Story  結月 ◆L2l5/0T2wQ 氏
その日も薔薇乙女達は観客に見事な迄のステージをプレゼントし、何度目かも分からないアンコールに答える。
照明が落ちると盛大な拍手と共に沸き立つ観客席。

『アンコール!アンコール!』

「ふぅ…今日の観客はなかなか帰らないわねぇ…どうしようかしら」

汗を拭う水銀燈。

「…そうね…そろそろ切り上げないとマズイのだわ」

「そうだね…皆がそれぞれソロでやっちゃったし…切り上げないと…」

ペットボトルを煽りながら蒼星石が言う。

「でも…まだアンコールがかかってるですよ?どうするです…?」


押し黙る一同、観客席からはアンコールの声…やむことはない

「待って…まだ、蒼星石がソロやってない…ずるいよ、逃げちゃだめ…」

「…!
薔薇水晶、しぃー!しぃー!」

「もがっ!?もごもご」

蒼星石は慌てて薔薇水晶の口を塞ぐか、時既に遅し。

「そーせーせきぃ?
なぁに一人だけ逃げようとしてるですかぁー…?」

逃げようとする蒼星石、だが真紅に逃げ道を塞がれ、水銀燈に腕をがっしりと掴まれた―もう逃げ道はない

「蒼星石、あなたが演ってきなさい」

「ぼぼぼ僕はいいよ?!
それより真紅が行けばいいじゃないかっ!?
ねぇ、水銀燈?!」

手を離してくれない水銀燈に蒼星石が聞いてみる、返事は…

「…面白いんじゃなぁい?
蒼星石のソロ、気になるしィ」

「なっ…」

「そーせーせき、早くなの!お客さんが待ってるのよ?」

「だからって何で僕…」

「蒼星石がリーダーだから…最後を飾るのも…いい…」

「…僕、何も出来ないよ?」

「やってみないのにできないなんて決め付けるなんてあなたらしく無いのだわ、やってみたら出来るかもしれないじゃない」

「でも…」

「…ああ、もうイライラするです!とっとと行きやがれですぅ!」

「わぁっ!?」

「…ああもう分かったよ!行けばいいんだろ行けば!
 …全く…何も考えてないのに…」

ぶつぶつと文句を言いながら髪をかきあげる蒼星石。

「それでこその蒼星石ですぅ!期待してるですよ、頑張れですぅ」

「…やっぱり蒼星石は頼りになるわねぇ?」

「…金糸雀!ステージにピアノ!急いで!」

「はいいいい?!
ピアノなんて…何に使うかしら?!」

ステージの隅で船を漕いでいた金糸雀は飛び起きると、蒼星石に言った。

「いいから早く!」
「わ…わかったかしら~?」

金糸雀が出て行くと、すぐにピアノがステージの真ん中に設置された。

「蒼星石…あなた何をするつもり?ピアノが弾けるとは初耳なのだわ」

「歌う、曲は即興で作る」

「作る…って無茶ですやめるです!」

姉の制止を聞かず、襟を正す蒼星石。
今日の蒼星石の衣装は燕尾服なので、シャツにネクタイ、ベストという出で立ちだ。
この格好でピアノ、と言うのもなかなか味なものだが―

蒼星石は舞台袖に立つと、ネクタイを緩めながら歩き出した。

ステージにはぽつんとピアノがスポットライトで照らされているだけ…アンコールの声は消え、ざわめく観客席。

不意に、ピアノに近づいていく人影―
観客達は息を飲んだ。

現れたのは蒼星石、彼女は(某兎よろしく)優雅に礼をすると、マイクを手に、言った。

「皆、今日は僕達ローゼンメイデンのライブに来てくれて有難う。
 本当にあっという間の時間でした…
 名残惜しいけれど、今日はこれでおしまい。
 …最後に聞いてください、僕の歌を」

観客席が静まった。
蒼星石はそれを確認してから、ゆっくりイスに腰掛けた。

…そのころ、袖では…

「…大丈夫ですかねぇ」

不安げな面持ちの薔薇乙女達がモニターに張り付いていた。

「うゆ…でもでも、きっとそーせーせきは大丈夫なのよっ」
「…そうね…
ちょっと不安だけれど、蒼星石なら大丈夫なのだわ」

「蒼星石…頑張れです」

翠星石は幕の間から、ステージの上の妹の成功を願った。

蒼星石は何度か鍵盤の上に手を乗せるも、なかなか弾こうとしない…再びざわめく観客席。
袖の薔薇乙女達が心配そうに見守る中、蒼星石は深呼吸をすると、静かに弾き始めた…
静寂の中、響く蒼星石が奏でるピアノの音が響く…

そして静かに、歌い始めた…



『僕は信じてる。
きっと君は気づいてくれる。
これこそが大切な事。

ひとりひとりの心が、心を繋ぐ笑顔が。
笑顔で繋がる仲間が、心を分け合う仲間が何より大切。
大切な事を―』

めったに聴くことが出来ない、蒼星石の歌声。

薔薇乙女達は感嘆の声を漏らす。

「これを…即興で弾いているというの?!」

「スゴいわねぇ、曲も歌詞も―そして、歌声も」

「…凄く、格好いいかしら…」

「さすが蒼星石ですねぇ」

凛と響く声、指先が奏でるバラード調の旋律。
観客も皆いつもとは違ったローゼンメイデン、いや、蒼星石が魅せる音楽に心を奪われ聞きほれている様だった。
蒼星石はピアノを弾きながら静かに語りだす。

「人は心の中でそれらを求めているんだ。
でも…
皆、「自分の本当の心を、本当の気持ちを晒すのが怖い、
皆に馬鹿にされる」と考える。

皆飛びついていくんだ、見栄えのする、偽りの大きな言葉に。
でもそれは頼りなく、空虚なもの。
僕らが進むべき道を教えてはくれないんだ…』

蒼星石はまた静かに歌い出す…

「だから途方に暮れる時は遅かれ早かれ、絶対来るんだ。

でも僕は信じてる。
いつか君は分かってくれる。
小さな事こそが大切な事を。

ひとりひとりの心が、心を繋ぐ笑顔が。
笑顔で繋がる仲間が、心を分け合う仲間が、何より大切。
大切な事を―」

蒼星石はゆっくり立ち上がると、礼をした。

観客席からは鳴りやまぬ拍手。

蒼星石は照れくさそうにはにかむと、その場を後にした―




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最終更新:2008年02月03日 00:12