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レコーディングを近日に控えている水銀燈は、自分の家のなかで、ギター演奏の練習の最終確認をしていた。

レコーディングしたい曲は、いまのところ16曲ほどある。どれもほぼ完璧にこなした。本番だってミスりようがない。
1テーク目でいける自信はある。あの The End を除いては。

「あの曲、どうすんのよ……歌われるたびに歌詞が違うんじゃぁねぇ……」

歌詞を一定にきめろ、といいたいところであったが、水銀燈はどうも雪華綺晶と話すことが苦手だった。
彼女が嫌いという訳でもないが、彼女と会話すると、いつもこちらのペースが乱されてしまう。
毎回毎回彼女の仕掛ける何かしらのトリックに、水銀燈は嵌められるのだ。

以前バンド仲間で一緒に街を歩いている最中、いきなり雪華綺晶が町のど真ん中でぐるぐる踊りながらバカ騒ぎを始めたものだから、見ていた水銀燈もそれにのって騒ぎ出したところ、突然雪華綺晶は彼女を指差し、「引っ掛かった」と笑い出したことがあった。
水銀燈は恥かしさと自分の愚かさに腹がたち、顔を真っ赤にした。その後水銀燈は彼女に、

「これがアリスゲームだったら貴女はいまごろ私の手のなか……」

と、よく分からないが危険そうなことを言われたのだった。

「はぁ……」

水銀燈はため息をつく。

「曲でも書こうかしらねぇ……」

それはほんの暇つぶしだった。水銀燈は Kinks の all day and all of the night をその時の気分で聴きながら、適当に歌詞を書きつづっていた。

「うっふふ……」

気分がのってくる。水銀燈が何か歌詞を考えるとき、いつもある男の人に想いが寄る。紛れもなくそれは彼女のボーイフレンドで、The Maidens がウィスキー・ア・ゴーゴーにて活動を開始する前から、水銀燈はその人と交際を持っていた。


Hello, I love you
"こんにちわ、愛してるわ"

Wont you tell me your name?
"貴方のお名前を教えてくださる?"

Hello, I love you
"こんにちわ、おばかさん"

Let me jump in your game
"私もそのゲームに参加していいかしら"
(kinks - all day and all of the night : )


家に雪華綺晶の本を持ち帰った真紅は、信じがたい驚きと共にその本を読みふけっていた。

エディプス神話。そこには自分の父親を父親と知らずに殺し、自分の母親と母親とはしらずに結婚し、近親相姦するに至ったという悲劇の話がかいてある。
「父親を殺し、母親を犯す」だ。雪華綺晶が昨日 The End で歌った内容を含んでいる。

それだけではない。

ニーチェの哲学。ニーチェといえばそう、ギリシャ神話マニアだが、そこでこのエディプス神話を本で触れている。
ニーチェは、「父」を「権威・秩序の象徴」としての「アポロン」、「母」を「生・情動の象徴」としての「ディオニュソス」としてとらえた。

「権威・秩序の象徴」である「父」を殺し……「生・情動の象徴」としての「母」と交わる……

「自分の本質を手に入れる…」

雪華綺晶は自分のこの宿題を課すことで、自分にあの歌詞の意味を教えてくれようとしていたのか。真紅の背筋に興奮が走る。

ギリシャ神話の文学とニーチェの哲学を伴なんだ詩。難解にもなるわけだ。これほどの素養に裏付けられた詩を、
ロックバンドとして音楽で表現することとなるのか。

「これは凄いことになりそうね」

本の感想をお聞かせください。その真の意味がいま分かった気がした。この「感想」とは言葉で述べるものではない。

真紅は心底 The End のレコーディングが楽しみになってきた。これは恐らくひょっとすれば、ロック史上初の試みになるかもしれない。

私達がこれから創り上げようとしているものは、「ロック文学」だ。

だが、真紅はまだ甘かった。


彼女たちにとってドキドキの日がやってくる。そうレコーディングだ。
エレクトラ・レコード社のロスチャイルドによってスタジオの現場に案内された真紅達四人は、
想像を遥かに超えた設備の充実振りに驚いた。

