Story  ID:5YOS5SGG0 氏(284th take)
マセラッティMC12。
この車はイタリアのメーカーであるマセラッティ社が創立90周年記念として誕生したモデルである。
優雅でいて官能的なフォルムをもつこの車のエンジンはあのフェラーリの特別限定モデル、エンツォ・フェラーリをベースにV12気筒、最高出力632馬力のモンスターマシンである。
そのMC12をさらに手を加えたモデルが2006年に発表された。
その名もマセラッティMC12ベルシオネコルセ。この舌を噛みそうな名前をもつモンスターマシンはエンジンを強化し、6リットルV12カンビオコルサを採用し、最高出力755馬力を発揮する。
世界でも12台しか存在しないこの車は価格も高価で1億5千万を越える。
その内の1台が今、さっそうと走り出していた。

「もぉ、最高って感じぃ~?アクセルもガンガン踏んじゃうわよぉ~うふふふ♪」

そう、いわずも知れたロックバンド、ローゼンメイデンのギタリストである水銀燈はほんの1時間前に納車されたばかりのベルシオネコルセの走りを満喫していたのだ。
慣らし運転中だと言うのにリニアに反応するアクセルと6速セミATの反応を楽しむ水銀燈は知らず知らずのうちに法定速度をかなりオーバーしている。
メーターにちらりと目をやり、その速度にニヤリと不敵とも取れる笑みを作ると、よりアクセルを踏む足に力が入った。

そんな時、携帯電話から着信を知らせるワーグナーのワルキューレの紀行が流れ出した。

「だぁれ?」

スピードと5感を揺さぶるV12のエンジン音を堪能していた水銀燈は、やや不機嫌な声で電話に出た。

「…わ、私…薔薇水晶。銀ちゃん、迎えに来て…このままだと遅れちゃうよ……」

受話器の向こうでぎこちなく喋るのは水銀燈と同じロックバンドのメンバー、薔薇水晶だ。
途切れがちに話す彼女はどうやら寝起きらしく、今からだと収録が行われるTV局まで時間内に行けないと泣き出しそうに訴えてきた。

「まぁ、いいわよぉ~。ちょうど近くにいるからぁ~、ひらっていくわぁ~」
「…あ、ありがとう銀ちゃん!!」

3つ目の信号を左にハンドルをきると、水銀燈の車をみつけた薔薇水晶は歩道の上でぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。
ウインカーを点滅させて薔薇水晶の横に駐車する。

「…銀ちゃん、ありがと。アメあげる。えへへへ」
「別にお礼なんていいわよぉ。それよりよくこの車だって気づいたわねぇ~?」
「…だって、この車、音が大きいから…銀ちゃんだと思ったよ」
「ふぅ~ん。音で気づいたのねぇ~」
「うん。でもこの車……凄いね」

そう言いながら薔薇水晶は手当たりしだいに見慣れないスイッチをパチパチと押していく。

「ちょっとぉ~ばらしー!!止めなさいよぉ~」
「…ご、ごめんなさい…」

好奇心旺盛な薔薇水晶は謝りながらもキョロキョロと落ち着かない様子である。
普段から何をしでかすか分からない薔薇水晶に水銀燈は不安な顔つきになる。

「ねぇ、ばらしー。勝手に変なスイッチとか触らないでよねぇ~」
「…う、うん。………あのね、あのね銀ちゃん…」
「なぁに?」
「…このボタンって…何?」

そう言うのが早いか、薔薇水晶の手はすでにボタンを押していた。
とたんにエンジン音が大きくなる。

「きゃ~~。ちょっとぉ~、このスイッチはスポーツモード切替スイッチよぉ~。
 事故るところだったじゃないッ!!」
「…ごめんね、銀ちゃん…お詫びにアメあげる…」
「べ、別にアメはいらないわぁ~、とにかくおとなしく座っていてよぉ~」
「…うん。………あのね、あのね、銀ちゃん…」
「なぁに?」
「…朝ご飯食べてないから……食べていい?」
「コンビニでも寄るぅ?」
「…ううん、朝ごはんは、もってきている」

