アットウィキロゴ
この御札を使って翠星石とキ、キス?ってそんなのできる訳ないぞ!
だいたい憑依って、僕は大丈夫なのか?変な後遺症とかどうなんだよ?

「なぁ~ッ、どうすればいいんだよ?」

ジュンはほんの10数分前まで話していた会話を思い出すと、つい納得のい
かない思いに声が出てしまう。
そうこうしているうちに、自転車は自宅の灯りが見えるところまで来ていた。

あれ?なんだ、翠星石か?

自転車を玄関に入れようとしていたジュンの上を翠星石がどこからか現われ、そのままスーッと窓を通り抜けて部屋に入っていくのが見えた。

「ただいま~、どこか行ってたのか?」

電気のスイッチを入れると、部屋の隅で背を向けて立っている翠星石はグスンと鼻を鳴らすといつも通りの口調で答える。

「なんでもないですぅ、ちぃ~っと散歩に行ってただけですぅ」

なんでもないと言いながらも背を向けている翠星石はもう一度グスンと鼻を鳴らすと、袖で涙を拭う。
そしてクルリと振り返り、普段どおりの顔を見せると指をビシッとジュンに向けた。

「今日は疲れたですぅ~、もう寝るですぅ」

それだけ言うとスーッと溶け込むように壁の中に消えていった。

なんだよ、疲れたって?だいたい何でも無いってウソだろ?
泣いてたんじゃなかったのかよ、目が真っ赤だったじゃないか…

翠星石が消えていった壁を言葉も無くじっと見つめるジュンの視線の端にカレンダーが見えた。

明日は土曜日か………あいつらがバンドの練習する日だよな………

ジュンはポケットから御札を取り出すと、しばらく見つめてみる。
長方形の紙には何やら解読不明な赤い文字が書かれている。
唯一なんとか読めるのは木花知流姫神と薔薇水晶と書かれた文字だけ。
それを机の上に置くと、電気を消してベッドで横になった。

「……………」

真っ暗な部屋では時計から発せられる時を刻む音だけが規則正しく聞こえてくるだけ。
ジュンはその音を耳にしながら眠れずにいた。

「……なぁ?」

翠星石が消えていった壁に向かって声を掛けてみるが、帰ってくる声は無かった。

「なぁ?起きてるんだろ?返事くらいしろよ、この悪霊」

もう一度こえを掛けてみるが、返事は同じく無い。
しかたなくジュンは壁に向けていた視線を天井に戻すと、そこには薄っすら
と翠星石の姿が浮き出ていた。

「うわッ!!」

思わず声を出して驚くジュンを見下ろす形の翠星石は、その姿をはっきりさせながら天井から出てきた。

「誰が悪霊ですかぁ?」
「い、居るなら返事しろよ、つーか、どうして壁から出てこないんだよ?」
「翠星石がどこから出てこようとお前には関係ねぇですぅ、で、何のようですかぁ?」

か、関係ないこと無いだろー!心臓が今もバクバク言ってるよ~ッ。

そう思いながら落ち着くためにジュンは深呼吸をし、そして天井付近でフワフワ浮いている翠星石に向かって声をかけた。

「なぁ、翠星石……」
「な、なんですかぁ?」

妙にシリアスになったジュンの口調に翠星石はキョトンとした表情になる。
そんな翠星石を見ながらジュンは話しかけた。

「おまえのやり残した望みって、みんなとバンド演奏をすることだよな?」
「そ、そーですけどぉ……翠星石は霊体ですのでぇ……ドラムを叩くことが
 できねぇですぅ………」

