しぶりに、気分が良かった。
とっても、気分が良かった。
ワタシの歌声は、ゆるやかにそよぐ夜の風にのって、広がっていった。
「お父さん」
呟いてみた。
無音。無声。無響。
ワタシは悲しくなって、泣いてしまった。



「こんにちは。VCの桜田ジュンです。金糸雀さんに取り次いで貰えますか?」
ジュンは受付の女の人に話しかける。
ここは「対人外統合機関技術開発局」。略して技術開発局。
私たちはこれからそこに所属する「金糸雀」という名前の人類に会いに行く、らしい。
本日私とジュンのペアはオフの日だ。
だから私は、誰にもどこにも何にも用事がないし、それができるアテもない。
はずだったのだが。
今朝、電話でジュンに、
『一緒にちょっとついてきてくれよ。どうせお前何もすることなくて暇だろう?』
『何よ突然電話しといて暇だろ、だなんて。失礼しちゃうわぁ』
『だって本当だろう。数少ない友達の双子も今日は働いてるし、柏葉や雛苺は秘密だし。
 槐課長も薔薇水晶も相変わらず変態だし。雪華綺晶は暇じゃないだろうし』
ちなみに、雪華綺晶はVCのメイド長に就任した。
もっとも、VCで「メイド」として働いているのは雪華綺晶だけなのだけれど。
薔薇水晶は備品扱い。製作者兼ご主人兼父親が笑って言ってるんだから間違いない。
『まぁそういうわけで今日も平和だから付き合え』
『外出たくないわよぉ。お化粧だってしてないしぃ』
『お前は今まで化粧をした回数を覚えているのか? 覚えてるに決まってるよなぁ。
 この間までヒキコモリだったんだから。化粧なんてしたことないだろ? 本当は』
『うっ! うるさい! 買うもん! 化粧品!』
『嘘だッ! お前には化粧品を買いに行くための化粧用道具諸々すらないだろ!
 まだしばらく給料日じゃないはずだけど? ま、今日来てくれるなら僕が買ってやってもいいんだぜ?
 就職祝いってことでさぁ。だからついて来てくれ』
『う・・・』
『今日の昼食も奢ってやるから』
『うう・・・』
お金のない私はここしばらく朝食と夕食しか食べていなかったのです。
『お願いだから、頼むから』
ジュンがこんなに必死に頼みごとをしてくるのも珍しい。
『うーん、じゃあ、しょうがないわねぇ』
と、ついに折れてしまったのでした。



「ねぇ、ジュ~ン~、これからどんな人に会うのよぉ」
受付嬢との事務的会話を終えた後、廊下を歩きながら、ジュンに尋ねる。
「技師」
・・・さいですか。
ばっさりと切り捨てられた。
「僕の同期だ。腕『は』いい」
ほう。同期。
だが後半の含みがビミョーに気になります。
「まぁそこまで心配する事はないよ。『あいつ自身は』人畜無害だ」
また含み。
何コレ何かやばいんですかね。
あいつ自身? じゃあ何が恐ろしいっていうの?
「・・・」
ついに、ノーコメント。
ジュンの表情を覗き込む。
何これ。何この表情。
見てるだけで何だか切なくなってくる。
私の語彙力では描写不可能です。私の語彙量が貧弱で貧相なのをここで謹んでお詫びさせていただきます。
私たちは、エレベーターの前に到着した。
エレベーターのチャイムが「チーン♪」と音を立てる。
あら、都合がいい。
しかし、当のジュンが動く様子が全くない。
「ね、乗りましょ」
隣のジュンを見やる。
ジュンは、凍り漬けにされたマンモスのような表情で、様子で、顔色で、立ちつくしていた。

彼は、人の心を見る。
それによって人の記憶も、考えも、感情さえも読み取る。
さらには、「心の糸」を手繰り寄せることによって、人の位置さえも把握できる。
そんな彼だからこそ。
目の前に降りてきたエレベーターに乗っている者の正体がわかったのだろう。
桜田ジュンは、目に見えて分かるほど、恐怖していた。
ありありと、恐怖をその表情に貼り付けて。
目の前に現れるであろう、人間に恐怖していた。
化け熊。
雪華綺晶。
他の連中。
彼らはそれぞれ、タイプは違えど手ごわい敵だったと言えるだろう。
だが、ジュンは、戦ったときにさえ、彼は微塵も恐怖を感じることがなかった、
少なくとも、そんな素振りを見せることさえも無かった。
しかし今は。
恐怖によって奥歯をガチガチと打ち鳴らし、脚を震わせ、目を見開いている。
最早、逃げる事さえも、叶わない。
もう、『その時』を待つことしかできない。
嗚呼。
エレベーターの。
ドアが開く。
「うっふっふっカナから連絡があったんで降りてみたらジュンジュンちょーうどいるじゃなーい♪
 私のカンもまだまだ捨てたもんじゃあないわねぇー宝くじでも買っちゃおうかしら
 あらぁー隣のその子だぁーれー? 新入りの子ー? 
 また可愛いコつれちゃってこのモテ男がーそのモテモテパワーちょっとは私にも分けて欲しいわねー
 また今年のクリスマスも一人っきりになりそうで困ってんのよー
 ジュンジュンほど顔可愛ければ女の子だけじゃなくて男の子もよってきそうなもんなんだけれどねー?
 えー? 槐さんー? いやよぉもぉー確かにあの人と私も同期だけどそんな関係じゃあないんだってばぁー
 だいたい槐さん娘さんいるじゃないだけどばらしーちゃんもほーっんとかわいいわよねぇー
 私も一体買っちゃおうかしらぁー給仕もやってくれるっていうし
 最近人手足りなくて困ってんのよねぇー腕のいい人はいっぱいいるんだけど根性がたりないのよねぇー
 1週間前に新しく来た若い子ももう逃げ出しちゃったわよー顔タイプだったのにー
 ところでそれでね(以下略)」