膝の上にちょこんと乗せてあるバッグを開けると、薔薇水晶はゴソゴソと中身をかき回して朝食を取り出した。

「えっ?」

そんな水銀燈の驚きの声をよそに薔薇水晶はバッグから出したイワシの缶詰を缶切りでキコキコと開けた。

「ちょっとぉ、ちょっとぉ~、車の中で缶詰なんて開けないでくれるぅ?」
「……いただきます。…パク、モグモグ…」

水銀燈の言葉が聞こえなかったのか、それとも無視したのか?とにかく薔薇水晶はイワシの缶詰を食べだした。
とうぜん窓を閉めている車内に缶詰の匂いが充満しだす。

「最低だわぁ~!!」

急いで窓を開けて匂いを外に逃がすと、水銀燈は怒りの表情を浮かべながら助手席に座る
薔薇水晶を睨んだ。キツイ一言を投げかけようとしているのが手に取るように分かる。

「ちょっとばらしー!!あ、あれ?」

注意しようとした水銀燈の言葉は意外なほどあっけなく疑問文に変わった。
さっきまで手にしていたイワシの缶詰の変わりに今度はタマネギをかじろうとする薔薇水晶の姿があったからだ。

「ねぇ、ばらしー。缶詰はどこにやったのぉ?」
「…そこ」

ゆるやかに湾曲したダッシュボードにイワシの汁がたっぷり入った缶詰が置かれている。
タイヤが路面の振動をひらうたびに缶詰のふちから汁がこぼれそうだ。

「きゃぁぁ~~。何してるのよぉー!!はやく缶詰を手に持ちなさい!!」
「…えっ?…銀ちゃんも缶詰食べたいの?…でも…あげないよ。えへへへ」
「缶詰なんていらないわッ!!とにかく汁がこぼれちゃうから早く手に持ちなさい。アッ!!」

後ろから来たバイクが割り込みぎみに追い抜いたため、慌てた水銀燈は急ハンドルを切った。

ゴトッ――――――ビシャッ。缶詰は床にしいたマットレスに転げ落ち、そして染みていく。

「きゃぁぁぁああああ!!!何をしてくれるのよぉ~~!!」
「…ほんとう……あのバイクあぶないね。缶詰も落ちちゃったね…もったいないね銀ちゃん」
「ば、ばらしー。貴女ねぇ~~、何を言ってるのよぉ~~~ッ」
「……シャリ、パク、モグモグ…??」

なぜ水銀燈が自分のほうを向いて怒っているのか良く理解できない薔薇水晶はきょとんとした顔つきのままタマネギをかじり出した。

「貴女ねぇ~、TV局に着いたら覚えておきなさいよぉ~~、ウッ!!」
「……むぅ~~ッ!!」

目を吊り上げて怒りをあらわにした水銀燈の目にタマネギの刺激が突き刺さる。
同じく薔薇水晶も目を押さえている。

「し、沁みるわぁ~~、涙が出てきたじゃないぃ~~!!」
「…タマネギ…涙が出るね……パク、モグモグ、ごっくん……ごちそうさまでした」
「と、とにかくぅ~、床に落ちた缶詰の汁を拭きなさいよぉ~~ッ!!」
「…うん。分かった」

タマネギを食べ終わった薔薇水晶はテッシュを取り出すと、前かがみになって床に染みたイワシの缶詰の汁を拭きだした。

「………うっ……うぅぅ……」
「なぁに?今度は何よぉ~?」

目的のTV局が目前に迫った時、汁を拭いていた薔薇水晶は車に酔いだしたようだ。
顔面は蒼白。床を見つめたまま身動きすら取れない。爆発のカウントダウンが刻まれたのは誰の目にも明らかである。

「ちょっと、ばらしー……じょ、冗談でしょぉぉ??」
「……ぎ、銀じゃう……うぅぅ、うっ……」
「ば、ばらしー、窓よ、早く窓から顔を出すのよぉーーッ!!」
「…ぎ、銀じゃ……うっ、うげげげげげげげぇぇぇえええ~~~~」
「いやぁぁぁああああああ!!!!」

水銀燈の声に振り向いた瞬間、薔薇水晶のカウントはゼロになってしまった。
イワシの缶詰、そしてタマネギのミックスが車内を満たしていく。

「うぅ…さ、最悪だわぁ…私の車が…1億8千万が…まだ2時間も乗ってないのに……うっ、私のマセラッティが……えぇ~~~ん、えぇ~~ん」
「…銀ちゃん………泣いたらダメだよ……ほら、アメあげる…」
「うっさいわッ!!」

ペシッ!!

「…うっ、うわぁぁぁあああ~~~ん…銀ちゃんが叩いたよぉ~…うわぁぁ~~ん(号泣」
「私の車が…え~~んえぇ~~ん(大泣き)」

マセラッティMC12ベルシオネコルセ。世界に12台しか存在しないスーパーカー。
その内の1台が今、悲しみの中で静かにV12気筒のエンジン音を響かせていた……(終わり)




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最終更新:2008年02月05日 23:52