今夜、水銀燈とのやり取りを思い出した翠星石の言葉は小さく途切れがちに
なっていった。

どうする?明日、この御札を使って翠星石に、いや、でもその前にキスって
なぁ~?相手は幽霊だし………

ベッドで寝ているジュンは宙に浮いている翠星石を見上げる形になっている。
その頬に少しだけ赤みが差すと頭をガシガシと掻きながらう~んと唸り出す。

「な、なにを一人で遊んでいるですかぁ?」
「な、なんでもないよ、とにかく明日は部室に行くからな、とにかく寝るぞ」
「なんですかぁ?お前が翠星石を呼んでおいて、寝るぞとはどういうことですぅ?」
「う、うるさいな~、とにかく寝るんだ、おやすみッ」

そう言うとジュンは頭から布団をかぶった。
天井では翠星石がプンプンと何やら小言を言っているのが聞こえていたが、反応がないため、やがて翠星石はフンッと短い鼻息を出すと、天井に消えていった。

あぁ~、参ったな、翠星石の望みを適えてやりたいのは山々なんだけど…
波長をもっと強く合わせるための方法がキスだなんて、なんだよ、それ?
もっと他にいい方法がないのかよ?
だいたい、キスなんてしたことないぞ、それにキスなんてしようとしたら翠星石に何て言われるか、あぁ~、クッソ~ッ!!

布団の中に潜り込んだジュンは目を閉じて明日のことを考える。
翠星石の望みを適えるためには自分に憑依させるしか手はない。
その為の御札ももらっている、後は実行なのだが、それがどうも踏ん切りがつかない。
そんなジュンをよそに時間は過ぎて、いつしか東の空が白み出してきた。

「おい、起きるですぅ!!」
「えっ? なに?」

昨夜おそくまで思案を繰り返していたジュンは寝ぼけ眼で壁から上半身だけ出した翠星石を見る。

「いつまで寝てるですかぁ、もう朝ですぅ!!」
「あぁ?朝か? うぅ~~んッ、今何時だよ?」
「もう10時過ぎですぅ!」
「ふぅ~ん、10時か?………えっ、10時過ぎだって??」

大声を出し、ベッドからバネ仕掛けのオモチャのように飛び起きたジュンは、枕元の時計を手にすると、大急ぎで服を着る。

「どうしてもっと早く起こしてくれないんだよ?」
「はぁ?起こしたですけど、お前が起きなかっただけですぅ!!」
「じゃ、叩いてでも起こせばいいだろ~?」
「昼間の翠星石はお前にさわれねぇですぅ」

着替えながら翠星石と口論をしていたジュンは翠星石の言葉にハッとなり、机の上に置いていた御札をポケットに入れた。

「とにかく今から軽音楽部の部室に行くぞ」
「べ、べつにいいですけどぉ~、またみんなに翠星石の事を説明するですかぁ?………どうせみんな判ってくれないですぅ…」

部屋から出ようとするジュンの後ろで翠星石はポツリと呟いた。
その寂しそうな声にジュンは一瞬ではあるが体の動きを止めた。

「そ、そんなこと言うなよ……さ、部室に行くぞ」

翠星石が呟いた言葉よりも小さな声で言ったジュンはジャケットの袖に腕を通しながら階段を降りていった。

「どうしてそんなに急ぐですかぁ?」
「ハァハァ いいから黙ってろよ、とにかく急がないとダメなんだよ」
「なぁ~んですかぁ、その言い方、ムカつくですぅ~~」

将来の夢はツールド・フランスに出て優勝したいです。
そんな事でも言い出しそうな勢いでジュンは自転車を学校に走らせていた。

くっそ~、みんなが部室に集まる前に行かないと……!!

ジュンはジャケットから携帯を出すと、ディスプレイに表示されている時間を見る。

AM 10:20――――――――――――――――あぁ、くそ~、急がなきゃ!!