なにこの人。
なにこの人。
なにこの人。
口がマシンガンになっている人を見るのは、はじめてじゃあない。
だけどこの人は。
何か格が違う・・・!
うざい・・・!
ひたすらうざい・・・!
なにこの人・・・!
これがオバサンのマシンガントークという奴か。
否、もはやこれはガトリングガンだ・・・。いや、それでもまだ形容に足らない気がする・・・。
もう何だか聞くに堪えないというか、この人もだんだんノッてきちゃっているようで、歯止めが利かなくなっている。
単純に聞き取れない・・・!
一応私の聴力は一般人+くらいはあるつもりだ。
その私が聞き取れないのだからジュンだって聞き取れてはいないはず。
そしてもうひとつ。強烈に感じる、嫌悪感。
この人、臭い、臭いのよ・・・!
遠目から見ればあるいは白衣を羽織った眼鏡の聡明そうな女性に見えないこともないかもしれない確率もなくもないだろうと思われる。
だが、近くから見ると。
白衣はよれよれな上に垢じみていて、おまけにところどころおかしな色に染まっている。
髪もぐしゃぐしゃで、もうザンバラか落ち武者と言っても過言ではない。まるでサダコ。
化粧はしていない。
マユゲが繋がりかけている。
うっすらと口ひげも見えなくもない。
目やにがべっとり。
そして体中から汗なのか薬品なのか香水なのかもっとよくわからない何かなのか、
あるいはそれら全てを併せたようなドギツい臭いが、人間より強い私の嗅覚にグサリと突き刺さる。
もうね、涙目。
目が、鼻が、痛いのよ・・・!
私、もしこの人の血を吸わなきゃいけないような状況になったら間違いなく自害するわ・・・。
と、想像して吐きそうになるが勇気を出して再び彼女の方に向き直る。現実を直視する。
ああ、なんてこと!
口の動きさえも見えない・・・だと・・・?
化物か・・・!?
「あ、あのう、草笛さん」
ジュンが、恐る恐る、口を開く。
「ん? ああ。金糸雀に用があるんだったわね。ごめんなさいね。
 まぁ、丁度いいわ。後で私のところにも寄って頂戴。一応、そのつもりで来たんでしょ?」
ジュンが、なぜかバツが悪そうに
「ええ、まぁ・・・」
と返事をする。
草笛、と呼ばれた女の人は、
「そいじゃあ、金糸雀によろしくねー♪
 私はこれから8日ぶりの外の空気を吸ってくるわー♪」
そういって、怪物にしか見えない女性はよたよたと駆け出していった。

・・・。
・・・。
・・・。
あの怪物を放し飼いにしてもいいのか、と思う私がいた。
VCに入ってまだ数日ではあるが既に私はここの未来を憂えていた。
生意気だと思われるかもしれない。が。
あの草笛という女性のインパクトは、それほどのものだったのだ、と思ってもらいたい。
しかし、嵐のように現れて、嵐のように去っていったわね・・・。
何だか胸の奥に得体の知れないモヤモヤが残った。
辺りは草笛と呼ばれた化物の残り香で充満していた。
振り返ると、先ほどの受付嬢も鼻をつまんでいた。
ふと、ジュンを見る。
表情は先ほどに比べたら、和らいでいた。
「ねぇ、ジュン。今の、何?」
薔薇水晶といい、今のアレといい。
私はここのところまともな人に遭ってないような気がするわ。
ジュンは、口を開く。
「・・・今のが技術開発局局長、草笛みつさんだ」
やれやれだ、とでも言いたげな表情。
「別名、『仕事狂(ワーカホリック)』。
 陰口で『引篭(インナーサイエンティスト)』、または『年増のみっちゃんさん』ともいわれてるな」
「ところで、『後で来なさい』って言われていたわね」
「・・・ああ」
「一人でアレに遭うのが嫌だから私を誘ったわけ?」
「・・・ああ」
とんだチキンである。
この野郎、私に巻き添え食わせやがった。
まぁ、もし私が同じ状況になったとしたら同じ事をするのだろうけれど。
「じゃあ、まぁ、とりあえず、金糸雀から会いに行くか」
金糸雀。
先のモンスター(草笛さん)の姪にして部下。
同じところに勤務している彼女。
・・・一体どんな格好をしているのだろうか。
私は今から死ぬほど不安になった。
そして、数日の間私を捕らえて離さなかった食欲は、すっかり私の元を離れ去っていた。


第二十二夜ニ続ク


不定期連載蛇足な補足コーナー「技術開発局に現れた怪獣!? ミッチャンサンを追え!」

銀「あとのことは藤○弘、さんに任せて早く行きなさぁい!」
ジ「冗談はそのくらいにしておきましょう。草笛さんは偉いです。
  どのくらい偉いのかというと槐さんと同じくらい偉いです」
銀「ここの組織の偉い人はみんなエキセントリックなのかしら」
ジ「・・・まぁ、課長はともかくとしてだ。草笛さんはすごい真面目だよ。
  仕事に真面目すぎるあまりああいう格好になっちゃってるだけで。
  マシンガントークもまともに相手すると大変なことになるけど、いい人だよ。
  女とか色々捨てちゃってるけど、それさえなければ凄くいい人だよ」
銀「人は見かけによらないものなのねぇ(臭いにも)」
ジ「うん、おぞましいけどいい人だ」
銀「『おぞましい』と『いい人』という単語が同居してる。なんてカオス」
ジ「言われてみればそうだな」



                                

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最終更新:2009年10月24日 22:16