そのノートは翠星石の机の上にあった。
蒼星石はいぶかるような表情でノートを手に取った。いわゆる大学ノート・・・しかし、その色は
「・・・真っ黒だ」
女子高生が使うようなノートとは思えない。加えて翠星石の趣味とも思えなかった。双子なのだからその程度のことはわかる。
「・・・一体、何でこんなものを・・・?」
ノートは裏返しに置いてあった。ひっくり返して表紙を見てみると、そこには、白い文字でこう書いてあった。
『MATH NOTE』
「こ・・・これは・・・ッ!!」
蒼星石の背筋に、戦慄が走った
*
翌日。
チャイムが鳴り響き、授業の終了を告げる。
蒼星石は意気消沈して椅子に座っている翠星石の前に立ち、訊いた。
「翠星石・・・」
翠星石は、がくりとうなだれたまま、応える。
「・・・なんですか、蒼星石・・・」
その反応を目にして、蒼星石は得心する。思ったとおりだった。
「さっきの授業・・・数学の課題の・・・」
「・・・はい・・・」
「回収の時・・・」
「・・・・・・・・・・・ええ・・・」
ためらいつつも、言う。
「誰も、気づかなかったの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
2人の間を沈黙が支配する。
交わす目線で、翠星石は蒼星石が全てを承知しているということを、知った。
そして、苦しみを吐き出すようにして、声を絞り出す。
「蒼星石・・・」
「うん・・・」
「翠星石は、今日一つ賢くなったですよ・・・」
「・・・うん・・・」
「薔薇学の乙女は、デス○ートなんぞ読まねぇんですね・・・」
それは、翠星石の渾身のボケだったのだ。
課題の回収・・・数学のノートの回収の際、誰かが気づくだろう、と。
そして・・・皆が笑い、翠星石のアイディアを褒め称える姿を想像していたに違いない。
それが薔薇学というこの特殊な環境下において起こるはずの無い事態だとは気づかずに。
「翠星石・・・」
蒼星石は翠星石の肩に手を置いた。
あえて苦しみの中にいる翠星石に、事実の確認を求めたのは、蒼星石なりの思いやりだった。
せめて、自分は気づいていた、と知らせることで、苦しみをわかちあおうと。
「蒼星石・・・ありがとです・・・」
その手に自らの手を重ねて、翠星石は感謝の言葉を口にした。
姉妹の絆は無駄に美しかった。
異変に気づいたのは水銀燈だけだった。
「・・・・薔薇水晶ぉ?」
「・・・・・・」
薔薇水晶は何故か机の上につっぷして、小刻みに震えていた。
何かをつぶやいているようなので、水銀燈は斜め後ろの席に近づいて耳をそばだてる。
わずかに聞き取れたのは、以下のような声だけだった。
「マス・・・ノート・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ・・・・・」
おしまい
最終更新:2006年07月25日 11:38