ジュンがこんなにも急ぐ理由は1つだけであった。
翠星石を自分の体に憑依させるには御札を握り締めながら波長をより強く合わせるためにキスをしなければならない。
もちろんその事は翠星石には言えないでいた。よって部室でその事を説明する必要がある。そして場合によればキスをすることになる。
そこで翠星石が見えない彼女達がいる場面でそのような事をしたら、本当にただの変態だと思われてしまうだろう。
よって彼女達が部室に来る前に、とにかく急いで部室に入っておかなければならなかった。

「飛ばしすぎですぅ~」

ジュンの頭上数十センチのところをフワフワと漂うように付いてくる
翠星石は額に汗をかきながら自転車を走らせるジュンにむかって涼しげな顔つきで言う。

くそ~、誰のために急いでると思ってんだよ…あっ、校門が見えてきたぞ

校内の駐輪場に自転車を乗りつける。

よし、部室には誰もいないようだな、でもモタモタしていられないな

スタンドを立てるのも、もどかしく感じたジュンはそのまま自転車を寝かせ
たまま部室まで走る。
幸い部室のカギは掛かっておらず、ドアは何の抵抗もなくすんなりと開いた。
ジュンに続いて入った翠星石の目には、その室内でみるドラムは悲しさ、虚しさ、そして悔しさが混じった言いようのない物体に映った。

す、翠星石のドラムですぅ…………

生前、自分の物であったドラムセットに近付くと、そっとタムのふちを指でなぞる翠星石の顔は、どこか悲しみの色が見える懐かしい表情であった。
その姿を見ていたジュンはそっと声をかける。

「なぁ、翠星石、もし今日この場所でみんなと演奏できたら……」

ジュンの言葉を言い終わる前に翠星石はクルリと振り返り、ジュンの目をみつめた。

「そんなのできる訳ねぇのですぅ!!
 ……そ、そりゃぁ~、翠星石もみんなと演奏したいですよッ、でも、でも翠星石はもう死んでいるですぅ、みんな翠星石の事が見えないですぅ……
 誰も、蒼星石も…翠星石が見えないですぅ、翠星石の声すら聞こえないですぅ」

そう一気にまくし立てた翠星石は両手で顔を隠すようにその場に座りこんで泣き出した。

翠星石………言うしかない、そして御札を使うしかないッ!!

肩を震わせて泣いている翠星石にジュンは声をかけた。

「なぁ、今から僕が言うことを真剣に聞いてほしい」

滲んだ涙を拭きながらジュンの顔を見上げる。
そんな翠星石の顔を見ながらジュンは昨夜、有栖神社で巴の祖父である神主と交わした会話の内容を説明する。

「そ、それは本当の話ですかぁ?その御札を使ったら翠星石はみんなと演奏できるですかぁ?」

ジュンの言葉にスクッと立ち上がる翠星石の表情は、先ほどの悲しみの色から今や大きな期待に膨らんだ明るい色になっていた。

「あぁ、僕の体に取り憑いて一時的にドラムを叩けるんだ、だけど、それには1つやらなくちゃならない条件があるんだ……」
「な、なんですかぁ、その条件って?」
「い、いやぁ~、まぁ、なんて言うか、その~~」
「なんですぅ、早く言うですぅ!!」

キスをする事となかなか言えないジュンに翠星石は少し苛立ちを感じ始めていた。
そんな時、部室の外から真紅たちの声が聞こえてきた。

「まったく、水銀燈が寝坊するから集合が遅れたのだわ!」
「うるさいわねぇ~、昨日の夜は久しぶりにあの曲を弾いていたら寝るのが遅くなったのよぉ~」
「あの曲ってなんだい?」
「あの曲よぉ~、ほら高校に入ったらみんなで演やろうって決めてた曲よぉ~」
「うふぅ~~、懐かしいの~~、翠星石がいたらヒナ……」
「それは言わない約束だわ」
「うぅ、ゴメンなさいなの~」
「いいや、謝らなくてもいいよ、僕も同じことを何度も考えているから」

ヤバイ、あいつらが来たぞ、どうする?どうする?

真紅たちの声が近付くにしたがってジュンの焦りは極度に達したのか、ついにポケットに入れていた御札を力いっぱい握り締めた。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年12月09日 22:57