Story ID:Gah5gjgb0 氏(350th take)
もう時刻は午前0時を回っている。
なのに、その場所には慌しい人の声が飛び交っている。
・・・これでも、「嵐の後」だ。
つい2時間前まで、ここはステージだった。
そこで演奏をしていたのは、大人気ロックバンド「ROZEN MAIDEN」。
その様子を語るにはここでは尺が足りないが、盛り上がりは想像に難くないだろう。
今は撤収作業の真っ只中であり、スタッフ間での指示が飛び交っている。そういうことだ。
慣れた様子でスタッフが楽器や機器を片付けていく。
「ほいほいさっさー、と・・・お前何突っ立ってる」
「・・・おい?あそこにいるの真紅さんじゃね?」
「あれ?何やってんだろ」
その会場のオーディエンスが沸き立っていた客席のど真ん中に、真紅が立っていた。
ライブの時の服装のまま、変装もせずにこの場に着ている。
サインはとっくにリハーサルの時に貰った、なので彼らはごく普通に声を掛けた。
「真紅さん何やってるんですか?」
「ライブ後のステージを見てみたくて来たのよ」
「こんな夜中に一人で大丈夫ですか?」
「一応ボディガードを付けてるわ。邪魔になるだろうからすぐに帰る予定だし」
真紅は隣にいる男をちらりと見て、さらりと返す。
「あれ?確か衣装担当の人じゃないですか」
「・・・だから、僕にボディガードは無謀だって・・・」
衣装担当ジュンがぼやく。見るからに運動不足そうだが、無理矢理押し切られたようだ。
「男一人立ってるだけでも大分違うものよ。正直、まともな訓練受けてないそこらの警備員よりは頼りになると思うわ」
そう言いながら、彼女は少し前まで支配していたステージ上に戻ってきた。
ライブハウスのスタッフの流れを読んで、作業の邪魔にならない位置にさっと移動する。
隣のジュンは出遅れて見事に障害物化したが。
「・・・改めて思うけど、プロね」
明らかに作業が早い。もっとも撤収作業は搬入より相当楽だろうが。
「慣れてますから。まぁ音楽やれる方が凄いと思いますけどね」
そのスタッフとのやり取りとの間に「ライブ良かったですよー!」と言う声が外野から混じる。
「・・・」
ふと、真紅の目の前に巨大なタワーのようなものが飛び込んできた。
コントラバス。
レンピカと言う名前の付いた蒼星石愛用のウッドベース・・・と言う訳ではなく、この会場にあったもの。
「レンピカ」と言うべきエレキベースは別にあるが、ライブの途中で何故か流れでこっちを使う事になった。
急激に楽器を変えた事への対応は蒼星石だから問題ではなかったのだが。
「・・・よくこんなの軽々と入れられたわね」
彼女の脳裏に、コントラバスを軽々とスタッフが運び込んできたと言うライブ中の記憶がフラッシュバックする。
不意に、持ち上げてみた。
「あ、ちょっと無理しないで!」
あの真紅が楽器を粗末に扱うとも思えないが、プロとしてスタッフが慌てて声を掛ける。
コントラバスの重量は10kgを軽々と超えるものがある。
要するに、スタッフの目には彼女は10kgオーバーのダンベルを抱え上げようとしているように見えたのである。
長時間のライブに耐え切る音楽家の体力を軽視して貰っては困るがそれとこれとは話が違う。
「・・・」
真紅が無言でコントラバスを下ろす。
「邪魔して申し訳なかったわね、そろそろ失礼するわ」
「あ、はい」
ふと、ジュンがささやいた。
「・・・今、腰痛めた?」
0.6秒後、彼の元に流星のように手刀が降ってきた。
最終更新:2008年11月23日 10:50