「…すごいわ」「ですぅ」「ね」

元々詩人であり映画に興味のあった雪華綺晶には用意された設備がどうすごいのか分からなかったが、仲間達の反応をみたところ、自分達は恵まれたらしかったことを類推する。

丁度「ビートルズがステレオサウンドを実現した!」と話題になっているこの時代に、真紅達" The Maidens "に与えられたレコーディング設備は、4トラックのマルチ・レコーダー、空間系エフェクト、そしてヴォーカル専用ブースであった。

サンセット通りの人気バンドとはいえ、アマチュア・バンドである。スタジオでの作業には慣れていないし、演奏だって粗が沢山ある。

そんな状態で作業が開始されたのだから、

「翠星石、水銀燈のソロのところ、もう少し抑揚をつけて叩いてくれ」

とロスチャイルドが注文するも、

「こうですか?」

「違う違う。全然変わっていないよ。」

「どうです?」

「いや、そうじゃない。つまり…」

「じゃあ、これでどうですか?」

「いやだから…、」

「どうしろっつうんです!!」

というようなやり取りがしょっちゅうだったし、雪華綺晶に至っては楽器やスタジオの設備のことなどちんぷんかんぷんだったので、やることがなく、持ち運んできた本をスタジオの隅で読み始める始末で、

「ちょっとあなた、なに本なんか読んでいるのよ!」

と水銀燈が彼女の本をとりあげると、雪華綺晶はいきなり小さな子供のように喚き出し、その甘く悪魔的なこだましがスタジオじゅうに轟いたりして、

「まるでガキどもの託児所だ!」

とロスチャイルドが叫ぶも、次第にスタジオは The Maidens のレコーディング現場として機能するようになってきた。

彼女たちはウィスキー・ア・ゴーゴー時代からずっと演奏し続けてきた曲 "Break on thoguh" , "Soul kitchen" , "The crystal ship" , " Light my fire " , " Back Door man" などのレコーディングを終える。

スタジオの環境に慣れてくると、元々演奏はやり慣れてきた曲ということもあって、1テーク目で成功する曲も多かった。

また、雪華綺晶が元々シンガーではないと聴いたロスチャイルドは、彼女の歌唱力の向上には考慮にい入れなかったという。
代わりにボーカルのリバーブを強めにして、なんといっても彼女の魅力である声 - 時には透き通り時には甘く籠もる声を - 前面に出すような工夫をする。

彼女たち The Maidens は、本当に色々なタイプの曲に挑戦していた。

アコースティック・ブルースの巨人ハウリン・ウルフの"Back Door Man"のカバー曲があるかと思えば、なんと、クラシック音楽をロックのアレンジでカバーしたという大胆な曲も存在する。
「三文オペラ」で知られる『マハゴニー市の興亡』の"Alabamasong"がそれだ。


Well, show me the way
"導いてください"

To the next whisky bar
"最寄のウィスキー・バーまで"

Oh, don't ask why
"あら、理由は訊かないで…"

Oh, don't ask why
"あら、理由は訊かないで…"

メインは雪華綺晶一人で歌うが、 "oh , don't ask why(理由は訊かないで)" と切なげに述べる部分は真紅の声も加わり、2人の声が重なって、いかにも退廃的な雰囲気をだす。


For if we don't find
"次のウィスキーバーが"

The next whisky bar
"もし見つからなかったら"     

I tell you we must die
"私たちは死ななければならない"

I tell you we must die
"私たちは死ななければならない"        

I tell you, I tell you
"私たちは、私たちは"

I tell you we must die
"死ななければならない"

ネイティブな曲。

The Maidens は、リードボーカルの存在感からか、"Light my fire"の(一緒に燃えて火葬と死にましょう)と死をポップに誘い込むような奇抜な曲から、この"Alabama song" 、極めつけの(父を殺し、母を犯す)まで、何かと破滅的で光の見えない暗闇の道をどんより歩くような曲が多かった。


Oh, moon of Alabama
"アラバマのお月さま"

We now must say goodbye
"さようならを言わなければなりませんね"

We've lost our good old mama
"私たちは昔のようないいママを失くしたの"

And must have whisky, oh, you know why
"だからウィスキーバーを探らなければならない、あら理由が知られてしまったわ…"

六曲ほどのテイクを完成させ、その日のレコーディングは終わった。




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最終更新:2008年06月06日 16:24